3.37
「はっちみっつはっちみっつ〜はっちみっつしゅ〜〜きっととろけるようにあっまいのね〜〜」
「種類によると思うけど〜」
「むっ?!そうなんですか?」
「…僕は飲んだことがない」
「ゲコさん!」
「食前酒に出されたのは〜辛口だったよ〜」
「からいの?!」
トウガラシが入っているんですか、という質問に酒呑みが困っている。辛い酒以外を飲まない人間に、甘い酒との違いを説明するのは難しいのだろう。
その横には無心で串焼き肉を頬張るミルト。よく食べる。満腹で野菜が食べられないと主張する気か。その場合は翌日以降に回されるだけだろうが、この少年はそこまで考えてなさそうである。単純に肉が好きなだけかもしれない。たくさん食べればいい。
「シアはどんなお酒が好きなんですか?」
「好き嫌いできるほど呑んでない」
「んーと、どんなのなら飲んだことありますか?」
「16の誕生日の夜、林檎の蒸留酒を一杯飲んで記憶がなくなって以降城内で禁酒令が出ている」
「…どうして醸造酒にしなかった」
「違いが分からなかったんだなぁ…あ、そっちなら三杯くらいいけるぞ」
「おいしいの?」
「生の林檎の方が俺は好き」
4本目の串焼きに挑むミルトが側の店の揚げ物を要求してくる。茶色い食べ物が好きなんだな。2袋注文する。受注後に作り始める形式のようだ。たくさん食べるがいい。
「カティも食べな。空の胃に酒精をぶち込むのはどうかと」
「え?バクハツするんですか?どーちょーたち大丈夫?!」
「僕たちも食後にしか飲んでないだろ…そもそもなぜ爆発すると思う」
「火がつくから…うちにあるビン倒したら近くのロウソクからグオオォ!ってなったじゃないですか」
「おいこら保護者、保管体制に問題ありだぞ」
「父上達と飲んでいる時に、翌日に提供される予定の苺目当てで忍び込んできた夜更かし犯が発見され慌てて逃げ出そうとしてテーブルの上のものを盛大にひっくり返した話か?」
「こら苺泥棒」
「とれなかったからドロボーではありません」
「クロスが焼けたが」
「放火…失火犯?」
「それについてはとっても反省して、かわりにイチゴ柄のカワイイのをお納めしました」
「使ってんの?」
「…兄上が大喜びで」
揚げたてを受け取り1つはそのままミルトに横流しする。熱いから冷ましてお食べと言う前に齧り付いている。当然の如くはふはふしながらなおも食べ続ける。健康なのはいいことだ。
「これ一個食べられるかい?」
「んー、半分なら」
「もう半分はお前食え」
「…買った人間が食べればいいだろう」
「揚げ物は好きじゃない」
店主が眉根を寄せた気がするが見なかったことにする。体調が絶好調なら食べても全く平気だが、よろしくない時は本当に駄目なのだ。因みに今はよろしくはないが好調でもない。つまり普通。無理に避ける必要も進んで食べる気もない。
袋を利用して手で触れないように二つに割る。差し出したら大人しく受け取るのだから、いちいち抵抗しなくてもいいと思う。
「ほくほく。お肉も入ってますね、おいしい」
にこにこ食べるカトレヤを見て店主が脂下がる。いい宣伝だろう。カトレヤはいつも楽しそうに食事をするから、周りの人間も同じものを食べたくなるらしい。立ちながら食べることに若干の抵抗を感じている様子のラルゴも、諦めて口にし始めるくらいだ。
「おいしいですか?」
「…そうだな。子どもたちが好きそうだ」
「あ、たしかに」
店主がぎょっとする。安心して欲しい。この2人は見た目通りまだ10代だし、印象通り複数の子どもを儲けているような関係ではない。そう心の中だけで説明する。
揚げ物は跳ねるから小さい子には危ないし後片付けが面倒なんだよと思いつつ、時計を探す。俺の懐中はコイン型の不吉に変化しているし、逃げ出してきた子どもたちは勿論急いで捜索に出た方も携帯していなかったのだ。
慌てて引っ掛けてきた上着に、時計は常備されていないのに護身用の投げナイフはしっかり入っているという、幼少より経験してきた苦労を偲ばれる話をしていた男がいるので、ちょっと離れても平気だろう。建物の位置関係で時計塔が見えないのだ。
角を少し曲がったところで目当てのものが見えた。宰相をほっぽり出してから1時間弱。次の予定までは2時間くらい。それもあとで結果を聞けばいいだけの話し合いである。よって、カトレヤの食事と初の飲酒に付き合ってもさして問題はない。必要なことは確認できた。さて、戻ろう。
「ーー何してんだお前!!」
目的地から聞こえたのは、多分ミルトの怒鳴り声。足を止めた通行人の間を駆ける。
「返してください!」
「連れに一体何のご用ですか」
柄を掴みながらでは速度が出せない。剣を握るのは諦める。
「人を探していてな。赤髪の若い女だって言うんだが…目は茶色、だったか」
聞き覚えのない声だが内容には覚えがある。
「ーーおいお前ら、いたぞ!こっち、だぁっ!?」
「しかも複数かよ!もうっ」
位置関係でそのまま飛び蹴りを喰らわせられたのは良かったが、仲間が何人かいるらしい。カトレヤの髪を隠す布を剥ぎ取ったらしい男は足の下。その呼び声に向かってきた影がちらほら…結構いるんだが?
