3.14
ノックの音がする。
「ーーえ、じゃあ卒業パーティで断罪劇とかないんですか?」
「余程の事がないのに婚約をなくす事なんてできないぞ。相手に不満があるなら余所で解消すればいいだけだし、そもそも一定以上の爵位持ちはほとんど学院には行かないしな。教師を自宅に呼ぶだろ」
「役人を目指す場合は通うそうですが。令嬢と令息が同じ場所で教育を受けることもほとんどないと思います。社交の場は他にありますし、下手な噂を流されては家名に傷がつきますから。あと、よそでどうこうというのは語弊があるので取り消してください」
ノックの音がする。
「理由がきちんとしてたらオッケーなんですか?なら、たとえばですけど、ライさんが婚約者のおねーさんと別れようとしたらどういう手順でするんですか?」
「そこで兄の名を出さないでほしい」
「逆ならありそうだけどな」
「やめてください縁起でもない」
「え?あの2人仲良さそうじゃないですか!?」
「え、ごめん誰の話になった?」
ノックの音がする。
「天神の方は別に地母神と縁づかなくても平気だしなー逆もそうだけど」
「後継がいつまでも独身でいいわけないでしょう」
「スペアいるだろ。最悪親戚養子にすりゃあいいし」
「ライさんたち、仲良くないの!!?」
「あ、自分いること忘れられてます??」
強めのノックの音がする。
「私の質問に答えてください!!」
「貴族の婚姻は国王が決定権者だから、まず家長に相談して関連する家にも相談して問題なさそうとかあっても他で取り返せそうってなったら王城に話を通して、担当の官吏が受付したら陳述書書いて、国王に提出して、認めてもらったら預けてる婚約証書返してもらって、で宣誓する予定の教堂に持っていって、証書の内容に背きますごめんなさいの宣誓してその証書もらって、王城に提出して、で終わり」
「思った以上に時間かかりそうですね」
「平均で半年ほどかかるんだっけか?」
「確か」
「そっちじゃないっ」
けたたましいノックの音がする。
「ライさんは愛のない結婚をするんですか?愛の女神の主教堂の人のくせに?」
「結婚に必要なのは愛じゃなくて妥協・忍耐・1人の時間」
「まだ独身でしょう、変なことを言わないでください」
「今のはある意味この世の真理な気がしますねぇ」
「おいっ!」
「さっきからなんだい、聞こえてるよ」
フィルが振り向きもせずに扉の方に声をかける。
「聞こえてんなら返事しろよ!カトレヤも、あんたらも!!」
「ミルト、こんばんはー」
「はー」
「誰があいさつしろといった!」
おざなりな挨拶をするカトレヤと俺に激怒しながら入室し、手に持っていた荷物を近くの棚に置く。怒っている割に置く時の手つきは丁寧だ。フィル宛ての差し入れだからだろう。
「部屋の主でもないのに入っておいでって言えないんですよ?」
「けっ、お貴族様のルールなんて知るか」
いやそうに吐き捨てたのはこれまたカトレヤの古馴染みのミルトという少年である。確か今年で15くらいか、まだまだ子どもらしさの残る顔にありありと嫌悪の色を浮かべている。
「大事なお客さんだよ、失礼な態度は取らないでくれ」
「客ってったってカトレヤが無理やり連れてきたんだろ?大人しく歌巫女様やってりゃいいのになんでまた来たんだ」
「フィルに会いに来たんです。大好きな仲間ですから」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
ニコニコと頭を撫でられて歌巫女殿は上機嫌だ。それを見るミルトの機嫌はどんどん下がって地にめりこみそうだが。
「お偉いさんがこんなとこ夜で歩いてたら騒ぎになるぞ、用が済んだらさっさと帰れ」
「心配してくれてるの?」
「迷惑かけんなって言ってんだよ!」
がーっと文句を言って去る背に、少しさみしそうな見送りの視線。いつも通り、「お偉いさん」の国王と伯爵令息は無視される。
「反抗期長いよなーすいません、お二人とも」
「生まれたときからはんこーき…」
「それはただの反骨精神」
「話がしたいなら僕たちは外すが」
ラルゴの気遣いにカトレヤがふるふると頭を振る。束ねた髪が動きに合わせて線を描く。
「もう遅くなっちゃうし、あの調子じゃお話にならなそうだからいいです」
「じゃ、帰るか。送るぞおふたりさん」
「ほぼ帰り道一緒じゃないですか~」
