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7. 異形に捧ぐ

 あたしはルーシーの提示した情報に思考を止めて、ついでにバランスを崩して空から落ちかけた。


 魔法少女?


 あたし以外にもいるってこと。

 確かにカガセオ機関で、他の魔法少女がいないとはきいてないけど。けど。これってどういうことだろう。どうして魔法少女が魔法少女を狙うの。わからない。わからない。わかんないよ。

 夜の空気を切り裂きながら、あたしを努めて冷静にルーシーに告げた。


「クリスさんに緊急回線、つなげる? ていうか、つないで」


 けれども答えは無情にも。


『オールドコードとの混線が見受けられます。通信は不可です』


「……もう! ケータイは変身とかないと使えないし……じゃ、可能な限りそのオールド? とかいうやつの情報! 出して! ――ひっ」


 痛いくらいの冷気をはらんだ光弾が腕を掠めていった。アームカバーのその部分が焼ききれたみたいになっている。直撃していないのにじんわり痛む。じくじくする。まるで呪いみたい。


『ヘキサグラムは第三世代初の魔法少女です。現在とは異なりその重要性が明らかでなかったため、精神適合性のクオリフィケーションリサーチを省略し選定されました。第三世代魔法少女の目的である高次エネルギー回収は概ね成功。しかしながら精神に破綻が見られ、ターミナルコードの発現可能性はゼロに等しいと推測されました。機関は当該魔法少女、ヘキサグラムの破棄を決定し――』


 淡々と告げられる情報はもちろんあたしの知るはずのないこと。そして、それとなく感じる、あたしはきっとこれらを知るべきではなかった、ということ。提示される情報をそのまま飲み込んで、理解はできない。言葉の端々に隠れた不穏。それを感じ取ってあたしは落ち着かない。


『――は、行方不明となったヘキサグラムの追跡調査を終了しました』


 行方不明。

 破棄。

 破綻。


 嫌だ。やだ。考えたくない。考えるべきじゃない、けれど。

 

「――魔法少女ってなんなの?」


 世界を侵略せんと次元を超えた黒い化物を討つ、神秘と不思議の正義の味方。そのための些末な犠牲は厭わない。今、あたしたちの生きる世界が傷付いていくよりも。不確実な未来を願うよりも。今を存続させること。明日を確かにすること。先の見えない世界に暁をもたらすこと。

 それは正しいはずなのに。


 高速道路の上空。地上を見下ろしたのはひとえに風の流れだ。それはまっすぐ下方に投げ放たれたらしかった。あたしはそれを見送って――ナトリウムランプに照らされた自動車のひとつが透明に(・・・)爆発した。


「……な、んで」


 それは一度、確かに火の手を上げたのだ。

 ただ、そのあと刹那のうちに透明な花が咲いた。凍りついた。凍りついて爆発を封じ込めた。そんなことって、あり……?


「――おしえてあげる」


 あたしのミスは、そこで足を止めてしまったこと。

 彼女の声に耳を傾けてしまったこと。


「あなたは、犯罪者」


 目の前に現れた彼女と目を合わせてしまったこと。


『マホロ、撤退を! 最高速で一度距離を――』


 ルーシーの声が聞こえなかったこと。


 それだけに、彼女の声は。目は。纏う気配は。

 狂気に満ちていたのだ。


「ねえ? あなたも――罪を償って」


 両手を広げた彼女の回りに出現する大小無数の六芒星。光り輝いて、あたしは反射的に距離をとる。とってよかった。仄青い閃光の後、あたしのいた一メートル四方はバカでかい氷柱に占拠されていた。その氷柱が砕け散る。無数の氷礫の向こうで彼女が嗤っている。


「――あがなえ」


 あたしはさらに上空へ舞い上がった。ほとんど本能的な行動だった。敵意。殺意。膨れ上がった憎悪。それらから逃れたくて、あたしは宙を蹴って跳躍を繰り返す。憎悪は氷礫の形をしてあたしに降り注ぐ。逃げ惑うあたしの耳に届く嗤い声はうら若い少女のものに違いなかった。


