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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
88/129

3.40


 雨水の痕すら見当たらない白亜の壁面。日光を広く取り込む大きめの窓たち。下品にも煩くもならない程度に華美な装飾の施された柱。

 外観からして宿泊料の高さが窺える宿屋の前の、猫か子どもか後ろ暗い所のある人間しか入らないであろう隙間に身を潜めて手元の発煙筒を弄る。暗くてよく見えないのだ。


 路地裏に引き込み歓談、のち拘束を何回か繰り返して首謀者のいる宿屋の名前と、合図に必要な道具を手に入れた。全員が等しく情報と道具を持っていないあたり、本当にそこら辺から勧誘した寄せ集めのようだ。

 ついでに剣が折れたので代わりに鞘付きのを拝借したり丁度良さそうな大きさの上着を頂戴したり気の迷いを発揮した奴を念入りに締め上げたりと色々あったが、疲れたので詳細は省く。


 区画が違うためだろう。詰所が燃えたり怪しい人間が人探しをする騒ぎはまだここに届いていない。妙にゆったりとした空気の流れる、所謂上流の階層なのである。


 しかしよくもまあこんなたっかいところに泊まろうと思うものだ。

 王都の店舗などは市場競争が上手くいっているか確認するために一通り料金設定が調査されているので、泊まったことがなくても金額は知っている。

 高い。べらぼうに高いのである。一晩のためにあんな額払うなら同じ金額で買える貴金属を隠し財産として持っておく方が良いと個人的には思う。それでも宿泊客がいるのだから、金はあるところにはあるし、使い方は人それぞれということだ。


 というか、カトレヤ1人をいくらで売るつもりなのか。いや売らせないが。そういう市場での自身の価格というものを教えてやったら少しは危機感を持ってくれるかもしれない。



「…、あ、やばっ待、こん、いいやもう!」


 考え事をしながら引っ張ってはいけないところを引いたらしい。煙がシューシュー音を立て始めたので遠くへ放る。狭すぎて大きく振りかぶれず淑やかな下手投げになったが、そこそこの飛距離だ。


 道ゆく人々が発煙筒の発射地点を覗き込む前に反対側から外に出る。出たところでギョッとした目撃者はいるが、そこは気にせず宿屋の方へと回り込む。顔が割れているかもしれないので、少し離れたところで対象が出てくるのを待つ。


 煙に驚く人々とは対照的に、目の前の宿屋から出てきた1人の男が真っ直ぐ騒ぎの方向に向かってくる。


「ーーこれは一体、誰が投げたのだ」


 おや、この声。


「誰ぞ、見たものはいないのか?そこの者はどうだ?」


 おそらく近くの店の店員だろう、問いかけられた若い男は困ったように首を捻る。


「さあ…子どものイタズラでは?外の区画で何やら騒ぎがあるようですし」

「そうなのか?全く下はいつも騒がしくてかなわんな」


 店員が元々相手をしていた老紳士はどこか愉快そうに笑うが、宿から出てきた男は苛立たしげである。


「ーー人騒がせな…」


 待ちに待った合図ではなかったと知ってすぐに引き返す背を見逃さないようそっと歩を進める。途中で丁度いい位置に木箱の山の隙間があったので、獲得した剣を捩じ込んでおく。武器はまた後で拾えればいい。

 男が中に入り扉が閉められてから数秒置いて、ドアマンの側に向かう。


「御機嫌よう。お尋ねしたいことがあるのですが」

「はい、なんでございましょう」


 一瞥の中に警戒と観察、そして脅威にはならないという判断を忍ばせてにこやかに応対するドアマンは、その職業柄宿泊客の容貌を把握しているのが常である。


「今の方と一緒に亜麻色の髪の紳士がここにお泊まりではないですか?」

「そういった質問にはお答えしかねます」


 警備の関係上、そして客からの信頼を損ねる可能性を排除する上で百点満点の回答である。静かに警戒を始める辺りも評価できる。


「ああ…やはりそうですよね。お嬢様になんと申し開きをしよう…」


 最後は漏れ出てしまった呟きに聞こえるように心がける。相手が伝えようと押し出してくる情報より、ふと出てきた弱みの方が興味深いものだから。

 ついでにわずかに俯きつつ眉を下げ、相手の親切心に訴えかけてみたりもする。

仮にそんな心の持ち合わせのない人間であったとしても、客商売を生業にする以上仕事場の近くでは丁寧な応対をするだろう。服装から見て上客になる可能性が低かったとしても、0ではない。現に“お嬢様“なる存在が仄めかされているのだから、ここで俺を無下に扱うのはこの男にとっても得策ではないのだ。


