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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
95/129

3.47


 有言実行。


 即ち、本当に3日寝て起きなかった。意識を失っていたと言う人間もいるだろうが、寝ていたのである。何故なら夢を見ていたのだから。イベリスが俺を褒めるなどという現実には起こり得ないとんでもない夢である。


 まあ、目が覚めてもすぐには動けなくて、暫く起きたり寝たり、言い換えると意識がぶつ切りになっていたという感じだが、取り敢えず生きている。

 今も目を開けるのが億劫でボーッとしているだけなのだ。



「ーーーー、」


 なんか、誰かが側にいる気がする。どうせバレンとかバレンとかバレンだろう。目が合ったらグチグチ言われるに決まっているので、狸寝入りといこう。


「…早く良くなってくださいませ」


 あれ、もしかしてリナか?


 じゃあ起きても良いかなと考えているうちに、ふ、と額に柔らかい物が落ちてきた。驚きと反射で目が開いてしまった。

 薄紅の瞳と、バッチリ目が合う。


「…………………………起きていらっしゃったの?」

「今丁度目が醒めたんだよ」

「ならさっさと起き上がって政務に戻られたらいかが?」


 つん、と言われても体が動かない。これは、アレである。御伽話のセオリーに基づく不具合が起こっているのだ。


「場所が、」

「はい?」

「起きるには、場所が、違うんじゃな、ごめん嘘調子に乗っーー!」



 口を塞がれた後、再度さっさと起きるよう言われ大人しく従う。人を呼ぶと退出されてしまったので、少し悲しい。

 入れ替わりで入室してきたバレンに熱が下がってないのかと言われ、煩いと八つ当たりをした。小言が倍になって返ってきた。






 さて、起きたはいいものの。体調が回復するまでは俺の処刑を猶予するつもりらしい執政官殿は、指示したこと以上に仕事を終えていた。言い換えれば俺のすることは暫くない。じゃあもう国王(おれ)がいる必要なくないか?そう言いかけたら林檎を投げつけられる。酷い。林檎を粗末に扱うなんて。


「てか、その木箱の山何?」

「各所からの見舞いの品です」

「揃いも揃って木箱になる?」

「林檎狂いに贈る品は一つしかないでしょう」


 パッと顔を上げると睨まれた。まだ何も言ってない。


「貴方様が食べ切るのを待っていたら全て腐ります」

「乾燥、」

「腐らなければ良いというわけではありません。程々に召し上がったら残りは下賜するなり処分しますから、これから先全てこれでお食事を済まそうなどとは努努(ゆめゆめ)思われませんように」


 ちっと舌打ちをしながら投げられた林檎を齧る。お、水分と蜜が多い品種だ。丁度いい、喉が潤う。

 シャリショリ味わっていると書類が目の前に置かれた。面会の予定表のようだ。


「…何で1番に歌巫女と次男坊?」

「お二人に与えたご心痛を和らげようとは思われないのですか?」

「心痛、」


 血濡れ薄暗がりぼんやり浮かび上がりの事言っているのだろうか。


「いきなり倒れて意識を失った事です」

「不可抗力」

「慣れていない方々には負担が大きいのですから、無事な姿をお見せなさい」

「…ぶっちゃけそんなに無事じゃない」


 丸々一個食べ切れるか怪しいと気づいてそう伝える。寝込むとどうしても食欲は落ちるし筋力も落ちる。それ即ち体力の低下、熱出やすくなる負の連鎖突入である。まずいなぁ。


「…ちょっと散歩してきていい?」 

「まだ熱がおありでしょう」

「そんな事ない」

「お目覚めの時お顔が赤かったと伺っているのですが」

「それはまた別の事象…何でもない」


 何とか1つ食べ切ったので、来客を迎える準備に入ろう。







「どーちょーの言う通りですね」

「何が?」

「見舞いの品を林檎以外にした方がいいと助言された。従って正解か?」

「見ての通りだ、大変助かる」


 ついでに食べて欲しいと呟いて、置いておいた果物ナイフを手に取る。


「それより、それは何だ」

「? ナイフ」

「違う。何故怪我が増えている」

「ナニモフエテナイ」

「手首と足首に新しいほーたい巻いてます」


 そっと長い袖と裾に隠したが、見られてからなので意味はない。

 ついでに追及が収まる気配がないので林檎を剥きつつぽつりぽつりと説明をする。


「筋力というのはすぐに落ちる。歩いていないと特に足が萎える。自主的に歩行訓練を試みたところ無駄に心配する家臣群に見つかり追いかけられ、思わず駆け出したら萎えた足に裾が絡まり足を捻り階段を転がり落ちかけ、手を突いたら手首捻った」

