2.3
「――残らずお召しになられるとは思いませんでしたわ」
「其方の用意したものを粗末に扱うわけがなかろう?」
庭園の散策を終えて仲良く帰ってきたリナリアとアカンサ嬢は、やや顔色を悪くした国王とその背を穏やかにさする伯爵家の次男を見て何とも言えない表情をした。
己の問いかけに端的に答えない俺を詰め寄ることもなく介抱をするのは彼の人徳のなせるわざなのか、それとも俺がそんなにひどい顔をしているのか。それはともかく城内の一部には我々が並んでいるだけでキラキラと目を輝かせるメイドやら侍女やらがいるので、彼女たちの反応がどの程度の疑惑を含んだものなのかを精査しなければならないし、疑いの芽は早急に摘まねばらない。
「…今すぐその手を止めた方がお互いのためと思うのだがどうだろう」
「どういう意味です」
「なるほど其方は自分の容貌に客観的な評価を下せないのだな良く分かったいいから手を止めろ」
さっぱりわかっていない様子で大人しく王命に従うのを見て、堂長以下の面々がカトレヤと同等かそれ以上に丁重に彼を扱っているのだろうなと思う。カトレヤがたまに俺もぎょっとするような単語を発する時しばしばそれを理解できずキョトンとしているので、過保護もほどほどにした方がいいと一度言った方がいいかもしれないが。
「……そのような邪推をするとお思いなのですか」
「前科があるからな」
「あれはお二人とも御小さくていらっしゃったときでしょう」
「この者を形容するにふさわしい言葉はあの時と今とまるで変ってないと思うが」
「…何の話でしょうか」
「陛下が、リナリア様と私が陛下とクローブ様が親密な仲なのではないかと疑っているのではないかと疑っていらっしゃるのでリナリア様がそれを否定されたのですけれども、陛下はかつて、お聞きしたことによりますと陛下とクローブ様が幼いころにリナリア様が同様のお疑いを抱いていたことを指摘していらっしゃいます。ちなみに私はお二人の仲には全く興味はなく、ケーキを食べて具合を悪くする方を目にしたのが初めてだったため困惑した表情になってしまいました。御無礼を」
「は?!」
せっかく我々が言葉を濁して討論していたというのに余すことなく説明をしてしまうあたりこの令嬢、ソリダスター家の名に恥じぬ生き様である。おかげでラルゴは自らにかけられた嫌疑に衝撃を受けて固まり、そのような疑いを一度は抱いたことがあると暴露されたリナリアは居心地が悪そうにし、俺は彼女が無礼だと思う部分がどこかずれているのを指摘するべきか否かで頭を抱えた。
実際リナリアは俺とラルゴが何というかまあそういう仲なのではないかと疑ったことがあるので、俺がそれを考慮した反応をするのは何も間違っていない。
あれは俺が10に満たない年の頃、ラルゴが欲しがっていた薬効のある花が王城の中庭にあったので花束になるほどの量を摘んで渡していたところをリナリアに目撃されたらしい。彼女はその場で詰め寄ることはしなかったもののそれほど時間を置かずに扇を握りしめて突撃をくらわしてきたのである。
「へいかのうわきもの!!わたくしにはめったにお花をおくってくれないくせに!!!」
「ちょ、い、いた!リナちゃ、おちつ、いてっ!!」
「どうせわたくしはとしまですわ!!目つきのするどいかわいげのない女ですわ!!!へいかだってわたくしよりさきほどの方のようにかわいらしい方がお好きなのでしょう?!!」
「イベリス『としま』ってなに??!!」
「……恐らく『年上』、という意味でつかっていらっしゃるのだと思います」
よく意味も分からないまま「あいつもオレより年上だ」と言って宥めようとしたところ、「あいつ、だなんて、どれだけしたしいんですの??!」と更に扇が叩きつけられ薄紅の目からぽろぽろ滴がこぼれ、痛いやら心臓に悪いやらでパニックに陥った俺は、見かねたイベリスによって安全地帯に避難させられ、泣きじゃくって止まらないリナリアが年上の甥っ子に淡々と事情を説明されるのを訳もわからず眺め、今後は特に用事がなくても花を贈ろうと決意したのであった。
「――あの頃は本当に可愛かったな」
「何を仰っているんです」
「今も可愛いけどな」
「…何を仰っているんです」
抱えた頭はそのままに思ったことを口にしたらどこか慄いた声が聞こえてきた。声の主への感想ではなかったのだが、訂正するのも面倒でなおかつ彼の容姿への形容としては何一つ間違っていないのでそのままにしておこう。
「庭園は楽しめたのかね」
「ええ、見事でしたわ」
「それは重畳」
「陛下はご覧になりましたか。よろしければクローブ様と一緒に行かれては?」
「先ほどの会話の後でその提案ができる其方をどう称えればよいのかわからんよ、アカンサ嬢」
やっぱり訂正しておいた方がいいかもしれない。