「どうしてそのようなことをお聞きに?」

「あ、…実はその方がここに来られた時、私の主人あるじもこの近くにいたらしくて。ほんの僅かにお顔を拝見して、以降ずっと物思いに耽ってはどうにかお知り合いになりたいと…とはいえ直に訪問する訳にもいきませんから、私が代わりに言伝をするようにと命、いえ、頼まれまして」


 自分から積極的に行動することはできないが、使用人には強く出れる。そんな主人に無茶を言われて困っているんですよ。

 と、汲み取ってもらえるように弱ったふりをする。弱りすぎては嘘くさいので加減はするが。


「…それらしい方に、言伝をするだけで宜しいのですね?」

「! 良いのですか?」

「実際にお泊まりかもわかりませんし、いらしても取次ができるとは確約できませんが」

「ああ、それだけで十分です!ご親切にありがとうございます。

 あ、重ねてで申し訳ありませんが、書付でお渡しいただけませんか?その、お嬢様のお心内を他の方に伝えるのは、少し…」

「ええ、こちらをお使いください」


 仕事上必要なのだろう、外側のポケットからカードサイズの紙の綴りを、胸ポケットからペンを取り出して俺の手の上に乗せてくる。加えて内容が見えないようにそっと視線を外すあたり、「お嬢様に言われてきた使用人」というのはよくいるらしい。


 時間をこれ以上かけるのも取らせるのも良くないので、内容は端的かつ明瞭に。

ぱぱぱっと書いて白紙をもう一枚重ねて預ける。


「確かにお預かりしました」

「よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げ、他の区画へと繋がる道へと駆けていく。行儀としてはよくないが、主人からの無茶振りをこなせた年若い使用人としては真っ当な行動であろう。うきうきしているように見えるといいが。


 出店通りに急がねば。確約ができないとは言っても、宿屋の判断で「お嬢様」なる者の要望を握りつぶしはしまい。そして実際にアトロがいるのなら「お嬢様」なる者とお近づきになる機会を逃しはしまい。要するに言伝はきちんと届く見込みなのだ。




「問題は、ミルトが今どの段階か、なんだが」


 あの子を見送ってから結構時間は経つが、いくら応対がジャンだからといってホイホイ子どもの言い分を鵜呑みにして公爵家の人間に取り次ぎはしまい。まずはイベリスにミルトと知り合いかを確認してからの話になるし、その手順を踏めば結構な時間がかかるのだ。

 だから、伝言を聞いて激怒状態のあの男が出店通りで待ち構えていることはないと信じている。期待とは裏腹に待ち構えられていたらどうなるか。作戦終了の上、無茶苦茶をしようとした国王が家臣連中から糾弾されるという詰まらないオチになる。


「ま、その時はその時…」


 出店通りに漸く入った矢先、駆けていた足を慌てて止める。近くの屋台の影から飛び出してきた人物によって、目の前で何かが振り下ろされたのだ。危うく昼間に星の観測をするところである。

 短剣の柄に手をかけて横に跳ぶ。得物の長さ的には不利だが、逃げる上では距離を取る方が良い。


「…雪妖精か?」

「わ、物騒な置物。じゃなくて。え?親父さん?」


 矢鱈と鋭い突起物のついた謎の生物を模ったと思われる置物を抱え、舶来品店の店主が立っている。


「親父呼ばわりされる筋合いはない!!!」

「申し訳ないそういうつもりではというか今急いでるので」

「というか、何してんだ!早くこの場から離れろ」

「いや、こっちに用が…まだ詰所の火が消えてないのか?」

「それは収まったって聞いたが。ガラの悪い連中がある女の子を探しているらしいんだが、あまりに見つからないので一部がヤケクソで手当たり次第それなりの見た目の女を連れて行こうとしているって話だ」


