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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
74/129

3.26


「一体何をなさったのですか」

「どんな挨拶だ」


 宣誓の儀の打ち合わせに訪れれば、開口一番これである。大体毎日何かして怒られているとは言え、そんな挨拶で一日の始まりの仕事を迎えたくない。


「昨日、王城から通達がありました。あなたに医学書ならびにそれに準ずるものを見せないようにと」

「仕事はやーいもうやだ」

「何をしでかしたのですか」


 今までの行いに基づく予測に対して先んじて対処されただけである。従って何もしていないと言えるし、色々やらかしたとも言える。

 尚も問いを続けようとするラルゴに、濃紅の影がぶつかる。盛大によろけたのでそっと支えてやった。2人分の体重、重い。


「あ、ごめんなさい」

「何をしているんだ危ないだろう」

「事情聴取等は体勢を立て直してからにしてほしい」

「失礼いたしました」

「へーかけっこう力持ち。私たちまとめて抱っこできます?」

「一瞬持ち上げて後は潰れるな」


 個々ならいけると思うが、それを言うと片方が酷く傷つき八つ当たりにも似た報復をしてくるので黙っておく。


「あ、何をしていたかと聞かれると、ミルトがさっき来て色々文句言ってくるので逃げてきたんです。ララちゃ…ラルゴの側だとあんま寄ってこないし」

「……僕は彼に何かしてしまったのだろうか」

「気にしなくてもいいと思うがね。文句って、どんな?」


 ぶつかった拍子に乱れた裾を直されているカトレヤに、気にもならないことを聞いて話題を逸らす。ミルトは俺を嫌っているしラルゴを避けているのも確かだが、その理由は問う人物が知らなくてもいいことである。


「ほら、アカンサさんちの兵隊さん?けーびとかでこの辺りにいるでしょ。フィルたちの劇場に向かう道のあたりにもいるらしくて、なんか、スリしてそうって言われたそうです」

「そう見えなくもないかも」

「どういう意味だよ!」


 話題に登った張本人が意外と近くにいた。カトレヤはそっとラルゴの背後に隠れ、壁にされた方は困った顔をしている。ミルトはラルゴとカトレヤがいる所には極力近づかないようにしているが、そこに俺が加われば気にせず文句が言えるらしい。俺は何を中和しているというのだろうか。


「君、憲兵服着たやつとか背の高い大人がいると途端に目を合わせないようにするから。どう見ても後ろめたいことのある人間の反応」

「ああいう奴らは目があっただけで因縁つけてくるだろ」

「目があったら笑って挨拶してやればいい。大抵黙る」

「それ、多分へーかだけです」

「そう?」

「とにかく!あいつらどうにかしてくれよ。仕事ができない」

「え?まだ掏摸してんの?」

「してないわ!配達だよ」


 おそらく1度や2度ではないのだろう。怒り冷めやらぬと言った様子だ。

 アカンサ嬢に頼んで、ミルトは怪しくないと伝えてもらうか。

 

「時に歌巫女殿、慣用句の学習は滞りなく終わったのかね」

「…いんがおーほー」

「意外と反省してるようだね」

「ふぐたいてん」

「ん?」

「コノウラミハラサデオクベキカ…!!」

「もう1セット追加で!」

「かしこまりました」

「むーーーーーーーーーーーーー!!」


 きゃいきゃい騒いでいる我々とは少し離れて、堂長と話をしているのは我が婚約者2名である。騒ぎには気づいているはずだが特に気にした素振りもない。

 要はいつも通りということである。


「…そいつはバカなんだから、勉強させたって無駄だろ」

「バカにバカって言われたくないです」

「何だとチビ!」

「私と大して変わらないくせに!!」

「はいはい、2人とも賢くなくて小さくてカワイイねー」

「陛下…」


 下から揃ってキッと睨まれる。カトレヤもミルトも歳の割に背が低い。幼少期の生育環境の悪さが今も尾を引いているのだろうが、それにしてはフィルは体格がいい。何が違うのだろうか。