再び何とも言えない表情をしたリナリアと盛大に顔をひきつらせたラルゴといつも通りにきょとりとしたアカンサ嬢を見ながらそう思った。
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「勧めに従って散策にでも行くか?」
「冗談でもやめろ」
「俺は行かんよ。使いたい薬草とか毒草とかあったら勝手にとって良いぞ」
「王城でそう簡単に毒草が見つかっていいのか。何よりお前から目を離すわけにはいかない」
「おーおー熱烈だこと」
「……お前な」
何とも言えない空気のまま茶会は終了の時刻となり、アカンサ嬢の送迎を請け負っているリナリアとデンドロビウム家の使用人たちを見送った俺たちは執務室に戻る道中益のない会話をする。イベリスが相手だと基本的に独り言になるので何とも新鮮な気持ちではあるが、一々真面目に返す必要はないのではないかと思う。先ほどのあらぬ疑いだって軽く流してしまえばそれで終わりになるだろうに生真面目に受け取って否定する根拠を並べているのが逆に真実味を増していると教えてやった方がいいかもしれないが、流すという手法は軽薄と名高い俺だからこそ使える手立てなのかもしれないので口をつぐんでおこう。
「従兄殿の用件が終わるのと先ほどの嫌疑が噂になるのと、どちらが早いか、それが問題だ」
「くだらない」
「まあ口に出して無いだけで疑いを持ってる輩はそれなりにいるだろうから問題ないか」
「大有だろうが!」
少し気に病んでいるようなので気を紛らわしてやろうと思って言ったことがどうにも逆効果であったらしい。先ほどよりもずっと切羽詰まった様子になってしまった。ついでに礼儀正しく模範的と評される人間が砕けた口調で話していることも仲を疑われる一因ではないかと言おうかと思ったが、これ以上追いつめても可哀想だし何より以後かしこまった口調だけで話されても肩がこるのでこれもまた黙っておくことにした。
他者を思いやりつつ自分本位に生きる、それが俺の信条である。
「別に害はないだろうに。あ、お前まだ特定の相手決まってないか。害あるな。」
「…そんなに落ち着き払っている理由はなんだ」
「何をどうしようがそういう噂は立つもんだろう。イベリス相手でもなんやかんやと言う輩はいたが奴がいつも通り全て無視していたらそのうち止んだぞ」
「説得力しかないのも考え物だな………」
ほっとしたような更に困惑したような表情をしたのを見て、「そういう噂が立つ根本的な問題は誰にでもそれなりに愛想の良い国王が、その実結構好き嫌いが激しく傍に置く人間が少ないことを城内の者が皆知っていることだ」と言ったらどんな反応をするのか少し気になってしまった。面倒な仕事を押し付けられた上に厄介な誤解に巻き込まれた人間を、さらに追い込んでまで知りたいことではないのでこれもまた口にはしない。
「まあ、この件に関わらずあまり長いこと僕が務めるのも無理があるが。イベリス様が何をしているのか、聞いているのか?」
「聞いてはいない。が、見当はつく。大方爺さんが騒いだのを押しとどめるのに手を焼く叔父上の手助けをしてるんだろう」
「…前セントポーリア公か」
「以前、何番目かの孫を押し付けられそうになってなかなか手酷く断ってやったのを根に持っているんだあの爺」
「唐突にソリダスター伯から側妃を迎えることになったことがお気に召さなかったと?」
「そんなとこだろうな。それもあって嫌だったんだが、まあこうなったらどうにかして黙らせてもらうしかない」
主君とその生母の実家の確執に話題が移ったところでようやっと顔色が戻ってきた。あの顔色のままで家に帰らせたら、過保護どもにまたくだらない因縁をつけられるところである。是非ともこのまま憂いなく過ごしてもらいたい。
「カトレヤとのことを頑なに否定するのも、それが原因か?」
「お前も大概頑固だなぁ……」
「辺境伯家でも意に反するのなら、あれは言うまでもなく反対されるというわけか」
「それで納得できるならそれで構わんよ」
「……違うのか?」
「さてどうだろう」
「シオン」
軽く流して終わらせる作戦は失敗したらしい。ふざけてないではっきり答えろとでも言うような視線を受けてしまう。馬鹿正直に理由が違うということを告げなければもっと簡単に終わったのだろう。気を許すと決めた人物に対しては正直ではなくとも嘘はつかないというのが信条であり、この件に関しては俺の口から理由を言えずとも気づいてもらいたいところなので致し方ない。
しかし。別にふざけているわけではないのにそう見られてしまうのはこの色味の薄さのせいだろうか。おそらく同じ色合いを持っていたであろう生母には「儚げな」という形容を与えた一方、俺に対しては「軽薄な」といういらぬ飾りを押し付けてくるのはなぜなのだろう。これが男女差別というやつか。
