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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
3章 歌巫女のアトリビュート
52/129

3.4


 ノックの音が響いたのは、演奏がすべて終わってからしばらくしてからだった。

 夢と現の狭間にいた俺の代わりにリナが返事をする。


ん?ちょっと待て。今入られるともれなく…


「あ、おジャマでしたね。一旦出ましょう」

「何言ってるんだおま、えっ」

「今起こしますからそのままで構いませんわよ」


 遅かった。もう見られてしまったのだから腹を括ろう。


「――起きてる」

「ならさっさと座ってくださいな」

「手退けて……」

「はい、どうぞ」

「へーか、ちゃんと聞いてました?リナさんのお膝に気をとられてませんでした?」

「やかましい」


 目を優しく覆っていた障害物を除いてもらい体を起こす。適当に髪を整えて、上体にかけていた上着を着直す。そうしてリナと並ぶ形で寝台に座り直し、ノックの主たちを見る。

 カトレヤからは本当に演奏と歌唱を聞いていたのかを疑う眼差しを。ラルゴからはつい今しがたの光景に対してどんな感情を持っていいいのかわからないという表情を。それぞれの贈り物の返礼としていつもの愛想笑いを返しておいた。途端にリナにはたかれる。意味が分からん。


「どうせ寝ていらっしゃても聞いて覚えていらっしゃるんでしょう?せっかくお時間頂いたんですからお答え差し上げなさいませ」

「はいはい」

「はいは一回」

「はぁい…楽譜くれ」

「はぁい、どーぞ」


 てこてこと歩いて楽譜を手渡してくれたカトレヤに礼を言い、パラパラと該当の曲を探す。譜面は読めないが、順番から考えれば見つけることは容易い。


「リナさん。まだお時間あれば一緒にお菓子食べませんか?今日はちょっと量が多いみたいで、分けて食べてくれる人が欲しいんです」

「まあ光栄ですわ。少しお傍を離れてよろしいですか?」

「構わんよ。帰りも別でいい」

「へーか、膝枕の現場見られて恥ずかしいからって何もそんなそっけなくしなくても」

「さっさとお行き」


 ぺいぺいと手を振って退出を促す。別に照れ隠しとかではなく、ゆっくり間食を楽しんでほしいという心遣いである。そもそも婚約関係にあって長いのだから膝枕くらいでどうのこうのいうのはおかしいと思う。周囲に隠しているような間柄でも無しに、何か見られたからって動揺なんてしないし、そもそもやましいことをしていたわけでは決してないのであるからして、


「シオン、」

「2番目と8番目と11・12!!」

「え?」

「選曲しろと言ったのはどこの誰だ」

「…弾くのはせいぜい3曲だ」

「じゃあ8番は無し」

「ああ、わかった、んだが…」


 何か他に俺に言うことがあるとでもいうのか、しかし口に出しづらい様子である。ラルゴがこういう風になるのはある特定の話題に関してのみだ。

 そうして、その話は基本的にされたくない。


「――も、…―――のか」


 以前にもそう伝えていると思うのだが、記憶力が良いはずの彼はどうしてだかこの件に関しては色々と忘れてしまうらしい。それとも俺の要望を無視してまで聞きたいということであろうか?

 どちらにせよ俺のとる行動は変わらない。


「っ!」

「帰る」


 借りた楽譜の束を力任せに押し付けて教堂の出口を目指す。宣誓の儀の際の曲を選ぶという課題は終わらせたのだからここに長居する必要などない。背後から何か声をかけられている気がするが、振り返る必要も無かろう。