「このバカ者」

「おバカさん」

「見舞いに来たのなら労って欲しい」


 叶わぬ願いを口にしつつ、剥き終わった果実を載せた皿を差し出す。


「ーーーウサちゃんリンゴ!」

「…なぜこちらはやけに細かいんだ」


 カトレヤには皮を残した兎の飾り。ラルゴの方は一口で食べやすい細かさに。

 もしリナリアに出すなら薔薇の飾り切りに、アカンサ嬢なら…竜にでもするだろうか。自分用に輪切りを用意しつつ、何となくそう考える。ちょっと動いたら少し腹が減ったのだ。命の危機を感じて消耗したともいう。


「へぇ、リンゴってそう切るとお星さま出るんですねぇ」

「………」

「むしんで食べてる……これは私たちも食べるべきですか?」

「…出されたからな」


 そうして3人揃ってショリショリ無心で林檎を食べる。これは見舞いと言うやつなのか。


 暫く咀嚼音だけが響いていたが、ノックが聞こえた。持ち込んでいた見舞いの品の検品が終わったらしい。国王が無茶をしたので暫くは警戒を強めるそうだ。もう熊の縫いぐるみは贈られないと思うのだが。

 真っ白な包み紙にが目に眩しい。カトレヤが両手に持てる大きさの箱だが、その割には重そうだ。


「ーーふふーん、やっとわたせますね…なんだと思いますか?」

「外箱からは判別不可能」

「たしょうはきょーみをしめしましょうよ!」

「わーいなんだろたのしみーー」

「しらじらしい…」


 どうしろってんだ。


 ぶーぶー言いながら箱を渡されたので取り敢えず受け取る。早く開けろと目で訴えられるので仕方なく開ける。贈り主の前で開けるのはあまり慣れない。

 開き終えた包み紙を畳みながら箱を見る。深い紺の天鵞絨(ベロア)が貼られている。ぱくんと開く形といい、宝飾品を収める物に似ているが。




「………何これ」

「え?ほしがってたんじゃないんですか?」


 パッと見ても手にとってじっくり見ても、どう見ても豪奢な金細工の羅針盤である。くるくる回せば当然針が回る。蓋には細かく夜空が彫られているし、そこに散らばる星に至っては宝石で表現されている。

 この贈り物の意味することを考える。成程、


「国外追放?」

「そんなわけあるか。…模型を買おうとしてただろう」

「…これ本物じゃん。絶対無駄に高いじゃん、夜空の星より輝いてるじゃん」

「そっと指紋を拭いて箱に戻すな。こっちに押し返すな。ーー見舞いだと言ってるんだ、黙って受け取れ!」

「こんなもん受け取れるか!」


 金貨5枚ではとても足りない。こんな、資産価値の高いものを渾天儀の横に並べるだけという無駄遣いが出来るものか。いや、実用性も若干無いけれども。


 怯えて箱を押し返すが、反対側から同じくらいの力で押し出されてくる。拮抗する力。横にスライドさせれば形勢が変わるだろうか。

 そっと横に動かそうとしたら小さな手が邪魔をしてきた。2体1。多勢に無勢。卑怯なり。


「クローブ家及び配下の教堂からの見舞いの品だ、受け取らないと言うならクレナータ教に対する王家の離反と取る…!」

「ついでにリリスちゃんとミルトも混ぜてくれると嬉しいです。こんな高いの買えないので」

「ちょっと熱が出たことに対して過剰反応が過ぎる!」

「受け取るまで帰らないからな!」

「な!」


 脅迫までしてきた。堪らず後ろを見るが、いいから受け取れと言う視線しか返ってこない。何で。


「それだけご心配をおかけしたということでしょう。戒めとしてお受け取りなさい」

「お前、これ高いぞ!?分かってんだろ!」

「見た限り近衛騎士団の3ヶ月分の予算程の値のようですが」

「うっそ思ったより高い?!」


 2.5ヶ月分くらいだと思ってた。金の価格が上がってんのか?

 尚のこと引くわけにはいかぬと、無言で押し合いを続ける。暫くしたら溜め息と共に箱を上から取り上げられ、奥の部屋に持って行かれた。渾天儀のある、寝室とか言う部屋である。


