2.35
「其方はどう思う、ラルゴ」
唐突に話を振っても動揺する素振りもないところ、アコニトは見習うべきだ。
ソリダスターの話になった途端に顔色の悪さが限界を超えたアコニトは、話に参加することもなく非常に加減が悪そうである。何のためにここに呼んだかといえば、意見を聞くとか反論を受け付けるとかそういったためではなく、単に決定した事項を伯に伝える係だからである。是非頑張ってあの奇人鬼神奇人をここに近づけないようにしてほしい。応援はしてる。援護はしない。
「畏れながら、私は意見を述べる立場にないかと」
「父君が同席を許したのならその立場にはあると思うがね」
「父の問いかけに答えたくないからといって私に話を振らないでください」
ばれてた。
「ただ黙って立ってるのもつまらないだろう」
「そもそもなぜ先ほどの質問に答えたくないのですか?」
「質問の積み重ね禁止!意見を述べよ、これ命令!!」
もう少し巧い誤魔化しようがあるだろとこちらを睨みつつ命令には素直に従うつもりらしい。わずかに目を伏せて考え込んだ後、そっと口を開く。
「前に仰っていた方法でよいのでは」
「…其方と罪人の量刑について話したことがあったかね」
「陛下が基準とする処罰についてまずお決めになる。周囲の方が妥当とする処罰も同時に確認しておく。当人、もしくは関係者から申し出る処遇が陛下の基準より重ければ陛下の基準に、軽ければ周囲の方が妥当とするものに、まったく等しければ無罪放免」
「なんですそのめちゃくちゃな話」
思わずといった体でチャービルが話に入ってくる。
「確かに遥か昔にそんなこと言ったな」
「どうしてそんな話になったんですか」
「父と兄が陛下に取り返しのつかない失礼を致した場合どうするべきか尋ねただけです」
「ラルゴ、後でちょっと話し合おうか。具体的にお前がどんな量刑を申し出るつもりなのかとか」
「お断りします」
クローブ家の問題はクローブ家で話し合ってもらうこととして、提示された案を考えてみる。
うん、
「ありだな」
「…では、その方法に則ると仮定して。陛下の提示は子爵の交代と次代の王城による監視。周囲の人間と言うと我々ということになりましょうから意見をまとめましょう」
「待ってくださいオークス君、常識的にこの国の法を解釈したら陛下の案以下軽いものを申し出る可能性はほとんどないでしょう?そうしたら陛下の言う甘々な量刑になってしまうじゃないですか。私は認めませんよ、絶対族滅ですからね」
「陛下がこういった問題に対して非常に認識が甘いのは宰相方の教育の賜物ではないのですか?すなわちあなた方の責任」
「ゔ」
「余の価値観や人格形成にそこな伯父上の影響は欠片もないからあらぬ罪で我が宰相を訴えないでくれ」
「ゔゔっ」
反対意見が沈んだのでぱんと手を叩いて締めの合図をする。解散する前に命令を出すのを忘れてはいけない。
「ベラトラム家の家長と嫡男を我が家に召喚するように」
「御意」
「それとソリダスター卿」
「は、はいっ」
「伯爵に蟄居命令を出すから領に帰って伝えてくれ」
「え…」
「返事が聞こえぬが?」
「ぐっ…ぎ、御意………っ!」
頑張れ入り婿殿。アカンサ嬢のことはリナが何とかするだろうから安心して任せればいいと思う。
会議を終わらせた後そのまま乗ってきたまま放置していたヒルシュの所に戻って取りあえずディセントラに世話を任せ。その足で執務室に行けば「潜入捜査」の影響で溜まった書類に出迎えられ。