「あれ、陛下。どう、したんですか…え?無視?」

「ちょ、ちょっとシオン様。いかがいたしましたか」

「帰る」

「いや、帰るって…いったん止まってください!」


 ここの責任者とその後継の横を通り過ぎようとしたが阻まれた。揃いも揃って一体何だというのだろう。どうして俺に命令をするのか。


わたしが帰ると言っているのに其方はそれを阻むのか?」

「…何があったんですか?あなた今物凄い目つき悪いですよ」

「元々だ」

「元と違うから聞いているんじゃないですか!大体、なんでいきなり帰ろうとするんです」

「用は終わったんだ、帰って何が悪い」

「アマリリスさんのところに行くって話は、」

わたしが認めてもいないものをあたかも事実そうであるかのように言い募るのは何故かね?」


 声を荒げるわけではないが意図して音量を大きくして出す。目の前にいる人物の、その背後にまで届くように。


わたしは寛容ではないから、そのような扱いをされて無尽に許容するつもりも器量もないのだよ。よもやそれを知らぬとは思えんが、はっきり言った方が良いのかね?『いい加減にしろ』、と」


 遠くで見慣れた色が動いたのが見える。何も気にせず、2人仲良く菓子を食べていればいいのに。


「シオンさ」

「名を呼ぶなと言ったな?あと、わたしに気安く触れんでくれ。不愉快だ」


 大抵の人間よりも低いこの体温を意識してしまうから、昔から人に触られるのは須らく不快なのだ。例外はほんの一握り。握った手の冷たさを憐れみも己の体温を分け与えようともしない、ただただこの温度に触れるだけの手があれば、それで良かった。


 恐らく今、俺はチャービルやライラックを睨んでいるのだろう。引き留めようと伸ばされた手を露骨に避けたこともあり、2人は困惑している。常日頃顔を合わせたくないだの話をしたくないだの宣言をしてはいるが、先ほどのような物言いも今のような態度もしたことはないのだ。

 …自分が思うよりも体調が良くないのかもしれない。


「ご気分を害されたのであれば誠に申し訳ありません。ですが、」

「宣誓の儀と、後はサンギネウスの件か。用があれば呼ぶなり出向くなりするから、それで問題無かろう。そこを退け」

「陛下!」

「退けと命じているのが聞こえんのか」


 ここまで言えばさしもの教伯とて引き下がらずを得まい。渋々道を開けたのですかさず歩を進める。どうせ王城に戻るだけ、供も馬車もいらない。一般の出入り口から帰るならそういった物を用意しないと後々面倒だが、城内とこの教堂を結ぶ内部通路があるのだ。有事の際に王族やそれに次ぐ要人を避難させるための物だが、結構な頻度で歌巫女が城内に忍び込むのに使われている。ついでにその追跡者も使ってくる。一応極秘事項に含まれて然るべきものなのだが誰も気にしない。

 今この振る舞いに便乗して塞いでしまおうか。困るとすればこっそり遊びに来れなくなるカトレヤくらいだろう。きっとこの道を塞いでも、彼女はどうにかして俺の下に来てしまうのだろうが。


 追手を惑わすには数の少ない分岐点を迷うことなく進み、程なくして辿り着いた隠し扉に手をかける。壁にしか見えないとはいえ、触れば不自然な凹凸に気付くだろう。機密にするつもりがないのではと疑いたくなる出来の上、そもそも王城側の出口の設置場所がおかしいのだ。


「―――ひぃやっ!!!」


 配慮も気遣いもなく勢いよく押し開ければ、何度も出くわしているのに毎度毎度飽きもせずに寿命が縮んだような声を上げる書庫管理責任者に鉢合わせる。何をどう考えて選んだのかは知らないが王城の書庫の地下階、職員の休憩所などがある場所に繋がっているのだ。


「陛下。おかえりなさいませ」

「ああ」

「誰を始末していらっしゃったんですか?」

「どんな挨拶だ」

「バカお前、『人でも殺してきたような目つきですけど』が抜けてるぞ」

「あ、そか。陛下、人でも」

「黙って働け」

「今休憩中です」

「なら黙って休め」


 腰が抜けた管理責任者は放置し、同じく上司を放置したまま俺に出迎えの挨拶と褒められたものではない挨拶をする職員を軽く流し、2階を目指す。書庫のある棟は他の棟との連絡通路が偶数階にしかないのだ。面倒だ。