まだ気遣わしげにしている人間をぴょこぴょこ跳びながらカトレヤが引き立てるのを確認し、控え室の出口に向かう。
「……」
「……」
いったん戻る。
「どーしました?」
「この扉から出ると不幸になりそう」
「不幸?」
不思議そうに近寄ろうとするカトレヤを制して、もう一度扉の外を覗く。
「…」
「…」
戻って別の出口を探そうとしたら、不幸の源の手によって外に引きずり出される。
「へーか!?」
「だいじょぶダイジョーブ、ちょっと待っててーーー何の用だい」
先程怒って退場したはずのミルトは握っていた俺の上着の袖を放り投げ、硬い表情で睨み付けてくる。
「あんた、」
「うん」
「あの服、選んだの、あんたか?」
「カティのこと?」
返事も相槌もないが否定しないのならそうなのだろう。
「僭越ながら髪飾りから靴に至るまで一揃い選び出して贈らせて頂きました」
「…くそっ」
「お気に召さない?結構似合ってると思うんだけどなぁ」
「それがムカつく」
そう言われても。
「あんた、あいつの男じゃないんだろ。何で服なんて選んでんだよ」
「選べと要求されたので」
「だからって、」
「可愛いと思ってるなら会った時にそう言えばいいんじゃないの?」
「はぁっ?」
「あ、俺が選んでるから嫌か。そうかそうか」
顔を真っ赤にして震え始めたので退却しよう。殴られれば痛いし反撃もし難い。
職業柄というか、環境の影響で周囲にいるのは大体年長者だ。従ってあまり交流しない年下の同性というのは、俺にとってなかなかに面倒な生き物である。自尊心を折ってはいけないし、かと言って舐められっぱなしでも据わりが悪い。ラルゴはよく俺に構っていられるなぁと、ミルトに会う度に感心する。
というか、俺はもう少し同年代と交流すべきなのではないか?友人がカトレヤ1人というのはどうなのだろう。
そんな今更なことを考えている間に面倒な生き物の拳が鳩尾を目指していた。
ひょいと横に飛んで避けるともれなく壁を殴る少年の出来上がりである。
「ーーよけんな!!」
「避けた方が君の為でもあ、ちょっと落ち着きな」
基本的に俺の言葉は誰にも大切にされないので、頭に血が上った少年が落ち着く訳はない。仕方ないので再度こちらに伸ばされた手を掴んで後ろに回り込む。そのまま体重をかければ、床に押さえつけられて拘束される少年の完成である。
「…何をなさってるんです、お二人さん」
俺が扉の外に消えてから少々時間が経ち過ぎたことを危惧したのだろう、フィルがそっと顔を覗かせてきた。この状態、少年の自尊心的にどうなのだろうと今更思うが、俺がそういうことに気を回していると知ったら更に傷がつくような気がしたのでそのままにする。
「戯れてる」
「気色悪いこと言ってんじゃねぇぞ!」
「…お前ね、相手が誰だか分かってる?その口の聞き方はどうなのさ」
「んなこと今さらだろ!!」
尤もなことを叫ぶ声に、扉から覗く顔が増える。
「何してるんです?」
「戯れてる」
「私もまざっていいですか?」
「だめ」
「…あまり力を込めると筋を痛めます」
「そんなに膂力ありませんがね」
「陛下」
子どもに暴力を振るうなということか。振われたのは俺の方であるが、まあいい。肩を竦めて拘束を外す。
「ーーーあ、やべっ」
立ち上がった途端に蹴りをいれてくるので反射で足払いをかけてしまう。
ごちっという頭部が奏でる音が聞こえる前にラルゴが駆け寄っていた。
「ーーさわんな!」
「しかし、」
「あー瘤になりそうだなぁ。悪い悪い」
「いつの間にさわって、はなせこの、女男、うっ!!」
「フィルー、氷水あるか?頭にかけられる分でいいんだが」
「陛下、締め落とそうとしないでください」
「大人しく治療受けない人間の意識は刈り取るものでは」
「それはあなたに対してだけです」
聞き捨てならないことを言った人間は俺の頭を叩いて少年を救出する。だが、ミルトはそのまま状態を確認しようとしていたラルゴの手を叩いて退けた。
「ミルト、謝って」
カトレヤがいつの間にかミルトとラルゴの横に立っている。
頭を打った上に頸部を圧迫されたのだから俺に敵意を持つのは当然だが、手当てをしようとしたラルゴにまであの態度では流石に苦言を呈したくもなるだろう。
友人が年長者としての自覚に目覚めたことに改めて感動し、うんうんと1人で頷く。
「2人に謝って」
頷いていた頭をそのまま捻る。1人多くない?
