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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
61/129

3.13

 コルネリウス王とフローラ王妃。


 元々は新聞に掲載されていた短編小説だ。読者から投稿された作品を載せるというもので、何を考えたか出版社はこれを前々王の第2妃の懐妊が発表された紙面に同時掲載した。


 前々王も第1妃も苦言を呈したが、当の本人、デイジーといえば…




「くだらぬ。有象無象の声に惑わされるようならその飾りはあまりに重かろ、さっさと外しておしまい。見苦しい」

「そんな…」

「姫よ、我が妃に向かって何と酷いことを言うのだ。彼女は、」


 コルネリウスのよく響く声を遮って、ぱしんと扇が鳴った。


「たとえ国王といえどわらわの声を遮るとはいい度胸じゃの」


 顔を覆っていた扇が取り除かれ、ダーシー王女の容貌が客席に顕になる。


「…おぉう」

「相変わらず化けるなぁ」

「…静かに観ろ」


 陶磁の肌に流れるのは輝くばかりの白い髪。老人のものとは違い瑞々しく水分を含んだ雪原の如き色である。流石に瞳の色は変えられないが、代わりに瞼に乗せる化粧は派手な紫色だ。紅も負けじと鮮やかな発色である。


 かといってその色合いに負けないくらいの目鼻立ちの派手さ。元の顔を知っているのでなお驚くが、多分街中で歩いていたらすれ違う者皆振り返るだろう。それくらい迫力のある美女である。


 衣装も、着る人間を選びまくる色とデザインだ。濃い紫をベースに赤と黒を散りばめ、ウエストは恐ろしく絞っているしデコルテをこれでもかと出している。というか、あんなに肩が出ていて違和感がないのがすごい。俺より背が高い20過ぎの男なのに。


 そうして尊大な口調とよく合う尊大な立ち振る舞い。具体的に言うと、一応一国の王の前なのに輿の上でふんぞり返っている。確か隣国での継承権はそれほど高くない設定のはずだが。


