9 大切な一時
9 大切な一時
家臣であるフォースには気持ちとは裏腹にドランは下等な人間に過ぎないとは言ったが、密かにドランを慕う気持ちを持ち続けた。ドランは虹色蝶の研究に熱心だった。
将来はサモンの研究を継ぎたい言う程である。
ドランは貴族家の長男だったが、研究の為に家を出た叔父と同じ道を辿るのだと豪語していた。
幼虫の飼育部屋でラベルの管理をするルインにドランは言った。
「ルイン。私は叔父の研究を継ぎたい。虹色蝶の研究に生涯を捧げるつもりだ。
虹色蝶は素晴らしい……その生態はまだまだ謎に包まれている」
ドランは飼育ケースに餌である虹色草の交換をしながら、自身の将来の展望を述べた。
ルインはドランの熱意が、分からなかった。こんな虫けらに一生を捧げる価値などあるものかと。
「ルインは虹色蝶が素晴らしいと思うだろ?」
「はい、虹色蝶はとても素晴らしい魔物です。
私もドラン様のように虹色蝶の研究をしていきたいです」
ルインは平然と嘘を吐いた。本当は虹色蝶など、心底どうでもいい。
自分が慕っているドランが虹色蝶を好きだから、それに合わしたのだ。
虹色蝶を出しにしてドランと仲良くなれたらと言う淡い気持ちがあった。
「二人とも、今日は虹色山で、野生の虹色蝶の採集に行く。準備しろ」
サモンの一声で、採集セットを準備して、虹色蝶が生息している虹色山へと出かけた。
虹色蝶は虹色山の山頂に分布している。とても険しい山であるが、
魔導族の血を引くルインは軽やかに上っていく。
ドランも意外にも体力があり、息を切らしていない。
サモンは老齢であり、軽々と登っていく若い二人に大きく後れを取っていた。
ルインはこの上なく幸せだった。ドランと山登りと言うイベントに。
そして山の中腹で昼食を取る。ルインはドランの為だけに腕によりをかけて弁当を作った。
ルインは隠れて料理の腕も磨いていた。全てはドランに食べさせる為に。
今日の弁当は昆布のおにぎりとから揚げを添えたものだ。
「ルインの作ったおにぎりは美味しいな。褒めてやる」
サモンはおにぎりを頬張りながらルインの料理の腕を褒めた。
――当たり前でしょ。それにお前の為に作ったのではない。
ルインは心の中でサモンに悪態を付いた。全てはドランの為に作ったのだ。
「ルイン、美味しいよ。ありがとう」
「ドラン様……」
ルインは美味しく頬張るドランに恍惚とした表情を浮かべていた。
料理の腕を磨いていて良かった。ルインは大満足であった。
その時、銀の腕輪が妖しく光る。ルインは大慌てで、木陰の裏に隠れる。
銀の腕輪が人間の子供の姿に成る。フォースは大変、御立腹であった。
ルインは目を細めるフォースに下を向いて視線を合わせようとしない。
「姫様、下等な人間共に手料理を作ってやるとは。
貴女は魔導族王家の姫君なのですよ。姫様の手料理など、私も食べたことも無いのに」
フォースは何故か嫉妬の表情を浮かべていた。
「フォースの分も作ったから食べる?」
「勿論、有り難くいただきます」
フォースはパッと眼を輝かせた。それからは元の場所に戻って四人で仲良く食事を共にした。
普段は下等な人間共、と一笑に付し、このメンバーに加わらないフォースだが、
この時ばかりは人間に対する蔑みを忘れて、ルインの手料理に夢中になった。
「これから山頂を目指す。険しい道のりだが、虹色蝶を採取する為だ。」
楽しい食事を終えた四人は山頂を目指す。これから更に厳しい道のりらしい。
ルインはたかが、虫如きに労苦を費やすのは些か気が引けた。
自分は魔導族の姫……こんな険しい道のりを徒歩で行くなど論外だ。
「私は魔導族の姫。虹色蝶の為に険しい道は論外。
フォース……流星鳥に姿を変え、私とドラン様を乗せて山頂まで運べ」
ルインはその眼に輝く真紅の瞳を唯一の家臣であるフォースに向ける。
フォースは深くお辞儀をして、見る見る内に流星鳥の巨躯に姿を変えてルインを優しく背に乗せた。
「これは……流星鳥。ある一定の周期で宇宙の彼方からやって来る希少な魔物だ。
私も乗せて貰っても良いのかな?」
サモンが流星鳥に姿を変えたフォースの背に乗ろうとしたが、弾き飛ばした。
「何を……!?」
フォースに弾き飛ばされたサモンは目を丸くする。自分の立場が良く変わっていない様子だ。
「下等な人間如きを私の背に乗せる訳が無いだろう。
乗せて良いのは魔導族王家の血筋を引く姫様のみだ」
フォースは弾き飛ばしたサモンを蔑むような目線を向ける。
ルインはサモンも乗せたかったが、フォースに弾き飛ばされるのは分かっていた。
フォースは人間を毛嫌いしている。しかし、ドランだけでも乗せたい。
「フォース、ドラン様だけは乗せろ」
「しかし……」
「これは命令だ。ドラン様だけは特別だ。すみませんが、サモンおじさんは徒歩で」
「儂は構わんが……」
「はい。仰せの通りに」
フォースはルインとドランを乗せてあっと言う間に空を翔けて山頂まで運んだ。
ルインは目を輝かせてドランとの僅かな一時を楽しんだ。
楽しい、ドランと共に空を駆け抜けるのは。
虹色山の頂に着いたルインとドランは山頂からの景色に感動していた。
ルインは同年代の少女と比べて若干、背が高いが、ルインよりも遥かに大きかった。
ルインは山頂からの景色に感動を覚えるドランに拠り掛かり、そのままウトウトして眠ってしまった。
「ルイン……寝てしまったのか。寝顔も可愛いのだな」
適当な所に寝かせて、ドランは上着をルインに掛けて優しく言った。
ルインはこの上なく幸せだった。自分が慕っている者と一緒に感動の景色を味わう喜びを。
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