2.21
訓練所に行くと先に着いていたリッピアが盛大に手を振って迎えてくれる。こういう時は同じくらい盛大に手を振るべきなのだろうか。わからないので取りあえず軽く会釈だけしておく。
のんびり遠回りして来たのもあるが、先ほど蹴り上げてやったオクサリスの方が先に着いているのは予想外だ。目があったので愛想笑いをしてやる。盛大に顔を引きつらせる様子を不思議そうにコーデイトが見ている。
何故だろう、「流石騎士様、頑丈ですね!!」と声を掛けに行きたい衝動に駆られる。
「全員そろったな」
俺の姿を確認したビンカが手際よく流れを説明していく。
「組はいつも通りに…カリステファスはリッピアかホスタが相手の方がいいな」
おそらく体力と腕力と慎重を考慮した結果だろう、他の2人では確かに少々差がありすぎる。
…まさか昨日の追いかけっこの誤解を引きずっていまいな?
「じゃあ僕で!仲良しですから」
「そうでしたか?いつからでしょう?」
「え、冷たっ!」
「何でもいい。ではホスタとは私が組もう」
「……え、」
訓練前から何故かダメージを受けた様子のリッピアと、隊長と組まされて静かに絶望している様子のホスタを放置してビンカは話を終えた。
あまり広くない敷地のため、3組一斉に打合はできないらしい。
始めはコーデイトとオクサリスの組だ。待っている組は大人しく端で座っている。
「んー、今日オクサリスさん調子悪そう」
「致し方あるまい」
「なんか言った?」
「どこか怪我でもなさったのでしょうか」
「足かなぁ。動き鈍いんだよ」
正確には脚の間だろうが説明する必要はないのでそうですかと適当な相づちを打っておく。
「そういえば、ノイ君は剣得意?」
「護身程度です。ここでの主流は今お2人が行っている型ですか?」
「そうだよ」
「初めて見ました。やはりソリダスター領は他とは違うのですね」
「――初めて?」
頭上からビンカの声が降ってくる。
上官は立っているのに座ってていいのかと聞いたら、乱闘になった際に止めに入るので座るわけにはいかないとのことだった。確かに立っている方がすぐに動き出せるが、そんな頻度で乱闘になっていいのだろうか。
「総領も君のご実家の人もそんなこと一言も言っていなかったが」
「そうですか?型が違うのは把握していたと思いますが、きっとお伝えする必要はないと判断したのでしょう」
「いくら何でも初見で打ち合いって危なくない?結構特殊な動きするよこの型」
「大丈夫です。あの2人、腕はよろしいんでしょう?」
俺の質問の意図がわからなかったらしくビンカとリッピアは不可解なものを見る目を向けてくる。回答が返ってこないので困っているとやや離れた所に腰掛けているホスタが口を開いた。俺を警戒しての距離感かと思ったが、他の連中の反応を見る限り通常運転らしい。
「……隊長には負けるけど、強い組、です」
「成程」
なぜ敬語なのかは少し引っかかるが、答えを得られたので視線を打合の方に戻す。
「ならば見ていれば大丈夫です」
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「―――ちょっと、待って待って!!」
「あ、はい」
「突く寸前で止まらないでぇ!!!」
「一体どうしろと」
仕方なく模造刀を下す。ふるふると震えながら非難するような視線を向けてくるリッピアはどうしてか腰が抜けているらしい。まだ10合にも届かない。これでは打ち合いにならないではないか。
「知らない型って言ったじゃんかよぉ!!嘘だったの?!」
「いえ事実ですが」
「じゃあなんで僕より上手いのさ!!おかしいでしょ!」
「何もおかしくはないと思います、先ほどお強いというお2人の動きを見ましたから」
「見ていれば大丈夫って、それってどういう意味」としつこく聞いてくるリッピアを無視して前の2人の動きを観察したのだから、それなりに動けない方がおかしい。なのに更に視線の鋭さが増すのは何なのだ。
「普通の人はねっ見ただけで初めて知った剣の型を完全に習得とかできないの!!!」
「え?」
そうなの?
