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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
91/129

3.43


 賛成多数、ただし投票者1名の脳内会議の結果に基づき隠し通路に戻る。

 アトロ達がこの建物から出て行きそうになったら知らせるよう頼んでいるので、2人は場所を動いていないはずだ。


 やはり横向きでも大変狭い道行を乗り越え、辿り着いた空間で危うく悲鳴を上げそうになる。暗がりにぼんやりと2人の姿が浮かび上がっていたのだ。

 想像して欲しい。弱い光を下から浴びた人間の姿を。いくら顔が可愛くてもその照明じゃ怖い。


 そんな俺の気配を感じ取ったらしく2人の視線が向く。淡い光に慣れた目ではよく見えないらしい。敵だと思われてはかなわないので声で身元を証明しよう。

 真下にアトロ達がいないとも限らないので、小声を意識して話をする。


「ーーなんで光ってんの?」

「混ぜると光るおくすりがあるそーです」

「あまり強い光は出ないが手元の確認くらいにはなる」

「はー便利だなぁ…あ、待て」


 残念なことに制止が間に合わなかった。2人は漏れなく暗がりに浮かび上がる血濡れの男を見ただろう。まごう事なき恐怖映像である。


「ーーどこを怪我した!」

「へいへい声が大き、返り血!頭部から足元に至るまで他人の血、俺は無傷…じゃないな。肩外れた」

「約束破ったんですか!!」

「待って本当に殴ろうとしないで声を抑えて頼むから!」


 どうも真下にはいないらしいが、それにしたって声が大きい。


 憤り冷めやらぬ視線を受けながらもどうにか懇願して皆で座ることに成功する。


「肩入れて欲しい」

「説明しろ」

「肩が外れて治せないので入れて欲しい」

「なぜ外れた。どうしてそんな状態になった。なぜ口に他人の血をつけているんだ」

「あの、まず、治療してくれな、相手が怯むと思ってこのような装いをしましたが、血液を摂取したわけではないので衛生上問題はないかと思います」


 小声で詰められてうっかり口調が乱れる。いかん、この医者怖い。


 いつものように両手を顔の横に掲げようとして、左側が上がらないのを見たのだろう。溜め息と共に立ち上がったラルゴは俺の背後に回った。


「…カトレヤ、そのリボンを貸してくれ」

「ゴシゴシしても落ちなさそうですよ」

「そいつに咥えさせろ。方法は知っているが、僕は力がない」

「え、どういういむむむっ」

「一回でうまく入れられた試しがない。だから布を噛んでろ」

「むっむむっむむむむ?!」

「息を大きく吸って合図に合わせて止めろ。…3、2、」

「ーーーーーーーーーーーーっ!!!?!」


 幸いにもこの痛みを複数回経験する必要は無くなったようだが、暫く突っ伏したまま動けそうにない。

 そんな俺からそっとリボンを回収したカトレヤが左肩を突いてくる。やめて。


「治ったんですかね」

「感触としては…どうだ?」

「態と痛くしたとかじゃないよな…外れた時より酷かったぞ」

「腕が上がるのか聞いてる」


 苦情を受け付けてもらえないので大人しく稼働確認をする。


「…あくまで応急処理だ、あまり動かすなよ」

「じゃ、ここでえんぐんさん待ちましょ」

「いや、暫くしたらまた降り、外さないでホント痛いから!」

「患部を動かすなと言っているのが分からないのか?」

「いっそ両手両足の関節外しちゃったらいいんじゃないですか」

「名案だ」

「怖いこと言ってんじゃない!雇った奴皆使えなくなったと知ったら帰っちゃうでしょ!引止めるの!」

「怪我人にそんなことをさせるくらいなら僕が出る!」

「いいえ、お医者さんはかんじゃについていてください。私が行きます!」

「俺が行くから意味があるの!!」


 アトロは侯爵家の人間で、下されたとはいえ元侯爵である。

 カトレヤはその娘ではあるが現状は身分はないに等しい。

 ラルゴの家は権威的に同等かやや上くらいだが、彼は後継ではない。


 故に、今いる中で明確にアトロより上の身分の人間は俺だけなのだ。

 貴族を裁くのは貴族の法だ。赤裸々に言ってしまえば上が下になんやかんやしてもそんなに怒られない。逆に、下が上にちょっとしたことでもするとものすごく怒られる。


 そして、都合の良いことに俺は上がいないくらい上なのだ。俺に何かしてちょっと怒られるくらいの家はそんなにない。