すかさず逃げようとしたらイベリスに首根っこを押さえられ、部屋にいた文官一行は徒党を組んで扉の前を封じ、窓の方をちらりと見れば父親と一緒に帰ればいいものをなぜか残ったラルゴが静かに佇んでいる。
要は逃げ場なし。無念也。
悲嘆にくれながら黙々と書類を捌いていたら夜になって寝室に放り込まれた。比喩ではなく文字通り。ついでに言うと執務室から寝室まで半分抱えられながら引きずられていった。すれ違う家臣たちや要所にいる兵士ににそれとなく助けを求めたが、救いの手はなぜか左頬に差し伸べられてしばらくすると離れていく。沁みて痛いと喚くとおまけが来るので途中から黙ることにした。
そんな道中を越えてきたというのに、寝室に着いても侍女長達が待ち構えていて念入りに手入れを受ける羽目になる。どうして髪の長さは短くなったのに手入れの時間は長くなったのだろう。
全身全霊で逃げたかったが左頬の傷を見たマルガの顔が悪鬼もかくやというような様相になったので大人しく手入れを受けていたら夜も更けに更けた時間になった。まだ終わらないのはどうして。
「一日が知らぬ間に短くなった…」
「それは残念でごさいますね」
「手入れの時間は長くなった…」
「それはよろしゅうございますね」
良くない。蜂蜜入りのリップバームとやらを塗られてべとべとする口をチロと舐めてぎゃいぎゃいお小言を貰い、途中から数えるのも面倒になるほどの種類の液体やら半固体の何かを肌に塗られ傷が沁みて騒ぎ、さして伸びてもいない爪まで整えられて、あとこれ以上何をするというのだ。
「陛下は無駄に本当に無駄にお顔がよろしいんですからもっと磨いて然るべきなのです」
「無駄に良いものばかり高めたら他との落差が際立って非常に残念なことになりはしまいか」
「一定以上お顔がよろしければ大抵の人間はそこで圧倒されて他のことなど気にしません」
「…その理論は其方からだったのか」
「はい?」
「いや…」
もともと姉付きだったマルガには、今までこの手の話をしたことがなかったので判断がつかない。下手なことを言って面倒を引き起こすことは御免なので黙って大人しく手入れという名の苦行を受け続ける。
黙りこくった俺を見て、マルガははっとしてして言う。
「もうお休みになられますか?いろいろとあってお疲れでしたね、気が回らず申し訳ありません」
「……口を閉じたら眠いのだと判断されるほど、余は幼い子供だと思われているのかね」
「もうすぐ日付が変わりますし、夜更かしはいけませんね」
「もうすぐ17歳になるんだがね」
「さ、これを羽織ってください。お体を冷やしては大変です」
「もう春だが?花も咲き誇る暖かな春だが?」
常と変わらずもこもこと上着を巻かれて寝台に送り出される。体を冷やすなと言うのは本心だろうが、実際は動きにくい服を着させるという意味合いが強いことを知っているのでこの手の上着は即座に脱ぎたい。無駄に装飾が多いのも気に食わない。なんとなく引っ張っていたらまた小言を食らった。
「とっととお休みくださいませ」
「何たる挨拶」
「いい夢でも見ればよろしいでしょうさっさと寝てください可及的速やかに」
「そういうなら下がってくれまいか。人がいると寝付けん」
「そんなことは重々承知です。大人しく寝台に入ったのを確認したら部屋前の警備兵に申し送りをし窓の外の見廻り番たちに合図を送りイベリス様に報告を挙げるまでが私の仕事なだけです」
なんかうちの侍女長の仕事の範囲がおかしい。