17年近く生きていて初めて言われたことに衝撃を受けていたら、抜けた腰はどうしたという勢いでリッピアが怒鳴った。
「――君は自分を基準に物事を判断しちゃダメなんだよ!!」
「そんなこと言われても…」
流石に途方に暮れてしまう。ちらと身元引受人の方を見たがこちらも顔色が大分悪くなっている。どうやらリッピアの主張の方が正しいらしい。
「もしかして、」
さんざん言われてきたことが、単に悪口だと思っていた評価が、実は正当な事実に基づく評価であった可能性に知らず声が震える。
「私は変なのでしょうか?」
違うと言ってほしいという願いを込めた質問。
対するリッピアは表情を消し、ビンカは苦いものを飲んだような苦悶を浮かべ、ホスタは先程から変わらずぼんやりとした様子で。打ち合いを終えて途中から観戦に回っていたオクサリスは目があった時よりも引き攣りの度合いを大きくしている。そして残りのコーデイトは今までにないほど穏やかな表情を浮かべ、口を開いた。
「なんっっっって嫌味な奴なんだ……」
要するに誰一人俺の疑問にも願いにも答えてくれないのだが、どうしてなんだろうか。
「次!えー、93ページの15行目から、はい!!」
「『る。
ストレリチア:然らばなぜ彼の方をその座に据え続けるのでしょう。私が貴方様に捧ぐ物は彼の方のそれに劣ると仰いますか。
ハイドランジア:比較など、愚か者のすることだ。それは各々貴く我が有するにふさわしいものである。
ストレリチア:いと高き方、我が主。私の望みは唯一つ。どうぞ叶えてくださいませ。叶わねば』」
「あ、もういいもう十分ていうか何で『る。』とかまで覚えてんだよ」
「子どもの頃から何度も読んでますから覚えますよ」
「それ絶対君だけだから。何なら僕、話の内容も覚えてないから」
「この後の展開が一番感動的…」
「話を合わせようよホスタ君」
「正妻と筆頭愛人の白熱の戦いですね。劇などでも人気の場面だそうですよ。私も、この教本の中では一番面白い掛け合いだと思います」
「話が合う…」
「合わせんなよカリステファス」
打合はどこへやら、俺の記憶力を試す会が開催されてしまった。覚えていることをそのまま言えばいいだけなので労力がかからないのはいいのだが、スラスラと答えていくたびに出題者たちが疲れた表情になるのはなぜなのか。
「…ここまでヤバいのに今まで気づかないってどういうことなんだ」
「親御さんも同じタイプの人間だったらありうるんじゃないか」
「ちょっ、オクサリスさん!!」
「それは触れてはいけない事案だぞ!!」
偏見マシマシの過去語りを真に受けている素直・馬鹿コンビが慌ててオクサリスに飛びかかる。彼はまだ俺の攻撃の余波から回復しきれてなさそうなのでもう少し優しくしてあげてほしい。
「…お前たち、何を言っているんだ?」
記憶力試す会には参加せず、さりとて打ち合いを中止するのは反対せず少し後ろに設置した簡易で小さなテーブルセットで茶を飲んでいたビンカが聞き捨てならないと言った風情で話に入ってきた。
因みに我々は地べたに座って茶を飲んでいる。いつも訓練後はこうらしい。隊長が高い位置にいるのは階級差が理由ではなく立ちあがりやすいからだそうだ。無論、乱闘対策である。
コーデイトは酒がいいとぼやいていたが、疲労回復効果があるというこの茶の方がいいに決まっている。味はともかく、光の加減で金色に揺れる美しい色は結構好みだ。リナリアとの茶会ではあまり見ないが、クローブ家と話し合いをする時にはよく出てくる。とても体によさそうな味、とカトレヤは評して俺のカップに残りを移そうとしたが、ラルゴの厳しい監視を逃れられるわけもなく泣きべそで飲み干していた。
「ノイ君は悲しい家庭環境で育ったんです!!隊長なら聞いているんでしょ?」
「悲しい…?」
「いろいろと複雑な事情があるってことですよ!」
「まあ、それは、そうだろうが」
まさか自分から正体バラしてないよなという疑いのまなざしが向かられたのでニコッと笑っておく。バラしてはいない、大部分本当のことを言っただけで。
