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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
53/129

3.5


 コン


 コンコン


 コンカンコココン


 ……


「…あれ?」



 立ち直ったから回収してという合図を送ったのに、返事も回収に向かう足音も聞こえない。

 そっと扉に耳を当てて外の様子を探る。近くに人の気配はするが、会話らしきものは聞こえない。誰かに捕まって反応できないというわけではないらしい。

 さて、出るべきか出ざるべきか。取り敢えずちょっと確認しよ。


 恐る恐るノブに手をかけてそーっと薄く扉を開ける。


「うわ」

「ーーやっぱりいるじゃないですか!!」


 慌てて閉じようと思ったが時すでに遅し。細く開けた隙間から、目の合った瞬間にスルリと部屋に入り込まれて両手を顔の横に揃える。



「イベリス、」

「申し訳ありません。陛下はいらっしゃらないと申し上げたのですが信じていただけず」


 返事がなかったのはか無言の睨み合いが合ったからだったのか。それはともかく、リナと菓子を食べていたはずのカトレヤがなぜ目の前で仁王立ちしているのか。


「へーかがララちゃんと喧嘩して出てったあとすぐに追っかけたんです。シショさんたちが行った方向を教えてくれましたし、近くにキャンディさんがいたから絶対隠れてると思いました」

「はー名探偵、さっすがぁー!」

「そんなことどうでもいいんです、ララちゃんと仲直りしてください」

「ナカナオリ?」

「アクセントと抑揚が違います、な・か・な・お・り!」

「な・か・な・お・り」

「そうだけどそうじゃないっ」


 妙な謎かけをされて困る。困ったついでにイベリスの顔を見たがこっちはこっちで困っているようだ。たまに見る表情なので、対象はカトレヤではなく俺だろう。


「クローブ家のご子息と仲違いされたのですか?」

「警告しただけだが」

「怒って楽譜投げつけて止めるのも聞かずに出ていくのがか!」


 菓子を置いてきただけあって相当腹に据えかねているらしい、口調からなんちゃって敬語がこぼれ落ちている。今はイベリスしか居ないから構いはしないが、他の人間が通りかかったら眉を顰められるだろう。俺が。歳も階級も下の人間からそんな口の利き方をされて恥ずかしくないのかと。俺が。


「この方は様々なことをやらかしますが理由なく無体を働くことはありませんよ」

「理由があれば何しても良いとでも、」

「そもそも他の方々を納得させる必要などないのです。したいことをしてやりたいようにやって、それが許される立場です」

「そんな許された覚えないんだけど」

「黙ってなさい」


 即座に発言すら許されなかった。王様ってなんだろう。

 答えを求めて天を仰いだがそこには天井しかなかった。頭打ち。残念至極。


「…でも、へーかはへーかじゃないですか。ララちゃんとお話ししてて急にあんなことしたらダメでしょう?嫌なことされたらどこがどう嫌か説明してから殴るべきです」

「…殴ったのですか?」

「楽典をやや乱暴に押し付けて返した」

「ララちゃんは繊細なんです、それだけでも殴られたようなもんです!実際すごいショック受けてるみたいだったし」

「そんな柔じゃないだろ流石に…警告した結果だっていう方がまだそれらしい」

「……けーこくって、これから殴るぞとか、そういうことじゃないんですか?」

「それは犯行…暴行予告?」

「何をけーこくしたんです?」


 俺が正しい言葉を探しているというのにまるきり無視してカトレヤは上目遣いで訪ねてくる。菓子や暇潰しの相手になることを強請(ねだ)るときもこの角度だが、それらとは違って体には触れてこないし声に媚びがない。単純に背丈に差が生み出しただけの角度だ。

 初めて会った時も小さかったけれど、いつまで経っても小さくてか弱くて、そうして強かな生き物だ。


「……聞いてます?」

「痛い痛い」


 上着の下に手を突っ込んで肋骨の隙間を探り当て突貫工事をする不届きな手を捕まえる。握りつぶさないが逃しもしない力で囲って、質問の答えを考える。


「次はないぞって、警告」

「よく、分かんないんですけど」

「言われた方がわかってるから大丈夫」


 両の手の中でカトレヤの手が柔らかく動く。自由ではなく理解を求めて軽く握っては開くを繰り返す。本当ははっきりと答えを言うよう要求したいのだろうが、そもそも俺が明快に言わない場合は言いたくないとか言うわけにはいかないとか、そういうことだと知っている。だから口ではなくて手が動くのだ。


「だからもう帰んなさい。堂長達までここに来たら五月蝿くて敵わん」

「…いやって言ったら?」

「ーー強制送致」

「え、なに…きゃっ!」


 人間というものが持ちにくいのは重心が解りにくい位置にあるからだ。言い換えれば接触部位を考慮せずに重心さえ捉えれば俺のような非力さでも女一人くらいは運べるということである。

