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プロローグ

「暗い・・・、ここは?私は誰だ?」


 ちゃぽん。


「水につかっている?息はできる、空気は冷たい。浸かっているのはぬるま湯か?・・・だいぶ目が慣れてきた」


 あたりにはドロドロに溶けた蝋燭が何本も立っている。ところどころの灯が部屋を照らす。私は、自分の浸かっている液体に目を向けた。

 赤くテラテラした液体。私は一瞬で血の気が引くのを感じた。


「血!?」


 私は、すぐに浴槽から出て浴槽を見下ろした。


「ち、血じゃない?」


 私は、体の匂いを嗅いだ。・・・ほのかなアルコールと葡萄の匂い。・・・ワインか?あたりを見渡すと、ほこりかぶった部屋の内装とは対比した新しいパンが置いてあった。


「ワインにパン・・・。冷えるな」


 私は部屋の冷え込みに身震いをし、何か身にまとう物を探す。息が白む中、部屋の中を散策する。レンガ造りの壁にかなり高い位置にある窓。カーテンはなく、青白い光が薄っすらと差していることから外が夜であることがうかがえる。開きそうな扉を見つけたが、今は衣服を探すのが先だ。このままでは凍えてしまう。

 いったいなぜ私はここにいる。この状況は何だ。記憶がない。思い出すという行為が、できないほどに奇麗に記憶が抜け落ちている。

 目を細め、あたりを調べる。すると壁にかかった衣服を見つけた。これ幸いに、私は衣服を身にまとう。ところどころにほつれ目と傷が目立つ服に、真っ黒のローブ。そして傷だらけの軍帽。あまりにも異様だ。


「この服・・・」


 ギギギギ


 扉を押し開ける音。私の背中に冷たい汗がつたる。真っ赤な瞳が暗闇から扉を大きく開け私を見つめていた。ボロボロの黒ずんだ白衣に身を包んだ老人。胸まで伸びた汚らしい髭を震わせ老人が笑いだす。


「ハハハ、お目覚めですかな?」

「あ、ああ」

「ずいぶんと長く眠られていたようで」

「長く?一体どのくらいだ?」

「ざっと、三年です」

「さ、三年・・・」


 私は、愕然とした。記憶はない、だがそれ以上に今の私の体に驚愕した。三年もの間飲まず食わずだったはずの私の身体はやせ細っていてもいいはずだったが、私の身体は若々しく筋肉が衰える様子もなかった。


「あなたが、看病を?」

「いえいえ、私は何も。・・・そうそう、お手紙を預かっております」

「手紙?」


 老人は私に手紙を手渡すと部屋を後にした。私は手渡された手紙を眺める。


「かなり、古くなっている。三年というのはうそではないのか」


 茶色く風化した便せんの封蝋をはがし中の手紙を読む。


『血を求めよ。悲しみに熟れる夜の街で、人の命を刈り取れ。彼らは狂っている。私もまた狂っている。夜の月は沈むことはなく、太陽が微笑むこともない。冷めきった心で切り伏せろ。望むものは一つ、清廉な血統のみ。ー アデランス・B・フランソワ ー』


 赤黒い文字で書かれた手紙には金色の弾丸が一発同封されていた。


「この手紙。私宛なのか。清廉な血統・・・。そしてこの差出人の名前・・・」


 謎は深まるばかりだ。だが、ここにいてもきりがない。この手紙、何かあるはずだ手紙に従うのがいいのか。記憶がない分判断に困る。まずは情報を集めよう。


 私は老人が入ってきた扉を開いて廊下に出た。ところどころのガス灯が暗い廊下を照らしている。全体的に埃っぽいが、しかれた赤いカーペットはきれいに整えられていた。私は、老人の足音が消えたほうに歩き出した。


 大きな窓が並ぶ廊下。青白い光に誘われふと、外を眺めてみた。

 荒廃した町。崩れかけのレンガ造りの住居。燃えて鎮火した後であろう教会。そして、徘徊する人々。あれが狂った人々なのか?


 長い廊下をひたすらに進んでいると下に降りる階段を見つけた。私は手すり伝いに階段を下りていく。下に降りるにつれて少しづつ暗さが増していく。

 暗闇に溶けていく感覚。心地よく、狂気に包まれる。


「ああ、死者か?」

「いや、聖者様だ」

「お美しい。私たちをお救いになるわ」

「きれいな髪ね・・・食べてしまいたいわ」


 体が腐り、骨をむき出しにした亡者たちが私の足元にわらわらと纏わりつく。不思議と嫌悪感や恐怖は感じなかった。ただ心地よかった。そんな私の目の前にある男が現れる。その男は、さっき私の着た服と同じ服を身にまとい、片手に、猟銃。もう片手に東洋の刀を握っていた。


「ああ、救いだ」

「私たちの狂気に幸あれ」

「殺して!」

「殺して!」


 亡者たちの声が一層大きくなる。それにこたえるように目の前の男は刀で亡者の頭を跳ね飛ばし、頭を串刺し、猟銃で体を吹き飛ばしていった。最後に残ったのは血の海と私とその男だけだった。

 男が赤い瞳でこちらを見つめ口を開く。


『狂気に飲まれよ。さすれば貴様も・・・。いや、貴様は私か。なら、殺してやってくれ。これは私の、いや私の血の過ちだ。罪など償っても償いきれん。狂ってからでは、人には戻れんよ。この町に清廉な鎮魂を』