「こいつか、ぎゃっ」
「申し訳ないっ」
「うわお前えげつな…」
一番乗りで辿り着きカトレヤの腕を掴もうとした人間に、ラルゴが店主に謝りながら商品の味付けに使うであろう香辛料をぶち撒ける。絶対あれ、目に入ってる。
「ナイフどうしたナイフ」
「人混みで投げられると思うのか」
「ああ、当たるから…」
「すぐに回収ができない。数に限りがあるんだ」
「外しはしないのな、ちょっ!」
続いて来た人間が、なんと剣を手にしている。おかげで周囲の人々が避けて我々の元への道が開き、なんとも快適な道行となっている。
躊躇いなく薙いできたので仕方なく前に出る。綺麗に胴に入った。
「いっ!」
「ーーシア!」
「たい!」
「! こいつなんか着込んでやがる!!」
鎖帷子である。針鼠回避用だったのに、こんな形で活用する羽目になるとは。
それはともかく。
「斬れなくても鉄の棒で殴られたら結構いてぇんだよこの野郎!!」
助走がつけられないので回し蹴りにしておく。剣を取り落としたので回収もする。
「中央!」
ここは王都。人口が多い。それに比例して揉め事も多い。それでも住む人間が減らない理由の一つに、治安維持の制度が他の街と比較して強固だからということがある。
王城から真っ直ぐ南下した位置に中央詰所。東西南北に各地区の主管。10区画ごとに出張所。憲兵が常時配置されているし各地区で配置している巡回の警邏もいる。
ここから1番近く、俺の身分上話が通しやすいのが中央詰所だ。その辺りの事情はよく分かっているから、詳しく説明しなくてもラルゴは動ける。カトレヤとミルトの手を引いて先に走り出す。
直ぐに後ろにつきたいが、ちょっと追手になる予定の人間との距離が近すぎる。ここで寝てもらわないと安心して走れない。
仕方なく拾った剣を構えると、男は薄く笑う。さっきの2人といい、身形から同程度の生活水準であろうとは予測できるが同じ組織、という感じがあまりしない。金で雇われた寄せ集めだろうか。
「坊主、邪魔するとためにならねぇぜ」
「こんな衆目のあるところでことに及んだのは何故?すぐ通報されるぞ」
「通報してもすぐには来れないんだよ、憲兵は」
俺が怪訝そうにしたからだろう、楽しそうに笑って男は続ける。
「詰所に火がついたら消さないと、だろ」
「は、」
振り向いて確認できる距離ではないし、相手から目を逸らしては危ないし。
事実だとすると大変まずい。憲兵に助けを求められない以前に火をつけた仲間のいる方向に3人が向かっている。カトレヤの髪を隠す時間もなかったのだ。
「やっと状況がわかったようだな。大人しくそこをど」
「返す!」
俺が使うには少し重すぎる剣だ。無くてもいい。だから投げつける。
人は何か投げられたら避けるか受け止めようとする。この男は後者だったが、どちらにしても一瞬隙が生まれればそれでいい。
「ーー待てこのガキ!!」
待てと言われて待つ人間はいるのだろうか。そんなことを考えられるだけまだ余裕があるらしい。それも振り絞って全速力で駆け出して、中央詰所の方向へ向かう。
そう長い距離ではない。暫く走ればこちらに戻ってくる3人にぶつかりそうになる。
「ひ、ひひ火!」
「つめ、所の辺り、から、見えた!」
「うん、作戦変更!怪しいやつはついて来てない?」
「確認、する余裕が、ある、と思うか?」
全員息も絶え絶え。余裕がなさそうである。
パッと見たかぎり近くにはいなさそうだが、俺の来た方向からそのうち追いつかれる。走るのも限度がある。
「で、作、戦、って?」
「…ここで迎え撃つ!」
「無茶、苦、茶言うな…!」
「いや走り回って敵の数を確認しようと思ったんだけど君達がそんな有様じゃ!」
「あん、た、の、手下、よべ、な、ゲホっ」
「手下のいる方向に向かう道の辺りが燃えてるんだい!」
