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2. カガセオ機関

 中学校でのあたしの人間関係は非常に閉ざされたもので、友達なんてナズナくらいなものだ。律儀に覚えたクラスメイトの名前なんて、呼ぶこともないから脳の隅の方で小さく丸まっている。正直言えば、ナズナとさえ仲良くしておけば困らない。ナズナはいわゆる上位カーストに属する人間だ。この学園でのカーストは家の権力による。ナズナの家はこの国で上から数えた方が断然早い大財閥の本家。そんなナズナが懇意にしている人間に災いをもたらす人間なんていないというもの。中学生のくせに、子供らしくない? 賢しい? その通り。ここはアリストクラシーの代理戦争会場。きっとこの学園で一番権力を持っているのは、ついこの前入学したばかりの小学生の男の子だ。知らないひとなんていないだろう。


「王子さま、あっちこっちで大会荒らししてるみたいだねぇ。お家柄は最強。英才教育されてるんだろうけど、あれは血統なのかねぇ。天才って言葉におさめるには無理があるよね。魔法でも使ってるのかも」


 なんて、ナズナは考察をしてみせてやれやれと首を振った。


「――魔術書にレトリック化されるような精神鍛練を使用している可能性はありますね」


 というのはクリスさんのお言葉。


「レトリック?」


「古の魔術書に記述されているのは非現実的超常の魔術ではないのです。高度に修辞化された精神制御法。脳の無意識領域を意識下とすること。そうすることで他者より優位に立ち、あたかも魔法のごとく人を操る……雑念にとらわれず圧倒的な集中力を発揮する……従来の魔術とはそのようなものらしいです」


「ふぅー……ん? そう、なんですか」


 クリスさんは薄く笑って踵を返した。ピンヒールが大理石の床を叩く音が響く。


「はー……」


 あたしは薄暗いラボラトリーで手持ちぶさたに待機している。黄昏時になればここに来る必要がある。なぜならあたしは邪法……魔法少女だからね。


「暇だね、ルーシー」


 ルーシーはチェレンコフ光みたいな青い光のプールの中でスリープモード、調整中なのであたしに応えることはない。ルービックキューブの形をして、近未来的な装置の中で眠っている。AIに眠りという概念があれば、だけど。


 あたしが魔法少女にスカウトされたのは姉の葬式の日。他人事のように葬列を見送るあたしに声をかけたその人こそクリスさんだった。どこか黄ばんだ、蒸し暑い薄曇りの日。クリスさんは長身に長いポニーテールをなびかせて颯爽と現れた。蜜色の肌に切れ長の目、黒檀の髪。日本人というより東洋人、大陸の風を感じる風貌。口角は上がって目尻は下がっているんだけど、微笑というには冷たく不気味な表情だった。


「――マホロさん?」


 あたしはうなずきもせず黙ってその人を見上げていた。


「お姉様が亡くなられたのですね」


 あたしは無言でブラウンの瞳を見つめ返す。


「最後のご家族が亡くなられて、さぞ悲しいことでしょう」


 そんなこと毛ほども思っていなさそうな口ぶりだった。あたしもこれっぽちも思っていなかったけどね。

 沈黙を保ったままのあたしを見て、クリスさんは小さく「すばらしい」と呟いた。何がだろう。あたしはそこで初めて感情を覚えて首を傾げた。


「あなたには世界を救う力があります」


「あたしの家、軍事産業持ってないです」


「人間の、人間による、人間のための神を創造するのです」


「……宗教法人もやってないです」


「これを」


 クリスさんは金属製のケースから真っ黒なカードを取り出した。手渡されたそれを反射的に受けとる。一番星のごとく輝く金文字は、カガセオ機関。会瀬玖莉栖。なんて読むんだろう、かいせ……?


「名前はコードネームですし当て字ですのでお気になさらず。クリス、とお呼びください。私はカガセオ機関のエージェント。神の目撃者――ホロスの提唱する新しい世界に賛同した者」


「新しい世界?」


「正しい世界ですよ、マホロ。我々は明けぬ夜を許さない。未だ見ぬ暁に魅入られた者たち。あなたに意志があるのなら、その番号に是非お電話を。あなたはすばらしい才能を持っています。きっと、我々の悲願を達成する」


 胡散臭くてたまらない。あたしは名刺を曲げたり伸ばしたりしてもてあそぶ。存外頑丈、こんなところにお金をかけられるくらいには、資金力があるということなのかな。


「もしあなたが我々に協力して頂けるのであれば、我々はあなたへの援助を惜しみません。我々があなたの後見人を立て、一切の行政手続きを請け負い、今と変わらぬ何不自由ない生活を保証しましょう」


 あたしはぱっと顔を上げた。


「あたしは何をすればいいんですか?」


 そういうことは先に言え――と顔を上げたあたしの(おそらく)明るくなった表情を見て、クリスさんは貼りついたような笑みを深くした。その不気味な冷たさは変わらないけれど。


「魔法少女です」


 信じがたい説明のオンパレードのあげくに見せられた信じがたい技術(魔法?)の数々に面食らって、あたしは夜な夜な黒い怪物をばっさばっさ斬り倒す魔法少女もといヒーローになった。そろそろ三ヶ月だ。この三ヶ月、あたしは会ったことも見たこともないひとを殺し続けて世界を救ってきた。テレビで見る著名人の訃報。もしかしたらあたしが殺したのかもしれない。そうしているうち、夏は終わりに近付きつつある。


 やがて蝉の声が鈴虫のそれに代わる頃、あたしは彼女に出会った。

 それが「あたし」の終わりのはじまりだった。

 あたしは何も知らなかったんだ。

 何も。


 ねえ、マホロ。

 どうして気付けなかったんだろうね。

 あたしの

次回、マホロの知らない物語。


ついでにナズナちゃんのイメージラフ置いておきます。

挿絵(By みてみん)

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