婚約破棄…されなかった。
コリントス王国王立貴族女子高等学習院では、卒業式後のパーティーが始まっていた。
ゴール公爵令嬢ルシアは、少し緊張していた。女性としては長身で、スリムだが、胸も尻もそれなりに大きく、形が整っていて、女性的な魅惑を十分以上に周囲に放っており、長い黒髪は全体を引き締め、かつ、彼女の魅惑を増幅していた。少し高慢というか、つんとした所は多少は感じられるが、かえってそれが高貴さ、威厳を感じさせてもいた。上質だが、清楚で、やや地味なくらいのドレスも彼女の、そうした魅力を損なってはいなかった。その彼女の目は、上段で挨拶している王太子ルイスに向けられていた。彼は彼女の婚約者である。やや長身の黒髪の優しい顔立ちだが、戦場での経験からか、少しは精悍さを少しばかりは感じさせるようにも見えた。そして、彼は、挨拶が終わった後、彼女に婚約破棄を言い渡し、あげくの果てに無実の罪を着せるのである。しかし、彼女は絶望はしていなかった。それは、その後、短期間苦労はするが、隣国の若き王か、国内で王族に次ぐ大貴族か、はたまた魔王に拾われ、あるいは近衛軍士官に助けられ、これら誰もが超イケメンで、彼らに溺愛されて、彼女は復帰、王太子とその恋人に最後はざまあするのである。ちなみに、その二人は惨めな最後、バッドエンドとなるのだ。彼女はそれを知っていて、そのために備えてもきた。聖女のような微笑みから武芸、サバイバル術まで学んできた。ゆえに、婚約破棄の言葉を、心待ちにしていた、多少は不安もあったが。
学園生活の間に、イサベラ、フャリサ準男爵家、成り上がりの法服貴族、の令嬢で、ルイスが真の恋人として選ぶ女である、の影はなかった、ルイスの周りには、今に至るまで。“何処かで、隠れて愛をはぐくんでいたのでしょうよ。私の目に入らなかっただけ。実際、突然の婚約破棄に唖然としたのだから、設定上は。現に最優秀卒業生のメダルを彼女に、ルイスは与えているじゃない。”それは、成績最優秀者に与えられるものだが、どんなに成績が良くても、成り上がりの準男爵家の人間には与えられることはない。それが与えられた、他の二人の身分の高い家の者達とともにだが。それは、彼女が断トツのトップにもかかわらず、通常は一人だけに渡されるものなのにもかかわらず、彼女よりかなり成績が劣る2人とともに与えられたという意味では、逆の意味であり得ないことだった。それは、彼女が与えられる異例さを隠すためだった。その決定には、ルイスが関与しているとルシアは考えていたが、それは、彼は国王の代理として、最終的に決定する者であるからだった。実際に、この決定には彼が大きく関与している。というより、彼がイサベラの授与を命じたのである。“身分が低いとはいえ、成績最優秀者が、これだけ断トツの成績なのに、授与させないというのは問題ではないか?”と逆に校長達に質したのである。ただし、他の二人には親しく声をかけ、メダルを首にかけてやったのに、彼女には事務的にメダルを渡しただけであったが。“猿芝居!”これも、彼が校長達に提案したものだった。
挨拶が終わった彼の視線が、彼女に向けられた。“いよいよね!さあ、来なさい!イサベラは…、近くにいないけど…、あ、あそこでじっと見てるじゃない。落ち着きなさい、私。これから、私のハッピーエンドの幕開きよ!”彼女の頭の中では、栄光の旅立ちを告げる鐘が鳴り響いていた。
彼は、本当なら婚約破棄を言い渡す場所から、婚約破棄の言葉を出すことなく去り、皆が唖然としている中、ルシアの所に下りてきて、やはりやや唖然としている彼女の手を取って、
「美しい、私の婚約者といられる時間が、これからは多くなって嬉しいですよ。いや、これからはずっと一緒だ。」
「へ?」
「さあ、行きましょうか。」
「は?」
あれよあれよと言う間に、彼は彼女を抱き上げ、つまりお姫様抱っこして、歩き始めた。会場は大きなざわめきが起こった。
「相変わらずのやんちゃぶりだ、王太子様は。」
「お仲がよろしいこと。」
「ルシア様も少しはしたないのでは。慎みが…。」
「いやいや、若いうちは…。」
などの声が王太子の背中に突き刺さっていた。どんなに彼の評判が墜ちようと構わないが、この状態は何とかしないと、とルシアは思った。
「止めて下さい。恥ずかしいですわ。降ろして下さい。そもそもどこに連れて行くつもりなのです?」
手足もバタバタさせた。
「何を言ってるんだい?一昨日約束したではないか?公爵ご夫妻も了解してくれたではないか?まさか、聞いていかなかったのかね?おっと、暴れると転んでしまうから、大人しく…。おっとと…。」
「きゃー!」
ルイスが倒れかかったので、ルシアは思わず首にすがりついてしまった。
「あらあら、あのルシア様が、あんなに甘えてしまって…。」
「お熱いこと。」
ちなみに、人々の目には、
「嫌ですわ。恥かしい~。」
「じゃあ、下ろそうか~?」
「それは、もっと嫌~ん。ぎゅーっとしてあげますわ!」
と見えていた。
“違う!”周囲の声に心の中で反論した。“一昨日?”王太子ルイスは、彼女の実家を訪問した。卒業式前だったが、彼女も宿舎を引き取り、実家に帰っていた。“婚約破棄のことで、王太子のことなんてどうでもよかったから…何だったっけ?”と考えているうちに、二人は会場を出てしまった。王太子の馬車が目の前に現れた。その時、その間に割って入る者がいた。イサベラである。見事な金髪が乱れ、荒い息をしていた。全力で走って追いかけて、追い越したのだ。“ついに来たわね!ちょっと設定と異なるけど。”
「王太子様。これを読んで下さい!」
真剣な目だった。“やっぱりね。運命は変わらないのよね。ここなのね!”
「さあ、降ろしていただけませんか?私に言いたいことがあるのではありませんか?」
彼女は婚約者を睨みつけたが、彼にはそれは妖艶な微笑を浮かべているように見えた。