 パシャパシャと血の海を渡り歩き私の目の前に来た男は私の頬に触れる寸前で砂煙となり消えた。


 私は、ゆっくりと瞳を開いた。そこは血の海などではなく、赤いカーペットの広がる開けた場所だった。


「お会いになられましたか。我らが聖者に」


 状況を受け止めきれない私の背後から、語り掛けられた。

 急いで振り向くとそこには先ほどの白衣の老人が立っていた。


「あったとは?あの亡者たちを切り殺した男のことか?」

「はい、あの方の名は、コウレル・サイトウ・アイシェルン。この家の主です」

「死んだのか?」

「はい、100年前に」

「100年!?では私が見たのは」

「主の、希望です」


 分からない。理解が追い付かない。あの手紙の主は誰なんだ?あの手紙も、あの男も、なぜ私に殺せと。


「あなたが、殺そうと、殺すまいと時は進みます。時間がたてばその体も朽ちる。残りの余生をどう生きるかは貴方様次第でございます。しかし、あなたは主に選ばれた、それだけは忘れぬようお願いしたい」


 今までで一番強い口調で老人が俺を諭す。その時私には殺すしか道がないことを理解した。残された道は一つ、私がだれなのか、それもわかる時が来るのだろうか。

 俺は、すうっと息を吸い、白む息を吐き出した。


「こちらを」


 それを見た老人が俺に布に包まれた何かを差し出した。老人は布をほどき中身を露出させる。そこにはあの男、コウレルが持っていた刀と猟銃が包まれていた。

 私は、刀と猟銃を量の手に握りローブをひるがえした。


「死か、これほど身近に感じるものなのだな」

「どうか、清廉なる鎮魂を」


 老人は、床にひれ伏し頭を床につけた。

 私は、そんな老人を置いて、広場の目の前の大扉を押し開けた。冷たく重たい空気が流れ込む。むせかえるような瘴気と狂気。しかし、私にとっては不思議と心地の良いものだった。



 扉をあけ放つ。目の前には鉄城門。玄関からこんなすぐにあるものだろうか。ふと私は降りかえる。そこは崩れかけの崖だった。先ほどまでいたであろう城ははるか遠くの空に浮かんでいた。もはや何が起きても驚かん。これもまた、狂気に魅せられた者の定めなのか。

 私は、城門を押し開き広い道に出た。つぶれた馬車に、馬の屍。光のともらないガス灯の街灯。いかにもな荒廃っぷりだ。


 グチュル、グチュル。


 生々しい、何かをかみちぎりむさぼる音。野良犬が動物の屍を食らっているのだろうか?私は、音のほうへと向かってみた。なぜ私はこんなにも高揚しているのか、口から笑みが止まらな。気を許すと口角が緩んでしまう。


「これが狂気か・・・ふふ」


 音の聞こえた路地裏。何かが汚い咀嚼音を立てながら、何かを食らっている。

 私は、何かにそっと手を伸ばす。何がしたかったのだろう私はなぜその何かに触れようとしたのか?


「誰だ!」


 何かが、私に気付き振り返る。その姿は口元に血をつけた人間の男そのものだった。


「お、落ち着け。俺は人間だ。少し話を聞きたい」

「話?・・・わかった、場所を変えよう」


 男は、口元を袖で拭い立ち上がった。男に連れられ俺は路地を出た。男が食らっていたのは紛れもなく人間の屍だった。


「で、聞きたいって何をだ?・・・その服、このあたりじゃ見ない服だ。旅人か?」

「あ、ああそんなとこだ。聞きたいことってのは、この町のことだ。なぜこの町はこんなに荒廃してるんだ?何があった?」

「何があった・・・?何があったんだ?」

「は?」

「いや、何があったんだろうな?俺も覚えちゃいない。気づいたらこのざまさ。旅人、もう何人食らったか」

「食らう?・・・」


 血の気が引いた。私が男のほうを見ると男の首はあらぬ方へと曲がっていた。赤い瞳、獣のように伸びた犬歯をむき出しにし私に飛びついてきた。


「食わせろ!!」

「ちっぃ」


 私は、飛びついてきた男を寸でで猟銃で受け止めた。理性をなくし私に噛み付こうとする男。

 これが狂気。人には戻れない。俺が狩るべき、コウレルの過ち。

 俺は猟銃で、男を押し返し距離を取る。


「清廉なる鎮魂をくれてやる・・・」

「ぎぎゃー!」


 叫び散らす男、その声からはもう人間性などかけらも感じ取れない。


「今送ってやる」


 私は、そっと銃の引き金を引いた。弾丸は拡散し男の頭を吹き飛ばした。

 男の死体から血が流れだし私の足元まで流れてきた。テラテラとした赤い液体から匂ってくる鉄臭い臭いは、ほのかに私の尾行をくすぐり、私の中の狂気を覚ましていった。

 結局、何もわからなかった。しかし、狂気にやられた人間は表は人だ。襲われるまで見分けはつかない。だが不思議だ。なぜここまで殺すことにためらいがないのか。それどころか殺すことに一種の興奮を覚えた。私もまた狂っているということなのか。あの手紙通り。


「ふぅー・・・。冷えるな」

 私は白む息を吐きその場を後にした。


初めまして、神奈りんです。


 この度は、この話に目を通していただき、誠にありがとうございます。一週間ぐらいで続きが出ると思うので、続きが気になってしまったという方がおられましたら、気長に待ってくださると幸いです。

感想など自由に書いてくださると幸いです。

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