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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
93/129

3.45

とても痛い所があります


 憎悪に彩られた瞳の中の、自分の顔を確認する。

 苦しんだ顔などしてやるものか、逆に笑ってやる。


 ギリギリと首にかかる手は俺のものより大きいが思ったより力がない。

 どうしよっかなーどれくらい経てば痕つくかな。ラルゴに聞いとけば良かったと思う一方、そんなこと聞いたらその場で屠られる気がする。


 さてそろそろ合図をするべきか?もうやばいと言う時にしては移動時間の間に俺が死にかけている気がする。いやでも手形がないと意味がな、


「ーーーゲホッ?!え、なん、」

「このクソジジイ!」


 アトロが急に倒れてきたから何かと思った。まだ合図してないです、カティさん。その鞘は結構重いのでそんなに振りかぶって頭部狙っては仕留めてしまいますカティさん。


「やめろカトレヤ!」

「じゃますんな!アタシがやるんだ」

「やっちゃ駄目、ん、駄目なんっケホっ」

「よくもシオンを!」

「見てーよく見てー生きてるよー」

「バカなこと言ってないでお前も止めろ!」


 そうしたいのは山々だが、当たりが弱かったらしくアトロもそこそこ元気なのだ。俺の上で仰向けの姿勢になっていて、両手で首元を、足で胴体を押さえつけていないと起き上がってカトレヤと交流しそうだ。損なうことはできなくても傷つけられはするのでこの体勢から動く訳にはいかない。腕はちょっと、収まりきらなかったのでビチビチしてる。痛い痛い。


「はなせ!」

「絶対に離すかっ」

「そうそう、そっちもこっちも離せないの…あー締め落せねぇなやっぱ左本調子じゃないからか」

「ーーーっうう!」

「余計なこと言うなこのバカ!!」


 アトロにやられたのではない負傷に言及したらカトレヤの憤りが増してしまった。どうして。


「こいつのせいで、こいつのせいでリリスちゃんがっ!どーちょーが!」

「そうだねー悪いやつだねぇ」

「シオン!!」

「だから、アタシがやんなきゃ、いけないの!!」

「お前がする必要はない」

「あ、あ、アタシのせいだもんっ全部、全部!!」


 ラルゴが痛ましげに顔を曇らす。そんな顔をしたら余計にカトレヤが泣くぞ。


「リリスちゃん、ケガ、みんな…どーちょーもあんな、ライさんもラルゴも心配し、た。あ、アタシのせい、」

「ーーそうだな」


 静かな肯定の音にカトレヤは息を詰まらせる。


「お前がそう思いたいならそれでもいい」

「なら、」

「でも許す。僕たちはお前を許すよ。父上も兄上も僕も、そしてきっとアマリリス殿も、皆、お前を許す…だから、そんなことしなくていい」


 普段は必要以上に触れないようにしている手がそっと頭に下ろされて慈しむ動きをしたからだろう、詰まった息はそのまま嗚咽に変わった。


 …やっぱりこいつは酷い奴だ。教堂の者はなべてそうだ。

 罰が欲しい人間に、償いを求める人間に、そう易々と赦しを与えたらもう簡単に罪を犯せないじゃないか。




 声を上げて泣いても大丈夫な場所で、それでも泣くまいとするカトレヤに無粋な声がかかる。


「この役立たずっ誰のおかげでこの世に存在できると思っているんだ、父親を助けようとは思わないのか!」


 やっぱ締め落とした方がいいな。よーし頑張れ左肩関せ、


「ーーアタシが生まれたのはリリスちゃんと旅のお医者さんのおかげだ」


 …一旦待とうか左肩関節。


「死なずに済んだのはリリスちゃんと、他のみんなと、ここにいる2人のおかげ。生きてこれたのはどーちょーとライさんと、教堂のみんなと、他にもいっぱいいるけど…アンタのおかげなことはひとっつもない。だから、助けてやるギリなんてない」


 ゆらりと立ち上がった影が近づいてくる。どうするべきだ、この男を抱えたまま後進?いや、できない。ラルゴも止めるべきか否か判断がつかないらしく、カトレヤの手の中の凶器に僅かに触れるだけに留めている。


「だいたい、アンタみたいな、娘を売ろうっていう男が父親だって言うなら、娘のアタシだってアンタを助けるわけないじゃないさ。ろくでなしの血が流れてるんだから」


 凶器、俺の剣の鞘とも言うが、それをラルゴが思いっきり奪い取る。殴ることを防止するためではなく、発言に異議を申し立てているのだ。

 それを知ってか知らずか、カトレヤは歩みを止めない。


「いい?アンタの娘でもそうでなくても、アタシがアンタを助けるなんてありえないんだよ…でも、ムカつくことに“父親“は絶対存在するわけじゃん?タンジーさんは仕事でそのつぐないができるわけだけど、アタシはどうしようか?」


 その場で一旦止まり、口元に人差し指を当てながら小首を傾げて考え込む。

 困った時に近くにいる人間、特に男、を利用する際に使えと俺は言ったはず。こんな時に使うようにとその仕草を教えたわけではないぞ。妙に迫力があるからやめるんだこの美少女め。


