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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
97/129

3.49


 未だ嘗て見たことがないほど落ち込んでいる姿を見て、思う事は一つ。


「ざまあみろ」

「静かにしてくださいな」


 俺の額に冷えた濡れタオルを置くと見せかけて起き上がるのを阻止しながらリナリアが嗜める。静かになど無理だ。積年の恨み。ふはははは。


「イベリスを呼んできましょうか?」

「やめろとんでもなく怒られる」

「まあ、それだけ熱を出したら当然で」

「他人の色恋に関わるなと言われ続けたもので」


 チャービルの言葉は無視して、さらりと事情を知っている人間がリナの他にいることを告げてやる。落ち込んだ肩がピクリと跳ねる。ふははははははは。


「…陛下は具合悪いと性格がものすごく悪くなるんですか」

「元からですのよ」

「そんなことおっしゃらないで下さい。この件に関しては私も悪かったですから…」

「違う、悪いのはそこにいる奴だ。あと逃げた歌巫女だ」


 何度目の収容か、見慣れてしまった部屋にまた押し込まれ寝台に寝かされている。熱が下がらない。当然だ、あれだけ騒いだのだから。

 だが悔いはない。これで永い眠りについたとしても思い残すことはないだろう。


婚約者わたくしたちを置いて行こうというのによくそんなことが言えますわね」

「ごめん、あまりの達成感につい」

「達成感って…」


 ラルゴのそばで励まそうか見守ろうか考えあぐねているライラックが呟くのが聞こえる。因みにこいつは弟がカトレヤに惚れているということに気づいていなかった間抜けである。


「そんなに溜め込んでたんですか?」

「カトレヤがここに来た辺りからずっとだな」

「え、一目惚れとかそういう感じ?」

「違う」


 もはや追撃を加える側に回った兄に当人は何も答えない。従って代わりに熱に浮かされた性悪が答える。


「目の色」

「ーーーなぜそんなことまで知っているんです…」


 ついには顔まで覆い始めてしまった。


「んなモン見てればわかる」

「俺、わからなかったクチなんですが」

「遊び人気取り、父君を見習って本職の遊び人になったらどうだね」

「私の専業は伯爵です!!…目の色って一目惚れの要素ってことじゃないんですか」

「少し違う」

「もういいでしょう!」


 父親まで質問側に回り始めたのが許せないのだろう。立ち上がって部屋を出ようとする。

 が、丁度入室者がいたためにそれは叶わない。


「あれ、いつ呼んだ?」

「お声は掛かってませんが、お帰りが少し遅かったので」

「ああ、悪い。実はさ、」

「この様子では大方、歌巫女殿と弟君のことに関して故意に口を滑らせたのでしょう」

「えぇ…どこからそれが分かるんだよ…というかお前の詳しいのかよ…」


 ライラックの質問に答えながらスタスタ近寄ってくる相手に、何とか起き上がって両手を広げる。大腿の上に落ちた濡れタオルはリナが回収してくれるだろう。

 深い色は俺の体調をさっと確認した。状態によっては問答無用で抱え上げて運搬を始めるので、今はそれほどのものではないようだ。とはいえ自力では帰れなさそうだし、迎えにきたと言うなら有り難く利用させてもらおう。


「帰る」


 そう言っているのになんの反応もない。ただ膝をついて俺と顔の高さを揃えるだけである。


「帰る」

「…陛下、一時の感情に流されてそれまでの努力を無に帰すなど愚か者のすることではありませんか?」

「大人しく抱かれてやると言ってるのだからさっさと抱け!」

「手を差し伸べると決めたなら最後まで果たしなさい」

「手なんて差し伸べてないと言うに!!」


 手を差し伸べて欲しいのはこっちである。なのに、ふぅ、と溜息を吐くなんて。


 額にやっていた手を下ろして寝台の端に乗せてきたので、暫くここで話をするつもりのようだ。抱え上げられもしないのに手を広げていても疲れるだけなので渋々下ろして聞き手に回る。腕は組んで反抗の意思表示を忘れない。