 今回の場合はそもそもが軽い上にドレス他重量量増し装具がないのでひょいひょいは無理でもスタスタ運搬できる。後で右肩が痛みそうだけれど。


「やだ、降ろして、ヤダヤダヤダ!」

「…暴れるのは考慮してなかったなぁ」

「お城の皆さん、この人人攫いーーー!!」

「わー大変だー捕まえなきゃねぇ」


 ついでに右耳も痛みそうだ。まあ良いや。片方動けばなんとかなる。

 階段は順当に下ったが、ギャイギャイポカポカ騒いで暴れるカトレヤを抱えたままでは書庫地下への扉が開けない。荷物を下ろしたらその刹那に城内に逃げ出して大捕物になるだろう。そろっと後ろを見たが少し離れたところから視線が返っただけなので、助力は得られないようだ。仕方ない。

 壁に左肩をついて支えにする。流石に右側に重さが偏っている時に片足立ちはできない。バランスが取れると確かめて、左足で行儀良くノックをする。


「休憩中に悪いがさっさとこのドア開けろ」

「開けちゃダメぇ休みの時はしっかり休まないとダメです」

「後で超過分は調整して良いからあ、け、ろ」

「ダメったらダメーーー!!」


 ドカドカノックを続けていると奥から控えめな返事が聞こえる。


「……こんなに騒がれては休憩にならないですしご命令とあれば開扉もやむを得ませんが」

「が?」

「心情としてはお仕えする主君の命より可憐な歌巫女様の希望を叶えたいところでございまして」

「あ、そ」


 ノックは止めて両足で立ち、荷物を軽く動かして左手を自由にする。この移動の際に何やら荷の方から文句があったが耳の代わりに側頭部が受付窓口となったので聞き流すことにした。ゴッという短い苦情である。何が言いたいかはさっぱりで痛い。

 本来なら逆の手で持つように提げているのでまぁまぁ取りにくいが鞘からは抜けたので問題なし。


「ーー陛下っ」


 懸念事項と言えば事後処理だが、どのみちいつかは塞ごうと思っていたものだからきっかけとしては良いかもしれない。

 握りはいつもとは逆、小指側に剣先が向くようにして思いっきり扉に突き立てる。そうして体重を乗せて下に下ろす。

 …包の箱をナイフで切るのとはやはり勝手が違って途中で止まってしまった。仕方がないので前後に揺らす。鋸刃じゃないのでこれで切り口が広がったりはしないが。


「ひぃやっ!!」

「あれ、当たった?感触はないけどな」

「その可能性があると思い至るなら手を止めなさい!」


 扉は開けてくれないけれど不運な人身事故は阻止しようとする執政官によって剣から手が捥ぎ取られる。木の扉に食い込んだ物より握っただけのものを取る方が早かったらしい。


「そんな焦る?」

「蹴破ると予想していましたので」

「確かにこれじゃ開かないなよく考えたら」

「止めなさい、蹴破りに方向転換なさるな」

「支えがあると蹴りやす、おいコラ!!」


 急に足が浮いたので抗議する。俺ごとカトレヤを抱えているのに全く苦にしていない人間は、そのまま扉を開けて休憩所に踏み込む。腰を抜かした管理責任者と優雅に昼食後のティータイムを楽しむ部下達が出迎えてくれた。


「あ、陛下に執政官様に歌巫女様。ちょうどデザートの時間ですよ、一枚いかが?」

「甘いもんは好かん」

「パッサパサのビスケットです。甘さどころか水分もないですよ、ほれあーん」

「毒殺を企てていると判断しますが宜しいですか?」

「じゃ、歌巫女様…はお顔が反対向いてるからダメですね。もぐもぐ」

「甘くないならデザートじゃないです!!」

「くだらんことで怒るなよ」

「下ろしてくれたら済む話でしょ!」

「今俺が手を離しても君は降りられない」

「陛下ー、ドア直す時に両手塞がってても開けられるやつに変えてくれません?床の上のスイッチに乗ると開くとか、合言葉言うと開くとか」

「2つ目はともかく最初のは良いな…どんな原理で動くんだ?」

「後で調べときまーす」


 運搬されながら修理の案を交わす。…あれ?床にスイッチあったら扉に向かった瞬間に閉まり始めるのでは?というか、反対から開けられな、ん?なんかこの話どっかで読んだ…。


「ーーーー“遺跡調査人トウクツ”に出てきたやつじゃねぇか!フィクション!動力は祀られてた精霊ラケゴマの力ぁぁ!!」

「あ、そうでしたそうでした。探す手間省けたー、後で要望書に上げときますんでよろしくお願いしまーす」


 しまーす、の辺りから隠し通路に入ったのでふざけた案を出そうとしている輩の顔が見えなくなった。カトレヤにぶつからない様に気を付けつつ全力で暴れる。


「イベリス下ろせ、もっと建設的な修繕案を出すよう言ってくる」

「貴方様の元に来る前に却下されますから」

「当たり前だそれ以前の問題だろ」

「へーかの前に私を下ろすべきじゃないですか先にお願いしてるんだからっ」

「良いから大人しくしてなさい2人とも」

「むーーーーーーー!!」

「うるさいよカティ!」

「2人とも黙りなさい」


 地下通路は声がよく響く。











 黙れと言われて黙る様な良い子ではない我々は、教堂に辿り着くまで延々騒ぎ続けた。隣からの生の音と反響音で耳がぐわんぐわん言っている。ついでに三半規管もやられたのか視界もぐらんぐらんだ。賑やかなことこの上ない。ついでに口論も続けているので周りももれなく賑やかだと思ってくれているだろう。