 きっと、あたしと同じくらいの。


 ウェーブがかった野晒しの長髪は、もしかしたらかつては豊かな黒髪だったのかも。灰色になったそれはさらに不自然に変色して青みがかっている。距離をとっても光って見える蛍光色の瞳はとてもこの世の生命体とは思えない。そんな異様な少女が身に纏うのは真っ白な軍服のような衣装。翻す鮮やかな外套とまとめてボロボロだった。


 破棄。


 ルーシーの言葉がよみがえる。あの子は捨てられた? あの子は、魔法少女だったの。


「……ルーシー?」


 魔法のビスマス結晶が見当たらない。でも探してる余裕もない。氷礫は次から次へと翔んでくる。当たれば鋭く切れるし火傷みたいな痛み方をする。行動が制限される。動けなくなったらきっとあたし、殺される。

 ルーシーは残存エネルギーがないって言ってたけど、一か八かコンパクトのボタンを――


「ひとごろし」


 離れているのに、その声は奇妙なほどくっきりと届く。


「あなたは犯罪者。あなたは何人も殺して、殺して、罰されないとだめ。あなたが殺したの」


 氷礫が止む。あたしが反応する間もなく彼女が肉薄する。あたしはまたかろうじて手の届かない距離に遠ざかる。夜空の世界で対峙するあたしたち。月明かりに互いの姿を目視する。彼女の頬に浮かび上がる六芒星の紋様。ヘキサグラム。超常の祝福よりも呪詛の痕跡らしかった。


「わたしじゃない、の。わるいのは、あなた。でしょ?」


 この世界を救うために犠牲となっている人たちのことを指しているなら、仕方ないことじゃないか。

 そう、反論しようとしたときだった。

 かすかにきこえる、軋むような音。


「なんで」


 それはやがて彼女の悲痛な叫声に混じる破砕音になる。


「いッ――い、や」


 あたしは彼女の拒絶と、理法を超えた変化を見届けるしかなかった。


 変化、か。

 あるいは進化と呼ぶべきなのか。


 人間に天使の翼はコードされておらず、不要に突出する尾骶骨は退化し残滓がうかがえる程度のはずで。全身の細胞は生存のための機能存続を目的として自死と分裂を設計図ゲノムに従い繰り返す。


 きっと彼女のシークエンスは失われたのだ。


 白濁した片眼が肥大する。顔の半分が歪に軋む。鉱石のように無機化した眼球だったなにかを覆う手の指は長さも太さもバラバラで、いっそコウモリの皮翼に似ていた。外套が隆起して丸まった背中から白が生える。薄赤に汚れていたのは一瞬で、急速に成長したそれは無秩序に伸びたおびただしい骨の群れらしかった。禍々しい翼が広がり、端から剥落する。それでもなお彼女は変化することを止めない。変態、っていうのかな。この場合。あの角は骨なのかな。肉塊なのかな。

 変態に秩序はない。

 増殖に規則はない。


 あたしは彼女を生物として形容する言葉を持っていない。

 それでもなお彼女は人の言葉を紡いでいた。声は奇しくも少女のそれで。


「私はあなたを、ゆるさない」


 息を飲む。


 それはもはや人の形をなしておらず。

 月詠の紺碧に、神々しいまでの純粋な、呪いの化物。


 ぞっとした。


 敵意は世界へじゃない。

 あたしに向けられている。


「わたしじゃないわたしは殺してない悪いことしてないわたしじゃない生きてるの誰も死んでないのあなたが殺した死なせた奪っただから死ね死んで償えあがなえ」


 彼女の回りの光が増す。大小無数の六芒星と、ああ、あたし、それを知ってる。この世界に神秘を顕現させる、現世からの脱法手続き。那由多の演算式。


「死なないといけないのは、あなた」


 化物のからだで、肌を焼く光の弓をひいては、彼女は笑った? 神秘と不可思議の輝きに溺れて。ぐちゃぐちゃに崩れた顔で、どこか救われたふうに微笑んだ? あの子はどうして救われたかったの。どんな理由で苦しんだの。


「――ッ!」


 胸元のコンパクトを左手の人差し指と薬指でなぞる。間に合え。間に合って……!


 瞬間、足元に現れる真紅の演算術式の円陣。それを蹴りつけたのと、彼女が光の矢を放ったのは、きっと、同時だった。

次回、日常は崩れゆく

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