・・・それはまあ、ともかく、
「女に花を贈ったことあるか」
「急に何だ」
「あれ、種類だけじゃなくて色と本数にも気を付けないとえらいことになるぞ」
「……花言葉?」
「そう。贈る側が特に意図なくしていたとしても、受け取った側が何らかの解釈したらそれが事実になるわけだし、周りの人間が解釈したこともまた事実として認定されるわけだ」
「要するに何が言いたいんだお前は」
「カトレヤのあれも、それと同じなんじゃぁ、ないか、と、ね」
何とか平易な例えをしようと試みたがどうもうまくいかなかった。丁度綺麗に咲いていてきりがいいからと15本の黄色いバラを贈って幼いリナリアを泣かし彼女の両親と兄姉を激昂させた経験から話を持っていこうと思ったのだが、なぜか相手の顔が険しくなっていくのを見て言葉が尻すぼみになっていく。
「あいつはお前が花を贈るのと同じような頻度でああいったことをしているわけか」
「違う違うそっちじゃない!しかも俺はそんなやたらめったら花贈ってないぞ!!?」
「じゃあ何だっていうんだ!あと婚約者殿によく贈っているだろうが!!」
「あれは仕事だからカウントするもんじゃないだろ」
「え?」
「『え?』?」
急に無表情になられると困る。婚約者に贈り物をするのは当然の責務である。一々回数を数えて誇示するものではない。そう言うとさらに無が深まる。何もないのに深みがあるってどういうことだ。
「……どういった点が貴方の例えと同じだと仰るのですか」
「した相手の意図が完全に分かるわけではないが多少予想できているし、少なくとも周囲が騒いでいるようなものではないと私は受け取っているから勝手な解釈して文句を言われても困る、ということだ」
「あまりわかりやすい例えではありませんし答えになっていません」
「確かにそうであるな」
無を深めたついでに臣下としての姿勢をとることにしたらしい。反射で堅苦しい口調で返してしまうのは職業病というものだろうか。多分違うな。
そんなことを思いつつ他の言い様を探して悩んでいると、執務室が近いことに気付く。扉の横には要らないと何度も言っているのに立派な花瓶に花が活けられている。碌に腹の足しにならないのに育成に手間ばかりかかりそのくせ長持ちしないというのが俺の花々に対する評価である。これを口に出すとなんて情緒のないからはじまりちょっと待て一体いつ食べたで再加熱するお小言が発生するので言わないのが賢明である。因みにあまり旨くなかった。
何とはなしに見つめれば、見事な赤が目に入る。その鮮やかさに引き寄せられたのか。
――ぱっと下りてきた閃きに流れを任せることにしよう。
「そもそもその問いに答える責務はないな」
「…それは、そう、ですが」
「それでもあえて問うと言うなら私にも考えがあるぞ?」
ついと赤い花弁をつまんで1枚引き抜く。そのまま相手の顔の前にぴたりとかざす。殺傷能力など欠片もないものだが、なぜかラルゴは硬直した。
「――――全身全霊を持って口説きにかかってやる」
「…仲を勘ぐるなというご命令に矛盾しているかと」
「相手がカトレヤだとは言ってなかろう」
にっこりと笑みを深めてやると明らかな恐怖の色を示してくる。俺の家臣どもはなぜこんなにも人の笑った顔を見ておびえるのだろうか。今回は脅しの意味を持っているので意図と結果の関係としては適切であるのだが、なかなか失礼な話である。
「其方が相手だ、ラルゴ=クローブ」
「…………………………………………は、」
恐怖が驚愕に塗り替わったのを見て取り、かざしていた花弁をひょいと咥える。にっとだめ押しで笑った後に唇をなぞる舌の動きで口の中に放り込む。流石に丸呑みは厳しいので数回咀嚼してのみ込んだ。やっぱり大して旨くない。ジャムや紅茶の材料であるから少しは期待したのだが。
一連の動作を見て完全に動きを停止した人間を相手に話しかけても独り言と変わらないかもしれないなと思いつつ、釘をさしておく。こういう脅しは相手に自分が如何に本気かを分からせる必要があるのだ。
「其方への言葉ならいくらでも出で来ような、ん?」
これでこの花にトラウマを抱いたら今後の彼の交友関係に何らかの影響が出るかもしれないが、似たような花言葉を持つものはいくつかあるのでまあ何とかなるだろう。
望みどおりにきっちりかっきり脅しができたので満足して執務室に入ることにした。補佐役代理はしばらく動けないだろうから、のんびり書類に目を通しておこう。
あの女の肖像画を見せられて以来久々にすっきりとした気分である。
――やはり自分の思い通りに事が進むというのは素晴らしい!
陛下が楽しそうでなにより。




