27. raison d'être
「――いとまごいを済ませてきたの?」
皮肉めいた物言いとは裏腹に、ショッキングピンクの魔法少女は春色に笑った。秋の黄昏の寂しい公園。そこだけ鮮やかに花が咲く。あたし以外の誰の目に映ることもない罌粟の花。あたしはさも平然と死者に頷く。この世界に認められなくなってしまった少女に向かって、少し首を傾ける。笑う。きっとあたし、寂しそうな顔をしている。ごく自然に、代替物として正しく人間の機能を果たすあたしは、あとわずかでもとのかたちに戻るのでしょう。これは定められた偶然が生み出したたまゆらにすぎないのだという。
「またね、って言ってきた」
「そう。律儀ねー……」
「首尾は?」
「上々。んふふ、都合よく第三者が介入したみたいよぉ? 一番固かったセキュリティに穴ができたわ。おかげで場所はばっちり」
「やっぱり、本当にあそこに?」
「ええ。いくつかサブデバイスが設置されてるけれど、モジュールにすぎないわ。マホロだって残りの制限時間もわからないのに、山奥まで出向きたくはないでしょう? ――やっと回ってきたチャンスだもの。もう、逃がさない」
「……――そっ、か」
思うところとか、ないのかな。そんなふうに言うと、あたしの方が複雑な気持ちになる。いや、なってる場合じゃないんだけど。なぜって、あたしたちはこれからそれを台無しにする。滅却する。見方によってはとどめを刺すのだから。――シェリーの仲間だった、魔法少女たちに。
人智を超えた神秘の力の源流をこの世界に出力するインターフェース。制御装置。その正体について。それはイリーガルな転写による蓄積の結果だ。度重なるトライアンドエラーの転用。摩訶不思議の高次世界の理と、現代技術の融合。「カルテ」にも一部記されていた。
人体を構成する元素のうち、最も比率の高い個体元素は炭素である。
あーあ、とシェリーが残念がった。
「もしも燃やさないで売りさばけたら、市場が崩壊したかもしれないのに」
「宝石市場の?」
「大打撃よ」
遺灰ダイヤモンド、ってあるでしょう。カガセオ機関はそれと同じことを試みた。魔法少女の――実験の被験体のなきがらを、魔法のちから(第一質料と呼ばれているけれど、あたしにはしっくりこない)をたっぷり貯めこんだそれを結晶化した。一般に遺灰ダイヤモンドの製作は、遺灰から採取できる炭素量が限られるために小規模なそれに限られる。さて、機関がそれを許容したかといえば、否。機関はなきがらを火葬ではなくきちんと炭化処理して、固体元素を気化させることなく回収した。不思議なことに、魔法のちからは有機元素に偏向して蓄積される。さらには凝集する。原子の構成素粒子に紛れ込んだそれは未知の物性を発現させる。途方もない熱と圧力のエネルギーを与えて生成された結晶。その物質特性はムーアの法則をとうに超越して未来のテクノロジーを体現した。
量子コンピューター。
「加工品だってしかるべき場所に出せばなかなかの成果が出るでしょうね。こっちもほんッと惜しいんだけど、絶対に潰さなきゃいけないのよねぇ」
あたしだって存在を聞いたことくらいはある。実在は聞かない。理論に技術が追い付いていない。未だSFの粋を出ない。それをカガセオ機関は、シャヘルさんは作ってしまったというのだ。そのコンピューターはホロスさんの打ち立てた理論を忠実に実行し、この世とあの世じみた魔法の世界を繋げてしまった。この世界を俯瞰する高次元に存在するらしい神様。その力を写し取った。この世界に存在するはずのないそれを顕在せしめた。そのちからは、魔法の力は、――「第一質料」は凝集する。まるであるべき姿に戻ろうとするように。決められた形を模ろうとする。あたしたちが認識しえない、形而上の概念。高次世界における形而下の存在。強制的にロードされたそれは、有機と無機を行き来する相間移動触媒みたいに。原子に依存し肉体に溶け、感覚質に依存し精神に寄生して。形而下と形而上を往来して。
やがて形而上世界において、神のかたちを成そうとする。
「それじゃ、行きましょ。ホロスもシャヘルもいないなら地下施設の媒介結晶から燃やすべきね。制御装置を壊してからマホロと未加工の結晶が共鳴暴走なんて起こしたら手に負えないもの」
――そんなことないわよ?
