2.33
王城の医務室に連行されて即座に身体検査をされるのは一体何回目だろうか。余り寄らないわりに連行ばかりされている。数えるのやめよう。
慣れた手つきで診察を終えたバレンは傍に置いておいた杖をとってこちらに向き直る。
「申告の通り特に怪我はねぇな」
「ほれ見ろ!!」
「熱が出ねぇとは言い切れんが、まぁ出たらシメりゃあいいだけだろう」
「今回ばかりはそうもいかないのです」
「今回に限定する必要性はないだろ」
「ベラトラム子爵への対応を決めねばなりませんから」
「後でシメりゃ済む話だろ」
「何が何でも余をしめる気か貴様」
「ったりめーだろなに危ねぇことしてやがる」
即座に杖が横薙ぎに迫る。避けようと思ったら横に立つイベリスに阻まれた。痛い。痛い音がしたし実際痛い。
しおしお叩かれた部分を摩っていたら今度は拳骨が頭に降ってきた。あんまりである。
「ちょっと馬に乗って駆け抜けただけじゃないか」
「王都とソリダスター領がどれほど離れているとお思いで」
「馬車で安全運転して片道5時間くらい」
「貴方様はどれほどの時間をかけましたか」
「…2時間くらい?」
「何だその化け物じみた馬は…デルフの馬か?」
共にコリウスに仕えていたということで伯と面識があるとは思っていたが、まさか名を呼び捨てにする間柄だったとは。一応、一代男爵の位を与えられているとはいえ庶民の出であるところのこの老人と、生粋の伯爵家の人間がそう親しくなるのだろうか。
ともかく馬の出どころを聞かれて正直に頷く。正確には伯の孫娘の馬だが間違いではなかろう。
バレンはどこか疲れたような溜息を吐く。チャービルといい、今日はやたらと溜息を吐かれる。
「あのわけのわからん奴に気に入られちまったってことか…気持ちはわからんでもないが、あれは面倒だぞ。話が通じねぇ」
「何故か知らんが王城にやってこようとしているらしい、対処法はあるかね」
「ねぇ。諦めるこった」
「もう少し考えても良くないか?」
「コリウス様が長年かけて最終的に諦めた問題を俺がちょっとやそっと考えたくれぇで解決できると思うなよ小僧」
「前々王はどうやってあれを御していたんだ?忠誠誓ってたとか何とか泣いてたぞ」
「御してはいねぇ流してた。忠誠は、そりゃ周りの奴らみんな誓ってたさ。あいつが泣き上戸なのは昔からだから気にすんな。酒飲ますともっと泣くから気をつけろ」
「あと他に注意点は?」
「ねぇ。お前ぇさんは普通にしてても何してても結局あいつに忠誠誓われてただろうから大人しく運命を受け入れとけ」
「どんな運命だそれ」
バレンがじっと見つめてくる。なんでわからないんだとでも言いたげに。
「あの方の嫡男に生まれたってことだ」
気づけばイベリスが俺の肩に手を置いていた。置いているというより立ち上がれないように押さえていると言った方が正しいのかもしれない。結構な力の入れようだ。
「落ち着きなさい」
「落ち着いているとも」
「悪い癖です。ただの事実を指摘されて激するなどあってはならぬと申し上げたでしょう」
激してなどいない。ただ握りしめた拳が開けないだけだ。爪が食い込んでいるような感覚があるが、妙に痛みは遠い。
「…毎度疑問だが、お前ぇさん何がそう気に食わねぇんだ」
「何だと思う?」
「…そのままにしとくと両手包帯まみれにしないといけなくなるんだがな」
「ただか血がにじむ程度で大仰な」
なんだかおかしくなって笑ってしまう。他の連中なら顔を青ざめさせるところだが、バレンは思いっきり顰めるだけだ。年の功とかいうやつだろうか。
「一応、俺も臣下だからよ。主君の不興を買うようなことをしてんなら改めようとは思ってんだぜ」
「其方にそのような殊勝な心掛けがあろうとはな」
「改めようにもそこの兄ちゃんと違ってお前ぇさんの考えてることはいまいちわかんねぇんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え。今更俺のこの喋り方や態度が気に食わねぇとは言わねぇだろ」