「私の記憶通りなら、貴方様は7年近くこの件に関して最も内情に通じた第三者という立場を貫いておられた」


 あっさり恋煩いの期間をばらされた奴とその肉親が慄く。その様子をなんとも言えない顔で見ながら、リナは水桶に戻した濡れタオルを絞っている。


「最も理不尽に巻き込まれた無関係の人間の間違いだ」

「不平を言うのなら歌巫女殿に相談された時にきっぱり断ればよろしかったでしょう?今更反故にするなど」

「堪忍袋の緒が引き千切れたのだ」

「…今はそれで納得されていらっしゃいますが、熱が引けたら後悔なさいますよ」

「そんなわけない、清々した」

「いいえ、必ず」


 少しも逸れることなくこちらを見つめる濃紫と淡々とした声は、どんな内容であれそれが真実であるように思わせてくる。

 抗うために負けじと見つめ返すが、何だか冷や汗をかいている気分である。


「国の冠、民の盾。そして、女神の忠実なる信奉者ーー貴方様が積極的に動かなかったことによって、あのお二人は貴重な時間を失ったとは思いませんか?」

「……は?」

「好いた相手と想い合える。それも感性の瑞々しい時期に。取り戻そうとしても叶いません。貴方様の責任です」

「お、お前…っ、なん、」


 何でそんなことを。


 よりにもよってお前が、



「イベリス様、あの、さすがに言い過ぎというか…」


 そっとチャービルが声をかけるが聞こえていない振りをして、ただただ俺を見つめている。

 心臓がだんだんと大きな音を立て始めた。


「聡明な我が君、貴方様ならば角も波風も立たないようにお二人を婚約関係に持ち込めたでしょう。ですがそれをしなかった」

「…わたしが費やすべき労力であったとでも言うのか?」

「労を惜しんで、であればそうですが。敢えてそうなさったのでしょう?貴方様は王であるから」


 バクバクと、駆けてもいないのに早鐘が聞こえてくる。


「貴方様が間を取り持てば、どうしても命令の色合いが残ります。相手が命じられて自分と一緒にいるのではないかと、お二人が誤解する余地を一欠片も残したくなかったのでしょう」

「…」

「その為に謂れのない謗りを受けても、非常識な訪問を受けても、貴方様は耐え忍ばれました。それを無碍にされたというのなら、腹立ちもございましょう。しかし今このまま退いてしまえば、取らなかった手段を悔いて悩むことになります」


 この男の言うことはいつも正しい。

 分かっているのだ、きっと後でこんなことしなければ良かったとほんの少し悔いるだろうことは。それでも構わないのに。


 俺の保護者はほんの僅かな憂いすら、俺の中に残ることを嫌うのだ。


「見捨てるなら、納得の行くまで首を突っ込んだ後で、徹底的になさい」

「……イベリス様?」

「貴方様が間違っても後悔する余地などないほどに。それでも状況が変わらないのなら、かけてきた温情を悉く無碍にしたその罪に見合う罰を与えて縁を切りなさい。関わるだけ時間の無駄です」

「イ、べリス様?!」

「無論、本来貴方様の役割を引き受けるべきだった周囲の人間も含めて断罪することをお忘れなく」

「いったい何を、何をおっしゃっているのですか?!」

「さあ、お考えください。どのような方法を取りますか?」


 チャービルが大声で名前を呼んでも気づかないふりを続ける。

 俺の保護者は別に冷酷非道な人間ではない。極一部のものを除いてあらゆることに関心がないだけなのだ。ただ目に入るだけ、そこにあるだけ。感情を向ける必要のないものにどうして冷たくできるというのか。


 理由は分からないが幸運にもその一部の例外に含まれている俺は、ただ聞かれたことに頭を巡らせる。納得のいく首の突っ込み方は、おそらくイベリスにも分かってるし俺も簡単に思いつく。だから、質問は断罪の方法についてだ。