指摘しようかとも思ったが何を言おうがベッドに潜りこむまで梃でも動かないという強い信念を感じ取ったので大人しく眠りにつく体勢に入る。目を瞑って大人しくしていると、暫くしてマルガが退室する音が聞こえた。
だが殊の外俺は疲れていたらしい。知らぬ間に眠りの海に落ちていた。
夢を見ている。
遠い昔の記憶だ。だって体が今よりずっと小さい。
あの人が熱心に鏡に向かって化粧をしている。衣装が汚れるからとアンダードレス姿なので寒くないかが気がかりだ。自分は温かい羊毛織のガウンを羽織っている。
「□□□□□、寒くないのですか?」
問えば当たり前の様に寒いと返ってくる。そんな、どうしたらいいんだ。着ているガウンを貸そうにも、背丈が違いすぎて膝掛くらいにしかならない。
「あの、あまり良く分からない者が口をはさむものではないとは思いますけど、それほどまでにねん入りにかざり立てずとも十分お美しいのですからそろそろおめし物を」
おろおろとそう言えば、一瞬真顔になった彼女はいつもの様にころころとは笑わずなぜか真剣みを増した。そうして手にしていた化粧道具――何やら筆のようなものをそっと鏡台に置いてこちらにやってくる。流れるような動作で身につけた衣が皺にならない様に膝を折れるのは、実はとても大変なことなのだと仲良くなった侯爵家の女の子が言っていた。あの子はこの人をお手本に所作を身につけようとしているとも言っていたので、自分もそうしようかなと言ったらそれはダメだと言われた。
――私の愛しい王子さま。化粧は私たちの武装なのよ。殿方が甲冑を着込み剣や槍を携えるのと同じもの。この程度で十分などと言うものはないの。
「ぶそう」
物々しい言葉とは裏腹に彼女は大分心もとない恰好をしている。一応、隠すところは隠しているがこの恰好で自分と一緒にいたと知れたらあの人が至極怒るだろう。情操教育上よくないらしい。
――いい?一定以上顔がよければ大抵の人間はそこで圧倒されて他のことは気にしなくなるの。顔面は凶器。にっこり笑って黙って相手から望む物を引き出すために、磨けるだけ磨くの。
「きょうき」
――そう、あなたはとてもきれいな顔立ちだから存分に凶器として活用するのよ?せっかくデイジー様に似たのだから。
どちらかと言えば肖像画に描かれた亡き母より目の前の人物に似ていると言われる身の上の為、どう返していいかわからず途方に暮れる。すると突然抱きしめられて更に困惑する。やはり寒いのか?
――そんな可愛い顔をしちゃだめよ、襲われたら困るわ。
ついでに頭を撫でられ額に口づけを贈られる。まだ紅は点していないらしい。
なぜこんな状況になったかは良く分からないがこれでこの人が暖をとれるなら構わない。
「――少しは構いなさい」
淡々とした声が聞こえたので扉の方を向く。その途端にぼすっという音と共に彼女が小さく悲鳴を上げた。驚いて上を見上げれば、あの人が着ていた上着が彼女の顔面に着弾していた。
――何するのよ化粧が崩れるじゃないっ
「なんて恰好をしているんだお前は、ドレスはどうした」
――着たままだと白粉がかかるでしょう。粗方済んだら着て、それから仕上げよ
「何時間かけようが大して変わらないだろう。いいからさっさと服を着ろ」
――『大して変わらない』?
これは不味い。抱きかかえられたまま視線が上がった。要は抱き上げられている。
そうしてどんどんと扉の方に向かっているのがわかる。彼女に投げつけられた上着がいつの間にか顔に掛かっているので目では確認できないが。
――なにがどう大して変わらないのか説明していただけるかしら?