「他の詰所、は?出張所でも、」
「距離が…でもそれしかないか」
「ダメだ」
不意に近くの建物から声が聞こえる。短剣を取り出して構えると、若い男と子どもを抱えた妻らしき女が扉から顔を覗かせている。
「こっちに、早く!」
抱えられた子どもまで手招きをしてくるから、仕方なく3人を引っ張って彼らのいる建物に入る。全員入ったところで直ぐに男が鍵をかけ、近くの棚を動かし始めた。
内装から、入ったのは通用口で反対の通りに面した方が店舗であると推察できる。
「私達、ご覧の通り店をやっているのだけど。あなたたち追いかけられてるのよね?他の店の人たちから聞いたの、出張所は今向かえないって」
「向かえない?」
「中央から火が出たでしょう?それと同じころにいくつか通報が重なって手が回ってないらしいの」
まさか火の手が合図だったのだろうか。アトロが失踪事件に絡んで金を稼いでいるとして、そんなに人を雇えるものか?
「最近ガラの悪そうな人たちが店に来て、赤髪の女の子を探してたの。…あなたのこと?」
カトレヤが身を強張らせる。服を掴まれたラルゴが手を握ってやるが強張りは解けない。
「…何人も、別々に来ていたからきっと外で探している人間は多い。通りに面した店は通路で中が繋がっているから、そこを通って人目を避けなさい。他の店主たちにも話は通すから、それまでここで少し待っていてくれ」
棚で扉を塞ぎ終わった男が通路を指し示し、そのままその扉を潜る。
「ね、これ。被って。うちの新作なんだけど、結構隠れそうでしょう?一旦髪を結ぶわね」
「ど、どうして」
「…間違ってたらごめんなさい。主教堂の歌巫女様とオルガン弾きの堂吏さんよね?あとの2人はわからないけど」
ラルゴとカトレヤの身元を言い当てた女は少し恥ずかしそうにしながら濃紅の髪を編み込む。
「私達、宣誓を主教堂でしたのよ。お金もないしこの子がもうお腹にいたし、集団のでだったからあなたたちが覚えていないのは当然ね。
…婚姻前に、って色々言われてたから悩んでいたんだけど、この子も宣誓の中に混ぜてくださいってお願いしたの」
綺麗に纏められた髪に子どもが興味を持ち始めたので、女はそれを嗜める。
「そしたらあなた、お腹の中にいるころから自分の歌とその人のオルガンが聴けるなんて耳が太る、いいことだって」
その当時のことを思い出したのだろう。笑いながらカトレヤに帽子を被せる。
そして、子どもを抱え上げて耳朶を抓み始める。
「ねぇ見て、耳の太った子になったかしら?」
「みみー」
「…耳は「こえた」方がいいと思います」
「あ、ちゃんと覚えられたのね。よかったけど…あの言い方も可愛らしくてよかったと思うわ」
「よたったー」
「ねー」
子どももそう言っていると再度笑う女に、夫が出て行った扉から声がかかる。
「ご主人から話は聞いたよ。うちはいつでも通っていいからね。先の店もあの人がはなしをつけに行ってる」
「お隣は宝飾品を扱ってるの。逃げるのに宝石をつけていくのは変かしら。通過だけさせてもらって」
「あら、宝石だって使えるさ。道に投げれば転ばせられる」
「それはちょっともったいないんじゃないかしら?」
そんなことはないと年嵩の女は続ける。
「教堂にはね、毎日旦那の冥福を祈ってもらってるんだ。寄付だと思えば安いもんよ」
「でもっ、…」
「追っ手がここに来て、あなた達に危害を加えないとも限らない」
言葉が続けられないカトレヤに代わってラルゴが懸念を口に出す。入った瞬間は見られていなくても、見失った場所と時間でおおよその隠れた始点は分かっているしまう可能性がある。
「大丈夫、ここいらの建物は作りがしっかりしてるよ。立てこもればどうってことないさ」
「火をつけられたらどうすんだよ!」
