悪役令嬢ではなく、悲劇の令嬢では?
ヒロインは、卒業式のパーティーで婚約者である王太子から突然、婚約破棄を言い渡される。そして、王太子が選んだ恋人を在学中虐めたという無実の罪で断罪され、着の身着のまま国外追放される。しかし、彼女は逞しく生き、出会う人々を助け、魅了して行く。一方、王太子とその愛人は国政を牛耳り、しまいには父国王も暗殺して王位につき、豪奢で酒浸りの生活に耽り、阿諛追従の貴族やよからぬ人間達を集めて、ヒロインの父をはじめとする貴族を弾圧し、国民を抑圧する悪政を行う。彼女は、彼女に魅了された人々とともに軍を率い、最終的に王太子達を破り、国の平和を取り戻す。縄打たれ、彼女の前に引き出された王太子は彼女によりを戻そうと泣いて訴えるのを無視して処刑、彼女から婚約者を寝取った女は毅然として死を待つが、そうではなく生き地獄に突き落とす。ヒロインはハッピーエンド、彼女の夫が誰になるかは、選択次第。ただ、選択を誤ると、ヒロインが死んでゲームオーバーになる。
ライトノベル原作の「悪役令嬢は救国する」というゲームである。
この世界がそれだという記憶を、多分、確か西方大陸の半島南北から突然飛んできたミサイルで死んだ前世のことを思い出したのは5歳の時だった。その時はよく分からなかったが、成長するにつれて、次第に理解できるようになり、入学寸前にはっきり理解できた。だから、心配は、しなかったが、輝かしい未来のため自分を磨き、サバイバル術や武芸も学び、努力してきた、つもりである。
学園生活でイザベラと王太子ルイスと密会しているのを見たことはなかった。彼の馬鹿ぶりも、見たことも聞いたりこともなかった。原作も、ゲームも、唐突に婚約破棄が言い渡されることになっていたから、“直前まで知らなかったのだ”ということだと思っていた、思うことにした。
「それでは、悪役令嬢ではなく悲劇のヒロインでは?」
王太子ルイスに、反論されたのは6歳か7歳の時だった、ということを思い出した。それは、5歳の時に思い出した彼女が、
「王太子様は、私に婚約破棄だと言うのですわ。」
としきりに言うので、幼い子供だから言ってしまったのだが、5歳年上の王太子が話を聞いてくれた後、呟いたセリフだった。
「そのようなことは言うものではないぞ!」
と父に何度か厳しく怒られて、あまり口にしなくなった。その意味が分かったのは、何年かたってからだった。それからは王太子の婚約者、国内で王族に次ぐ高位の貴族の令嬢に相応しい態度・行動をとりつつ、婚約破棄後に備えた対策を準備していたのである、両親からは訝しく思われ、呆れられていたが。
王太子は嫌いではない。どうしようもない放蕩、駄目男であろうと、彼女には親切に接してくれていたからだ。それに駄目男ぶりを見たことも、聴いたこともなかったが。だが、恋愛感情はなかった。だって、婚約破棄するのだから。
“大体、この馬鹿王太子のせいでこの国はめちゃくちゃになるんだから、私が王太子妃になったら、私まで、こいつと一緒に破滅するんじゃないの?”そこまで考えると、頭の中の混乱が頂点に達した。
「何しているのよ!」
思わず声が出てしまった。3人の驚いた視線が自分に向けられているのに気がついた。“しまった!どうしよう…。”ふと、王太子の手元が目に入った。
「そんな手紙ばかり見て。」
考えなしにそんな言葉が出た。しかし、それがよかったらしい。
「ルイス様。馬車が動き出すなり、そのような書類を読んでいては、ルシア様に失礼ですよ。」
「全く、お美しいルシア様を無視して、ルイス様のお心を疑いますわ。」
2人に責められて、たじたじだという表情になったルイスは、
「愛しい婚約者との楽しい時を過ごしたいから、面倒なことは先にすませようと思ったんだよ。ぼくは嫌いな物を先に食べ、宿題をまずすませる方だからね。しかし、君たちの言うとおりだ。すまなかった、ルシア。」
と言って、書類の束を向かい側の2人に差し出した。
「読んでみたまえ。」
と言うように。
逆らえない2人は、恐る恐る、それをとり、
二人して読み始めた。ルイスは、ルシアの顔をじっと見ながら、微笑んでいた。
「あの娘を連れていかせましたが、何処に?」
「ああ、あのことか。心配かい?」
“あの娘のことが気になるのは、あなたの方でしょうが!”彼の顔は、面倒くさい事をしたというものだったが、
「校長室へ連れていかせた。」
「え?」
「この件のことを伝えて、二度とないようにと言うことが一つ。二つ目は、破り捨てたから、なかったことだ、そのなかったことで彼女に危害が生じないこと。ルシア嬢が寛大な措置をと言ったので、私からもお願いするというのが3つ目。」
「ちょっと、私そんなことは…。」
「ルシア様。王太子様は、些細なことでも、ルシア様が王太子妃として良い印象を国民が持つようにという思いからですよ。」
間をおいてから、吐き捨てるように、
「こんな過激な輩に対しても。」
“え?過激?”
ルイスは、それが可とも不可とも答えなかったし、その表情からも分からなかった。ただ、少し苦悩しているようにも見えた。
「革命?俺はなにをした?…。」
その呟きは、ルシアにはわからなかった。何か呟いたことだけは分かったのだが。そして、彼はすぐに、明るい笑顔を浮かべて、
「取り敢えず、楽しい時間をすごそうじゃないか、僕たちの。」