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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
54/129

3.6


 林檎。林檎が食べたい。

 砂糖漬けにされた保存食でもなく、パイ生地に包まれたものでもなく、木に成っていたそのままの状態の林檎が良い。できれば切らずに丸齧り。罪の味。素晴らしい。

 赤。赤って良いよな、生命力の色だ。血の惨劇も赤いけど。そういや林檎に毒入れて食べさす魔女いたな。あれ、生産の段階で毒林檎になる様にしてるのだろうか。有毒鉱物土に混ぜて木を育てる?枯れそうだけど。実を収穫してから毒物塗布?皮剥いたら終わりじゃないか。毒液に浸して数日熟成?匂いとか色変わりそう。食う前に気付けよ継子。


「ーーーー聞いてます、陛下?」

「ああ、毒林檎の話だろ」

「凄い。何も聞いてない。薬飲む前に何か食べましょうねって話で何食べたいですかって聞いたんですけど」

「其方毒林檎食わせる気だったのか?」

「…これ相当重症じゃ?」

「常態です」


 それとも俺と同じくらい林檎が好きだったのだろうか。なら仕方ない。好物食べて死ぬならある意味幸せか。ん?死んでなかったけ。欠片が喉に詰まって仮死状態か?一口が大きすぎるだろ。

 別の流れだと突然現れたどこぞの王子の口付けで目醒めたとかだったか。服毒死した人間に容易に口付けして良いのか。というかどういう原理?愛の力?行きずりで愛なんてあるのか。寧ろ息を吹き込んだら詰まった欠片が取れたと考えた方が……それだと吸い込んでないか?


「それより継承権が問題になるから後の展開は変えた方がいいと思うんだよ」

「なぁこれ相当やばいって」

「林檎を召し上がりたいという考えから童話に話が飛び、毒林檎を食して生死の境を彷徨った姫君をそう易々と自国の王子妃に迎え入れるのは納得がいかないと仰っているだけで通常運行です」

「やばいのはお前の方か?」

「なんとでも仰い」


 再度送り込まれた部屋の天井も見飽きたので近くにいるイベリスとライラックの方を見る。リナは城のほうに戻って俺がぶっ倒れたと告げぐ…もとい、報告する役を買って出たのでこの場にいない。多分、残ってる仕事で代理が可能な物を引き受けてくれるつもりだろう。まだ正式な王后でもないのだからそんなことはしなくてもいいのに。そう言っても聞いてはもらえないので有り難く助けてもらうことにしよう。

 ラルゴはあの悍ましい薬を用意しており、その間俺が逃げない様に見張りと食事の要望を吐かせるために実兄を使った様だ。

 因みにもっと側にいる人間湯たんぽは誰にも頼んでないのに引っ付いて来た。先程はあんなに怒っていたくせになぜ同衾を許すのか。温かいけれど。


「狭い」

「ガマン!」

「これされるならリナが良い……」

「え…私じゃ満足出来ませんか?」

「ちょっとそこ、何話してんのまだ昼ですよ」


 夜の方がまずいと思うと言う前にラルゴが戻ってきた。


「時間は関係ないでしょう…カトレヤ、もう良いから退け」

「ララちゃんが代わりにするの?」

「彼女の夕飯は野菜だけにしてください兄上」


 ちょっとした冗談じゃないですかと泣き言を言うカトレヤはライラックによって回収され、代わりに頼んだ飲み薬が差し出された。葡萄酒と同じ様に容器を持ち上げて光に透かす。循環がうまくいってない溜池の水に赤黒い絵の具をぶちまけた様な色だ。