それはそうだ。引き合わされたときからこうだった。嫌ならさっさと別の医者に掛かっている。口は悪いが腕はいいのだ。俺は実をとる主義で、そもそも自分が立場に見合った言動をとっているかと問われれば他人を糾弾する程度には基準を満たしていない。
でも、素直にこの男の問いに答えてやる気にはなれない。昔からそうだしきっと将来もそうだ。だから、中途半端な答えだけ返すことにする。
握りしめていた掌がふっと緩んだのに合わせて肩にかかっていた重みも外れた。だから、退出の動きとしてゆるりと立ちあがる。診察が終わったならここにいる必要はない。
「余をコリウス王の嫡男と呼んだな」
「その通りだろう」
「嫡子と呼んだらその首落としてやったのに」
ハッと馬鹿にしたような笑い声が聞こえる。もう扉の方に体を向けているので、顔が見えないのだ。
「そんなことか…そもそもお前ぇさんにそんなことできるとは思えねぇがな」
「そうかね?」
「斬ったことねえだろ。刀傷沙汰にあったら逃げの一択じゃねえか。そんなおきれいな手で人の首がはねられると思ってんのか?」
コリウス王の御代は戦禍の残る頃だったという。俺もそれなりに追いかけられたりしているが、彼の御仁が切り抜けた危機はその比ではなかろう。いくつかの乱も平定したというし、そもそも継承位が低かった人間が王位についたのは王家の中でくだらない争いがあったからだ。
その時代を共にした人間から言わせれば、我々は王として足りないのだろう。
「…確かに、あれは大人げなかったとは思うがな。女に戦はできんだろ」
「死にぞこないの幼子にはできるとでも?」
「陛下、」
成長してもどだい戦になんて参加できそうもない人間を前に、王として奉じる条件にそのようなお粗末なものを挙げるとは滑稽だ。
「それに其方、何を言っている。余が人を斬れやしない?」
ついに耄碌したのだろうか。余りにおかしい言葉だったのでついうっかり見過ごしてしまったが、一応訂正しておかなければ。俺が出来もしない脅しを言うなどと思われては御免である。
出来るとも。いくら古馴染だろうが斬る必要があれば迷う余地などない。
そんなことで折れるなら、あの朝とうに散っている。
「唯一を。半身を。屠って堕としてそうしてここにいる余が、その他の有象無象を手にかけることに、何の躊躇いを持つというのだ」
背後から特に何も返事がないのでそのまま医務室を出ることにする。そもそも何か言われても無視するつもりではあったが。
ともかくベラトラムの件を考えなければならない。とすれば執務室に行くべきか。それとも宰相殿に一報入れるのが先か。
「………」
そんな考え事をしながら扉を引けば、ノックの動作で固まった人物と目があう。背丈がほぼ一緒なので、本当に目が合う。物凄く。
ちょっと驚いたのでゆっくり扉を閉め直そうかと思ったくらいだ。そんなことしても、もう一度開けたときにまた目が合うだけなので大人しく会話を試みる。人形のように固まっているので返答があるかは定かではないが。
「……お師匠さんに用かね」
「目の前の人物がふざけたことをしでかしたと父に聞きまして尋問に来ました」
意外にもするすると返答があったので、次男坊を石化させたという誹りを教伯から受ける心配はなさそうである。
「ここではなんだし執務室にどうだい」
「…今の話は、」
「それ以上言うとお前をどうにかしなくちゃならなくなる」
「なぜですか」
「えぇ…聞かなくてもわかるだろ」
「わざわざ口止めする必要があるかと聞いているんです」
今度はこちらが石化する番らしい。だが、固まっていては執務室にもどこにも行けないから、何とか口を動かす。
「誰に聞いた」
「口の軽い人間に、重要なことを伝えるあなた方ではないでしょう。総合的に考えてそうだろうなと予想していただけです」
「成程?」
引き攣った顔が、瞬きによって隠れ現れを繰り返す。総合的にって何を総合したのか教えてほしいような黙っていてほしいような。
「むしろ、私が気づいていないと思われていた方が驚きです」
「そーんなにわかりやすくしている気はないんだけどね」
「カトレヤも薄々勘づいてます。兄は普通に知っていますね、恐らく」
「ライラックはしょうがない、年がいってるから」
「まだ20代だと猛抗議してきそうですね」