「こいつのいしょくじゅーは税金から出してんだろ。無駄なことに使うなよ」

「…勉強は生きるのに必要という認識なのは感心するけどさ」

「は?」

「衣食住の意味わかってる?」

「ーー当たり前だろ」

「ラルゴ、一名追加」

「かしこまりました」


 座学を受ける生徒が増えたので、書付の紙とペンを差し入れてやろう。


「やめろ!オレは関係無い」

「旅は道連れ世はナサケ!」

「意味が違う」

「ぼけつ!?」

「それは合ってる」

「人の時間を勝手に使おうとするな!!何様だ!!」

「お貴族様と王様」


 偉いのである。崇めて奉ってほしいとまでは言わないので、容赦も躊躇いもなく攻撃を加えるそぶりを見せないでほしい。避けるのが面倒なのだ。


「俺が色々覚えたところで何の意味もないだろ!自己満足に巻き込むな」

「王様なので民草の声は無視していい気がする」

「そんなんだから前のやつも死んだんだろ」


 座学から逃れたいという気持ちから張り上げられていた声。当然、教堂内の他の人間にも聞こえるわけで。




 空気が凍りついた。




 参考書は読まなくとも周りの雰囲気を読むことは得意な子どもである。言ったことが取り消せないことも知っているのだろう、顔色が悪くなってきた。


「今のは、わたしも斬首されるという意味かな」

「へーか、違うんです」

「カティには聞いてないよ。ミルト、どうなのかな」


 カトレヤが大いに慌てラルゴも2人を庇うような位置になっている。問うている相手は無言のままだ。

 面倒だが一応俺の方が年長者である。教育的指導とか、そういうことをしないといけないのだろう。前に立つラルゴを避けて、ミルトの近くに行く。


「君とカティは同じようなものかなぁと思ってたけど、君の方が少しお馬鹿さんなのかも知れないね。カティは余に、そう言った方面で姉の話を振ったことはないから」


 ついでににっこり笑ってやる。悪かった顔色がもっと悪くなる。笑顔は相手も笑顔にするものだと幼児向けの絵本に書いてあったが、全くのデマであるらしい。


「愚かで哀れな坊や。君が無知なのはきっと君のせいではないのだろうが、手を差し伸べてくれる人間がいる中で無知でい続けるというのならそれは君の罪だよ。そして罪は償わないといけない」


 恐怖から動けなくなってしまった子どもの方に手を置いて、そっと耳元で囁く。

 その際に仮声をやめたのはちょっとした悪戯心と言うものである。




「ーーブリオニア王国史、教典の時代から現在の範囲で試験をしてあげよう。目標点まんてんを取るまで帰してあげない」

「ヒィィっ」


 内容か、耳元で囁かれるという体勢か。盛大に悲鳴を上げて腰を抜かしたミルトを、即座に支えるのは最も近い位置にいる俺ではなくラルゴである。


「一体何をなさったのですか!」

「本日2度目の挨拶かね」

「違うに決まっているでしょう」


 憎まれ口を叩いてばかりの少年が耳を押さえて震えている。火薬が爆ぜる音に驚いた子鹿みたいだ。囁き声なのに爆音と同じ扱いをされる。悲しい。


「カティ、ミルトは女の子だったみたいだ」

「ーーあんなかっこであんな声でささやいたんですか?!アクマ!人でなし!!」

「いや、王国史の暗記テストするって言った方が効いたのかもしれない」

「ぼーくん!!」

「君も道連れになりたいみたいだね」


 いやーーーーっ!!、と悲鳴を上げて同じように崩れ落ちるカトレヤ。要救助者と思しき人間が増えて困るのは俺ではなくラルゴである。何の影響もない俺はそっとその場を放置して終始こちらを見守っていた一団の方へ向かった。



「安心しろ堂長。全て解決した」

「問題を増やして放置したようにしか見えませんでしたが」

「相変わらずの慧眼だな」

「誰の目にも明らかでしょう」


 歌巫女が床に手をついてしおしおしているのも、次男坊がよくわからない攻撃によってどこかしらを負傷した子らを前に困惑していることも、特にお咎めなしである。珍しいこともあるもんだ。


「…お気になさらないのですか」

「何が?」

「姉君のことを、話題にされるのはお嫌いでしょう?」

「それはまあそうなんだけど、そんなことはあの子が知るわきゃないし。知ることのできないことで罰せられるなんて理不尽だろ」


 王国史のテストは受ける人間によっては確かに罰かもしれないが、本来知識を得るというのは益であって損にはなり得ない。騒ぎの方向を変えるためにあのような言い方をしたが、これから先劇場の運営側として生活していくなら歴史を知っているのは無駄ではなかろう。誠心誠意、重い罪の代償と思って学習してほしい。