「…実際に作ったのは初めてなので効くかはわかりませんが」

「多分大丈夫だろ…相変わらず酷い色だなぁ」

「おいしいですかそれ」

(わたし)も昔は甘味を好んでいたんだよ。普通の幼児と同じく」

「…話聞いてます?」

「この薬を飲んでから、甘味を口にするたびに味とか飲むに至る前の症状の記憶が蘇ってね」

「要するに甘いのに不味いんですか?」

「最初飲んだ時失神した」


 え、とカトレヤが呟いたのを聞きながら一気に飲み干した。

 バレンは良い弟子をもったらしい。味が全く同じ。つまり効き目もいいだろう。


「へーか、泣いてるの……?」

「生理的な反応、あ、まずぅ……吐きそ……やめとけカティ!」

「………ーー〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!」


 グラスに内側に残ったものをちょいと指で掬ってー口に入れてしまった歌巫女殿は文字通り声にならない悲鳴を上げた。慌てて近くの水差しを引っ掴んでくる。



「水で口漱ぎな、ほら、ぺっしてっぺ!」

「ーーーーララちゃんの人でなし!!」

「…え、」

「いくら喧嘩したからってこんなもの飲ませるなんてっ」

「いやこれこういうもんだから、わざとこんな味にしたんじゃないから、ね?」

「へーかこれ、ある意味毒じゃないですか!」

「いや毒の方がもっと美味いぞ」


 不味かったら吐き出してしまうし。


「具体的にどの毒がどれくらいおいしいんですか!教えてくれなきゃ納得しない!」

「え、もう関係ない話になってない?それに美味い毒なんて教えたらララちゃんが怒るよ、な?」

「……ひ、とでな、…」

「喉が爛れて声が出なくなるやつは蜂蜜に似た甘いやつだから気をつけな!!」


 枕を掴んで深刻に傷ついている人間をバスバス叩く。しっかりしろ、そんなこの世の終わりみたいな声で言われた事を反芻するな。言った張本人はきっと、何口走ったか分かってないんだ。


「……お元気になられたのはいいんですけど、なんで弟を叩きのめしてるんですか?ていうか効き目早すぎません?」

「これは血の巡りを良くするやつだから無理矢理にでも動いた方が効き目が良い!効けば動ける!正の循環!!」

「あの、わかったので、叩か、叩かないでくれません?埃たつし」

「立ち直ったらな!!」

「もう元気じゃないですか!!」


 肩で息をするくらいになってからそっと枕を除けて様子を伺う。

 目が合ったらジロっと睨まれた。よしよし、いい兆候だ。


「もっとましな方法があったと思いますが?」

「叩き方に?!」

「咄嗟に思い付かねばそれは無いのと同じなのだ」

「あんたらなんの話してんの!?」


 ライラックは無視してイベリスの淡々とした感想にいつも通りの回答をしたら横から胸ぐらを掴まれた。耳元で聞こえる声は先程の終末の気配はどこへやら、中々ドスの効いた声である。


「…礼なんか言わないからな」

「この状況で言ったらお前変なやつだぞ」


 ついでに舌打ちも貰った。いらない。でもそのままそっくり返す物でもないので代わりに満面の笑みを浮かべてやった。追加で舌打ちが贈られた。だから要らないっての。







 経過観察と半強制栄養補給を執り行うために留め置かれた俺は、食事の準備に向かうライラックと夕食野菜のみの刑をどうにか逃れるためにそれについて行ったカトレヤを見送り、なんとなくぼーっとしながら脈を取られている。だって寝転んでたら天井しか見えない。脈を取ってるのに動くわけにもいかんし。


「……気分は?」

「見てて飽きない様に天井に迷路描かない?」

「どうせ一回で覚えて飽きるだろ」

「そう何回もここに来る予定はありませんがねぇ」


 手首が解放されたのでのそりと起き上がる。拍数を記録しているらしく紙に書き付けをしている人物をやはり何とはなしに眺める。僅かに流れた黒髪はいつも通り光を弾いて複雑な色をしている。闇夜に紛れる色だというがきっと星明かりでもこの色合いになるから目立って仕様がないだろうなと思う。


