3. 奈落のヘキサグラム
その廃墟は、かつて人が祈りを捧げ紡いだ聖堂だった。砕け散ったステンドグラス。破けて綿のはみ出た信徒席。蜘蛛の巣の張る十字架。折れた天使の翼は見る影もなく、路傍の石と変わらぬ石膏の塊だ。
「痛い」
少女の姿だって、かつてとは見る影もない。
「痛い。痛い。痛い。痛い。痛いよ。痛い。なんで? こんな痛い。やだ。痛い。痛い! いたいって、言ってんじゃん、いたいよいたいんだってばいたいいたいいたいいたいの! いたいのいたいの死ね痛いよ助けていたいやだなんでなんでなんで私なのなんにも悪いことして」
したよね?
止まった噴水の、水面に映る少女は確かにそう言った。違う。鏡像はひとりでにしゃべらない。幻覚だ。まぼろしだ。幻にそしられた少女は地に崩れ落ちた。
「うううううぅぅぅぅぅぅううあああああああああああああああああああああああ」
私は悪くない。
ちがうよね。悪いよね。
悪くない。わたしのせいじゃない。
あなたのせいだよ? あなたのせいで、もう、何人も、
「がああああああああああああああ!」
繰り返す自問自答に精神が壊れてしまっても。
壊れた精神が何度自傷を繰り返しても。
砕けた骨は何度でも再生する、切り落とした手首が腐り蛆に喰われる頃には新しい手が生えかけている、心臓を抉り出すために開いた傷で失神し、目覚める頃にはそれは塞がっている。幾度となく割れた額には血がこびりついて、片眼の白濁はとうとう直らなくなった。
「死にたいの」
しにたいの?
「ふざけんな!」
爪の剥がれた指先が土埃の床を這う。
「なんでわたしが死ぬんだよおかしいだろわたしのせいじゃないわたしじゃない痛いいたいいたいやだよぅ殺して死にたくない助けて助けないで誰も! だれも、私を見ないでください……ほっといて……いやだ、寂しいの……」
生への執着だけが少女を生き長らえさせていた。
呪いのように。
「パパ……ママ……どこにいるの……? なんでわたしのこと、探してくれないの」
呪いは確実に少女の体を蝕み、見るも無惨な姿に変えてしまっていた。異形の化物。失われた原罪。とっくに人間ではないのに、まだ人間であり続けようとしていた。
傷が塞がるたびに。
骨が繋がるたびに。
再生するたび、少女は「人間」をなくしていく。
彼女の三十一億対の塩基配列はもう人間を覚えていないだろう。
頬に刻まれた六芒星は、利己的な正義と純然たる憧憬だ。
明日への祈りは忘れられた十字架で呪いに変わる。