「そんなことないよ」
一拍おいてはっとした。シェリーが不思議そうな顔であたしを振り返る。かくいうあたしも不思議な顔をしている。少し焦っている。口元を押さえた。乾燥して砂っぽくなった地面に視線を落とす。虫の死骸が横たわっていた。くすくすくす。声がする。頭の中、あたしの声で、別の意思を持って。
――あなたが壊れたら、わたし、ようやく――
「……マホロ?」
シェリーの藍の瞳があたしを覗きこむ。いぶかしげに、あたしの瞳の奥に棲む何かを探ろうとする。
あたしはひとつ大きくまばたいた。
「シェリー」
「なぁに」
「……もしもあたしが成ったら」
「そのときは私がなんとしてでもあなたを殺すわ」
淀みなく言い切るシェリーに、その人間らしからぬ様子にあたしはうろたえたものだった。もう理解している。動揺しない。それでもあたしは口の中を噛んだ。チリっとする
痛み。血の味がした。
「私が終わらせることが大事なの。私がマホロを生かすこと。私がxxxを殺すこと。私の関与しないところで完結するのはいけないの。そうでなきゃ、私は今度こそ『価値』も『存在』も失くしてしまうのよ」
価値と存在。
この世界に生まれるべくして生まれた生命には初めから付与されているもの。この世界の滞在許可証。シェリーは一度死んでしまった。パスポートを手放してしまった。だから再構築した。この世界に「存在「するための「価値」。きっとあたしもそうやって生まれてきた。価値を設定されてここにいる。
――よくわかってるじゃないの。なら、潔く消えてちょうだい。
わかってるよ。
わかってるけどさ。
「……なら、安心だね。シェリー。――先にコンピューターを壊そう」
「――いいの?」
「うん。あたしは大丈夫だから」
どんなに悪態つかれたって、信じられないくらい性格が悪いんだって告白されたって、自分勝手なこと、散々言われたって、ねえ、ナズナ。私の知らないところで変わらないでって、急に消えたりするなって、初めて見るひどい泣き顔だった。でも、嬉しかったんだよ。あなたの言葉。ずいぶんと上擦っていたけれど。
大好きだったよ、って。
それは誰でもない、マホロという人間に向けられた言葉。この世界に生きてきたのはあたしだ。無意識の沼の底に沈んだあなたじゃない。この世界に繋がっているのはあたしで、ナズナにもう一度会いに行くのもあたしなの。だからあたし、またね、って言ったんだ!
「――そう。なら、日が沈んだ頃に上ってまた夜景でも眺めましょう。今度はエレベーターも窓ガラスもなしだけど」
シェリーは満足そうに顔をほころばせた。大丈夫。きっと、大丈夫だから。あたしは存続する。運命も予定調和もありはしないの。ふと頭の中に響いていた「わたし」のひとりごとが静まりっているのに気付いた。これはあたしの意思だ。誰かに誘導されたものなんかじゃない。示唆されたわけでもない。誰も介入しない。そうでしょう。そのはずだ。信じて。信じたい。ナズナ。待っていて。
目標、地上二百五十メートル。東京タワー特別展望台。
――その、さらに上方。
秘匿された輝星結晶素子超電導量子コンピューター。その、破壊。
――その選択が間違っていたことを、あたしが後悔することはなかった。
更新空いてすみませぬ。
さいごのたたかい、どうぞマホロちゃんを応援してあげて下さい。