 評価の基準を測るためにとりあえず思いついたことを挙げてみる。


「…ラルゴとカトレヤを、そろってコルチカムの爺さんのところに送り込む」

「ーーーーあなた、なんて事考えるんですか!!」

「それも、確かに有効な方法ではありますが最良ではありません」

「どこもかしこも良くないですよっ」


 チャービルが非難めいた声を出すのも無理はない。コルチカムという富豪は件のハービサイド商会と懇意の、特殊な趣味に走っていると専らの噂になっている老人だ。証拠が十分でないため誰も処罰できない困った高額納税者である。

 揃って愛らしい美貌の2人であるから、爺さんが噂通りならそれはそれは気に入られるだろう。苦難に満ちた生活を共に過ごすことで仲が深まるかなとかちょっと考えたのだが、どうも及第点には届かなかったらしい。何がいけないのか。


「…ああ。俺が友人とその同僚にそういう仕打ちをすると評判を落とすのと、怪しい奴との接点を持つのと、主教堂と敵対関係になるのとで、代償が大きすぎるのか」

「ええ。最小の経費で最大の効果を。為政者の持つべき信念です」

「今の話は政治関係ないでしょうっ!!」


 要は俺の労力が最小限で相手にこの上ない打撃を与える方法を答えればいいということだ。

 近くから聞こえる非難の声を背景音楽にして、思考の渦に潜り込む。俺の評判に影響がなく、怪しい第三者の手を借りず。何よりこの声の主が文句を言えない方法。いや、文句を言っても正当に受け入れられないような…


「そうか…カトレヤをチャービルの後妻に据えればいいのか…」

「は、」

「えっ」

「う?!」

「…呆れた、よくもそんなことが思いつきますわね」


 静かに状況を眺めていたリナがポツリと呟く。一方でずっと扇で柔らかい風を送り続けてくれているから、のぼせずに頭を働かせることができるのだ。

 ふわふわと扇を上下させながら、ふとリナリアは首を傾げる。


「確かに、お父上に愛する女性を奪われれば耐え難い苦痛でしょうし、それが原因でこの仲のおよろしい方々を決裂させられそうですけど。どうしてお兄様の方になさらないの?」

「ライラックはウェステリア嬢との婚約があるからな。下手にカトレヤを挟むとグラジオラス教伯から反発を喰らうかもしれない。後は、チャービルとの方が年齢差があるから良くない噂も立ちやすいし若い頃の評判から言って男の方が引き込んだと思わせられるかもしれない」

「そういうものかしら?」

「愛妻家で売ってたからそこも崩せる」

「単に事実ですのにね。で、あなたはどうしてそんなことを許可したのかと聞かれたら『仕方のないことだ』、などと言ってまた憶測をたてさせるのですね」


 そう、と頷いて採点者の方を見る。これ以上のものは今思いつかないから、ダメ出しされたら諦めるしかない。

 どうだと口には出さずに尋ねれば、いつも通りの無表情がほんの少し緩んだ。見間違いかと瞬く。あれ、変わらない。熱に浮かされて視力が一時減退でもしているのか。


「…よく思いつかれました」


 びくりと体が跳ねた。声色も何もおかしなことはないのに、やはりいつもと違うのである。だって。よく思いついたなんて、そんな。褒めてるみたいじゃないか。

 そわそわ動きそうな体を押し留めるために敷布を強く握る。人の家の物だが皺など気にしている場合ではない。


「褒めて伸ばすというのは立派な教育方針ですが、伸ばしていいものと悪いものがあると思いませんか?」

「体調が万全であればすぐに思いつかれたことですから成長を促したという評価は不適切です。ーーさ、陛下。憂いを断つ方法もお持ちです。気の済むまでやってらっしゃい」

「そう、だな」


 このままここにいても滅多にない事態に動揺するだけだ。バクバクとよく働いた心臓のおかげか先程より体が動かしやすくなっている気がするし、さっさと終わらそう。

 平静を装いつつひょいと寝台から降りて出口付近で固まっている人間の元に歩む。イベリスの入室から位置が動いていないし、カトレヤが義理の母になる可能性を示唆して以降は身じろぎすらない。