「歌巫女殿にもばれているとはなぁ」
まああれだけ一緒にいれば勘づくだろう、それをおくびにも出さない辺り彼女は基本的には聡いのだ。それがあれだけ迷走するのは、きっとあの問題だけなのだろう。
話がカトレヤに移った途端にラルゴの表情が曇る。こいつもこいつでわかりやすい。
「……喧嘩をしたそうですが、父が気を揉んで鬱陶しいので何とかしてください」
「喧嘩じゃあない」
「あの無法者が目に見えて落ち込んで大人しくしているのは気味が悪いので何とかしてください」
「何とかと言われてもな」
「兄まで関わってきたら無駄な時間がかかる上に面倒なので何とかしてください」
「さっきから身内への評価厳しすぎない?」
「――何が原因だかはっきり言え」
「それはルール違反」
いくら早く解決したいからと言って直球にもほどがある。ついでに約束を破るわけにもいかないので、俺は王と貝を兼業することになる。そして、そんな二足の草鞋を履いたことを瞬時に悟ったラルゴは、質問の方向性を変えてくる。
「その、ルールって言うのは何だ。カトレヤが違反したとお前が怒ったそうだが」
「友人という関係を成り立たせるうえで必要不可欠な契約、約定、約款」
「…友人というのはそういったものを度外視した関係だろ」
「え?」
「『え?』?」
なんだか同じようなやり取りをした気がする。それも、結構最近。
「親子親族は血縁という括りに収まり、夫婦恋人あるいは婚約者はそれぞれに応じた契約に基づくだろ?ならどうして友人は何の制約も受けずに成り立つんだ?相手に一定の交流を求めるなら自分もそれ相応の対価を払わねば不当だ。親子なら、実体験がないからよくわからんが、庇護と従順か?親族ならお互いの利が利になるし逆もまた然り。夫婦とかは相手に貞操を求める代わりに自分もそれを守るってことだろ…まぁクレナータ教だと大分緩いけど」
「シオン、」
「友人というのが他者とは違って一定の基準以上の助力等を提供し合う関係だとすれば契約もなしにそんなもの成り立つわけないし」
「シオン!」
急に大きな声を出されたのでびっくりする。何だか顔色が悪いのでもっと驚く。今の会話のどこにラルゴの体調を損なう要素があったのだ。
「ひとつ、確認なんだが」
「ああ」
「お前、前に僕に友人になろうと言ってきたな」
「うん」
「その時のふざけた条件は、まさかそのふざけた理論に基づいているのか?」
「フザケタジョウケン?」
当時の俺は至極真面目に提案していたのでおふざけなど欠片もないのだが。
「『君の御母堂のことや君自身に対して何か言ってくるものがあれば、余の名を出して諫めればいい。これでも一応国王だから、余程頭の回らない者か奢った者かはたまた余の王位に疑義ある者か、そういった連中以外は黙るだろう。他に何か必要なことがあれば追加で要求してくれればその都度確認してくれればそれでいい。余程突飛なものでなければ提供できると思うよ』?」
「わざわざ声色まで再現してもう一度言うとは思わなかったが、そうそれだ」
「え…寸分の狂いもなく真面目な条件提示なんだけど」
なんだか頭まで抱えだした。どうしよう。自分が体調を崩すのは慣れているが他人の介抱はあまり経験がない。バレンを呼んだ方がいいのかとそわそわすると、どこか痛みをこらえているような暗い声が聞こえてきた。
「……僕には何も要求しなかったのはなぜだ」
「年下で体が弱いという上に国王なんてめんどくさい肩書背負ってる人間と関わる負担を考えたら俺の提供分と比較均衡して差し引きゼロになると判断した」
重く深い溜息が聞こえる。なんだろう、今日は全国的に溜息の日なのか。それともクローブ家にだけ局所的に訪れた厄日か。だとすればライラックもどこかで吐いているのだろうか。
「前々からどこかおかしいと思ってはいたが」
「唐突な悪口」
「その、自身をどこに置いてるか分からない価値観は何なんだ」
「どこって、国王である以外に何があるんだよ」
ピクリと動いた体に、どんな顔を返したらいいかがわからない。
「俺に、国王であるという以外に何の価値があるんだ?」
こんな当たり前のこと、分からない君じゃないだろうに。