「……さっきの、」

「さっき?何分?何秒前の先刻?」

「子どもじゃないんだ、くだらない揚げ足取るな」

「文句言われる覚えが複数あってどれかわからん」


 枕叩きか美味しい毒か。若しくは湯たんぽとか運送事務か。


「…カトレヤとのこと」

「候補絞れるどころか増えるんだけど」

「曲を決めた後のこと。…悪かった」

「あぁ、うん。わかった」

「……は?」

「え?」

「『わかった』?」

「うん」

「それだけか?」

「うん?」


 何を要求されているのだろうか。


「激怒してた割に軽すぎないか?」

「…怒ってないよ?」

「………あれで?」

「あれってどれだよ……えぇ?あれは警告1であって怒ってなんかないぞ」


 というか俺はそんなに怒りっぽくない…はずだ。


「警告1、とはなんだ」

「次はないからね〜、ってこと」

「1があるなら2もあるのか?」

「確かめようってんなら怒るぞ」

「イベリス様」

「おい、ズルすんなよ!!」


 俺の取扱説明書にカンニングするとはなんと不届な。


「このバカは何を言っているんですか?」

「なぁ聞き方、聞き方からしておかしくない?」

「馬鹿なりの線引きがある様でして」

「終いには泣くぞこの野郎ども」


 馬鹿っていう方が馬鹿なんだーと叫んだところでこの2人は優秀なので論理破綻する。それに、馬鹿と言われるにはそれなりの根拠があるのだろう。聞いてみたことはないけど。

 だって完璧な理論でもって馬鹿だと証明されたらもうどうしようも無いじゃないか。


「考え無しに何でもかんでもヘラヘラ許している様に見えて無作法やマナー違反をする者、必要な場面で臣下の礼を取れぬ者などは側に置きません。但し、本人の資質や階級・教育者(ほごしゃ)、家の事情など加味して及第点は上下する様ですが愚かな事に口で説明しないので側から見て一体何をしているのかと思われるでしょう」

「今の其方が一番の無礼者だとは思わんかね、ね!」

「そのラインを超えた人物は、仮にそれ以降無体と思われる行いをしても基本的に許します。御父君や私などを見ればお分かりかと思いますが」

「無体働いてる自覚あるのか!」

「シオン、うるさい」

「お、ま、え、も、か!」

「ご自身もそうですね、歌巫女殿も。婚約者殿は別格なので一緒に考えない方が良いでしょう」

「べっ……、良いやもう、知らん」


 別に枠が違うのはリナリアだけじゃないぞと言いかけて止めた。本人に言うことじゃないし、言わなくてもわかってる。

 とりあえず拗ねて寝っ転がることにした。何を言っても止まらないなら黙っているのが一番だ。聞いてもらえないのに話すのは疲れる。


「例外として、先ほど言った警告、と言う線引きがあります。これは人によって違う様なので一概に言えませんが…恐らく契約や約束といった形で相手に課していますね」


 恐らく、なんて言い方したら自分が別格だっていってる様なもんだぞ。


「私は特にそういった物は提示されていませんが」

「では、これをしたら許さない、といったことを暗に明示されたことは?」

「…」

「内容は言わなくてもよろしい」


 そりゃ大方見当がついてるだろうからな。


「数回程は許容する様ですが以降は超えるたびに警告として騒ぎます」

「言い方、」

「黙ると決めたら黙りなさい」

「黙るなんて言ってない!」

「うるさい」


 これは普通に怒って良いのでは?


「警告の回数は5回です」

「待て、なんでそんなの知ってんだよ」

「…意外と多い」

「意外ってなんだ」

「生来人見知りなので周囲の人間が頻繁に入れ替わるのが嫌なんです。かといって多すぎてもいけませんので、切りのいい5」

「しょうもない理由まで当てないでくれませんかねぇ!!」


 質問した当人も何とも言えない顔をしている。

 国王が人見知りとか、公言しないで欲しい。


「ただ、数える以上段階は踏むでしょう」

「警告2、だと今回以上にさわぐのか…」

「お前の中の認識でも俺は騒いでたことになってんの?というか2以降もやるつもり?」

「逆に静かになりますよ」


 思わず顔が引き攣る。今までこの男の前で警告を複数回した相手がいただろうか?


「回数が増える度に穏やかに、気にも留めてない様に。回数を重ねて許容された様に見えるでしょうね」


 いない。目の前にいたら止めるだろうから。


「5回を超えたらどうなるかは、今のところ見当がつきませんのでお答えできませんが」


 それともただ単に気付いただけか?

 気付いてて、何も言わなかったのだろうか?




