3.21
「ーー拝啓 サントウィラード殿下
頂いたお手紙拝見致しました。流れるようにお書きになっているようですから、きっと誰にでも同じ内容を伝えていらっしゃるのでしょう。
それと。私、ヒヤシンスは好きではありませんの。そんな相手に贈られても可哀想なだけですからもう二度と押し花を同封したりしないでください。
お申し出にありましたこと、残念なことにお時間取れそうにありません。覚えていらしたらまた誘ってくださいませ。その時に色良い返事ができるとも限りませんけれどーー
ひどくな〜い?せっかく情報あげたのにこんなに冷たくするなんてぇ」
ゆったり文句を言ってくるのはこの前出した手紙の相手だ。手紙を発送した後直ぐにブリオニアにお忍びで来訪していたらしく、返事の代わりに本人が来た。
呼んでない。
「でもすごいねぇ〜筆跡全然違うよぉ」
「利き手と逆で書いたらそうなる」
「そもそもそれで文字として成り立つ〜?あといい匂いだねぇ、香水かと思ってドキドキしたよぉ」
「精油を焚いた部屋に放置しただけだ。そんなこと言いに来ただけなら帰れ」
「う〜ぅん、冷たいなぁ〜」
来賓をもてなすためだけに作られた部屋で追い出す算段をするのはおかしいかもしれないが、そもそも呼んでない人間は客ではない。ちょっと門番から許可が出た侵入者である。
構うのも面倒なのでぼんやり天井の照明を見る。蝋燭とガラスを贅沢に使う繊細な金細工。掃除が大変。実に機能的ではない。松明に変えたらどうだろう。
「そぉやっているだけでも〜眼福だねぇ〜。兄上が、飾って毎日眺めるためだけにぃ侵攻するのもあり、って言ってたのも〜気持ちわかるなぁ〜」
「イベリス、細長い鋭利な刃物ないか」
「残念ながらこの部屋にはありません」
「ちょっと取って来い」
「今の様な発言の後で貴方様とこの方を2人きりにする訳にいきません」
「じゃ、余が取ってくるからこのサンドウィッチ男ふん縛っとけ」
「ねぇ、一応国賓だよぉ〜?」
おっとりのんびり苦情が入る。兄と言われていた皇太子然り、この男然り、人の容姿を気色悪い方向で褒めてくるので当然の扱いだと思う。
「それよりぃ、行方不明者の捜索でねぇ〜。何だか怪しいやつ出てきたんだよぉ、我、そっちの国でもそいつが噛んでんじゃぁって、思うんだぁ〜」
「名前」
「ハービサイドって商会、知ってるぅ〜?」
「うわ最悪」
「え〜?どういう感じぃ〜?」
「若い娘とか子どもとかを金と余生を持て余して特殊な趣味に走ったジジイに売ってた疑惑有」
「う〜ん、不明者ちょうど当てはまりそうだねぇ〜。ま、ヴァステヴィルダは年中人不足みたいだから、そういうご老人いなくてもいい客かもぉ」
懸念を眉間の皺に乗せ、腕組みをして唸る姿を見ながらハービサイド商会会長を思い出す。
資産の豊かさを体型で誇示する部類の人間なのだろう、同じく腹回りが豊かな小鳥の父とは違い、やたら堂々とした態度で特注の服に身を包んだ男。即位してから1年ほど経った頃か、まだ特定の商家が決まっていない俺のところに売り込みに来たことがあった。
その当時は先に言った疑惑は把握していなかったが、全身舐め回すようにじっとりというかねっとりというか、欲って粘度が高いんだなぁという感想が出る様な視線を受け、背筋が凍った。
後ろにいた保護者が殺気を隠すこともなく、何ならその場で仕留めようとしているのを感じたからである。それを、初心な反応を見せたと勘違いしたのだろう、何だかとても満足そうだったので丁重にお帰り願って出禁にした。保護者が大変怖かったのだ。本当に怖かった。
「あの国もねぇ、王政解体するのは勝手にしてでいいんだけどぉ〜うまくいかないからってぇこっちやそっちにちょっかい出すのぉ〜やめて欲しい〜」
「内政が上手くいかない時に外に敵作って批判を逸らすのは常套手段だろ。資源足りないならどっかから取ってくるしかないわけだし」
「上手くいかないのはぁ〜後先考えずに支配階級追い出したり〜、始末しちゃったからぁ、でしょ〜。大体ぃ、そこら辺の人間捕まえて〜国政の担い手にできるわけないよぉ〜」
「頭数だけ先に増やしたいんだろ」
「やだ〜、その考え方やだぁ。女の子は大切に可愛がらなきゃ〜」
「お前のその考え方も個人的には不快だ」
