1.11
我が執政官は大層仕事が早い。
そのことを再度認識しつつ、向かいに座る親子を見る。流石に今日は俺の私室ではない。そんなところで話をすれば、目の前の男の胃がねじ切れてしまうだろう。普通の感覚の臣下は、さして親しくもない国王の部屋で歓談などしたくないのである。
「猶予をもうけるといいつつ、呼び出してしまってすまんな」
「そのような、謝罪すべきはこちらでございます故…」
今の、通常の目通りに用いる部屋でさえこの様子である。リナリアと一緒に平然と俺の部屋で彼女を口説いていたこの令嬢と、本当に血がつながっているのだろうか。くりくりとした青い目と鮮やかな金髪がこの2人のつながりを証明してはいるものの、中身はまるきり違うようである。
「手短に済まそう。御息女はどなたかと婚約などはしていなかったな?誰か将来を誓った相手は居るか?」
「――居りません、が、そう、だな、アカンサ」
「ええ」
「ふむ、なら問題はないかね」
にこりと笑いかけると父親の方は静かに色をなくしていく。毎回笑いかけるたびに血の気引かれるのは何とも言えない気持ちになるが、いちいち気にしていたらきりがない。
「まあ少し準備期間が短くなるとは思うが、リナリアとも仲睦まじくやっているようだし、そう言ったことはあの者に任せておけば間違いなかろう」
「デンドロビウム家の御令嬢とうちの娘がどういった経緯で仲睦まじくなりましょうか」
「それは余も知りたいところではあるがね」
本当に、その点については俺も知りたいところではあるが、どうもあの3者面談の体を装った2人だけの会話の後、リナリアとアカンサ嬢は数度茶会などで交流していたらしい。この令嬢と会話を成り立たせるリナリアがすごいのか、リナリア相手に物怖じしないこの令嬢がすごいのか。
「…これが沙汰というわけでございましょうか」
「沙汰などと」
非常に顔色を悪くしながらも確かに抵抗の色を見せる男に思わず笑ってしまう。これが娘を持つ父親と言うものなのだろうか。俺は娘ではないし、父親も母親も生まれてすぐに儚くなったためにそういった感覚には疎い自覚がある。
「無下に扱う気などない。そのような顔をするでないよ」
「陛下に限って、そのようなことを案じているのではありません。これは、一般の令嬢とはいささか毛色が違います」
「官吏の登用試験を受けたいと言っているそうだな。成績もよいと教師人が申しておったよ」
どうやら絵画の道に進みたいわけではなく、父親と同じ職に就きたいらしい。この間の会話から一般的な知識が欠けていると思いきや、筆記は大層成績がいいそうだ。おそらく持っている知識同士が結びつかないのだろう。俺の前の王がアスターであり、アスターの弟がその次の王であることを知っているのに、俺の姉が誰がわからなかったように。
「まあ、どうしてもその道に進みたいというなら、無理を通す気もないが」
「…どうなんだアカンサ」
「どう、とは?」
「お前の話をしているんだこのバカ!」
相も変わらずきょとりとしている。父親は今にも死にそうな顔をしているというのにのんきなものだ。仕方ないからかみ砕いて説明してやることにしよう。
「アカンサ嬢は何があってもお父上と同じ官吏になりたいのかね?」
「いいえ、何があってもと言うほどでは。ただ、私の気質では妻としてくださる奇特な方も見つけ難いだろうというのが家の中での見解でして、私も、まあそうでしょうねと納得する部分もありましたから。兄が家を継いだ時に邪魔になっては困りますでしょう?それなら宮仕えが最適かと思いまして」
「では、余の側妃になる、というのはどうだろう」
「まあ、リナリア様と同じお話をなさいますのね。お二方は本当に仲睦まじくていらっしゃいます」
「――お前、そんな話があったのならなぜ言わないんだ!」
「リナリア様があまりに可憐で、それ以外のことをつい忘れてしまいましたのよお父様」
「リナの話はあとにしてくれ」
「まあ可愛らしい呼び方ですわね、リナリア様にぴったり」
「アカンサ=ソリダスター」
話がリナの可憐さに移りそうだったので致し方なく低い声で名を呼ぶ。父親の方は大げさと言ってもいいほどに、娘の方はわずかに驚いたそぶりを見せる。常はわざと高めの声を出しているので少しでも低くなると不機嫌だととられがちだが、皆俺が17も間近な男であることを忘れてはいやしないだろうか。男にしては高い声なのはラルゴの方で、それを指摘すると不機嫌になるのも彼である。
「余としては2点、其方に確認を取れれば側妃に迎え入れようがどうだろうが構わん。後は其方がどう思うかに任せる。無理強いはしないし、したいとも思わん」
我ながら随分な言い草ではあるが、もう何だかいろいろ面倒になって来たのだ。
どうしてあの女は死んだ後10年も経ってこんな騒動を巻き起こすのだろうか。
「1点目。余はおそらく夫として望ましい者にはなれない。それはリナリアも承知しているし、そうであるからこそ余は彼女を后に選んでいる」
もちろん、適性や家の兼ね合いも考慮しているが何より大事なのはこの点である。
「それはどういったことでしょう」
「其方の言動を見ている限り好意があるとはとても思えないが、万一余に愛を求められてもそれは返せないということだ」
「…リナリア様は、どうなのでしょう」
「彼女も承知と言っただろう」
若干、小鳥の表情が険しくなったような気がする。まさかこの短い期間にリナの本心に気付くとは思わなかった。意外と機微に敏いのだろうか。いずれにせよ、この点は揺るがない。
