2.17
「――――はぁ」
晴れ渡った空である。この間まで冬の気配が抜けきらなかったというのに、今や降り注ぐ日差しには春の息吹しか感じ取れない。
そんな明るい陽光の下、馬車の中で凝り固まった体を思い切り伸ばす。この前とは違い「国王」としての訪問ではないのであまり乗り心地の良い馬車は使えなかったのだ。道の状態を隠しもせず伝えてくる車内で座り続けるのは中々に筋力が求められる様だ。まあ乗合馬車よりはずっといいのだが。
ぐぐーっと伸びを続ける俺に、横に控えた筋肉ダルマ爺がハッとした表情で声をかけてくる。
「むむっお疲れですかな。でしたら吾輩が抱えてお連れいたしま」
「そんなことしたら舌を噛み切ってやる」
「なんと!!」
何が悲しくて抱っこで運ばれなければならないのだ。いや、この伯爵のことだ小指にぶら下げて運ぶくらいのことはやってのけそうである。とにかく他人に触れられるのは極力避けたい。
「そのような殺傷方法があろうとは…舌を鍛えておかねばなりませんな!」
「総領、この場合はそのようなことをされるくらいならご自身の舌を噛み切って自死を選ぶという意味でございましょう」
「なんと!!」
「寧ろそれ以外の意味があるのか?」
「深くお考えにならない方がよろしいかと存じます」
やんわりと会話に入ってきたのはヴィンクル=ビンカという男だ。ソリダスター伯直轄の騎士団の第二小隊を束ねているらしい。
騎士団は国内に複数存在し団ごとに構造がことなるが、ここの場合は4つの大隊それぞれに5つの小隊がぶら下がる形だという。小隊1つに大体5~10名ほどが所属するというのでそこそこの規模だろう。今は友好、とまではいかないが近所づきあいくらいは普通にできる隣国と戦を構えていたころに国境を常に守り続けてきた功績は伊達ではない。
「しかし、本当によろしいのですか?ここの連中というのは少々血気盛んでして、陛下のような方が関わるには些か問題があるかと」
「何案ずるなビンカよ!!陛下は見ての通りの優男だが吾輩の孫娘が惚れ込むほどだ!喧嘩や刀傷沙汰の10や20軽くいなしてくれよう!」
「桁がおかしい」
「ここでは普通なのでございます」
「えぇ……まあ大人しくしてれば平気だろう」
いざとなったらいつもの様に逃げだすか、国権を振りかざして黙らせればいいか。
そんなふうに考えていたらやや気まずそうな視線が刺さってきた。
「畏れながら…陛下は大人しくなさっていても絡まれる可能性が」
「何故そう思うのだね」
問いかけへの答えは返らず曖昧な微笑みがこちらを見てくる。なんなんだ。
「陛下はご婦人方に人気がありそうですからな!!騎士という肩書を得ても全く相手にされない輩からしたらそう言った人物は存在するだけで許せないものだそうですぞ!酒の席で毎回こぼしておりますからな!!」
「いや別に余はモテないぞ」
「実際にどうかではなくそういうふうに見えるかが重要なんですよ」
「そんなものか」
上着の裏側に結いつけたリボンを上からなぞりながら気のない返事を返す。実感のない話を興味深く聞くのはそれなりの必要性にかられたときだけと決めている。
同年代との交流も多くはないし関わるとしても皆「家臣」なので基本的にそんな話になったりしない。ライラックはからかい目的で何やかんやと絡んでくるが基本的に無視するので会話にならない。
そもそも本当にモテない。王族は優良物件ではなかったか。俺がその条件を損なって余りあるほどの欠点を抱えているというだけのことだろう。
「そう言った輩は、自身に経験がないからどういった男がもてはやされるか判断できないのだろうな」
「そうかもしれませんがそのようなことは決して口に出さないでくださいませ」
