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8. 知らないこと

 この世界には無限に可能性が散らばっていて、どんな未来も選びとれるのだという。それは半分正しくて、半分間違い。だって、可能性は無限でも、理想の未来は自由に選択できない。だったらその可能性を運用可能なエネルギーに変換して。確実な未来を築いてやろう。そのために可能性は殺す。可能性を持つ人間を殺す。結果として世界を救う。邪法、かもね。っていうか邪法だ。けれど正しい。大義の下、聖らなるほど邪にまみれている。それが人間のやり方だから。それに、どこのだれだか知らない人間を間接的に殺したって、罪悪感なんか湧くわけないし。


 そうだよね?


 最近、あたしの心はちょっとばかし不安定。


「あの、七瀬さん? 小テスト、後ろに回して」


「……ああ。ごめんね。ぼーっとしてた」


 あたしの前の席の、名前なんだったかな、まあいいや、その子は穏やかに笑って前に向き直った。そうだ、たしか、茶道の家元の子だった気がする。どうりでおしとやかなわけだ。偏見だけど。


 あの子もああなる前は、こんなふうに普通に過ごしてたのかな。


 あの日、あたしは手元の残存エネルギーを全て使ってあの子から退避した。あの子。ヘキサグラム。六芒星の魔法少女。あたしが七瀬マホロであるように、あの子にも名前があったのだろうけど、あたしは知らない。

 コンパクトの表面に入力したパターンは、風圧・加速度に対する身体防護と最高速の空中移動。初速からマッハ1.2で移動したあたしはほぼ瞬間移動したに等しい。あの子の放った光の矢を一キロほど離れたところから見た。見当違いの方向に放たれたそれは夜の空を引き裂いて、稲妻よろしく刹那の間に世界を照らした。矢の軌跡は白濁して砕け散る。じきに雨が降った。上空の急速な冷却は天候すら変えたらしかった。

 神様みたいだ。

 古いビルの屋上に降りたあたしはぼんやりその様子を眺めた。畏怖は、信仰は脅威に宿る。ジュピターを空想した悠久のひとたちと、あたし、たぶん、おんなじ気持ちだった。

 でも、(そら)からふと視線を戻したころには神様はもういなかった。ひとの姿をなくしてしまったあの子は。魔法少女の罪を咎めた魔法少女は。きっと信仰をなくして、奈落に墜ちてしまった。


「――サポートシステムだけを帰還させるなんて! 何を考えているんですか」


 タクシーをつかまえて本部に戻ると(それなりの運賃だった)、いつも冷静なクリスさんがなかなかに怒っていた。けど、怒られるのも理不尽。あたしが文句を言う側だと思う。ルーシー、あたしを置いて勝手に本部に戻ってたって言うんだから。


「…………………あ………………………………………………もぅ…………………………………………れを…………………………」


 助け舟を出したのはシャヘルさんだった。相変わらず声は聞き取れなかったけど。


 シャヘルさんが示したのはルーシーの動作記録。

 ルーシーには魔法少女プライマリーコードと本部まで同行した記録が残されていた。


「つまり」


 かつん、とクリスさんのピンヒールが床を叩く。


「サポートシステムの誤作動ということですか? マホロ以外のほかの何者かを魔法少女として認識し。それをナビゲートした、と?」


「……かっ……………………………………………れ…………」


「サポートシステムには修正を加えたでしょう。マホロにもヘキサにも我々のシステムを欺くほどの撹乱能力は――」


 顔を上げたあたしは、はっとしたクリスさんと目が合って察してしまった。

 あたしには隠されていること。

 あたしに知られると都合が悪いこと。


「マホロ。席を外してください」


 あたしはひとつ頷いて、ちらりとシャヘルさんを見た。やっぱり申し訳なさそうな、今にも平謝りしそうな、そんな雰囲気。

 ルーシーは、また調整中だから、あたしはひとりでラボを出た。未だ未知の広がる機関本部の廊下。これは疑念なのか、不安なのか、好奇心なのか。


 英語の小テストの空欄を埋めながら、頭の隅で考えるのはやっぱりあの日のこと。


 Curiosity killed the cat.


 空欄補充して完成した諺に目をとめる。

 好奇心は猫を殺す。警告みたい。戒めみたいね。あたしに対して。まあ、そうかな。こんな調子だと死ぬかも。あたしの小テストの点数が。


 ***


 学校からの帰り道、いつも通り高等部の前を通って構内の並木道へ抜ける。

 雰囲気がおかしかった。さめざめと泣いている、高等部の黒地のスカートの先輩。慰める先輩たちも暗い顔をしている。女子生徒だけではない。男子生徒も。やりきれないような、吹っ切れたようでやっぱり悲壮な面持ち。この空気、知ってる。告別式だ。

 誰か亡くなったのかな、とあたしはそれとなく周囲の声に耳を傾けゆっくり歩いた。


「――だって、信じられないよ。昨日まで普通だったじゃん」


 あたしは耳だけを傾けたまま。まっすぐ前を見ている。


「日付が変わる直前まで、私、マヤと電話してた。二小節目、やっぱチェロだけ合わないねって。なのに電話切って、日付変わった瞬間なのでしょ。なんでマヤが死ななきゃならないの。突然死って――……」


 高等部のマヤ、という先輩は、それはそれは有望な指揮者だったらしい。きっと輝かしい未来が待っていたんだろうな。あたしはよく知らないけど、すごく大変なんだよね。タクト振るのって。


 あっ。


 昨日のあたしがコンパクトのボタンを操作したの、きっかり深夜零時だ。


 いたたまれない空間を、秋風がさあっと通り抜けていく。

 この学園は才能に溢れている。未来への可能性はここに満ちている。でも、そんなことってあるのかな。この世界のどこかのだれかを殺して明日を救うこと。そのどこかのだれかが、奇しくも同じ学園のひと。

 明日、クラスメイトを殺してしまうことはない、なんて。だれが証明できるの。


「……あたし、なんにも知らないや」


 季節外れの蝶を視界の端にとらえて、あたしはルービックキューブ型のキーホルダーをぎゅっと握った。

次回、知らないことだらけのマホロの日常の裏側で動き出す「絶対的権力者」について。

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