「とてもアルディジア様を祖とする方のお言葉とは思えません」
「アカンサ、」
「余は彼の女神の信奉者だが体現者ではないのだよ」
「仰る意味がわかりません、リナリア様は」
「リナのことは置いておけと言うのがわからんのか、余は其方のことを聞いているのだ」
「どちらでも、構いません。王命ならば従うのみです」
「アカンサ!」
どう好意的に見ても俺に食って掛かっている様子のアカンサ嬢に父親が慌てて声をかける。別にそんなことでどうこうしようとは思わない。リナと俺の間でとうの昔に完結している話を赤の他人がとやかくいうことの方が気に食わない。
「ならばよい。2点目だ」
「陛下、私のことよりも」
「其方はなぜ『恩寵』という題目にアスターを選んだ」
苛立ちからやや大きな声を出してしまった。あとでイベリスに注意されるだろうが、今は、本当に、どうでもいい。
「前にもお話しいたしました通り、彼の御仁が最も『恩寵』に相応しいと思ったからです」
「何故?確かにあの女の見目は良かったが、それだけで恩寵などという大層なモチーフに選ぶものかね」
同じ顔でよくもまあ言えるものだと自分でも思うが、美醜に関しては俺個人の責任ではないので気にしないでおこう。この場にいる者もそんなことは気にしていない。なによりこの会話の方がよほど重要であるとの認識であろう。
「あの場は、いたときは気づきませんでしたが、きっと恐ろしい場だったのでしょう。周りの人々が何を言っているのか幼い私にはわかりませんでしたが、一緒にいた兄が、兄の様子からして、聞くに堪えない言葉もあったのだと思います」
青い瞳に炎が見える気がする。義憤だろうか、でなければこれほど真っすぐな色合いにはなるまい。俺を灼くにはいささか温度が足りないが。
「それでも、あの御仁は笑っていらっしゃいました。ですから、『恩寵』です」
「笑っただけで?観衆たちへの嘲笑であったかもしれぬだろう?」
「いいえ!あれは、」
声を荒げそうになって、とっさに息を吸いこんだようだ。こうも炎を向けられてはごまかしようがないが、一応貴族令嬢としての嗜みを意識しているらしい。
そうして何拍か呼吸を置いて、ようやく再び口を開いた。
「あれは、何もかもをお許しになる、そう言ったお顔です」
少なくとも私にはそう見えました、と静かに締めて小鳥は黙した。
かつてこの城にいた鳥に本当によく似ていると思う。あれも日頃は大人しいのに、何かのきっかけで大きな声で囀っては城の者たちを驚かせていた。
「そう、か」
勢いは幾分か和らいだものの相も変わらずこちらを灼こうとする青い閃きから目を逸らさずに、ふぅと息を吐く。他の人間もいるはずなのに、やけにその音が響く。
「――そう思うのは結構だが、あまり人前では言わんほうが良いだろうな」
「それは言うなということでしょうか」
「わかっているならいちいち聞くでないよ」
面倒さを隠さず応答する。父親の方はもう蒼白になっている。可哀想に、今の会話によって娘に他の選択肢がなくなってしまったことに気付いてしまったのだろう。
「細かい話は後々ということにしよう。伯には余の方から文を出す、其方らも一旦戻るが良い」
「――かしこまりました」
「陛下、」
父親の方は大人しく項垂れたというのに、小鳥はまだ元気である。実際、あまり興味もないのでそのままの意を含めて視線を送る。
「先だっては陛下の御姿を描きとどめたいと申し上げましたが、取り消させていただきます」
「それは願ってもないことだ」
「似ていらっしゃると、思ったのですけれど」
「気のせいだったかね」
「いいえ」
静かに瞬いて、言葉は続く。
「似せていらっしゃったのですね」
この言葉には、つい吹き出してしまった。わざわざ指摘することに何の意味があるのだろう。この言動も瞳の奥の炎と同じ理由で引き起こされているというのなら、これほど愉快なこともない。
絶え間なくこみ上げる笑いに体を揺する俺を、アカンサ嬢は何の感慨も浮かべずに、彼女の父はこれ以上にないほど顔を白くし、少し離れて俺の後ろにいるイベリスはきっと、いつもの通り静かに見つめているのだろう。
「其方は賢いのかそうでないのかわからんな」
「そのように仰るのは陛下が初めてでございます」
「よいよい。愚か者は嫌いだが、そうでないなら構わん」
笑いすぎて滲んできた涙を指ですくいながら立ちあがる。
「リナは其方を大層気に入っていたよ。仲良くしてやってくれ」
返事を聞く気もないしきっと返されもしないので、そう言い置いて部屋を出る。
しばらくすると娘の言動を叱る父親の声が聞こえてきた。こちらもそろそろ説教の時間かなと、イベリスを見るとただ静かにこちらを見つめるばかりである。
はて、どうしたのか。
「ご自分ではお気づきではないのですか」
「何が?」
「ご自分がどんな顔をしていたのか」
「鏡も無いのに見えるものか」
「それもそうですね」
言うだけ言ってどんな顔だったのか教えるそぶりもない。きっとひどい顔をしていたのだろうから、知らなくても別に構わないのだが。
そう思っていたというのに、
「――あの絵の表情によく似ていましたよ」
どうしたってこの男は淡々と事実を述べて、身動きを取れなくする。
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