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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
87/129

3.39


 王とは国が頭上に戴く冠であり、国を囲う防壁だ。他の国から見た自国の目印で、狙うときの的でもある。そうして中の人間からすれば鬱陶しい現行制度の象徴。壁としては中の問題・諍いは止めないと最終的に自分が崩されるので、今回の件はさっさと解決するに越したことはない。


 それに。王は民草を幸せにはしないかもしれないが、一般的に見て不幸な状況からは極力護らなければならない、というのが俺の国王業における師匠の持論である。

 幸せには勝手になってくれればいい。何が幸せかなんて人によって違いすぎる。毎日甘い甘い菓子が提供されたらリナやカトレヤは嬉しかろうが、俺にとっては苦行であるように。

 要するに、俺の仕事はアトロを叩き潰す所までなのである。仕事ならそれなりに真面目にやらないと。


 それなりの決意を胸に身を潜めた路地裏から耳を澄ませ、近くの成敗対象の話し声等音を拾う。


「いいかげんにしろっそんな子はいないと言ってるだろう!」

「隠してもムダだと言ってんのが聞こえねぇのか!!」

「人の話聞けっ!」


 …ずっとやってる。


 だが、対象の人数と聞こえる声の数が合わない。一人ずっと黙ってる感じだ。


「報酬に釣られたけど実際の職務内容と照らし合わせて気乗りしない、てことか?」


 若い女一人の為に、憲兵の詰め所を燃やし王城と主教堂と城下の商店連中を敵に回す。割に合わなそう。

 金で雇われた人間はその分行動原理が明確で分かり易い。1番簡単で平和的なのは相手より高額で買収するという方法だが、やったら無駄遣いするなと怒られそうである。個人資産ならどう使ってもいい気がするが、俺本人の為にしか使ってはいけないのだそうだ。


 従って、平和的ではないが簡単な方法をとろうと思う。


 後を尾けている集団が、漸く絡んでいた店主の言葉を理解して場所を移ろうとしている。やはり気乗りがしないのか、半歩遅れるだんまり男。此方の近くを横切り終わる寸前で引きずり込む。


「なんっ、」

「御機嫌よう。お話良いかね」


 返事は期待しない。壁と俺の手に頭を挟まれているので頭を振れないし、声を出して喉が動いたら短剣の先と触れ合ってしまうから。


「君達の雇い主はどちら様かな?」

「……っ!」

「ああ、話せないよな。では肯定なら瞬き一つ否定なら二つ、分からないことなら見開いたままとしよう。いいか?」


 震える瞼が大きく一回閉じる。


「雇い主の名前は?」


 男の眼に俺が映ったままだ。


「サンギネウスという名前に聞き覚えは?」


 二回。


「ふむ。ハービサイド商会?」


 また二回。まあ本名は名乗らないか。


「…何人仲間がいるとが、君は知らないかなぁ」


 首を傾げながら薄く笑えば多数の瞬きが返される。仲間の数、というわけではなかろう。

 喉に向けた物はそのままに口だけ解放してやることにした。大声を出したら驚いて手が動くかも、とだけ伝えている。


「ー正確には、把握できない。こ、個々に声がかかっているようで」

「結構な人数いるけど…君はどこで話を持ちかけられたのかな?」

「さ、酒場、賭けで負け越したところに代わりに払うと言うやつがき、きて」

「…君の報酬はその金額というわけか」

「お、女を連れてきたら別に払うと」


 それはまた太っ腹なことで。


「連れ立っていたのは一緒に賭け金を立て替えてもらった仲間?」

「ち、ちがう。指示された場所が近かっただけで…なあ、洗いざらい話すから物騒なもんしまってくれよ!」

「そうだねぇ…」


 恐らくこの男は大したことを知らない。計画の中心に近い者ならまず俺が()()を確認するだろう。只管ひたすら怯えるだけの相手にこれ以上構っても収穫は見込めない。


「どうも有難う」

「ぎゃっ…」


 刃ではなく柄の方を首筋に強く叩き込む。男は背中側の壁にもたれ掛かる格好になった。着ている上着を剥ぎ取り、男本体の胴側に後ろ身ごろが来るように被せて袖をきつく結ぶ。引っくり返して結び目が下になるように放置すれば完成だ。

 名付けて「目が覚めたら身動きがとれなくなってる」姿勢。


 上着のついでに色々探ったが、特にめぼしい物は何も持ってなかった。ナイフでもいいので補充できれば良かったのだが。


「にしても君、連れから全く捜されないねぇ…」


 気を失った相手に話しかけるのは独り言になろうか。ちょっと立てていた計画が崩れたので文句ぐらい言いたい。が、やはり聞いてはもらえないだろうから作戦変更に頭を切り替える。