「ちょっとぼく、嫌なこと言うね。まあその時はみんなで消すさ。物が燃えたって平気だよ。この街は誰の街だと思っているんだい」
豪快に胸を叩いた宝飾店の主人は誇らしげに口角を上げて宣言する。
「国王様のお膝元、何かあってもどうにかしてもらえるさ」
だからさっさと行きな、と繊細な細工を扱っているとは思えない力強い手で送り出される。振り返る間もなく戸は閉められるから先に進しかない。
歩くほど余裕はない。走っては外に出たときに息が上がった怪しい集団として認知されてしまう。折中案で早歩きで店舗の通路を突き進んでいく。会話できるほど肺活量に余力のあるメンバーはいないので、終始無言で最後の店まで辿り着いた。
外の様子を窺っていた服屋の店主が振り返り、出ても平気だと合図する。
「気をつけて…出る場所は西区寄りの裏通りだ。教堂からは、少し遠いが」
「だいじょうぶです、ありがとう。何かされそうになったら私たちのこと、隠さず話してください」
「いやそういうわけには…」
「あなたのお子さんの耳が肥えて、ついでに国語が得意になりますように!」
「国語?」
「気にしないでください。このご恩は必ず返します。カトレヤ、あまり長いと…」
「…分かってます」
先に二人に出てもらうことにした。四人一斉に出ては、途中で人に見られる可能性が増す。
見送った後一旦戸を閉めた男にミルトがもごもご何かを言おうとしている。
「言いたいことがあるならはっきり言いな」
「ーー死ぬなよ!」
「しっ…」
「フラグ立てやがった…いいや、君も先行って」
まだ何か言いたそうだがきっと碌でも無いことなので背中を押して外に出す。そうして上着のポケットに手を入れる。ここは丁度文具を扱う店だ。
取り出した金貨と交換で、ペンと小さなインク瓶、掌大の正方形の紙の綴りを借りる。紙を一枚引き離して、壁を机に書き付ける。
「貴方の店ではオーダーで服などを注文できますか?」
「え、あ、ああ…追加料金がかかるが」
「それは良かった。面倒が片付いたらお礼も兼ねてお邪魔するつもりですが、取り敢えず此方を。建物等に被害が無い方が勿論良いですが、営業を妨げられている時点で損害がありますので近隣の皆様含めて後日記載の部署にお問合せ下さい」
「え?…いや、これ、」
「私が出たら直ぐに戸を塞いで下さいね」
走り書きだが読めるだろう。質問が出る前にこの場を後にし、先行部隊の居所を目指す。
言われた通りの裏路地。丁度陰の落ちる場所でカトレヤとミルトが頭を抱え込んでしゃがむという、大変収納しやすい大きさに縮こまっていた。
「逆に目立つよ、それ…」
「それより、遅い!心配しました」
「ああ、うんごめんごめん」
「これからどうする」
コンパクトな2人の側でじっと佇んでいたラルゴの静かな声が降る。一応、2人が向こう側から見えないように壁になる位置で待っていたらしい。
「かなり大回りになるが城壁沿いに王城と教堂を目指すか?」
「行けそうなけんぺいのところ、探した方がいいんじゃ」
「そこに来るようにゆーどーされてる場合はイッカンの終わりですよ」
「じゃあどうすんだよ!」
迂回と通報。どちらの案も相手にとって予想できるものである。故に共にカトレヤの懸念が当てはまる。人数が把握出来れば選びようもあるが、今その情報が無い。
だが、確かなことは一つある。
「カトレヤ=マロニエ嬢」
「っんふぁ、い?」
滅多に呼ばない方法で名を口にすれば、奇妙な返事が返る。
「協力してくれないか」
「…なん、の?」
ここは王都、王城直下の街だ。
そこでこの騒ぎ。上等である。
にっと笑えば周囲が凍る。それも寧ろ面白く笑みを深める。
「今度こそ確実にアトロを地獄に落とすため、囮になって欲しい」
売られた喧嘩は買う主義だ。




