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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
63/129

3.15


 無言で腕組みをして佇んでいる部屋の主。ご丁寧に扉の前に立っているので逃げようとすると窓からになるが、今日の靴は滑りやすい。少々あの道を使うには不向きだ。


 むしろ打ち倒して扉から出た方がいいのかもしれない。

 いや、その後が大変か。絶対に家長や長子や同僚が黙っていない。前者2人は同じように打ち倒せばいいが、同僚は性別や年齢、力の差から言って簡単に攻撃していい存在ではないのである。



「やはり多少の危険は承知の上での窓しかあるまい」

「逃げるな。想定する逃走経路を口に出すな。質問に答えろ」


 面倒くさい。


「…そんなに顔に思っていることを出していいのか」

「態と出してる」

「理由は?」

「早く帰らないと後が大変だから」


 そろそろ夜更けである。門限はないがカトレヤと観劇に行くという名目での外出であまり遅いと変な噂が城内で立つだろう。勘弁してほしい。


「僕が用事があって引き止めてると通達してる」

「何故そんな最悪な手法が取れるんだ」


 変な噂の相手が変わるだけである。勘弁してくれ。


「この問答は可及的速やかに回答を要する類のものではないので返答は明日以降で一向に構わないと判断される」

「期限を引き延ばした場合、お前は回答を避けるために逃げ回ると予想されるためその判断は却下だ」

「やだこいつめんどくさい」

「思っていても口に出すなそういうことは」


 はぁ、と2人揃って溜息を吐く。立場は真逆なのに心情は一緒とは奇妙なことだ。


「…お前さ、この前警告の話したのもう忘れたのか」

「しっかり覚えている」

「その上であの質問を繰り返すのはどういう了見?」

「回数を超過しても問題ないと判断した」

「ほう?」


 随分と軽く見られているようだ。ここは一つ王者の威厳とやらを発揮したいところだが、ないものはどうやって生み出せばいいのか。


「あの後、イベリス様が説明の続きをしてくださって」

「は?」

「あれは原則で、おそらく僕は超過しても平気だと」

「あ?」

「多少機嫌は悪くなるだろうがしばらくしたら元に戻るそうだ」

「お前達、ほんとに仲良いのな??」


 揃いも揃って人のことを何だと思っていやがる。


「仲が良いというか…とんでもないものに関わらせた負い目があると仰っていたから、それで親切にしてくださっているのだろう」

「それを甘んじて受け入れているということは、お前もそう認定をしているということだな?」


 とんでもないものだと思っていたらしい。



「そんなことより、質問の答えは?」

「…俺はとんでもないものらしいが、美醜の判断はこの国のこの時代の主流なものとそうかけ離れていないと思う」


 教養として美術品や文学等に触れる機会は多いので、そこら辺はずれてないと信じている。ずれていても他が合わせてくるのが権力者というものだろうが、俺の場合は特にそういった忖度が働いている気がしないので、多分、大丈夫。


「だから?」

「世間一般的に見て、彼女の容姿・外見は好感を持たれる類のものであると判断できる」

「つまり?」

「……えぇ?何を答えさせたいの…?」

「つまり?」

「誰がどう見てもカティは大変可愛いと思いますが、違いますか?」


 一瞬固まったがすぐ復活する。もう少し硬直してくれていれば逃げられたのに。


「質問をしているのは僕の方だ」

「では前提としてカティがとても可愛らしいとします。それをそのまま本人に言ったとします。何故それで好意を持っているという結論に達するのでしょうか」

「…質問をしているのは僕だ」

「見た目が良ければ誰であっても好意を抱くのですか?そしてそれが一般的な考え方なのですか?愛と諍いに溢れた素敵な世界ですね」

「なぜさっきから敬語なんだ」

「割と本気で混乱していま、いるから」


 よくわからないものを見る目で見てくる。


「この口調についてもわた、俺の従兄に聞けばいいでしょう。ともかく帰りたいので質問の意図を明確にしてくださ、やがれ」

「…」

「質問の意図を明確にしろ、じゃないと答えられない」


 舌をどうにか回して常の口調に戻したのに反応が悪い。


「あのな、俺は確かにカトレヤの容姿を褒めはしたがそれは好意があるからではなくてただ単純にそう思っているから言っただけだ。だのに何故このように尋問を受けなければならない?」