 先程聞いた音色、拍を思い起こす。平時の状態ではなかったので若干不安だ。


 息を大きく吸い込んで、


「ーー女を見つけたぞ!」


 出来る限り喜色が混じる様に叫ぶ。そして直ぐさま近くの物を足場に壁の上へ跳ぶ。はてさて何人来るかなぁと。






 咄嗟の判断が求められる時、その人物の本性が出るという。


 例えば、自分たちを呼び出したはずの男が拘束された状態で失神している時。

 例えば、頭上から剥き身の剣を装備した輩が飛び降りてきた時。

 そんな時に目の前の男達のように呆然とせず、敵襲と判じて備えられるのはどんな人間だろうか。


 呼びかけに応じた6人のうち、4人は寝転んだ男を見つめている間に顎やら鳩尾やらに蹴りをお見舞いして休んでもらった。縛るのは後にしよう。

 残りの2人、うち一方は先程の観察からこのグループのリーダー格と見た。もう1人の方に援軍か何か呼ぶように伝えたので、それを受けて踵を返した方に渾身の跳び蹴りを食らわせる。流石にこれ以上の数を休憩なしで相手したくない。


 足下のクッションを蹴る勢いで最後の1人の方へ跳ぶ。軽く蹴りつつ、目論見通り胴の上に乗れた。初めの奴より体格が良いので短剣だけでは不安だったのだ。体重を掛ければ簡単に撥ね除けられまい。


「なん、おまっ…」

「聞きたいことがあるんだが」

「報酬を独り占めする気だな?!」

「いや、聞きたいことが」

「依頼主に見つけたことを告げたらその場で全額もらおうって腹か?そうはいかねぇぞ」

「依頼主?」

「中央の高級宿屋街、そこのどれかに依頼のお偉いさんが泊まってて城下を見てる、だから見つけたら発煙筒なりなんなりで合図を出せば使いがくるって話だったろ!」


 話聞いてくれないけど話聞けそう。


「…具体的にどの宿、ということは言われてなかっただろうか?」

「ねぇな。そもそもおれらみたいのがそんな宿屋街に行ったらそれだけで難癖つけられて捕ま、なんだおめぇ全然話聞いてないんじゃねえか」


 仲間を蹴り飛ばした人間に対して口が軽すぎないだろうか。嘘を教えられている可能性も大いにある。

 判断つかねて黙っていると、組み伏せた相手が俺の顔を凝視しつつにやつきはじめた。

 

「おまえ、ずいぶんきれいな顔してるな」


 なんだか大変嬉しそうなのだが。理由によっては今すぐ落とさないとなるまい。


「おれと組まねぇか?」

「組む?」

「おまえの見た目なら探してる女もそう警戒しないだろ?」


 それはそうだ、知り合いだし。


「となれば捕まえやすくなるし後もしやすい」

あと、」

「上玉らしいじゃないか、渡す前に少し楽しんだってバチは、っ!」


 分かり易く悪いことをしようと考えている部分を思いっきり踏みつけ、ついでに顔面も蹴っておく。

 伸びた男をそっと引っくり返し、短剣で背中側から服を切る。袖から腕を2本取りだしたら、袖同士を結んで簡易拘束具の完成である。仕上げに仰向けに戻して置くのがポイントだ。


「…」


 先程後回しにした5人にも同じ作業を施す。こういうのは無心でやるに限る。手早くやる為と、空しさを感じない為である。何が悲しくておっさん共の裸を見なくてはならない。


 …最後の1人を転がしおわった。更に奥の路地裏に身を滑り込ませ暫く蹲る。


 疲労を液体に例えると、体調を崩す基準の量は“グラス“から溢れて辺りを濡らし始める程度である。絶え間なく注がれれば直ぐに溢れてしまうが、適度な量で休憩を挟めば、例えで言えば溜まった水を排水場に捨てることが出来れば、活動可能時間も確保できる。

 とは言え、さっきの男のようにつまみ食いをしようとする奴が他にもいないと限らない。連れ立っているもう1人もそういう対象にされやすいので、できることならさっさと次に移って情報収集と数を減らす作業を終わらせたい。だがここで判断を誤れば途中で倒れて終わりである。