「あ、いいこと思いついちゃった。周りのみんなも安心、アンタも悪いことできなくなって改心。うふふ、アタシってばてんさーいっ」


 るんるんと鼻歌が聞こえそうな足取りでこちらに近寄ったカトレヤは、徐に足を持ち上げて、


「えいっ」


 …、なんて可愛い掛け声の元、迷いなく一点に向けて勢いよく振り下ろした。




 ーーそういえば今日履いているのは一緒に買い物に行った時に選んだ靴だ。気に入ってくれて何より、悩んで選抜した甲斐があると言うものだ。

 よく転ぶ彼女は平たい靴が好きだが、もう16になる淑女である。ちょっとでもいいから慣れるようにと、決して高くはないがヒールがついている。真っ赤な革に花を模った大ぶりの留め具で可愛らしい印象ではあるが、カツカツと響く音が「なんか大人っぽい!」と喜んで歩き回っていたっけ。


 そう、その低くても確かに存在するヒールが


 迷いなく、一点


 …アトロの、脚の間、に



 きっと、男に生まれた者が最も聞きたくないであろう音がして、ついでアトロの声にならない悲鳴がする。すぐにそれは止んで腕の中の抵抗が消滅した。気を失ったのだろう。


 ニコニコ笑う可愛い子をどうしてだか見ていられなくて、その後ろに視線を移す。同じように視線をカトレヤから移したらしいラルゴと目が合った。多分、俺も同じなのだろうが、顔が真っ青である。


「あースッキリしました!…あれ、どうしたんですか2人とも」

「どう、したんだろうね」

「さ、あ…」


 顔色は戻らないし顔は引き攣るし、カトレヤはなんだか不思議そうだし。


「あっそっか、2人ともついてるんだった……ごめんなさい」

「いや、謝んなくてもいいよ。な?」

「そう、だな」


 勝手に怯えている我々が悪いのだ、うん。











***********************


「でも前に、へーかもララちゃんも何かあったらあの急所ねらえって教えてくれたじゃないですか。なんでそんな顔するの?」

「俺はね、カティ。確かに自分でもあの急所を狙うことはあるよ。でもね?かるーーーく蹴り上げるだけだ。踏み潰したりしない」

「やめろ…状況を思い出させるな」

「お前はまだ位置的にいいじゃん、反対だったんだから!俺なんて視点ほぼ一緒だったんだぞ?!」

「反対側だから見えるものもある」

「…そんなに痛いの?」


 カトレヤの質問に2人揃って黙り込む。無視される形になった彼女がそっと足を上げて来たので2人で逃げる。


「ちょっとしたジョーダンじゃないですか!」

「洒落にならん、絶対すんなよ!」


 こういうことに関して躊躇いがない分、女は強いと思う。

 ついさっきも、ばっちい、と言いながら気を失ったアトロに向かって靴を蹴り投げていたし、また新しいの買いに行きましょうねとおねだりまでしてきた。無論、二つ返事で了承した。理由は言わない。