「服を着ろと言っている」
――服なんかどうでもいいでしょう、あなたの言葉の方がよっぽど問題だわ
「先ほど◇◇◇に言った言葉、そっくりそのままお前に返してやる」
そこで突然会話が途絶え、自分を抱きしめる腕に力が籠められた。彼女の胸に押し付けられる形になっている左耳に早鐘を打つ鼓動が聞こえる。
何が何だかわからないでいると急に視界が明るくなった。上着が持ち主によって取り払われたのだ。無言で上着を着直す彼も、自分を抱きかかえたままの彼女も奇妙に黙りこくったままである。
「身支度に余念がないのは結構なことですがあまり余裕もありませんのでなるべく手短に願います。宰相閣下が待ちくたびれて部屋に押し掛けるところです」
――それは、避けたいところですわね。分かったわ、急ぎます。
突然余所行きの会話をするものだから思わず聞いてしまう。
「今、なにしていたんですか?」
上着のせいでよくわからなかったと言えばすとんと床に降ろされる。先ほどまで抱きかかえてくれていた人はさっと鏡台の前に座って黙々と化粧を続けている。変だな。先ほどは頬紅などなかったはずだが。
「殿下」
「はい」
「貴方様もそろそろ支度をしないとなりません」
「え?」
いまだかつてない指示に身構える。寝込みがちなこともあって支度をしなければならないような行事には参加したことがないのだ。
「今日、なにかあるのですか…?」
「貴方様は5歳の誕生日を迎えられました」
「ええ、半月前に」
「王族の方は2つお名前を持っていますね。5つになられると、名付けの宣誓をした教堂でその『二の名』を公表する習わしなのです」
ぎょっとして瞬く。そんな話初めて聞いた。
「…いやです」
「殿下、」
「だって、目の色、ぜんぜんちがうのだもの……」
1つ目の名前は母が決めたと彼女から教わった。2つ目の方は父が決めたらしい。生まれる前に決めたものだから、色が合わないなんて大惨事になった。色味は合っているが濃淡が違いすぎるのだ。
もしつけるなら、目の前のこの人の様に深い色合いの持ち主にすべきだ。
――ジスト
軽やかな声が2つ目の名を呼んだ。彼女と、深い紫色を湛えるこの人に呼ばれるのは好きだが、他の人間に呼ばれるのは想像がつかない。
――父王様の名前のセンスについては私も色々と申したいことがあるけれど、色があってないなんて気にしてはダメよ。父王の墓前で小一時間文句を奏上しないといけなくなるわ。
「おやめください、ただでさえうるさい古株どもがまた騒ぎます」
心底うんざりという顔をしているが、他の人が見るとただの無表情に見えるらしい。不思議でたまらない。こんなにはっきり表情が違うのに。
――ねえジスト。私の「二の名」は知ってるわよね。あれもね、宝石の名前なのよ。
「そう、なのですか?」
彼女の瞳は形容しがたい色合いだ。同じような色の宝石があれば忘れないだろう。
透ける緑の、美しい光がこちらを見ている。それはそっと細まって笑みを作った。
――プラシオライト、グリーンアメジストのことね。だから『一の名』と一緒で、あなたと私は同じ名前なのよ。…どうしてだか父王は、変なところを略して名前にしたのだけど。
「もともとあの方の名前の由来が同じだからでしょう」
――え、嘘。
「シリトン」
――色味自体合ってないじゃない…。ジスト、気にしなくても平気よ。真緑の目の人が黄金色の宝石の名前を背負って堂々と生きていけたのだから、色の合っているあなたが恥じることなど何もないわ。
そういうものだろうか。
会ったことのない父の瞳の色とそのシリトンとかいう宝石の色、どちらも知らないのでどんな色か聞こうとしたら扉を強く叩く音が聞こえてきた。ついでにマルガの止めに入る声。
――やだおじい様ねこの叩き方…。二人とも、ばれないようにこっそり出た方がいいわ。
「陛下は早くお召し物を」
――分かってるわよ!
色のことは聞き出せないまま抱きかかえられる。彼女よりも背の高い人だから、当然こちらの目線も高くなる。いつか、これと同じ視界が常になるときが来るのだろうか?
そんなことを思いながら大人しく運搬されていく。
そうだ、この後初めてあの主教堂に行った。クラバットは息苦しく、天井画の人物がほぼ裸である理由を聞いて堂長に叱られた。
別に忘れてたわけではないのにどうして急に夢になんて見るんだろう。
ねぇ、プラシオラ。