 腹立たしさに似たこの感覚は俺が生きている証であろう。地面へと引き摺り込むかのような、纏わり付く重さがそうであるように。




「戦略にも種類がある」


 ーー目を閉じていれば昔の景色がよく見える。


「敵を多く打ち倒す方法も、味方を増やす方法も、或いは兎に角逃げる方法も。最終的に生き残れば正しい選択だ」

「全部いい感じにできるのが理想なんだけどね〜。まず味方増やすでしょ、最大勢力でもって敵を迎え撃つでしょ。で、王は高みの見物。士気を上げるとも言うけど」

「お前は味方を増やそうとしすぎるな。処理が面倒だ」


 処理の詳細を尋ねる相手を無視した講師は授業を続ける。


「お前は体のことがあるから1番目の方法に拘るのは危険だ。味方についても、この阿呆と同じかそれ以上に後始末が面倒になると予想される。必要最低限に留めろ」

「発言が物騒になってきてない?」

「となるとやはり回避が1番だろう」


 無視に対しての全力の抗議をするりと避けて授業は続けられる。


「逃げ回るにも体力を使う上、追っ手の数によってはそもそも逃げられなくなることもある。まずは敵の把握、次いで可能な限り減らせ。」


 減らせる気がしなくて困っていると、何も全ての敵を戦闘不能にしなくてもいいのだ、と答えが返る。


「残りの人間のやる気がなくなるようにすればいい」

「士気を落とすのよね。こう、私に手を出すとこうなるわけだけどそれはその際に得られる利益と比較していい物?と考えさせるような状況を作るの。そこで諦めてくれなくても、思考すると大抵動きが鈍るでしょ?その隙にえいやと急所狙うでも逃げるでも拘束して動けなくさせるでも色々できるし」

「今の時分は罪悪感や良心に訴えかける方が効果的だろうが」

「嗜虐心煽るかもしれないからそこは注意が必要ね」


 いつの間にか講師が増えている上に単語がよく分からなくなってきた。あとでまた辞書に聞こう。


「でも拘束の方法は覚えておいて損はないわ。だって気を失わせても他の連中を相手にしている間に起きちゃったらいつまで経っても相手の数が減らないんだもの」

「一撃で仕留めろ」

「一応ね、か弱き乙女なのよこれでも。腕力じゃ男性に勝てないわ」

「いつどこで誰とどんな力比べをする事態になったか報告がされていないが」

「あー、後で言います…事なきを得てるから別に良いでしょ!それより授業、そう、拘束ね。いつもいつもいい感じの紐とか糸とか縄があるわけじゃないから、そこにある物を活用しましょうね」


 突如判明した案件を誤魔化しきれないまま、怒りと驚愕と絶望を少しずつ混ぜた無表情を浮かべているか人から彼女は上着を剥ぐ。


「大抵の人間は向かってくる時服を着ているでしょ」

「一部例外があるのか」

「何事にも例外は存在するだからそんな詰めないで欲しいしちょ、後で纏めてご報告致しますぅ!ともかく、こう、服を取るでしょっ反対向きに着せるでしょ。で、背中側でこう、簡易拘束!」

「…結びが甘いとこうなる」

「にぎゃぁっ!」


 値の張る上着に皺がつかないように加減したのだろう。即座に解かれた拘束は音も無く床に落ち、道具を用いない単純な捕縛が展開される。


「この状態で狙える急所は第一に足の甲だ」

「抱き上げられてるから踏めないけどねっ」

「後頭部を打ち付けるのも手だ」

「この向きじゃ空振り!」

「最終的に無理なら助けを呼べ」

「口を塞がれたら最悪噛み付くのもいいけど、ほうはっはらほうひはらひひはひら?」


 頬を潰されて不明瞭な言葉はやはり無視される。


「だが1番はやはり危険に近づかないことだな」

「そうね、今まさにそんな気がするし、あんた、どこ行こうとしてるの」

「授業は一旦休憩にする。お前は取り調べだ大人しくしろ」

「そう言われて大人しくするかっ…助けてジストーー!」


 盛大に救援要請が出されるが、無力な身故に無事を祈るだけである。




 ーー閉じた瞼を持ち上げれば、昼間だというのに薄暗い路地が見える。多少は回復出来ただろう、そろそろ動かねば。


「…最善の策を取れないのは致し方ない、と」


 習ったことの全てを活かしきれないのは生徒の力量不足である。講師陣には悪いが出来の良くない生徒だと諦めてもらいたい。


 背も伸びた。剣も覚えた。多少は口も上手くなった。

 生まれついた体質はそのままだが、あの頃のように無力ではない。微力しかないならそれを尽くすだけである。


 景気付けと怠さを誤魔化す意味合いで、必要以上に勢いをつけて立ち上がる。勢いついでに祈っておこう。


「偉大なる方、我が先つ祖」


 貴女に向けるべき信心に代えて無謀をする子々孫々を快く思わないとしても、その罰を他に与えるような無体はなさいませんように。


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