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女王の肖像画  作者: 堂 ジヨン
菊2輪、コンポジション
45/129

2.34


「イベリスイベリス」

「ご自分でお考え下さい」

「考えてもわからんから聞いてる」

「分かるまで考えなさい」


 なるほど、これは一生分からない事項だな。諦めよう。


「…そこは一生かけて考えるべきことです」

「左様か」


 今まで見たことがない程にラルゴの機嫌が低下した理由、それが生涯をかけた問いになるとは。

ただ単にそういう気分の日だっただけ、とかそういうのが答えだった場合永久に辿り着けようもないし、そもそも正しいのかどうやって判断すればいいのだろうか。本人に「これで合ってる?」と聞き続けるということか。

 …何となくだが、外れ続けて最終的に刺されるか毒薬漬けにされるような気しかしない。


 解決困難な謎を俺の人生に置いた張本人は少し後ろを歩きながらこの会話を聞いている。

いつもの通り感情を見せないための無表情であるが、あれは完全に怒っている。それはわかる。なんていったって8年近い付き合いだ。

理由も脈絡もなく怒りをぶつけてくる人間は一定数いる。だが、彼はそういった種類の人間ではないので抱いたものには正当な理由があるはずなのだ。そして、たとえそれが至極まっとうな道筋に沿って導き出される感情であっても無暗に発露しない様に心がけている人物でもあるわけで。


 つまりはあれほど怒っているのは非常に重要な問題が原因であると推測できるわけだが、皆目見当がつかないというのがもっと問題である。お手上げだ。



 まあいい。一生の問題ならすぐに解決しなくていいということでもある。頭の片隅にでも置いておいて、今は「潜入捜査」の結果について考えよう。


「今度から教堂にいらっしゃった際はカトレヤと同じお飲み物と茶請けを用意します」

「人道に悖る暴挙…手を付けない!」

「我が家が用意したものがお気に召さないということでしょうか?」

「え、有難く消費しないと主教堂との不仲説流される?」


 気持ちを切り替えたとたんにこれである。片隅の中でも特に触れる予定のない箇所に置こうとしたのがばれたのか。砂糖の刑から逃れようにも、俺が教堂を訪れないという選択肢をとったら結局のところ不仲だと思われる。逃げ場がない。いや、あるにはあるが、


「私がいない時には他の者に申し送りしておきますのでご心配なきよう」

「速攻で塞がれたな…降参だ、何が気に食わんのだ?」

「その問い自体が容認しがたい」

「イベリス」

「そろそろ会議室に到着いたします」

「確かにそれも必要な情報ではあるけれども」

「扉が目の前に迫っております」


目的地の会議室にはいつの間に手はずを整えたのか、イベリスの要請で宰相殿と法務長官、馬車で仲良く詰め込まれたらしいアルディジア主教堂長とソリダスター家代表窓口が待っているとのことだ。

俺がヒルシュで爆走帰宅を果たしたことをチャービルから聞いていると言っていたから、一緒に会議に参加するよう言われたのかもしれない。ラルゴも口を閉ざし、俺への怒気を微塵も感じさせない平素の状態に戻る。


仕方なしに、「古馴染から解明不能の怒りをぶつけられ砂糖の刑に処される予定の国王」から「自らを害そうとした人物を特定し単身馬に乗って帰ってきて暫く動けなくなっていた国王」に気持ちを切り替える。

残念なことに、どちらしろ碌でもないものだった。





「どうなさったんですかその傷!!!」


 入室のとたん宰相が悲鳴を上げる。髪を切り落としてきたときと同じ反応である。首の痣を見たときはそのまま倒れるんじゃないかという声だったので、これはまだ軽微な問題らしい。よって無視することとする。


「よく集まってくれたな。早速だが話というのは―――いたたたたたたっ」

「誰ですどこの不届き者ですかこんな傷を作ってああ痛いでしょうにおいたわしや」

「労わるなら手を離せ席に着け鬱陶しいっ!!」


 無視できなかった。


「ただちょっと切れただけだろうがっ」

「お見受けするに刀傷の様ですが、『切れた』?検討の余地がありますね」

「オークス、議題はそれではない」


 報告書だろうが法案だろうが日常の会話だろうが細かいところまで正してくるのは法務長官ランカ=オークスだ。髪さえも一縷の乱れなく後ろでまとめ、これまた曇りも歪みもないレンズの奥で理知的な光を湛える彼女は、決死の覚悟で求婚してくる男どもの愛の言葉の引用元の解釈の違いや言い回しの是非、あまつさえアクセント・発音の誤りまで指摘して切り捨てていくことから「冷徹な執行者」として名高い。役職に合いすぎているため、由来は仕事ぶりからだと思っている人間も多いだろうが本人は「私は執行者と言うよりも裁決者でありますから訂正してください」というのみである。


