7 想い人
7 想い人
それから半年が過ぎた。特に変わらない毎日だ。虹色蝶の飼育、繁殖、研究の毎日。
ルインはこの頃では、虹色蝶の研究の腕では、サモンに次ぐほどになっていた。
虹色蝶には特に何の愛情も何も感じない。只の取るに足らない蝶々に過ぎない。
どんなに珍しくても所詮は虫。何の感慨も沸かない。無感情で黙々と研究に取り組んでいた。
ルインの日常は、朝起きて朝食を食べて、ビニールハウスの生え過ぎた虹色草の間引き、
そして研究室で虹色蝶の幼虫の飼育ケースの掃除、ラベルの管理、餌である虹色草の交換だ。
それで一日が終わる。たまに町中でお遣いを頼まれるが、常時発動させている魔導眼の力により、
大量の思念の渦に頭痛がしていた。偉大な力には大きな代償があると言うが、その通りだ。
何故、魔導眼を常時発動させているのかは、人の心を覗かないと気が済まないのだ。
ルインは人間を信用できなかった。サモンにもいつか裏切られるのではないかと危惧している。
そんな折、一人の青年が研究所に訪ねてきた。それは後の運命を左右する特別な出会いであった。
サモンは丁度私用で出かけていた。研究所にはルインしかいなかった。
研究所のドアを開けて、青年を招き入れる。年は十五歳程であろうか、かなり大人びている。
珍しい青い髪と眼をした意志の強そうな少年だった。何処か、サモンの面影を感じる。
一般の者より、幾らか身なりが良い。上質な布で仕上げた灰色の衣を着ている。
一方、ルインは研究者特有の白衣である。既にルインは一端の研究者であった。
「お初にお目にかかります。サモンの助手をしておりますルインと言います」
ルインは少し恥ずかしそうにしながらも丁寧にお辞儀をして青年を中へと招き入れる。
この半年でルインは変わった。正式に十二歳の誕生日を迎え、
背が大分伸び、やんちゃであった頃より、遥かに大人になっていた。
「初めまして、ドランと申します。サモンの甥です。
叔父がいつもお世話になっています。その若さで一端の研究者ですか。流石です」
「いえ……」
ルインは恥ずかしそうにして、常時発動させている魔導眼を通常の瞳に戻した。
何となく、ドランの前では心を覗きたくないのだ。この青年を前にするとドキドキしてしまう。
ルインはドランを中へと招き入れ、一室のソファーに案内して、紅茶を淹れた。
「失礼ですが、先ほどの瞳は伝説の魔導眼……魔導族ですか?」
ドランは紅茶を口に運びながら、ルインに尋ねた。
ルインは見る見るうちに血の気が引いていく。ルインは恐怖心を催し、ひたすら恐れた。
自分が、魔導族であるとドランに告げたらドランが去ってしまうのではないかと。
「はい、私は魔導族です。ドラン様は私が怖くないのですか?」
魔導眼を発動させて、恐る恐るドランを訪ねる。怖かった。魔導族故、嫌悪されるのが。
自分は人間に酷いことを今までされてきた。叔父に虐待され、母は目の前で殺された。
ルインは人間に不信感を抱いている。でも、それでも人間社会に溶け込みたいのが本音だった。
「そんなの関係ない。ルインはルインだ」
ドランは意志のハッキリとした口調で言った。
「ドラン様……」
それにルインは例えようのない安心を覚え、涙腺から溢れる涙を抑えきれずにいた。
この瞬間、ルインは盲目的にドランに対して特別な敬意を持った。
自分が初めて敬意を持つ人間……ルインは自然とドランに惹かれていく。