「裏切り者ーーー!!其方は誰の執政官だ、主人(あるじ)の名前を言ってみろぉっ!!」

「シオン・ジスト=ナスタチウム様にあらせられます」

「俺と同じ名前の気がするんだけど!ねぇ、ちょ、せめて鍵付きの引き出しに入れろよ!だ、いてっ」


 ソファから身を乗り出したら頭から落ちた。客人に引き立てられ怒られ、戻ってきた裏切り者からも叱られた。

 …見舞いって何だ。辞書引こう。




 女神の使徒達を見送った後、辞書を引いている間に現れた次の来客はアカンサ嬢である。いや、客というか。


「この度は、御身をお守りできず、一生の不覚…」

「其方は(わたし)の婚約者だったと記憶しているんだがね。なんかその、うちの警備兵とか近衛兵とかと同じような思い詰め方しているのは何故かね」

「いえ、そもそもお声がけいただけなかったということはまだお命を預けていただくまでに信用していただいていないということ…精進が必要ですね」

「話を聞いてくれまいか」

「一度、領に戻り、祖父に鍛え直してもらいます!」

「言いたいことだけ言って帰るのは見舞いと言えるのかね?おい、…今まで伯に稽古をつけてもらってたのか?鍛え直すな、これ以上何を鍛えるのだね?!」


 いきなり現れて謎の宣言をして帰っていった人物を、果たして客と言っていいのか。客、という単語も調べることにする。







 そんなこんなで、数日。国王不在の皺寄せをくらい多忙を極める宰相が無理やり作り出した短い時間で切々と如何に心配したかを呟いている間に嫡男に追い出され、体力をつけろとやたらと豪勢な料理を用意してくる厨房連中を締め出し、見舞いの手紙に適当に返事を書き。全快とは言えないが、まあ小康ぐらいにはなっただろうという頃合いに政務に復帰した。


 とはいえいきなり負荷の大きいものに従事しては即熱ぶり返し。リハビリを兼ねてはじめは簡単なもの。

 そう、例えば今回の件の事後報告とか。


「…いや、書面で見ればわかるだろ。なーんで教堂に来てまで話する必要あんの?」

「宣誓の儀の打ち合わせも兼ねてますのよ。しゃんとなさって」

「婚約者が一人足りない」

「……お連れになっていた騎士の方々を引き連れ武者修行に向かわれましたから。一応、止めましたわよ?」


 もうそのまま帰ってこなくていい気がする。強い人間には敬意を払うが、その力がこちらに向くのは御免なのだ。

 口に出したら怒られそうなのでぼーっと天井画を見上げる。打ち合わせと言っても主にリナに関してのものなので、側に座っているだけになりそうだ。リナリアもそれを分かっているのでそっと耳打ちをするだけである。


「…まだ本調子ではないのでしょう?ここで休んでいてくださいな。頃合いを見てお声がけしますわ」

「…助かる」


 そっと長のいる方に向かうのを見送る。

 流石に居眠りは不味いかな。香の匂いの所為か、やや薄暗い所為か。どうにも微睡みそうになる。


 眠気と戦い始めたところで側に気配を感じた。目線だけ送って確認すると、この教堂の次男坊である。


「……お早う」

「寝てたのか?」

「睡魔にヘッドロックかけられてたところだ」


 よく分からないと言われた。抵抗しても無駄な段階という意味であるが説明する必要は感じなかったので省く。


「なんかよーぉ?」

「…具合は?」

「ご覧の通り」


 巫山戯るなはっきり答えろといつも通りの説教が始まるかと思いきや、何故か無言が返ってくる。


 …何だろう。

 何かが、変だ。


「……アマリリスさんのこと、聞いた」

「…そう」

「カトレヤが、喜んでた。アマリリスさんが嬉しそうだと」



 ーーアトロは反逆罪で裁定にかけられている。スルフレウスがポツリポツリと証言をしているし、何故か雇われ人のうちの1人も協力的とのことだ。近く終身刑が言い渡されるだろうと見舞いと称した報告をオークスから受けたのが昨日。族滅だ何だと騒ぐ宰相がいたりいなかったりしたらしいが、カトレヤの可愛い足がもたらした事も含めて牢獄で過ごしてもらうのが一番堪えるだろうとイベリスが切々と説きふせたらしい、というどうでもいいことも伝えられた。


 何はともあれ結果的にアマリリス殿を隠す必要も無くなり、ようやっと育ての親であるサンギネウス領のアルディジア教堂の責任者…マロニエ子爵夫妻と目通りが叶った。そうして、事が起こる前から提案されていた養子縁組が実行されたのである。勿論、その子どもであるカトレヤも一緒に子爵家の籍に入った。


「これでメイジツトモにカトレヤ=マロニエです!」


 寝室に忍び込んだ子に小躍りしながら報告されたので、ラルゴから聞かなくても知っている事であるし、そもそも今話題にすることでもないだろう。



 それを、わざわざ言うのは、何故?


「…現侯爵のことも、あいつ自身のことも。やり方はめちゃくちゃだが結果的に一番いい方向にまとまったと、皆…」

「………」


 何処かから警報のような音がしている気がする。何だろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、気が、


 ゆっくり顔を動かして様子を伺えば警告の音は強くなる。

 妙に真剣かつどこか痛むような表情をするものだから、とんでもなく聞きたくない部類の話をされる予感がする。


「あいつが、どう思ってるかは知らないが」


 予感的中。


「今回の件のようなことが起こったら、結局お前に頼ることになる、と思う、から」


 途切れ途切れになる言葉とは裏腹に視線は揺らぐことがない。

 



「どうか大事にしてやってほしい」





ーーちょっと待てと声をかける前に言葉が続いたのは、発話者の決意の固さという物だろうか。


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