このままでは伯父に構われ裁決者に延々と訂正され続けるので、無理やり会議の時の定位置に座り勢いのまま議題を叫ぶ。


「ベラトラム子爵をどうしようかね!」

「罪状は何でしょうか」

「この間ソリダスター伯の所に行ったわたしが落馬しかけた原因が自分であると四男が自白した」

「身柄は伯に任せてあります。証拠についても押さえていただけるとのことです」

「なるほど族滅が妥当でしょうね陛下をそんな目に遭わせたのなら」

「却下!!次っ」

「自白に持って行ったのは陛下御自身でしょうか」

「そうだそれがどうした」

「ならば、その傷はその際に『切られて』負ったものではないでしょうか」

「やはり族滅が適当でしょう陛下を斬りつけるなんて」

「其方は発言権を失っておるから黙ってろ宰相」

「私がいる意味!」

「閣下は最後に認可の印を押せばよいだけですので座して楽になさっていてください」


 物騒でこの国に存在しない刑を要求する男がわっと顔を覆って机に突っ伏すのを、チャービルとその後ろに立つラルゴが静かに見つめている。奇怪なものを見る色が混じらないのは流石だなと思う一方、この姿を見て今後の政務に影響がないことを祈るばかりである。


「クローブ教伯とご子息、並びにソリダスター卿。宰相閣下は陛下が絡む問題については基本的にこのような醜態をさらしますがその他のことについては非常に信頼における人物であられますのでどうぞお見捨てにならないよう」


 オークスが流れるように状況の説明をする。終始正しいがもう少し婉曲表現をしてほしい。宰相について「醜態」などという単語が出てきてしまってはアコニトの顔色が死人のそれになってしまう。


「ご説明ありがとうございます。御身内をいたく大切に思っておられる証左でございましょう、お噂でも閣下が甥御様を大層気にかけていらっしゃるということは度々伺っております故、陛下の挙げられた議題に対して意見を述べてもよろしいでしょうか」


 見かねたチャービルが「そんなことはみんな知ってるから話戻しません?」と遠回しに言う。そうか、みんな知ってるのか。伯父貴に会うの控えよ。


「陛下はベラトラム子爵に関してのみ処遇を議すと仰せですが、コルキ=ベラトラムはソリダスター領の騎士団所属であると伺っております。伯爵の監督責任を問うおつもりはないということでございましょうか」

「ああ、面倒だからな」

「陛下、その理由には何らの法規的根拠がございません」

「面倒事を避けるという極めて合理的かつ実務的な理由であるからしてそういったことは超越しても良いのではないかと思っているんだがだめだよなハイ分かっていたとも」


 立てた誓いのためにこの話題は避けたかったのだが。


「――伯爵に蟄居を命じては。王都に赴くことを禁ずる、と」

「! あの奇人鬼神奇人がここに来るのを防ぐ手立てがあろうとは…!」

「何かが1つ多いです、が、イベリス様の提案が妥当な線かと。流石に隠居では重すぎますから」

「よし採用。伯爵家については以上!」

「婚約者様のことはどうなさるのでしょうか。伯爵のご身内でしょう」

「以上って言ったら以上!!」

「その件については他にも調整が必要でしょうから我々の方で後ほど時間をとります」

「以上って言ったら以上…」

「叔母にも同席してもらいましょう」


 おかしい。以上の意図が伝わらない。

 俺の知らない間に意味が変わったとでもいうのか。


「そうそう簡単に変わるわけがないでしょう。諦めて初めの議題に戻りなさい」

「…子爵の方は隠居させねばならんかね」

「領土をそのまま任せるというのですか?1番目の婚約者様のご実家に頼めば人を回せるのではありませんか?あの家はむやみやたらと親類縁者が多いことで有名でしょう」

「言い方、言い方変えろ」

「無駄に人材が余っているでしょう」

「そんなこと言うとすべての文句がわたしに来るから本当に止めろ」

「私も妻経由で苦情を受けますのでそれは止めてもらいたいですね」


 妙にきりっとした顔で言う伯父に一瞥もくれず、オークスは話を続ける。

 ついでに他の誰一人視線を送ってはいない。俺は位置関係的に仕方なしに見えてしまうだけで見ているわけじゃない。


「では他に候補は?陛下は意図的にお忘れの様ですが、王族に危害を加えた場合極刑もありうるのがこの国の法です」

「命に関わることに対してはそうだろうが」

「陛下が騎乗なされると知ったうえで細工をし落馬を引き起こそうとするのは十分その条件に該当いたします」

「いや、落ちても受け身取れば済むだろ」

「何を仰っておられるのでしょうか」


 レンズ越しの目さえもこいつ何言ってんだと罵ってくる。そんなに雄弁に語らないでほしい。


 そういえば、彼女に挑んで砕け散っていった者たちは口々に「あの力強い視線に射抜かれた…」などと供述していたような気がする。オークスの視線が力強いのは誤りを発見した時限定なので、射抜かれた直後に砕かれる男どもばかりである。

本人の人生なので口に出していったことはないが、早いとこ伴侶を見つけて廊下に崩れ落ちる屍を減らす協力をしてほしい。流石に人妻を果敢に攻める連中は多くないだろう…多くないよね?