「何でオレが、」
「へーかは意味もなく年が下の子に攻撃しません。さっき組み伏せられてたの、あなたが何かしたからでしょ。ラルゴは心配してくれたのに、手をたたしたりしちゃ、だめ」
俺の方は多少煽ったので、数から外してくれてもいいよ?
「ミルト」
カトレヤの表情が固い。その視線を受けるミルトの顔も強張っている。
ーーふむ。
「帰ろう!」
「へーか、まだミルトが謝ってない」
「門限がある、きっとあるからそろそろ帰ろ」
「悪いことしたら謝らなきゃダメでしょ」
「遅くまで家に帰らないのも駄目だろ?」
だから帰ろうと突然繰り返す俺に、カトレヤもラルゴも、剰えフィルやミルトまで胡乱な目を向けてくる。しかしめげることなどない、そういった視線に慣れているからだ。第18代ブリオニア国王を舐めないでほしい。
「何か用事でも思い出しましたか」
「そうと言えばそうであり、そうでないと言えばそうではない」
「…どうして変なところで嘘がつけないんですか」
「正直は美徳だと思うので、そんな馬鹿にした目で見ないでほしい」
馬鹿にされる視線は従兄からもらうので十分だ。あの男は俺のことを馬鹿者という愛称で呼ぶ。口に出すのは少ないが、目というのは雄弁である。
「用がないならちゃんと謝らせて。このままなあなあにして、いいことなんてないでしょ」
「ーー今日の服とても似合っているね」
「はい?」
突然始まった自画自賛、何故ならその服を選んだのは俺であるから、に固まっていた表情が解ける。
「いきなりどうしました?というか、今それ言います?」
「君はとても愛らしい見た目をしているから可愛らしい意匠のものの方がいいかと思ったけど、そういう少し落ち着いたデザインでも魅力的だね」
解けたのは一瞬で、すぐまた顔が強張る。
当然だ。急に褒めてくる人間ほど怪しいものはない上に、異性の外見を讃えて嫌味に捉えられない人間というのは希少である。
「何で急に変なこと言い出すの…?」
反応を見る限り俺はその希少種には入っていないようだ。婚約者にも褒めた途端に怒られるので当然と言えば当然なのだが。
「…陛下、」
「なぁに」
「どうして変なところで不器用なんですか。話題を変えたいなら他にもあったでしょう」
「目についたので思ったことをそのまま言っただけ」
ミルト達に聞こえないように小声で苦言を呈してくるラルゴに小声で返事をしたら、なぜかこちらの表情は磨き上げたかのような無になる。
「思ったことを?」
「うん」
「そのまま?」
「ああ」
すっと雰囲気が不穏になった。
何がお気に召しませんでしたか。何が気に食わなくて俺の利き手を捻り上げ始めているのでしょうか。子どもに暴力を振るってはいけないのなら、成人前の俺にもそれは適応されて然るべきではないのでしょうか。
「ーーカトレヤ、用事を思い出した。お前を野放しにはできないので今日は帰るぞ」
「え?」
「フィルさん、お招きいただきありがとうございました。彼がもし気分が悪くなったらすぐ安静にして医者を呼んでください」
有無を言わせぬ退出の辞と怪我人への心遣いである。
不思議そうに返事をするフィル。
訳もわからずとりあえず後ろについてくるカトレヤ。
この場にいる全員から唐突に放置され呆然とするミルト。
いずれも腕を捻り上げられて連行される俺を見て疑問を抱かないのは日頃の行いというやつである。
「用があるなら俺のことは置いていっていいぞ」
「あなたに用があります」
「俺はない」
「僕にはあります」
「…ここで済まさない?」
「済みません」
取り付く島もない。
ーーお前に対する謝罪の機会を奪われたミルトが哀れではなかろうか。
そう思うが、きっと今何を言っても聞き入れてもらえないだろう。
面倒なことになったと口の中で呟いて、大人しく連行されることにした。