「…ご教示ありがとうございます」


 俺以外に対しては行儀の良いラルゴがイベリスに謝辞を述べる声で引き戻される。

 今ここで問い詰めても意味はないし、聞いても答えないだろう。


「極力、警告を受けない様に気を付けます」

「全身全霊を持って取り組まんかい」

「誰がどう見てもお前が怪しいのが悪い」

「これも数に入る気がするんだけど!」

「私は警告の内容をお聞きしてないので判断のしようがありません」

「察しはついてんだろっ」

「え」

「あ」


 途端に腕を取られて関節技を決められる。それはいけない、利き腕だ。


「何も言ってなくても俺の従兄は俺のことがわかるから詮無いことーーーー!!」

「陛下は何を仰っておられるのか」

「しらばっくれるな、あ、待って本気で痛い」


 解放されても痛いものは痛い。

 顔に見合わず凶暴なやつだと内心で毒ついていると目があった。まだ何も言ってません。


「……倒れるまであの領地のことを調べてたら勘繰りたくもなる」

「……俺が国王なの忘れてる?職務範囲、他意はない」

「それにしては気を遣ってるだろ」

「友人特典」

「友人、ね」


 なんだかものすごく不服そうだ。ひょっとしてライラックと同じ信仰なのだろうか。


「なら余計に無理はなさらないでください。ご友人がいたく心配されますので」

「極力気を付けまーす、まあ何してもこの件に関しては気に病むだろうが」

「…僕はどうすれば良い」

「ぇい?」

「何をしたら良いか聞いてるんだ」

「…手でも握ってやれば良いんじゃないの」


 無難なところを言ったらギョッとされた。何故。意味合いは違うにしろ手くらい何度も握ってるだろ。 


「正気か?」

「自覚してる分には、うん」

「……」 


 それなりの逡巡を経たのち、意を決した様に右手の小指を握ってきた。

 関節技の続きかな?



 ……




 ……………、




「…………バっっっっっっかじゃねぇの??!」


 驚きすぎて声が裏返ってしまった。

 意味がわからない。思わず手を振り払って握られたところを拭ってしまう。


「お前が言ったんだろ!」

「なんで対象が俺なんだよ!おかしいだろ」

「だから正気かって聞いたんだ」

「正気の方が困るだろ!話が変わるなら変わったと言え!!」

「流れでわかるだろ!」

「お前との会話での主軸は件のことだけなんだから基本その話だと思うだろうが!」

「兄上と同列の扱いをするな!」

「同じじゃないか根本的には!!」

「断じて違うからな!!」

「ーー途中からしか聞こえてないんで間違ってるかもしれませんけど、」


 2人して大声で話しているのに、それを掻い潜ってよく聞こえるのはやはり声の出し方の違いか。


 音に遅れて現れた人影に合わせちらっと濃紅の髪が揺れてチョコレート色が瞬く。

 しまった、途中ってどこからだ?


「へーか元気になったし仲直りできて良かったですね。一方こちら、ライさんがじみーにショック受けてますよ?」

「因みにどこら辺から聞こえてた?」

「『兄上と同列の扱いをするな!』のとこ」

「声色まで再現されると傷を抉り出す力が物凄いんだけどカティ…」

「良かった、大した痛手じゃないな」

「どこがですか?そもそもどういう会話してるんですか?俺の悪口で仲直りされたら悲しいんだか喜ばしいんだかわからないんですけど」


 さてどう誤魔化そうと後ろを伺うが、カトレヤの登場から固まったままだ。


「……関節技をかけてきたから、兄弟揃って主君への扱いが雑だなあと文句を言ったんだよ」

「今更じゃないですか?」

「思わず言いたくなる様な見事な技だった」

「いや俺、あなたに実力行使したことないですよ?父さんの間違いでは??」


 ライラックの的確な指摘は無視する。都合が悪いことは無視して、弱者を装うのが良い。追求を逃れるため、先程拭ったままにしていた姿勢を生かして痛がるふりをする。


「そんなに痛いの?」

「…じみーに、後から来るやつだね……」


 ほんの少し偽らざる本心が漏れたために、演技が真に迫ったものになったらしい。

 ちょっと考え込んだ後にそっと小さな手が握り込んできた。ついでに優しく撫でてくる。


「痛いの痛いの飛んでけぇ」

「…」


 いつもは傍若無人に人の髪や服や指を引っ張る手が労りを持って動いている。


「どうですか、気休めです」

「治った」

「え?」


 ニコニコ笑っているのを見て思わず口が滑った。

 いや、実際に治った。凄い。俺はなんと単純なんだろう。


「今まで気が付かなかった。君の手は柔らかくて触れられると心地が良いのだね」

「…え?」


 リナの方が効き目が良いのだろうがなど、若干礼に欠けることを考えていたらイベリスが頭を叩いてきた。やはり令嬢に対して失礼な考えだったか。


「今のは言い逃れできないかと」

「そうか、そうだよな」

「……齟齬がある様ですね」

「……ん?」



 どういう意味だろう。



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