俺の呟きをやんわりとしかしきっぱりと窘めた小隊長は、騎士らしい爽やかな笑みの中に有無を言わせぬ凄みを紛れ込ませる器用な人間だった。
小隊の面々への紹介ということで連れてこられた部屋はよく言えば機能的、包み隠さず言えば殺風景である。流石に王城のような内装であるとは思っていなかったが、これほど飾り気のないもにはあまりお目にかかったことがない。これが平均なのか、判断する材料も持ち合わせていない。
そっと目線を部屋の観察から戻せば。ぶしつけな視線がいくつか刺さってくるのが目視できる。その脇では国王が気分を害しやしないか内心ハラハラした様子のビンカが見える。このくらいの数えるに足る視線、夜会やら式典の時にめぐる街中で受けるものに比べたらバルコニーで当たるそよ風のようなものなので、それほど気にしなくてもいいのだが。
「先ほどご紹介にあずかりましたノイ=カリステファスです。短い期間ですがどうぞよろしくお願いします」
よく使う偽名をいつも通りの笑みを貼り付けながらこの前教え込まれたばかりの仮声で名乗る。うむ、やはりこの高さは出しにくい。
「こんな見るからにいいとこのお坊ちゃんがなんだってここに来るんです」
「前にも言った通り総領の遠縁のご近所の商家の跡取りでな。まあなんだ、ふらふらしているから社会勉強をさせてほしいと総領に相談があったんだよ」
「ふらふら、ねぇ…」
ふん、と鼻で笑うと同時に妙に納得した様子にいらっとするが笑みを崩さず耐える。いつもなら迷わず足を出すが今この状況でそんなことをすれば確実に返り討ちに遭うだろう。俺の身の安全は基本的に俺が持つ身分によって保証されているものなのだ。逆にそれゆえにいろいろと贈り物をもらう場合もあるが。
ビンカは俺の機嫌を案じつつも小隊の紹介へ話を進めていく。俺の顔色を窺う人間など久方ぶりに見かけたので新鮮な気持ちであるが、どうせしばらくもせず他の連中と同様の扱いをするのだろう。これは悲観でもなければ自虐でもない。経験に則った推測と言うものだ。
始めに紹介されたのが先ほどの発言をしたコーデイト。背は高くきちんと鍛えている様子だ。どうも俺が気に食わないらしく表情から敵意がダダ漏れだ。きちんと切り上げられた短い茶髪は特に目を引く色合いではないが、騎士らしく精悍な顔立ちである。こいつも「ご婦人方に相手にされない」のだろうか?
その次はオクサリス。人のよさそうな印象だが騎士らしい物腰も感じられる。コーデイトの態度に苦笑する素振りがみられたから、問題児と諫め役と言ったところだろうか。
次はリッピア。この中で一番年若い様だ。どうも俺よりも下かもしれない。特に敵意もなくニコニコと新入りをながめている。愛想がいいのは構わないがもう少し警戒感を持った方がいいような気がする。
最後はホスタ。ぼんやりした様子で表情が読めない。人のことを言えたものじゃないが、職業選択を間違えたのではないかと尋ねたくなる。
他にも所属する者はいるらしいが俺が関わるのはこの面々のみとのことだ。隊員の中には貴族籍に入っている者もいて、下手すると俺の素性に気付くかもしれないとのことでビンカが手を尽くして顔を合わせないように調整したらしい。上の人間が思い付きで行動すると迷惑をこうむるのは彼のような中間管理職だというのはこの世の常である。
「いいかお前ら、総領が受けた相談なんだからな。くれぐれも失礼な真似はするなよ」
さらりと言いつつどこか重みのあるビンカの注意にはぁいと元気よく返事したのはリッピアだけで他の面々は舌打ちをしてそっぽを向くか笑むだけかはたまたなんに反応も示さないかだった。こんな素晴らしい対応をされては、この1週間がどんなものになるのか大体予想ができてしまうというものだ。