 適当にも程がないか。いや、アトロならそれはそれで喜ぶかもしれない。


「娘さんを1人にして平気?」

「とっくに安全なとこだよ。こんなんじゃ商売にもならないし、他の店の売り子も一緒に、何人か男をつけてな。そんなことよりあんたの方が危ないだろ。そんな綺麗な顔して!」

「顔じゃなくて性別で選んでると思うんだけど」

「そのうちなんでもいいってなるかもしれないだろ!悪党にしても芯のある悪党じゃなさそうなんだから」


 成程。いや納得してどうする。


 事情を説明して通してもらうのも困難だ。街に降りた時に伝言を残すよう取り決めた場所に、メモを残したいのに。


「…逆にここで頼むか」

「何?」

「暫くしたら王城から兵が来ると思うんだが、それを率いている人に伝言して欲しいことがあるんだよ」

「なんだってそんな人と知り合いなんだ」

「親戚なんだ」


 店主の目が、抱えている奇妙な置物のギョロリとしたそれと同じくらいに見開かれる。


「あんた、貴族だったのか…通りの見た目で通りで既婚……」

「それは兎も角。そのイベリスって奴に、あ、紙か何か…いいやここの借りる…この紙渡して。あとこれ、足りないかもしれないが、補填に使って。通りの店皆で」


 きっと代金の計算に使うのだろう筆記用具一式をすぐそばの店から拝借し、走るのに邪魔なポケットの中の銀色の重しと一緒に押し付ける。


「あ、おい」

「頼んだ!」

「じゃなくて!率いてるって言われても誰が誰だかわかるわけないだろ!」


 最終目的地に向かう気持ちのままにその場で足踏みをする。


「いや、だからイベリスって名前」

「手当たり次第いちいち名前確認できると思うのか!?」

「あ」


 確かに。平民が貴族にいきなり声をかけるのは危険すぎる。


「せめてどんな見た目とか!」

「どんな…?」

「知らないのか?!」


 そんなことはない。親の顔より見ている。

 周囲の人間にあまりに認知されている第一の家臣であるが故に、どんな見た目と聞かれたことがないのだ。イベリスはイベリスなのである。


「背丈とか髪や目の色とか、顔立ちとか!」

「え、背は…そこの柱の1番上の傷あたりで」

「本当か?その位置から見てる割に具体的すぎるぞ」

「髪…今は纏めてるだろうから暗く見えんのか?どっちだ?」

「他の人がどういうふうに言ってるかそれを教えてくれればいい」

「冬の湖面と暮れたばかりの夜空の頂」

「色を、具体的に!」

「ええ…髪は青みの灰色、瞳は大層深い紫。で、顔立ち…」


 え。どう言えばいいんだ。




 足を止めて考え込もうとした時、店主の向こう側から声が聞こえた。


「ーーあの男だ!いきなり殴りかかってきて質問ぜめにして縛ってきた、あいつだ!」


 まずい。起きてしまった奴らがいるようだ。えーと、見た目、見た目。


「おい、行ったほうがいいんじゃないか!おれもここを離れる!」

「あ、顔、顔はな!」


 声の主の姿がはっきりしてきたので走り出しながら叫ぶ。


「男前!」

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーはっ?!」


 端的に言ったのに反応が悪いが、ここで捕まるわけにはいかないので仕方なく速度を上げる。店主に追っ手が詰め寄ったようだが、即座に置物の元気な音が聞こえたので大丈夫だろう。






 出店通りは中央通りに繋がっている。落ち合う予定の要塞へは東側の門から行くのが近いので、中央通りを王城とは逆方向、南にしばらく走ってから途中で左に曲がればいい。

 息が切れる頃に門に辿り着き、馬車乗り場の少年に金貨を握らせて馬を一頭借りた。馬上でも多少は息を整えられるだろうか。


 追っ手を一旦振り切れたからか、落ち着いた頭があることに気づく。


「…しまった!」


 乗る手伝いをしてくれた少年を驚かせてしまったが、とんでもない失態を犯してしまったら声が大きくなるのも仕方あるまい。

 どうしよう。あの店主、伝言相手を間違えてしまうかも。


 


 最後の最後、飛び切りの、という形容を忘れてしまったのだ。


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