2.20
やりすぎた。
どうも貴族たちと同情の変域と臨界点が違うらしい。全く何とも思っていない出自を、甚だしく偏った見方をしたうえでいろいろな部分をすっ飛ばして語ったら、もう、何と言うか。
「ノイ君、これ美味しいんだよ。よかったら僕のも食べな」
「そうだ、菓子でも何でも量食べねえと体も鍛えらんないぞ」
鬱陶しいくらい気を使ってくる。
「お心遣いは大変ありがたいのですが甘味は苦手なのでリッピアさんがお食べください」
「苦手って、何かトラウマでも……正妻から毒を仕込まれたとかか?!」
「子どもが好きなお菓子に混ぜてって、そんな事件昔あったって隊長が言ってましたね!!」
「違います」
毒仕込んでくるのは母方の祖父です、と続く言葉は心中にとどめ、こっそり目の前に配膳された分もリッピアに押し付ける。甘味だって己を無心で飲み下して吐きそうになる人間に取り込まれるより美味しい美味しいと味わう人間に食べられたいはずだ。
「じゃあ、これは?甘くないし栄養満点だよ」
「好き嫌いせず食べないとだめです」
「自分だってついさっき好き嫌いしたじゃないのさ!」
「甘味はなくても生きていけますが野菜は必要でしょう――コーデイトさんもこっそり入れようとしないでください」
「あっなんでばれた?!」
向かいの右側から野菜を送り込もうとするのを言葉で、左側から無言でフォークとスプーンに挟んだ野菜を俺の皿の上まで持ってきているのを手で窘める。特に左側の方は容赦なく叩いておいた。子どもじゃあるまいにそんなことするんじゃない。
無用な気遣いと隙あらばと送り込まれる野菜をいなし続けるのも疲れるのでちゃっちゃと食事を終わらせる。気どらない料理はさっさと食べられて良いものだ。
「食器はどこに下げればよいのでしょうか」
「あっち。訓練所の場所はわかる?」
「宿舎を挟んで右側でしたか」
「そうそう、時間厳守ね」
「今日は軽めのメニューだけどきつかったら隊長とか俺たちに言えよ」
「お気遣いありがとうございます」
大幅に増量をした関係でまだ半分も減っていない食事に取り組んでいる2人に、軽く頭を下げてから席を立つ。
本業ではこういう挨拶をすると間髪入れず後頭部に打撃を受ける。簡単に頭を下げてはいけないという戒めらしいが、衝撃でさらに深々と何なら腰から折り曲げる勢いになっていることにあの男は気づいているのだろうか。気づいてるな。気づいててやっているに違いない。
すでに何名か食事を終えているらしい。少し並んで順番を待つ。ちらと顔ぶれを見るが爵位持ちの家柄の人間はいないようだ。
不慮の事故で髪が大分短くなったとはいえ、今は塗料をかけられてもいないし顔立ちもありのままである。騎士団に籍を置くのは基本的に嫡子ではないことを考慮したとしても、この距離ではばれる可能性が高い。貴族の子息とは滅多なことがない限り1度くらいは顔を合わせたことがあるのだ。
顔を目立たせずかつ不審な動きととられないような高度な技術を発揮しないで済んでほっとしている間に列が進んだ。食事を受け取った時と同じ女性が皿の受け取りをしていたので、先ほど先輩からやめた方がいいと言われた笑顔を貼り付けて「美味しかったです」と礼を述べる。相手はまぁ、と気色を浮かべ周囲の列からは舌打ちのような音が聞こえてくる。城内での習慣なのだが、どちらの反応も初めて受けるものである。
王城の厨房勤めの人間はよくも悪くも職業意識が高いのだ。美味しいと言えば「我々が腕によりをかけたのだから当然だ、そんな当たり前のことを言うな」という表情で口調だけ丁寧にした同じ内容の言葉を述べてくる。ならばいっそと何も言わなければ執務室だろうが私室だろうが寝室だろうが関係なく「いったいどこが気に入らなかったんだ!!」と表情も言葉も同じまま怒鳴り込んでくる。
そして周囲の奴らは特に何も起きていないかの如くふるまう。見ないようにしているともいう。
訓練頑張ってくださいとの激励と、もはや舌打ちであると断言できる音に見送られながら食堂を後にする。訓練は時間厳守とのことだがまだ余裕がある。尾行下手野菜嫌い組に捕まってできなかった建物の確認を今度こそ、
「カリステファス君」
今度こそと決意した途端に声をかけられる。大変不満ではあるが顔には出さない。
「ごきげんよう、オクサリスさん。何か御用でしょうか」
「ここじゃなんだし、ちょっと奥いいかな?」
「ええ、もちろん」