 俺が自分の家臣たちがどの程度クレナータ教を活用するつもりかについて思考を飛ばし始めたのを感じ取ったらしいイベリスが、俺の頭を小突きつつ会話を拾う。


「以前速度の出しすぎで落ち、その際何をどうしたのか甚だ謎ではありますが全くの無傷で先を行く馬を追いかけていったことがおありです」

「だから、落ちる寸前で勢いを打ち消すように動けば、」

「――陛下を基準に法を解釈していては後の王族方が尋常ではない迷惑を被りますので黙っていてください」

「え…議長……」

「むしろ、どの程度なら適当であると陛下はお考えなのですか?」


 オークスによって剥奪された発言権が即座に返されたので少し考える。


「子爵は子に家督を譲り、その子は王城の監視員の下で領地運営をする…くらいかなと」

「大分甘いですがなぜそう判断されましたか?」


 監査・聴取・審判、そういった場での質問の仕方とまるきり同じ言い方で問いを重ねる本人は、追いつめようという意図は全くなく純粋に解を探すだけである。


 大人にあれは何これはどうしてと聞きまわる子どもと同じなのだろうと思う。そうしてそんな純な質問に答えられないからと言って話を挿げ替えるのは、いつだって退屈な大人だった。



「血」

「はい?」

「血統。それだけで従うものがいるくらいだ、変わると統治がし辛かろう」


 ふと顔を顰めた人間が手を挙げる。目だけで発言を許せば、いつもの罵声の影も形もない静かな声が紡がれる。


「陛下直々に任命された監査員が派遣されればそれだけでも十分次代に圧力はかけられるでしょう。血統を保持したいというご意向にも沿う形となれば陛下の仰った方法が一番だとは思います。

が、子爵の人となりを考えると自らそれ以上の罰を望むのではないかと」


国内に点在する教堂をまとめる立場にあるために、教伯の下に集約する情報は多い。下手をすると王城より質のいいものが入ってくる。何せ情報源になる人間の数が違う。教堂の方は民が自ら足を運んでいろいろな相談事と同時に噂話などをもたらしていく。俺たちといえば城下に降りて聞き込みでもしないと、民は気軽に王城に足を運ばないし運ばれても困る。情報は数が多い程精査できる。


そのことを知っているからこそ、本来国政に深くかかわらない教伯をこの場に招いたのだろう。


わたしの言ったもの以上というと?」

「…オークス女史の想定よりも重く閣下の希望より軽い程度、でしょうか」

「具体的に」

「あくまで、私の受けた印象に基づく勝手な推測ですが…」


 随分と歯切れの悪いことである。この状況で子爵の考えについて推測する際に確固たる証拠を出せなどという無茶を言う人間だと思われているのだろうか。流石にそこまでめちゃくちゃをしたことはないぞ。


「陛下に仇なした自分の子とともに死罪を賜らんとするのではないかと」

「そんなおねだりされても困るんだが」

「断られたら目の前で自死するのではないかと」

「そんなもの見せられても困るんだが」

「ならばと陛下宛の書状を残しどこか遠くで人知れず本懐を果たすのではないかと」

「そんな手紙送られても困るんだが」


 会ったこともないのに要注意人物リストに入れたくなるような推測である。思わず机を爪で叩いてしまう。平時の自分の心拍と同じ速さでリズムを刻むと、動揺で跳ねた心臓が落ち着く気がするから。

それにしても随分と詳細な推測が成り立つものだ。そう言えばチャービルは更に顔を顰める。なんでだ。


「…面識がありますので」

「それは意外だな。領地は離れているし爵位も違うだろうに」

「前王の、墓標にいらっしゃったことがあります」


 カツンと大きな音を立てて指先で生んでいたリズムが止まる。これでは心臓が止まったような気分だが、再度動かす気になれない。


「ご容赦を。お止め出来なかったといたくお嘆きになられたものですから」

「構わんよ。管理は其方に任しているのだから」

「どう、なさいますか」


 いまさら何を聞くのだろうか。ずっと子爵への処遇を話していたというのに、ここでもう一度その問いかけをする意味とは何だ。


「ベラトラム子爵はお父上の御代から続けて仕えている人物です」

「そんなことは言われずとも記録を見れば分かる」

「…それが先ほど仰せの処遇を選んだ本当の理由ですか?」

「馬鹿々々しい」

「シオン様」


 じっと見つめられて居心地が悪くなるのはどうしてか。視線など、受けて当然の立場に生まれついたというのに。そういうものとして生きているのに。


「望むことははっきりと仰せください。我々がそれを拒む理由はないのですから」


 昔の様な呼びかけがただひたすらに懐かしい拒絶をもたらしているからだろうか。


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