「妾はセイントポルカ国王の第7子にして第4王女、ダーシーであるぞ」


 大体の劇場でも話の大筋は同じなので、抱く感想もまずは一致する。


 誰だこれ。



 確かに、俺の母親はセントポーリア公の7子で4女だった。髪は白色だ。


 いやしかし。誰だ、これ。


「フロスト国王に成ったとはいえ、お主は所詮傍系。正当なる王者の血を引く妾に意見しても良いと思うたか?」

「くっ…貴女は一体この国に何をしに来たんだ!!」


 そうだな、俺もそれは聞きたい。何度も観てるけどいつだって聞きたい。


「愚問じゃの。愚かな王に未熟な王妃…この国の民が哀れじゃ」

「私のことをどうおっしゃっても構いません、ですが、この方のことをそのようにおっしゃらないで!」

「黙れ小娘」


 確かこの王女は15歳の設定だ。そう、母の輿入れと同じ歳。

 ちなみにフローラ王妃はモデルと同じくタージー姫の11歳上である。


「お主らはただ黙って王者とは如何なるものか、その節穴を見開いて学ぶが良い!」


 その高らかな宣戦布告と共に幕が下がる。小休止だ。

 1幕目はコルネリウスとフローラの結婚式からダーシーの登場まで。結婚生活8年というところまで忠実である。


 が。







「へーかのおかーさんってどんな人でした?」

「知らん。生きてるとこ見たことない」


 いや死んだところも見てはいないが。馴染みあるのは墓石ぼせきである。


 劇中は懸命に口を閉ざしていたカトレヤは先ほどから反動でソワソワしっぱなしである。それを抑えるラルゴは思案顔だ。


「噂に聞いていた以上だな」

「ここからもっとすごいぞ」

「…なんか楽しそうですね。息子としてどうなんですかその反応」

「言ったろ、別の生き物だって」

「さっき知らないって言ってたじゃないですか」

「他人から聞いた評価は実際に見知ったということとは別だろ。一応、親類縁者がいるのでどういう人物かは聞き及んでる」

「その心は?」


 何となく聞きたそうな視線がもう1つある気がするので素直に答えてやる。


「儚げ。雪の精のよう。誰も足を踏み入れたことのない雪原の髪に朝陽に溶けて震える夜露の瞳」

「ほうほう」

「無口。表情が動かない。何を考えているかわからない。そのくせこちらの心の内は読む。怖い」

「ほう?」

「雪の精と違う、永久凍土の主人あるじ。森羅万象に無情で強靭な意志、儚くなるのはこちらの心」

「…んむ??」


 カトレヤの耳が就寝しそうになっているのでここまでにしておく。

 多分、イベリスより口数が少なくて表情がなく、正論しか言わない無情で外見だけは儚げな美少女であったのだろう。


 見た目と中身の乖離の激しい、ただ単に厄介な御仁である。


「さっきのお姫様はどこから生まれたんですかね」

「案外実際の人物から生まれたのかもしれない」

「お前の説明と合わないが」

「それはそれこれはこれ」


 どういう意味だと目で問われるがそろそろ第二幕に入りそうなので、黙って前を向いておく。




***************



「ーーーふ、お主如き若輩者が玉座に座るなど初めから分不相応じゃ。身の程を知るが良い」

「くっ…」



「このお姫サマ、結婚しに来たんですよね?なんで王サマを引きずり落とそうとしているんですか」

「好みじゃなかったんだろ」

「静かに」



***************



「なかなか根性のある女じゃの。気に入った、我が国に参れ。妾の甥の妻にしてやろう」

「そ、そんな…ああ、あなた!」

「ええい、私の妻から離れろ!!」



「どーしてお妃サマめぐってお姫サマと王サマ決闘するんです??」

「好みだったんだろ」

「黙って見てろ」



***************



「ここまでしてやっても意地を張るか…よかろう、父王には妾から話す。精々他国に飲み込まれぬことじゃ」

「姫、貴女は一体…?」

「達者でな」

 



「ホントに一体何だったんですか…?」

「暇だったんじゃないか」

「何なんだこの劇は…」

「お前もか」



****************



 終幕。演者が一列に並んで挨拶をする。

 拍手を送りながら、カトレヤが両隣に感想を伝えようと口を開く。


「全体的に意味わからなかったですけど、フィルのハマり役になりそうですね」

「やっぱり王女が訳わからなすぎて主役2人が霧散するよなぁ」

「王女が主役ではないか、もう」

「原作はそうじゃないんだけど」

「え?」


 コルネリウス視点で語られる物語はきちんと彼が主人公なのだ。


「小説、持ってるの?」

「読みたいの?でもまだ古代竜エルダードラゴンの読み終わってないんだろ」

「新聞の連載だったと聞いているが、わざわざ保管しているのか」

「んー…とりあえず控室に行こう、残飯、じゃない、差し入れあるし」


 人波が本格的に動き出す前に移動を始める。下手に席に座ったままだと声をかけてくる人間も出てくるし、人混みの中でこの2人とはぐれたら後々面倒なことになりそうだからだ。








「やあ皆さん、よく来てくださいました」



 化粧と衣装を取り除けば見知った顔がそこにある。


 フィルはカトレヤの昔の仲間である。アマリリス殿の元で主に掏摸を担当して年少の仲間たちを養っていた。

 ある日、摺った相手から逃げる途中で馬車にはねられ重傷を負った彼は、たまたま近くにいたアルディジア主教堂長に身柄を引き取られて治療を受ける。意識を取り戻したフィルの証言によりアマリリス殿とカトレヤの捕獲、もとい、保護ができたというわけだ。


 年長の彼は他の孤児たちのため、受け入れ人数に限りのある養護院ではなく劇団で働く選択をした。今でも元の仲間たちの頼れる兄貴分らしい、というのはカトレヤからの話で推測するところである。