現ミネオーア帝の血を受け継いで第五皇子も大変色好みである。国教の教義上、ミネオーアは一妻一夫制のはずだがすでに妻が3人いる。ちなみに歳は19。昨年赤子が生まれたと手紙で報告があり、無視した。正式な文書での通達ではなかったし、皇位継承順位28位の資格者の誕生に大々的に祝いの品を贈ってやれるほどブリオニアは裕福ではない。
「シオンってぇ〜『愛』の国の王なのにぃそういうの頭硬いよねぇ」
「『花』の国だって何度言えばわかるんだ」
「あるでじあ?だっけぇ、愛があれば妻何百人いてもいいって〜素敵な教義だよね。『荒地』の国も、きっとそれが羨ましくてぇ〜シオンに噛み付くんだよぉ」
「風紀の乱れた国だって言ってくるがな」
「やっかみだよ〜」
そんなもんか。
いや、そんなわけあってたまるか。
「ま、それはともかくぅ。その商会もうすこぉし調べてみるからぁ〜。拠点そっちみたいだしぃ、しばらく花を愛でることにするよぉ」
「この城では大したもてなしもできないから、どっか行け」
「うぅん〜そう言うと思って宿はとってるけどぉ、そう言われると傷つくぅ」
「ああ、アトロって、薄い黄色味の茶髪に明褐色の瞳で割合女ウケしそうな顔の50くらいの男が噛んでたら直ぐ連絡くれ」
手早く要件を言って見送りの姿勢を取ったのに、座ったままじっと見つめてきた。出口がわからないとでも言うのだろうか。生憎と俺の顔に見取り図は書いてない。
『お前が人の容姿を褒めるとは思わなかったぞ』
『ーー褒めてはいませんよ、世間的な評価です』
唐突にミネオーア南部の言葉で話し始めるので、反応が一拍遅れた。相変わらず第一言語では典型的な特権階級の言葉遣いである。因みに音感はブリオニア公用語での間伸びした話し方と全く同じだ。
『この国の、か?なら余程の色男だな。ブリオニアは美しい花が多いし、羨ましい限りだ…1番はお前だが』
『下手な口説き文句ですねぇ…初めてお会いしたときは“なんだ男か”とまで仰っていたじゃないですか』
『名前が花のものだと聞いたら可憐な少女だと思うだろう。見た目もそれと違わぬのならもう詐欺ではないか』
『期待する方が悪いと思いますけど…というか、なぜ急にそちらの言葉でお話に?』
『口説くのに拙い言葉ではままならん。それに、兄上がそこにいるお前のお目つけが大層過保護だと言っていたからな。聞かれたくないだろう』
『慣れない言葉でも懸命に伝えようとすれば、女性は好ましく思うものでは』
『ああ…“可愛い“とか言うやつか?そんなふうに思われるのはごめんだな』
帰る素振りも見せず来賓用のソファで座り位置を直すのは何故だ。
そして相変わらず人の顔に視線で穴を開けようとしているのはどうしてだ。
『…会うたびにお前が女ならよかったのにと、この国の神々に悪態を吐きたくなる』
『ではもう会わない方向で』
『そうしたら真剣に、この国を支える覚悟をしたというのに』
『寝言は寝てからにしてください』
『お前にとっても悪い話ではなかろう、我が国と友誼を深め優秀な人材を手にするのは』
『こちらにも有能な者はおりますし貴方よりも良い御仁もいるので運命の女神が気まぐれで私を女王にしたとしても貴方と一緒になることはありませんから支える覚悟はミネオーアにだけ捧げてください』
『…その、良い男というのは、お前の姉の恋人か何かか?』
『いきなりなんですか?』
なぜこいつがアスターのことを気にする。仮に生前会ったことがあるとしても8年歳が離れているから、10代後半の女と1桁の年齢の子どもだろう。なんだ、何をしたアスター。やたらと無自覚に被害者を量産するのはやめてくれ、苦情が同じ顔の弟に来るんだ。
『兄上…3番目の方だが、優秀で皇太子も頼りにしているというのにいまだに1人も娶らん。聞いてもはぐらかすばかりだが、酒の席でお前の姉にこっぴどく振られたと溢していた』
『ああ…そんなことですか』
『こちらとしては賠償して欲しいくらいの大問題だが?』
『姉に恋人がいても、第三皇子殿を振る理由にはしませんよ。偏にその方と婚儀を結ぶメリットがなかっただけでしょう。そうそう、今の話題でお伝え忘れていたことを思い出しました』
『何だ』
