歪な純愛
リアは彼を愛していて、彼はリアを愛していました。
何が二人を離そうとそれは歪な純愛でした。
「では、その時の状況を教えてください。」
世間では彼女らを天使と呼ぶらしいが、リアは彼女らを白衣の悪魔だと呼んでいた。
「彼に会ったのはほかの星々がくすんで一つの星が輝いたときね。」
曖昧なことを言うリアに看護師たちはうんざりしていた。
「私は正直者よ、ちゃんと質問には答えているわ。」
どこで出会ったか、どんな生活を送ったか、家の周りの状況など様々なことをリアに問いかけても十分な回答を得られることはできなかった。正直者のリアは喋りはするが情報を与えまいと素直には答えていなかった。
「彼に素敵な人よ。暴力も暴言もしないわ。それに私のことを鬱陶しく詮索してこないの。」
この言葉を聞いて看護師の隣にいた医者は顔をしかめ、それを見たリアはしてやったりと笑った。
『問答』
他の星々がくすんでいた夜にリアは一人の男性に出会った。
一夜限りの恋人を演じきり、リアとして路地裏を歩く。決して綺麗とは言えない職業。汚れ切った体はどんなに拭っても美しくなることはない。忌々しく思う自分の体をリアは何度も傷つける。それでも客は自分を欲しがり、貢ぎ、飾り付けようとする。客はリアを欲しがっているのではない、相手をしてくれる人物を欲しがっているだけだと気づいたのはそういった仕事を初めてすぐのことだった。
壊れそうな体で歩く道にはリアが手に持っている安酒が垂れていた。けだるげに歩くリアの後ろに影が差し、一瞬で視界が暗くなった。すぐに誰かに背後からつかまれているとわかったが、抵抗しようにも男の太い腕であろうものは全く引き剝がすことができなかった。そうとわかるとリアは途端に力を抜いた。何も怖くて抵抗していたのではない。金銭が絡まない行為には全く興味が湧かなかったのだ。
「どうして抵抗をやめた。女は声を上げるものだと思うが。」
男はすぐ動かなくなったリアに問いかける。
「あら、何度か同じようなことをしているのね。浮気性の人とは相性いいのよ。」
リアは男の問いに皮肉めいた声で答える。そのあとも視界は遮られたまま問答は続いた。
「身売りをしているのか、哀れだな」
「それも商売でしょう。」
「それは諦めか、本音か。」
「こういうセリフよ。」
「どうして逃れようとしない。」
「熱烈だからかしらね。」
ぶっきらぼうに質問を続ける男と、空を切るようなことしか答えないリア。リアは男の意図がわからなくなり問答を交代した。
「これからどうするの。」
「奪う。」
「何を。」
「お前のものを。」
「すべてを」
「すべてだ。」
「命もかしら」
「そうだな」
初めて沈黙が訪れた。リアはもう辟易していた。問答ではなく自分の生活に。彼女は彼女の人生に未練などなかった。
「そう、じゃあすぐに殺してちょうだい。あなたが私のすべてを奪って幸せになることを願っているわ。」
そういって何も喋らなくなったリアに男はまだ問いかける。
「どうして生きようとしない」
リアは答えない。この問答に最初から意味なんてなかったからだ。人生の最後ならと少しお喋りをしていただけ。
「俺にはお前がわからない。お前にも俺がわからない。」
男は呟き、突然リアを担ぎ上げた。俵運びをされているリアには男の顔も心情も何も読み取れないが、まだ生きなくてはいけない気がしてため息をつく。安酒をあおっていたこともあり、少し苦しいが男の肩を借りて少々眠りにつこうとリアは目を閉じた。