「通常異性の容姿を褒めることは好意の表れと判断される」

「俺は結構褒められるけど好意の欠片も感じたことないぞ」

「何事にも例外というものはある」


 成程。


「じゃあ、実際とは違うけど、俺が仮に彼女に好意を持っているとしよう。何が問題だ?」

「…は?」

「だって、もしそうだとしても俺は何もしないぞ。する利点がないから」

「利点?」

「俺にはもう婚約者がいるし、今のところ後継の心配はないと考えていい訳だし」


 まあ、実際やってみないと子どもができるかなんてわからないが。

 コリウスもなかなか子を授からなかったようだし、俺はこの体質である。リナの家系が子沢山でも万一という可能性はある。


 その場合は別の方法を考えればいいのでとりあえず置いておいて、


「わざわざ情勢を掻き乱す危険を冒してまで何かしようとする必要がどこに?」

「好意を持っているという仮定を忘れたのか?」

「…好意持ってたらなんかするの?」

「…ちょっと待ってくれ」


 何か悩み出したので困る。帰りたいんだが。


「お前、結婚相手としてリナリア嬢のことはどう思っている」

「王后の資質あり」

「…個人として」

「ん?」

「お前個人としてはどう思っているのかと聞いているんだ」


 またよくわからない質問だ。


「俺の結婚相手はつまり王后なのだから、務まるかどうかだけが問題では?」

「…間違っていたら悪い。お前はリナリア嬢を好いているんじゃないのか」

「はぁ、まあ好きですけど」


 だから何。


「いや、待て。互いに認識している意味合いが違うのかもしれない」

「名前呼ばれたら嬉しいし、見つめられたら幸せだし、髪を触りたいなと思う感じで好きですけど」

「齟齬がなかった…」

「何故絶望している?」


 俺にだってそういった情緒くらいはあるのだが。


「さっきの仮定でも、同じ意味合いと想定していた上での回答か」

「私情挟んで伴侶選べる立場じゃないからな。もしリナが向いてなかったら他の相手を選んでるよ」


 妙に気まずそうにしている。友人でもないのにこういった話題を話すのはおかしいのだろう。持ち出したのは向こうなので自業自得である。


「アルディジアの体現者ではないとか言っていたが。あれはなんだ」

「愛なんて持ち合わせていないって意味だ」

「さっきと言っていることが矛盾していないか」

「してないよ。愛はないから」


 またよくわからないものを見る目だ。何故こんなことをこいつと話し合わなければならないのか。


「…そもそも何故お前とこんな話をしないといけないんだ」

「発端はそっちですがね…原因もそっちだし」

「誰がどう見てもカトレヤはお前を好いてると判断するのに、はっきり答えないお前が悪い」

「君は意外と馬鹿だなぁ」


 思わず笑ったら睨まれた。視線が痛いので窓の方を向く。


「愛は、与える物でも奪う物でも乞う物でもない。見せびらかす物でも誇る物でもない」



 遠い記憶の色を思い出す。俺の持ち合わせない深い色。

 あの色がないから、自分は一生誰も愛せないのだと悟ったのだ。




「ただただ、降り積もっていくだけだよ」



 積もる大地がなければ消え失せ、溶かす熱があれば流れていく。 

 踏みしめれば固くなり、冷え切れば別のものになる。



「あの子だって、そのことはわかってるんだ」



 わかっていても俺が持ち合わせないのは、何が欠けているからなのだろう。








 しばらく無音が続いたのでそっと様子を伺う。


 ーー固まっている。奇妙なものを見る姿勢のまま固まっている。



「もしもーし、起きてるか」

「シオン、」

「起きてた」

「あいつは、お前を好いてる訳じゃない、のか」

「うん」

「だが、お前の言っていた愛が何かは知っていると、」

「うん」


 ちょっと様子がおかしい。今の話で調子を悪くする点があったか。


「つまり、別に好いている相手がいる…?」

「お、」

「そしてお前はそれを知っている」

「おぉ!」


 もしや念願がここで叶うのか、とウキウキしていたらすぐ冷や水を浴びせられた。


「誰だ?」

「……はぁ?」

「僕が知っている相手か?」

「とても詳しいと思う」

「…教堂の関係者?」

「そうだな」

「歳の頃はどれくらいだ」

「お前ほんとに馬鹿だな」

「は?」

「本人に聞けよ」

「…そんなこと聞くような間柄じゃない」

「じゃあ気にしなきゃいいだろ」


 非常に不服そうにしているが、そもそも他人の俺がとやかく言っていい類の話ではないのだ。個人の内情というのは他に侵害されてはいけないし、暴露されていい物ではない。


「…あいつは少し、常識がないから、」

「少しか?」

「良くない相手だと、困る」

「さいですか」

「…お前、友人だろ。心配しないのか」

「相手は良い奴なのでその必要がない」


 非常に傷ついた様子である。


「本当に馬鹿なの?」

「…」

「反応がない。よし帰ろ、何で捕獲機能は有効?放せ放せぇ〜」

「痛い」

「肉を剥がそうとしながら痛がるのおかしくなイタタタタタ!!」


 人体の構造を把握した人間というのは敵に回さない方が良い。的確かつ効率よく最小限の労力で最大限の痛みをもたらす攻撃を熟知しているのである。今正に俺の右前腕の肉を剥がそうとしている相手のように。


「利き手は止めろって!!」

「“風神の試練“」

「はぁ?!」

「あれが聴きたい」

「何で???!」

「誕生日の祝い」

「今?!」

「明日でいい」

「いやこっちにも予定というもの、おいそういう割に利き手、右手、使えないと演奏も何も出来ないのわかってるよな!!」

「明日がいい」

「わーったから放せって!!」



 漸く解放された右腕を摩る。痛い。痛い中で明日の予定を探る。

 誠に遺憾ながら時間を作ろうと思えば作れてしまうようだ。


「くそ…要らんことが増えた……」

「思っていても口に出すな」

「お前が想定しているより遥かに面倒な要求だということをどう説明しようか考えているが、したところで聞き入れられない気がする」

「そう思うなら口に出すな」

「準備があるので俺は帰るもう本当に帰る、見送りは要らない」


 今度は妨害を受けずに部屋の外に出られた。時計を確認したら予定より30分近く遅い。さっさと帰って残っている書類をどう余所に押し付けるかを考えて、追加課題の準備をしなければならない。


「…」


 そう、俺はすぐに帰らねばならないのである。


 例え部屋の外でそっと様子を伺っていた少女が何か盛大な勘違いをしていそうでも。


「…みっつぅ?」

「ちょっとお話ししようかカティ」




 帰らねばならぬというのに。


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