有能でミネオーア第五皇子よりも良い御仁と言えば真っ先に思い浮かぶ人物を振り返ってから、一言。
『私の従兄は、私の語学の教師です』
『なに?』
『初めてお会いした時、どこで南部の言葉を習ったのかお聞きになったでしょう?彼です』
『…それは誠か?』
『ーーミネオーア帝国、皇位継承順位第27位…当時は16位でいらっしゃいましたか、その様な尊い身分の方をお迎えする上で当然身につけておくべき知識かと判じました』
間伸びする発音が特徴の言語だというのに不思議といつもの通り淡々とした印象で、要約すると「よくもそんな低い順位でうちの国王に馴れ馴れしく無礼な言動を繰り返したな覚悟しろ」と言い切る。流石は俺の執政官である。
自分の質問に完璧なミネオーア南部訛りで返答したイベリスに、第五皇子が溜息を吐く。
「そういうのはぁ、先に言って欲しかったなぁぁ〜…兄上の助言に従いぃ、戦略的撤退をするよぉ〜」
『夜道にお気をつけください』
「うわぁぁぁ〜直接的脅迫ぅ〜」
あれほど帰れと言って帰らなかった人物が、そそくさと退室していった。
流石は俺の保護者である。有言実行の人でもあるので、とりあえず何か仕事を押し付けておこう。今晩外出できないくらいの量、もしくは難易度のもの。
「…久々にアルティメット盤上遊戯する?正式の方で」
「構いませんが、手加減しませんよ」
「なぜ俺にも怒ってる」
「ご自分を侮る相手を喜ばせる様な言動をお取りになるからです」
「あー、恋文風密書のことか?ちゃーんと振ってるじゃないか」
「そもそも返信しなければよろしい」
「返事出さなきゃ話進まないだろ。こっちの利益になるなら何だっていいし」
「姉弟揃って碌でもない」
はたと見れば胸元にいつも着けているブローチを指先で撫でている。つまり、大変機嫌が悪い。
「…アスターに色仕掛けなんて芸当ができたのか?」
「できるわけないでしょう、あの色気の欠片もない御仁に」
「え…」
とても悲しいことを言われたが、俺が悲しむのもおかしな話だ。従ってそっと痛む胸に手を置いて話を続ける。
「今でも偶に、有効な手立てならそういう手合いの相手してやっても不快ではあれ問題ないかなと思ったりするんだけど…あ、女は別な。不確かな身元に王族の血を宿したとか言われても困るし」
「その絶望的な貞操観念は今すぐに捨て、植え付けた元凶であるところの姉の名前を白状しなさい」
「女だった方がそういうの餌にすれば、色々出来たかもと、思ったりもする訳で」
「恐ろしいことを考えないでください、大陸を戦場にするおつもりですか」
「つまり今大陸が平穏だから、姉はそういうことしてないんだな?」
「先ほども申し上げた通りそもそも出来ないですし、したところで相手と本人がアルディジアの下に詣でるだけで平和は存続するでしょう」
「いや局所的に大変不穏だが?え?ならなんでそんな機嫌悪いんだよ?」
情けない事に保護者の機嫌を損ねて平然としていられない「成人−2歳」児なので、原因を把握したい。
そんな幼い動機を感じ取っているのだろう、物凄く嫌そうに、しかしいつも通り淡々と答えが紡がれる。
「私は基本的に従弟に関わる事以外は記憶しない事にしていますが」
「ほんとそういうとこあるよな、やめた方がいいと思う」
「先ほど話題に上がった人物については例外として、名前を聞いたり存在を想起させることがある度に柱の角に足の小指をぶつければ良いと呪っています」
「何言ってんだ」
恐ろしく小規模で禍々しい呪いである。
「第三皇、いや、言っちゃダメなのか…そもそもこの時点で呪い発動してるか…その相手との縁談って公式じゃないだろ?まさかと思うが多少は乗り気だったのか?」
「いいえ」
「なら呪う必要って」
ないのでは、と続けようとしてとある可能性に行き着く。
「もしかして、すぐに断らなかった、のか?」
返事がない。ないということは否定しないということで、それはつまり。
「…何ですか、その顔は」
「いや…お前も人間だったんだなと思って」
「陛下、」
「それも割とめんどくさい部類の」
「ジスト」
「あ、はい、申し訳ありませんすぐに忘れます」
でもその前に、あの主教堂の中庭に行って返事を貰えない独り言を呟いてもいいでしょうか、義兄上。