あまり深く考えないようにしたらしくビンカはそのまま茶を飲む動作に入り、
「全く酷い父親だよな」
というコーデイトの、俺への同情のこもった言葉に勢いよく茶を吹き出した。
他の連中は隊長の無作法に呆気にとられている。咳き込みながらなんとか言葉を探しているビンカにはその様子は見えていないようだが。
「コーデイ、ト、流石、に、それは言い、過ぎでは」
「いや率直に言ってクソ親父じゃないですか」
「お前それは不敬っ…」
「フケイ?」
「――よそ様の父兄に対して言っていい言葉ではないぞ」
「別に構わないと思いますが」
「構ってください!!」
いくら慌てていると言ったって、急に敬語になるな。
そう思って少し睨むと咽た影響か父王に対する部下の暴言の所為か、水分量の多くなった目で睨み返された。全然怖くない。むしろ哀れみがある。
「盛り上がってるところ悪いんだがそろそろここを空けてはくれないかね」
出入り口の所から困惑の表情で声を掛けてきた人物も、同じような気持ちだったのかもしれない。確か他の隊の長だ。ビンカよりも少し年かさの恰幅の良い人物が、きまり悪そうに訓練所を占拠している連中に声を掛けるのは、それ位の理由がないと少し滑稽だ。
「ああ、これは申し訳ない。次は3‐4隊の予定でしたね」
「思い出してもらえて何よりだ」
3‐4隊、つまり第3大隊の第4中隊か。
因みに教本暗唱大会を開催しているこの隊は4-2隊と呼ばれている。特に数字に序列の意味はないらしい。アルディジアの意図に任せたと言っていたので、要はくじ引きか何かしたのだろう。
「うわ、マジでいいとこのお嬢さんみたいな面してる」
「コーデイト、ふられて可哀想になぁ」
「――誰が振られただこのヤロウ!!」
「ムキになると、信ぴょう性、増す……」
隊長の背後から飛んできた野次にコーデイトが律儀に怒鳴り返すのを右から左に流しながら入り口に視線を向ける。散々姉に似ていると言われてきが、良家の御令嬢みたいな容姿と言われたのは初めてであるため、何を持ってそう判じたのか知りたいのだ。
視線が合うと、野次の元である屈強な男どもがぎょっとしたり、顔を引きつらせる。なんだその反応は。失礼にもほどがある。
だが一方で、
「陛下はむやみやたらに顔だけはよいのですから無言で人を見つめたりなさらないでください、怯えさせます。無言だと中身があれなのがわかりませんから。喋れば大丈夫です」
という、きりっとした顔で女官長が発した言葉がよみがえり、自分の家臣どもの方がよっぽど失礼であるという事実を持って特赦をくれてやることにした。
そうだ、この程度のことで一々罰していたら俺の城は空虚になる。そのことに気付いた俺の心は虚無になる。何もないから悲しくもない。悲しくないったら。
誰に対してでもない強がりを心の中で唱えているうちに3‐4隊の面子が数名訓練所に入ってきた。流石に何人もこの広くない部屋にいるのは無理なので、ビンカたちと一緒に出口に向かっていく。先ほどの野次の発信源にはにっこり笑って挨拶すると「うわっ」という返事が返る。特赦を取り下げてやろうか。
「お前はこういうのが好みだったのかぁ」
「だから違うっつってんだろ」
「いいから先行けよコーディ…」
ぎゃいぎゃい騒がしいのをやはり聞き流しながらすれ違う。
大方は先の無礼者たちと同じく一歩距離をとるような反応をするのを横目で確認していく。
他人の反応を見るのは癖のようなものだ。ほんの些細なことでも不審な動きだと感じたらすぐに逃走準備に入らなければならない。相手の出方を待って悠然と待っていられるような強者ではないのだ。ついでに、変装して抜け出したり隠れて抜け出したりするときにも、追跡者達の一挙手一投足に機敏に反応できなければすぐ捕まるので。
だからだろうか。周囲とは異なる上、見慣れた反応とほんのわずかに違うそれ。「なぜここに」という問いかけに明確な害意が滲んだその一瞬の驚愕の表情に気が付けたのは。
「……みーつけった」
知らず口に出していた言葉は誰にも聞きとがめられず溶けていく。