「ついてこい」


 声を掛けるが動き出す素振りがない。それどころか大変怯えた様子だ。怖れは足を縫い止める。ならばそれを解消してやらねばなるまい。


「一緒においで」


 これ以上にないほど柔らかな声音で、同じ内容の命令を穏やかに言い換える。初対面の人間に見せると厄介なことになるから本当に止めろと周囲から釘を打ち付けられまくっている笑みを貼り付けつつそっと手を差し伸べれば、益々凍りつきやがる。失礼な奴だ。こんなにも優しくしてやっているというのに。


「ーー四度目はないぞ?」


 暗に、さっさと従わねば問答無用で先程の方法を取るぞと伝えれば漸くぎこちなく歩き出す。人間素直なのが一番だ。気分が良いので扉を開けて先に行かせてやったりする。

 無言で見送りをするイベリスとリナリアには軽く手を振って応え、ラルゴへの心配を全面に打ち出しているチャービルとライラックは無視して扉を閉める。取って食いやしない。


 廊下は静まり返っている。堂吏どもはきちんと働いているのだろか。辺りを見回しているとラルゴがおずおずと声を掛けてくる。


「…行く、とはどこへ」

「カトレヤの部屋。どうせそこで籠城してんだろ」

「……行ってどうするんだ」

「俺は何もしないけど」


 信じられないことに「なら何をしに行くんだ」という視線をぶつけてくる。本当に一発ぶん殴ってやろうかと右腕が囁くが、筋繊維の断絶が治っていないのだから無理はいけないと左手が押し留める。お前だって関節が痛むのに、と悔しそうに右腕は体の横に戻っていった。

 このままでは比較的元気な足が「ここは任せろ!」と飛び出しそうなので、穏やかに、穏やかさを心掛けて説明をしよう。


「お前がカトレヤを口説き落とすんだ」

「ーーは?」

「お前が、カトレヤを思い通りに動かすために言い迫ったり好意を伝えて同じように好意を持ってもらうように会話するんだ」

「こ、言葉の意味を聞いているわけではなく、」

「しどろもどろでほんのり頬を染め始めるんじゃねぇ。カトレヤ相手にしろ」


 正確にはカトレヤはもうこいつに惚れているので好意は持たれているのだが、当人に向かって宣言させることが決着の合図である。如何に相手に己に惚れていると言わせるか。それが口説きの極意である、らしい。もしかすると恋人との駆け引きだったかもしれないが、まああの2人は何事も勝負に持ち込むので大体一緒だ。見本とか例えにしてはいけない部類な気がするが、パッと思いつく唯一なのだから仕方ない。

 

「……僕にそんなことできると思うのか?」

「出来るか出来ないかじゃない。やるんだ」

「しかし、」

「お前、自分に選択肢があると勘違いしてないか?俺がやれと言ったらお前はやらないといけないんだよ。それとも、」


 それとも何ですか?自分の口で伝えるよりも、もっと確実に悲惨な目に遭いたいのでしょうか?


「俺の口から、お前がどれほどカトレヤのこと大切に思っているか、仔細事細かく詳らかに伝えてやろうか…?」


 ひゅっと息を飲む音がする。そりゃ嫌だろう。誰だって自分が価値を置くものを他人に我が物顔で触られたくないものだ。

 脅、もとい、分かりやすい説明が効いたのだろう。黙って目的地に向かう俺に数歩遅れてついて来る。


「…君は本当に素直で良い奴だな」

「……お前は本当に狡猾で恐ろしい人間だ」


 お褒めに預かり光栄です。


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