6. 強襲者
『Heart shot. Ready』
「――Fire !」
真紅の刃は今日も悪しきを断罪し綺羅の血飛沫を撒き散らす。今日のSコード(カガセオ機関はあたしが退治する化物をこう呼んでる。侵略者コードの略かな?)はタイプBeast、つまり獣だ。Mythほど規模は大きくないけれど、群れで現れて方々に散開するからたちが悪い。あたしの目に二トントラックサイズのコヨーテのように見えた黒い化物は総計十八体。あたしが十八回目のハートショットを撃つ頃には追いかけっこを始めて一時間が経っていて、少なからず一般人に被害を出してしまった。これはちょっと文句を言わせてほしいんだけど、対象が小さいと索敵がガバガバになる仕様、なんとかなんないの?
『本日のミッションは以上です。お疲れさまでした』
「はい、ルーシーも索敵おつかれさま」
皮肉っぽく言ってやったけど、相手は人工知能。暖簾に腕押しとはまさにこのこと。不可思議に浮遊するビスマス結晶はいつも通りクリスさんに連絡するよう指示しただけだった。
「あーあ、コートの裾ボロボロ。初めてこんなふうになったよ」
『問題ありません。それは魔法少女のコスチュームです。プライマリーコードに係る修復は何より優先されます』
「……ねえ、そのコードって何なの」
『…………』
やっぱり答えてくれないか。
あたしはやれやれとかぶりを振ってため息。さすがに今日は少し気疲れだ。
「もう帰ろ。変身解いてルーシーはキーホルダーに戻る」
『…………』
「……ルーシー?」
ルーシーはビスマス結晶みたいな体を絶えず組み替えながら、思案するかのように沈黙している。どうしたものだろう。あたしの魔法少女活動で唯一それらしいのが変身と変身解除なんだけど。ときに、キラキラの光を纏って変身すると地味な黒コートになるのは未だに釈然としない。
『――索敵が完了しました』
「は? なに言ってるの。もう化物退治は終わったじゃん」
あたしは首を傾げる。人気のない住宅街の小路。街灯を避けて暗がりに立つあたしはルーシーの次の言葉を待った。
『……解析困難な暴走反応、規模不安定……種別特定不能……――西方距離およそ五千、四千九百、四千八百』
「なっ……はあ……?」
『四千七百、四千六百、四千五百――』
無機質な声は淡々と迫り来る何者かとの距離を告げる。およそ新幹線並の速度。何者かは確実にこちらへ向かっているらしかった。
あたしはブーツの踵でアスファルトを蹴って、今にも沈みそうな上弦の月の方角を向いた。つまり、西方。
「オッケー、迎え撃つよ。敵なんだよね? クリスさんから追加の連絡メール来てないの変だけど」
『――当該対象に関する情報開示は許可されません』
「へ?」
『エマージェンシー。現行のプライマリコードの保護を最優先します』
エマージェンシー?
緊急事態?
保護?
あたしは頭上にクエスチョンマークを浮かべられるだけ浮かべた。だって、邪神みたいな化物を、悪い奴らをいくつも屠ってきたあたしに保護が必要って。どういうこと?
「ストック切れとか?」
閃いた可能性はコンパクトのスイッチを押すごとに世界のどこかで死ぬ誰かの用意がもうない、ということだったけど、ルーシーはあたしの言葉をまるで無視した。
『機関本部まで帰還してください』
「んな……けっこうあるよ? 距離」
『機関本部まで帰還してください。……マホロ。急いでください!』
話し方、なんかクリスさんに似てるよなあ、と思いつつもあたしは家ではなく機関本部へ向けて走り出す。
さて、最短ルートで本部へ行くにはちまちま走ってなんかいられない。公共交通機関なんて冗談じゃない。T字路のつきあたり。あたしはそこで夜空めがけて飛び出した。
夜に舞い上がる、浮遊感。
『残存エネルギーが残りわずかです。注意を』
「やっぱストック切れなんじゃん! つっても相手超特急だし……ルーシー、プロテクションかけて最高速はどのくらい出せる?」
『0.7秒が限界かと』
「しょっぱいな! 絶対追い付かれる……!」
あたしの出せる速度の限界でほんの一キロメートルも稼げない。本部まではまだ二十キロメートル以上。追い付かれるのも時間の問題だ。あたしが上空を移動する速度は均してバイパスの左車線と変わらない。そりゃあだって、化物退治に長時間の高速移動なんていらないしね。
『――マホロ。本部に対象を接近させないよう、迂回してから向かってください』
「えっ……まけってこと?」
『はい』
「んな無茶な……あっちのほうが全然速いんだよ?」
『最悪の場合、会敵のおそれがあります』
「おそれしかないよ……ねえルーシー! あたし、今何に追われて――」
そのタイミングで振り向いたのは偶然だった。
「――いっ!?」
速度を殺して右へ跳躍。あたしがいた空宙を突き破っていく淡い光弾と、冷気。
夜空に融けそうな距離に焦点を合わせた。
その姿はまだ、遠い。
「ルーシー」
即座に身を翻して夜空を駆け抜ける。冷たくなりつつある初秋の空気。風圧で呼吸が苦しくなる限界までギアを上げていく。
「教えて。あれはSコードじゃないよね? 黒くない。世界の破壊とかじゃなくて明確にあたしを狙ってる。ねえルーシー、あれは――」
『当該対象に関する情報開示は許可されません』
「でも!」
『許可されません』
「情報がないと何も対策できない! あたし、何よりも優先されるんでしょ? じゃあ優先して――!」
『――情報開示は許可されません。開示のためにはコード認証が必要です』
「融通効かないなあもう……! そりゃDamsel in Distressってガラじゃないけど、ちょっとハードル高すぎない? 優先されるべきならお姫様扱いっていうか? たまにはいいじゃんプリンセス! クイーン! エンプレス! レジーナ!」
自分でも何言ってるのかわからないけど、あたしだって不安で心苦しくて、それを解消したくてたまらない。犬死にしたくない。死にたくない。……じゃあ生きていたい? あ、ちょっとよくわからないかも。
そんなときだった。
あたしの視界の右端で、魔法のビスマス結晶が七色に輝いた。
『――特級コードを認証しました』
「……――へ?」
『当該対象についての基本情報を開示します』
あたしは知らなかった。
この魔法少女物語は思うより長く、終わりに近い。
『西北西距離三千。オールドプライマリーコード:ヘキサグラム。第三世代魔法少女です』
次回、彼女の正体。