「……もう少し大人しく帰ってくることはできなかったのでしょうか?」

「申し訳ありません黙れと言っても黙りませんので」

「大体さっきなんであんなことしたんですかいきなりされたらびっくりするでしょ」

「扉開けない奴らが悪りぃんだよ」

「そこじゃない!そんなことアタシが知るかってんだっ」

「いちいち指示代名詞使ってないではっきり言いやがれこのチビ!!」

「なんだとこの絶世の美女!」

「あ、はいどうも?君は花の妖精みたいに可愛いね!!」

「褒めてんじゃないんだよありがとうございます!!」

「その子達は何を言い合っているんですか?」

「皆目見当もつきません」


 遠い目をしつつカトレヤの回収のためにチャービルは近寄ってくる。近づくのに遠くを見るような目つきでは焦点が合わないと思うが足取りはしっかりしている。

 下手や所を触らない様に器用にカトレヤを下ろしたイベリスは、しかしどうしてか俺の腕は掴んで離さない。別に痛くもないのでそのままにするが。


「カトレヤを連れ戻していただいたのはありがたいですが、余計なおまけはどうして…先程出て行かれたばかりですし、抵抗なさったでしょうに」

「バレン殿の所よりもこちらの方が近いですから。下のご子息はいらっしゃいますか」

「ええ、居りますが…」


 イベリスが何を言っているのか、俺にもわからない。内容もそうだが妙に聞き取りづらいのだ。変だな、口論は地に足がついた時点でもう終わったというのに、まだ視界と耳が戻らない。


「薬を、状態を見れば何が必要かは伝わると思いますので」


 するりと掴まれていた腕が解放された。途端に視点が下がる。脚に力を入れているはずなのに。

 膝を打ち付ける前に再度支えが入ってゆっくり床に下ろされる。くわんくわんと世界が回っているから立てないのかもしれない。いっそ同時に回れば正常か?

 座ったままだと回れないので立ち上がろうとするが、どういうわけだか腕にも力が入らない。腰に残る鞘を杖代わりにしても、駄目。


「……あり?」

「へーか?立てないん、ですか?」

「んー……っかしいなぁ」


 ついでに息苦しくなったきた。チカチカ点滅する中で覗き込んでくるカトレヤの顔が酷く不安そうなのでなんだか可笑しくなる。笑いを堪えてれば息もしづらいよなぁ。

 遠くでチャービルがラルゴを呼んでいるのが聞こえる。こちらも妙に焦っている様に聞こえるのでいよいよもって耳がおかしくなったのか。


「へーか…へーか!ねぇ、やだしっかりしてよっ」


 頬に触れる小さな手がやけに熱い。眠いのか、熱があるのか。幼子だからという歳でもあるまいに、なんだかこっちが火傷しそうだ。

 そんな熱いものが触れてるのにどういうわけ瞼が降りてくる。閉じない様に瞬きを繰り返していると駆けて来た足音が近くで止まって、カトレヤの手から別の手に引き渡された。先程よりは緩やかな温度だがやっぱり熱い。


「…リナか」

「手だけで当てられるとなんだかこそばゆいですわね」

「熱でもあんの?」

「貴方が冷たいだけよ」

「あー……そういうことか」


 声の調子はいつも通りだが、表情はどうだろう。カトレヤみたいな顔をしていたら揶揄ってやろうと思ってそろそろ目を開けたが、いつも通りの涼しい顔だった。流石である。それに引き換え、


「あっちの方が死にそうじゃない?」

「他の方々は見慣れてないんですもの無理ありませんわ」

「にしたってさぁ…」

「……何ですこれは」


 主君をこれ呼ばわりである。流石といえば流石だが、にしても酷い顔色だ。


「何でそんな状態になるまで放置した!」

「るさいな…痛い痛い」

「気分は、自覚症状詳細に言え!」

「べっつに絶好調ですけどねー…え、こわっ」


 凄い、可愛い顔の作りでも恐ろしい形相になるんだな。カティなんて怒っても可愛いだけなのに。


「そう思ったとしても口に出したらいけませんわ」

「思ったことが口に出ます、先生」

「くだらないことしか言えないなら黙ってろっ」

「妙に甘ったるい上に苦くて青臭いおどろおどろしい色の液体の薬が一番効きます、先生。これ初期症状、軽微」

「は?」

「故に絶好調。ほれほれ、さっさと準備しろ。意識無くなったら飲むものも飲めん」


 ぺいぺい手で払うが動きやしない。めんどくさいな。

 もしや主君としての威厳が足りない?命令聞いてもらうに必要水準威厳が不足してますか?ならばよろしい、ちょっと辛いが腹から声を出してやろうじゃないか。



「ーーーーこんなもんでいちいち騒いでたら身が持たんわっ!!」

「ーーーー誇らしげに言うことかこのバカっ!!」


 ……暴言吐いたらようやく動いた。なんて家臣なんだろう。


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