「陛下は存外子どもがお好きなのですね」

「色々ツッコミどころがあるが、最大の点に絞ろう。ミルトは其方の1歳年上だ」

「そうなのですか?体つきも言葉遣いも未熟ですし全くそうは見えませんが」

「まあアカンサ様、そのように厳しいことを言ってはいけませんわ。背なんてそのうち伸びますし、言葉だって学べばいくらでも変えられますもの」

「リナリア様も子どもがお好きなのですか」

「いやだからな、年長者、」

「好きというほどでもありませんけど、可愛らしいこと、とは思いますわね」


 年下の少女と綺麗なお姉さんに散々なことを言われていると知れば更に重傷を負うことになろう。10代の男は殊に繊細なのである。

 俺と同じ危惧を抱いたらしいチャービルが、そっと話題を変えようと試み始める。


「それはそうと陛下。ご自分が斬首されるとか何とか、冗談でも仰らないでくださいね」

「そういう意味で言ったわけではないがね。大体姉弟揃って同じ死に方とか芸がないだろ」

「芸」

「されるにしても他の方法を目指す」

「目指すものではございませんが、今ここで聞き出しておかないと追々困りそうなので、具体的に何を想定されているかお聞かせ願いますか」

「………火刑?」

「よりにもよって残酷なものをあえてお選びになるのはなぜです」


 おかしい。俺が説教を受ける流れに乗らされている。どこで間違ったのだろうか。人生とは難しい。


「なぜ、火炙りにされたいのですか」

「いや、されたいとは言ってない…」

「理由は?」

「…斬首は、先も言ったように姉と同じで芸がない。石打は片付けるのが大変そうだし絞首もそうだろ。毒はなんだかな…寒そうだから嫌なんだよ」

「火なら暖かいと?」

「いや熱いと思うが…要は何となくの消去法だ」


 寒いのは苦手である。内外の温度差が大きくなれば内側の熱にどうしたって気づいてしまう。ぐるぐるぐるぐる、10年近く消えも弱まりもせずひたすら存在する厄介な熱に。


「なるほど良くわかりました。今度王城に参りましたらすれ違う方々にお話しします」

「なして。なしてそのような恐ろしい行為に挑める」

「周りの方が聞いたら怒るとわかっていらっしゃるのなら、そんな考えは捨てなければなりません」

「思うだけでは罪にならな」

「なります」


 いつものように怒鳴り声で罵声を浴びせてくればいいものを、こういう時に限って静かで穏やかに話すのだ。なんて嫌な人間だろう。耳を塞ぐ理由を奪うのだ。


「あなたを案じ、慈しむ人間に対して犯してはならない裏切りです。今すぐにとは言いません。改める努力をなさってください」


 案じ、慈しむ。その意味は分かっているし与えられていることも知っている。

 納得できないのは、対象が俺だから、ということだけで。


 あの人にこそ与えられるべきだったという、ただその一点だけなのだ。






 



「随分としおらしいこと。いつもそのようにして頂ければ宣誓の儀の打ち合わせもすっきり終りますのに」

「…あの怒り方されるの苦手なんだよ」

「どちらかと言えば諭しているというような様子でしたね。あるで教堂にお勤めになられる方といった印象でした」

「実際勤めておりますので…あの陛下、そう気落ちされると良心が痛みます」

「取り返しのつかないほど怒らせたイベリス思い出すから本当に苦手なんだ」

「あの方、怒ったりなさいますの?」

「怒る…」


 この世の終わりはきっと静寂だ。耳鳴りがするほどの静けさに、1人取り残されて最後を待つしかない。


「思ったよりミルト君の言葉で動揺なすっていたのですかね。あの、顔色が、非常によろしくない」

「今更先ほどの会話がまずかったことに気がついた」

「改心なさった」

「この男が万一従兄殿に伝えようものなら余は破滅である」

「全く反省してないようですわ」

「口を、封じねば」

「あまつさえ更に罪を重ねようとするとは、大胆でいらっしゃいますね」

「褒めていらっしゃるの?アカンサ様」


 リナと小鳥に言われたらもう仕方ないが、教伯は今のうちに黙らせておきたい。


「どうしたら黙っていてくれる?」

「………陛下、わざとそんな顔をしているというのなら、あなたはとんでもない悪党です」

「つまり効いているな。黙っていてほしいんだけど」

「……くっ」


 子どもが好きというのは俺のような人間ではなく。

 例え大きくなったとしてもかつての面影が少しでもあれば大変甘くなるこの大人の様な人物を指すのである。


 幼き頃、この教堂で行われる式典の準備をしていた時。保護者たちと離れ離れになり大変心細かった際の表情を意識して堂長を見つめる。あの時困ったようにしながらも、近すぎず離れすぎない位置で保護者が来るまで見守っていた大人は、今は大変悔しそうである。


「いい歳した男にこんな気持ちにさせられるとは…」

「まだ未成年だから許される気がする」


 あともう一押し、というところで不意に強い視線を感じた。


 そっと確認しようかチャービルの降伏を待とうか悩んでいたら思いっきり肩を掴まれ体の向きを変えられた。

 ラルゴだ。後ろにはカトレヤもいる。ミルトは仕事に戻ったのだろうか。


「一体何をなさっているのですか」


 何やら切羽詰まった様子である。


「父と、何をなさっているのですか」

「…睨めっこ?」

「そのような穏やかなものには到底思えませんでしたが」

「ラルゴ。そんな心配しなくても平気だよ…お前のおかげで視線が外れたから」


 ちっと舌打ちが出てしまう。あと少しだったのに効果がなくなったようだ。


「今度其方でも試してやる…」

「ですから、何を」

「そんなことは私がゆるしません!!」


 ばっと小さな体が間に入ってきた。懸命に壁になろうとしている。


「2人をげぼくにしたらダメです!!」

「流石にそこまでは狙ってないよ。言うこと聞かせようとしただけで」

「ダメったらダメェ!!」

「…むしろ、今の続けてたら下僕にできたのか?」

「変なこと聞かないでくださいよ…カティも、大丈夫だから勉強してきなさい」


 尚もふーっと威嚇してくる歌巫女の頬を引っ張る。唸り声がにゅーっに変わった。


「一体どういう仕組みなのでしょうか」

「本人に聞いてくれ」

「にゅーーーーーーーーーっ!!」

「ちょっと…うちの子に乱暴しないでくださいますか!」

「少し熱したチーズ」

「こら、伸ばすな!!!」




 ーー偉大なるアルディジアよ。どうか「歌巫女にちょっかい出す作戦」が功を奏し、堂長が先ほどの会話を綺麗さっぱり忘れますように。


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