「はい、お土産です。いつもの通り、ものスゴイ美人さんになりますね」

「ありがと、…飲み物はぬるいし焼きリンゴは冷めてる。屋台でいらないおまけをつけられたんだな?迷惑だって断ればいいだろ」

「やっぱお土産になはりませんかー」

「いや、もらうよ。あの衣装、これでもかって腹を締めるからろくに飯も食えないんだ。もうペコペコで倒れそう…」


 そう言ってすぐさま腹に収めてしまう。元気だな、あれだけ板の上で暴れていたのに。


「そうそう、いかがでしたか自分のダーシー姫は」

「破天荒さが貴方の演技にピッタリだ」

「いやー自分としては深窓の令嬢とか一度くらいやって見たいんですけどねぇ。

ーーじゃなくて、中央劇場のものはつまらないと明言されたそうですが、楽しんでいただけました?」

「そこそこ」


 厳しいなと呟くフィルにラルゴが厳しい視線を送る。別に主君は侮辱されたなど露ほども思っていないのでそんな顔はしなくていい。


「そもそも中央は保守的なはずなのに、なぜこの演目を行ったんでしょうね」

「作者と関係者に阿ったんじゃないか」

「一般投稿の小説が元でしょう?おもねるような身分の方が作者とは」


 薄く笑ってしまって、カトレヤに見咎められる。


「さっき原作知ってるって言ってましたし作者さんと知り合いですか」

「会ったことない」


 そう言えば、ラルゴが固まる。察しのいいことだ。


「…ナゾナゾですか?誰かは知ってるけど会ったことはない人だーれ?

 ーーー誰?」

「自分に聞かれてもなぁ。誰ですか?」

「デイジー本人」


 多分なと付け加えたが、まあ確実であろう。

 何せ遺品にあの劇の草案があるくらいだ。


「ご自分をあのように描かれた、ということですか?」

「暇だったんだろうな」


 ぱちぱち瞬くフィルはカトレヤの古馴染とはいえ王城に関係する者ではない。デイジーが俺以上に伏せっていたことなど知る由もないので第2妃とはいえ暇を持て余すなど考えられないのだろう。

 体調が完全に回復したと判断されるまでは本人が平気だと主張しても寝台を降りることは許されない。俺もそういう状態で暇を持て余すことは多々あったが、筆を取ろうなどと思ったことはない。専ら本を読むか精油の調合をするぐらいだ。読んでる途中で寝てしまって埋もれて窒息しかかったり、精油を零して蝋燭も倒して火だるまになりかけたりはするが、あれは意図してやっていないので暇つぶしには含まないこととする。


「他のも読んだが、毛色が違いすぎるしほんとに暇すぎて書き殴っただけだと思う」

「子どもに創作物読まれるってどんな拷問ですか」


 フィルが笑いながら言ったことの意味がわからないので首を捻る。読まれたくないなら処分しているはずである。俺だって常日頃身辺整理は心がけているのだ、一層死の気配の近かっただろうの御仁がそうしないわけがない。

 腹に子供まで抱えたのならなおさらだ。産んで無事でいられる可能性の方が低かったはずなのだから。


「その書き殴りがどうして新聞社にいったんでしょうね」

「依頼の原稿と間違えたんじゃないか?馴染みのところだったらしいし」

「…その口ぶりでは何冊か出版されていそうですね」

「もちろん別名義だがな」


 国王に嫁いでまで何をしているんだと批判を受けるに決まっているので始めから別人の名前を拝借していた。彼女の双子の兄の名である。

 因みに本人の了承は全く取り付けていなかったらしく、3番目の伯父は知らない人々から知らない本の感想を言われて訳がわからなかったそうだ。2冊目以降は事前に相談するように頼んだというので、あの家の人間は皆末の娘に甘すぎると思う。


「どんなのですか?」

「戦記物と歴史物と教典の寓話みたいな」

「あ、けっこーです!」

「むしろそういったものの方が劇に向いているのでは」

「あれ、お気に召しませんでした?結構人気らしいですよこれ」


 生粋の貴族には響かなかったらしい。常の無表情に磨きがかかっている。


「演者としても楽しいですよ。庶民に生まれたらドレス姿で騎馬戦なんてできませんし」

「貴族に生まれてもなかなかしないと思うけどな」


 あれが貴族のお姫様の標準だと思われたら大惨事である。

 

 え、そうなんですかと惚けた顔でいう役者に掻い摘んで常識的な令嬢の立ち振る舞いを伝えるため、しばらく控え室に残ることになった。


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