前にロープを張ってくれと頼んだのだが、大道芸人にでもなるつもりかと却下された。誰も綱渡りするなど言っていない。滑車で滑れないかなと思っただけなのだ。


ともかく、今は手元にロープも何もないので大人しく階段を上って移動するだけである。さて、同様に大人しく仕事に戻るか、それとも。




「……おぉっと?」


自主休業の方にかなり傾いている気持ちを確認していると視界が白く点滅し始めた。ついでに、なんか、胸の辺りが重い。確かに早歩きしたけれども、息が上がるには早すぎる。

 ふと懐かしい気配が背後に現れた気がしてきた。数年前に今生の別れをしたと思いこんでいたが、もしや嬉しくもない再会か?どうしよう。人は少ないとはいえ、まったく往来がない場所ではない。だからお前と顔をあわせるわけにはいかないんだよ。


 壁に手をついて体重を預けながら辺りを見回す。最後にこうなった時はまだ体が小さかったので候補は多かったが、今はそれなりに嵩張るのだ。参った、隠れられそうな場所がない。

 ともかく倒れたときに頭を打たない様な姿勢をとらねばと、階段に腰掛ける。石造りの階段はひんやりと熱を奪っていくが、それを気にして頭部に打撃を与えては意味がない。しかし、余り長いことこのままという訳にもいかない。


「……イベリスは近くにいないしなぁ、誰呼ぼ」


 呼んでたら来るんじゃないかとも思うが、この状況で名前を連呼していたら大事件にされそうだ。子どもの頃じゃあるまいと言ってはいるのだが、どうも保護者とは子どもはいつまでも小さいままとしか思えないらしい。困ったものだ。

 かといって他に思いつく人間はいないので、諦めて壁に頭を預ける。こちらもひんやりしているが、なんだかだんだん心地よくなってきた。もしかして熱でもあるのだろうか。


「――姉上プラシオラ


 いっそ絶対に現れはしない人間を呼んでみようかと口を動かす。何か声出ない。先ほど背後に感じた気配がずっと近くにいるのが分かる。いよいよもってまずい。





「……些かそちらに伺うのは早すぎるかと存じますが」

「――当たり前だ、この馬鹿者」


 淡々とした声が聞こえた途端、間近に迫った気配が消えた。代わりに聞きなれた足音が近づいて体が宙に浮く。冷たい石の壁と床から、昔と変わらぬ温度に寄りかかる形になった。


「いつも思うのですが、従兄殿あにうえは人知を超えた力を手にされているのでしょうか」

「たまたま書庫に用事があっただけだ。歩けるか?」

「…少し時間を下さい」


 そう答えれば、何も言わずどこかに向かうようだ。近くに空き部屋があったような気がする。ぼんやり気配を探っていたら大人しくしていろと言われて腑に落ちない。部屋に入った瞬間に手近な長椅子に放り投げられるのも納得できない。そうするなら上着をそっとかけるのはおかしいだろうに。


「やはり朝食があれだけでは足りなかったか」

「どの道口にできなかったでしょうから結果は同じかと」

「2つ出すべきか迷ったんだが」

「…今からでも間に合うと思いますよ?」

「黙って寝ていろ。歩けるようになったらいつもの合図を」


 追加の好物は貰えないらしい。残念に思いながら部屋の外に行く音を聞く。移動ができるようになったという合図を聞くまで近くをうろつくのだろう。他の人間に不審に思われない様にしつつ誰も入ってこない様に見張るということは、慣れがなければ難しいことだ。

 慣れるまでそんなことをさせていたのは遠い昔のことだ、というのは勘違いだったらしい。漸く力が入るようになってきた手をきつく握って覚醒を図る。


「――正門から帰らなくて、よかった」


 あんな人目の多いところで、こんな様を見せるわけにはいかない。


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