「あ、ねぇ。ふんじばった方がいいんじゃないですか?」

「必要ないと思う」

「同感だ」

「なんで?」


 起きても多分、動けないからだよ。



 説明をすると本当にそんなに痛いのかと確かめようとする可能性が、絶対に確実に全くないと言い切れないので、全力で話を逸らそうと思う。


「さて諸君、そろそろ援軍が来てもいいと思うんだがどうだね、跳ね橋を共に下そうではないか!」

「だから、あの人ふんじばった方が」

「アトロのことは捨ておけ!」

「タマナシの方じゃなくて」

「カトレヤ!」

「ごめんなさい、そっちの、へーかがなんか泣かした方」


 忘れてた。スルフレウスはずっとそこにいた。


「…多分、心を折ったので動けないと思うよ」

「心って折れるんですか」

「うん。ボッキボキもパリーンもメキョッもある」

「変なことを教えるな。絶対にだ」

「カティにはちょっとできないと思うなぁ…」

「むっ、なんでですか」

「できなくていい、教わろうとするな」


 どんな音かは当の本人にしかわからないが、ともかく折ったので大丈夫である。

 今も虚にこちらを見ているくらいだ。


「…お嬢様」

「折り足りなかった、追加へし折り開始!」

「わーー!!」

「やめろ、お前も喜んで見学に行くな!」

「お嬢様は、幸せですか?」


 唐突な質問にカトレヤはきょとんとする。

 なお、俺は掲げた腕を下ろすタイミングを失って棒立ちである。


「…見てわかりませんか?」

「………そう、ですね」



 そうですね、と何度か繰り返して彼は目を閉じた。




「……バキバキですね?」

「そうだねー自分の才能が恐ろしい!」

「もういいだろ、跳ね橋を下ろすんじゃないのか」

「よぅし、跳ね橋下ろし隊出動!!」

「わーーーーー!!」

「さっきからなんの掛け声なんだ…」

「ララちゃんもするの、はい!」

「絶対にしない」

「どうちょうあつりょくぅ!!」

「絶対に、しない」

「ねぇ俺だけ進んでるんだけど!」

「勝手に先行っててください」

「なんでだよ」

「さっさと行け」

「なんでだよ!!もういい、ひとりでできるもん!!」


 女神の使徒たちが冷たい。レバーは重い。肩は痛くて心は虚しい。






 鉄に勝利した。辛勝ともいう。ともかく跳ね橋が降りるのをぼーっと外で眺める。


 俺を見捨てた2人が漸く来る頃には橋ももう少しで下り切るという状態だ。どんだけ俺を放置しやがったんだこいつら。


「えんぐんさんなかなか来ませんねぇ」

「ミルトが拷問を受けているのかも」

「え?!」

「尊い犠牲だったな…」

「縁起でもないことを言うな。取次がうまく行ってないだけだろう」

「そっか、あ、お城の方向かいます?待ってるのもヒマだし」

「君たちはその方がいいのかな…俺はしばらくここに居るよ」

「えーじゃー残るー」


 ぶーぶー言いながら横に座ってくるので、そっと移動して距離を取る。


「…お友だちにさけられたら悲しいです」

「今君の友人は血塗れなのでひっつかれると困るのです」

「もう乾いてるでしょ?」

「へーかは紳士なので女の子にペタペタ触らないのです」

「…へーかならいくらでも触ってヘーキですよ?」


 おい待てとんでもないこと言うな、春の陽気が似合うはずの場所から暗く重い空気が流れてくるだろ。


「へーか、アルディジアさんの使徒じゃないって言ってたけど、私に触っても火傷したりしないです。ご安心を!」

「ああ、あの話ね…ともかくあんまりくっつかないの」

「…じゃあ私が触ります!」


 だからそういうことを言う、終末の雰囲気が漂い始めていやしまいか?


「今日いっぱい戦ってくれました!お礼です、親愛のホッペチュー!!」

「それするならあっちにもしないとだめだよ?」


 躊躇いもなく近づいてくる顔を避けて小声で告げる。

 尖らした唇はそのままに、不満げな顔に変わったカトレヤは勢いよく俺の頬を両手で潰す。


「痛い!」

「熱い!」


 しまった。



 急いで手を払うがまた直ぐ戻ってくる。


「やっぱり熱い!なんで、私より熱いなんておかしいです!」

「気のせいだよ、だから、」

「ラルゴ、へーか、熱ある!」


 声がかけられる前に向かってきていた医者が問答無用で診察を始める。逃げる暇がない。


「…いつから隠してた!」

「いや大丈夫だから……落ち着けよ…」

「大人しくしてろ、カトレヤまだ誰も来ないか?」

「あ、うう、呼んできます!」

「いや僕が行くから、」

「落ち着かんかい!」


 2人を振り解いて橋の方へ向かう。このままではこの場で寝かしつけられる。


「何して、なんで歩けるんだ!」

「元気だからさ!」

「ウソつき!お熱あります、大人しくするの!!」

「大人しくなんかしない!」


 さっさと来い。何しているんだ。

 早くしないとこの2人が騒いでしょうがない。


「へーか!」

「ちょっと、労ってんのか攻撃してんのかどっちかにしてくれよ」

「お前が大人しくすればいいだけのことだろうがっ」


 早く早く。

 でないと、





「ーーあ、」


 見慣れた姿が遠くに見えた。








「ーーーーシオン!」

「急に、しっかりして!ねぇ!」

 

 足に力が入らない。視界がくるくる回るし、悪寒も止まらない。手は震えるし呼吸も荒くなってきた。


「くそっ…そっちを支えられるか?」

「やってみます」

「…ちょっと、」

「せーのー」

「動くな!この場でしばし待機!」


 病人から発せられる大声に動きが止まる。それでいい、もう少しだ。


「待機してどうする、ここで治療ができるわけ」

「処刑人が来るから…やっぱちょっと下がって」

「は?」

「いや、多分ここ着地点になる」

「ちゃくち?」


 俺にばかり注目する2人には見えてないのだろうが、遠くにいた影はもう堀を挟んだ向かい側に到着するし、その勢いで飛んでくるに決まってる。

 掴まれた腕ごと2人を後ろに引きずり倒す。したたか尻餅をついたが、馬に蹴られるよりはマシだろう。


 ふっと先に影が降りてきて、ついで白馬が降ってきた。引きずり倒された2人から悲鳴が聞こえる。


「ーーー遅い!」

「無茶を仰る」


 ひらりと馬から降りてきた男に悪態をつくが相手にされない。


「セラフィー、天使の羽。美しき純白の天馬。君の飼い主はいつからこんなに鈍足になったのだ?見給え、余は死にかけているぞ」

「セラフに絡まないでください。最後の最後に気を抜くからでしょう」

「お前の所為だ」


 めちゃくちゃな乗馬技術を披露したとは思えない淡々とした様子で、主君が倒れそうになっていると言うのにいつも通りの声で。


 そうして変わらぬ深い色で俺をどうしようもなく安心させるから、ついうっかり気が抜けたんじゃないか。


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