「…まさか始めからそのつもりだったのか?」

「ラルゴ?」

「カトレヤ、こいつを絶対に行かせるな。自分を害させて罪に問う気だ」


 ばっとカトレヤが俺を見上げてくる。裏切られたとでも言いたげな目で。


「おとりは私だって言ったじゃないですか…!」

「囮だろ。ホイホイ誘い出せたじゃん」

「ーー今この状況でもへーかに攻撃したことになるでしょ?それでいいじゃない」

「…直接じゃないと駄目なんだよ」


 完全に息の根を止めるには。

 前のは爪が甘かった。だからこんなことになったのだ。今度は失敗できない。


「全部あなたがやるなら、なんで私たちを連れてきたの?何にもできないって思わせたいの?!」

「君には俺を助けてもらわないといけないんだよ。アトロ=サンギネウスの隠し子さん」


 ひゅっとカトレヤが息を呑んだ。内容か、呼称か。まあどっちでもいいがとにかく驚いたようだ。


「友情に免じて、ってことだと少し身贔屓が過ぎるからね。現侯爵には出産祝いであげるつもりだったからそっちは気にしなくていいよ」

「へーか、」

「ラルゴはね、君を引き止める役と、さっきみたいに治療してもらえるかなって打算と…目撃者かな。確かに君が国王を助けましたって証言?ないよりはあった方がいいから」


 また目が潤んでいる。俺の友誼の厚さに感激してくれているならいいのだが、そんな雰囲気ではない。


「そんなことをしなくても、前侯爵は裁くことができるはずだ。仮にそれでカトレヤを糾弾する者がいたとしても侯爵や我が家が黙っていると思うのか?」

「正道って時間がかかるんだよなぁ…」

「そんな理由で、」

「購入先分からないと保護できないぜ?捜索依頼が1番に出された子、もう1ヶ月近く経ってるが」


 顔の見える位置にいる人間の痛みを案ずる事はそれほど難しくないかもしれない。だが、遠く離れた場所にいる人間の苦痛を想像するのは困難だ。

 目の前の男はその困難を易々と乗り越えられる性質だし、乗り越えるべきと教育されてきている。故にこの点を突けば動きが止まるのだ。


 それでも俺を縫い止める手は外れない。頑固者め。


「…アトロを裁定にかけるのに時間がかかるということは、その手下の捕獲にも時間がかかるということだ。いいのか?また子ども使って教堂にちょっかい出してくるかもしれないし、街で暴れるかもしれないぞ?」

「…お前っ」

「カトレヤだって狙われ続ける」


 相手が頑固ならこっちは性悪である。弱点があれば喜んで突かしてもらおう。


 迷いの出始めた拘束に優勢を感じ取って笑えば、酷く傷付いた顔をする。俺が卑怯な手を使ったからだろうか。主君が清廉潔白でなくて残念だったね。


「…僕に、」

「うん?」

「僕に、お前とカトレヤのどちらかを選べというのか?」

「うぅん?!」


 意味不明な三角関係が発生した。悩まないでカトレヤで即決して欲しいし、お前に言い寄った覚えはないぞ。

 全く脈絡なく大変落ち込み出したラルゴにカトレヤが寄り添う。ほら、その可愛い子を選べ。迷いなく。


「へーかサイテー」

「なんで?二股かけてるやつみたいなこと言い出したこいつの方がその評価に値すると思うけど?!」

「そうだな…僕は最低な人間だ」

「本気にしないでくれよ、ていうかなんでこんな話になったんだ?」

「行くならさっさと行けこの大馬鹿野郎」

「そうです、このヒルイナキおばかさん、しっしっ!!」

「手のひら返しが酷い」


 要求が通ったのに釈然としない。


「…行く前に頼みがあるんだが」

「コノゴニオヨンデ、はじをしれ!」

「なんでそういう言葉の使い方は合ってんの…春来祭の時に使ったナイフと同型の物って借りれるか?腐食毒はついてなくていいから」

「…なぜあの毒の名前を知っている。お前が知るとろくなことにならないから、師匠せんせいだって伝えていないはずだ」

「………持ってないならいい」

「ある」


 ならさっさと出せ。


 …とは言わずに大人しく手を差し伸べる。上着から要求の物を取り出したラルゴは、俺の手に乗せる寸前でそれを止める。


「何に使うんだ」

「…短剣が使えなくなった」

「わざわざ型を指定する理由は何だ」

「細かいこと気にすんなよ」

「…毒の付与が必要なら今するが」

「しなくていい」


 だから、徐に怪しげな瓶を取り出さないでくれというかそんなもの持ち歩かないでくれ。


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