そもそも断る選択肢を用意しないとは。嫌だと言ってもなんやかんやで奥に連れていかれそうだ。大人しく従ってやろう。仮に無理やり引っ張られていったら昨日に続きあらぬ疑いをかけられる先輩が増えるだろうし。
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「何を企んでいるのかな」
「寧ろこちらがお聞きしたいですね」
いやホントにお前何考えてんだ。
話をするには過分に近い位置にある顔を見上げながら呆れる。俺の左側はその顔の主の右腕が塞ぎ、右側は壁がある。ここは行き止まりなんだなと食堂からの見取り図を頭の中に書き加えながら今の状態は食堂側から来た人間からどう見えるかを考える。
うむ、どう見ても追いつめられている。物理的には俺が、社会的にはオクサリスが。
せっかく人があらぬ疑いをかけられない様に配慮してやったというのに黒に近い行動をしないでほしい。これで俺がおびえた素振りでも見せたらどうするつもりなんだ。完全に真っ黒だぞ。
「どうやったのかは知らないけど、コーディとリッピアを誑し込んだみたいじゃないか」
「人聞きの悪いことを」
「まあ、リッピアは素直すぎるしコーディはバカすぎるから仕方ないだろうけど」
「片方の評価が酷いですね」
距離が近いせいで相手の目に映る自分の顔が良く見える。榛色の中にあるのは何の感慨も浮かべていない顔だ。少しは動揺した方がいいのだろうか。
「いくら伯爵様の知人からの依頼とは言え、君みたいなーー失礼、あまり荒事に向いていなさそうな人がここに来るっていうのはあまりに不自然じゃないかな」
「コーデイトさんと仲がよろしいんですね。昨日同じことを言われました」
「…遠回しにあのバカと同列に扱っているのかな?」
「そのようなつもりはありませんがご気分を害されたなら謝罪いたします」
「いや結構」
オクサリスが緩く首を振るのに合わせてさらりと髪が流れる。短くも長くもない。鍛錬をする時に結えないと面倒だろう、もう少し伸ばすか切るかすればいいのに。美意識の問題かもしれないので口にはしないが。因みに俺は邪魔じゃなければどうでもいい派で、今の長さは大変気に入っている。
「貴方も私が怪しいと思っていらっしゃるのですね」
「『も』?」
「コーデイトさんから『お前、怪しいんだよ』と言われたもので」
「…あいつはどこまでバカなんだ」
頭痛を堪えるかのような仕草を見せる。まあ気持ちもわからなくもない。
わからなくもないが、
「貴方も同じようなものでは?」
はたと相手が止まった。見開かれた目に映る表情は先程とは違って中々好戦的である。それもそのはず、朝から邪魔ばかりされて結構むかついている。早いとこ建物の見取り図を完成させたいというのに。
「私が怪しいと思われるのは結構。しかしそれを当人にぶつけてどうなさろうというのですか。愚かしくも正直に『はい、何事かを企んでおります』と答えるとでも?」
すっと口角が上がる。映る顔は笑ってしまうくらいあの女にそっくりだ。
「確かめたいのなら私を受け入れた閣下や隊長に聞けばいいのでは?
――ああ、できませんよね、上官を疑っていると言っているのと同義ですし」
笑みが深まっていく。比例するようにオクサリスの顔色が悪くなっていく。俺の発言の所為かはたまたこの笑顔の所為か。
「まあするかしないかはご自分でお決めください。――1つ、僭越ながらご忠告を」
「なに?」
「この体勢、確かに相手を追いつめるのにはいいですけど急所への攻撃の素振りが見えないのであまりやらない方がいいですよ」
言い終えると同時に相手の足の甲を思いっきり踏んでやる。
ぐっといううめき声を聞きつつ上げた足の勢いそのままに最大の急所に攻撃を加える。
「!!!!!!!!!!!!!!??!!!!?!」
ちょっと勢いつけすぎたか。痛いよな、知ってる。
静かに蹲る相手を見下ろしながら満面の笑みを浮かべる。多分見えてないけど、挨拶の基本は笑顔らしいので。
「あと、女性には絶対にやらない方がいいですよ。きっととても怖い思いをさせますから。ではごきげんよう」
全くご機嫌麗しくないだろう人間を放置してきた道を戻る。訓練までに回復しているといいねと何の御利益もない激励以上祈り未満の呟きを捧げておく。
…くだらない問答に時間をとりすぎた。建物探索には少し足りないので見取り図の完成はまだ先になりそうだ。
目撃者はいなかった。良かったね先輩。




