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23. 邪

ガールズトークの続きです。

 シェリーはくすくす笑った。あたしはとても笑えない。だから、笑えないってば。


「ちょうどいいと思ったのよ。友達の友達。本当はね、マホロの友達の――ナズナちゃん、だったかしら。あの子にしようと思ったんだけど」


「……どうして」


 あたしの声、震えている。こんなこと初めてだ。心臓がせり上がってくるような、気道を塞ぐ圧迫感。


「私ねぇ。マホロのことを助けたかったのよ。ずっとずっと。マホロが生まれてから」


 あたしが生まれた日。チェンシーが死んで、あたしが暁ノ宮家の末妹に成り代わった日。記録上、シェリーはそのときには亡くなっている。いつから死人として、あたしのことを知っていたのだろう。


「xxxじゃなくてマホロに生きてほしかった。だからあなたの存在をね、もっと! 拡大させようとしたの。……でも残念(ざーんねん)、xxxの復活の方が早かったからその時は間に合わなかったけど」


「……答えになってない」


「あらぁ。そんなに急かさないで? ――そうねえ……『死』って二種類あるって言うじゃない? これってねえ、俗説だけど、存外バカにできないのよ。一つは肉体の死、もう一つは存在の死。後者は世界を主体に置いた(・・・・・・・・・)存在の認知の有無。この世界のどんな意識も認知しない事象は存在しないも同じこと。世界が存在しないと認知するから。これはマホロも機関で聞いたでしょ? それじゃ、その応用。世界が『対象は存在しない』と認知するために、対象を否定する事象を世界が内包する意識に認知させればいい。暁ノ宮xxxの不自然な二重存在であるマホロはその条件に合致する。だから私はマホロの制限された感情(・・・・・・・)解放(パージ)しようとしたの。あなたの自我(イド)を確立することで、xxxを排斥する。――さすがに友達の友達を殺せば揺らぐ(・・・)でしょう? 人間をSコードに仕立てるのは比較的簡単な演算術式でできるのよ。実物を何度も捌いたこともあるし」


「……でも、失敗した」


「そうねぇ。手段の一つだったし、確証はなかったもの。結果、あの子は死ぬだけになっちゃったけど、でもこうして接触して目的は果たせたし――」


「確証もなしに、三笠さんをあんなふうにしたの」


 シェリーはわずかにたじろいだ。けれど、それはあたしが想定するたじろぎではないことは、次の回答からたしかだった。


「この世界に確証だとか、確実なんてものがあるわけないでしょう?」


 あたしはシェリーを見上げている。あたしよりシェリーの方が、いくらか背が高い。あたしの目線の少し上、シェリーはやっぱり優しい顔で微笑んでいる。今の話の流れで?狂気じみている。本当に? そう思っている? あたしにそう思う資格がある? あたしだって、ほんの少し前までは平気で人の命を奪っていた。世界を救うだとかなんだかんだと理由をつけて、仕方ないことだからって。同じなんじゃないの? シェリーが三笠さんを殺させたのも、あたしが犠牲の上に超常の力を行使したのも。


 だったらどうなの?


「マホロが望むことと私が望むことは同じで、マホロが私を信じて頼ってくれることは自然だと思ってるんだけど……なんで難しい顔しているの? 私、マホロの聞きたいこと、これで全部答えたと思うわ」


「――シェリー、は……」


 これを聞いて何になるんだろう。どんな答えであっても、何の免罪符にもならないのに。


「なんでxxxじゃなくてあたしに生きてほしいの」


 とんでもなく重大で、のっぴきならない理由があるのであれば、あたしは傲慢にもシェリーを赦したのかもしれない。あたし、三笠さんが犠牲になったことについて、怒ってる。今更だけど、これは怒りだ。木枯らしみたいな虚無感とか、曖昧模糊とした不安とかじゃなくて、はっきり、怒ってるし、悲しい。三笠さんはナズナの友達だ。幼馴染だった。三笠さんは死んだのだと、シェリーははっきり言った。三笠さんは世間では行方不明扱いで、明るくはふるまっていたけど、ナズナは悲しそうにしていた。シェリーはナズナを傷付けた。それについて、あたしはずいぶんと感情的になっている。

 だからあたしはシェリーに、それとなく深刻な顔をして、どことなく湿っぽく話し出してほしかった。そういうセオリー通りだったら、その通りにあたしが赦して。汚いところはなあなあにして。人間は自分に都合のよいことには寛容だから。。お互いの目指すところが同じなのだから、一緒に進んでいけた。はずなんだけどな。


「なんで、……って」


 お前は太陽が西から昇ると思っているのか、とでも言いたげな顔だった。


「xxxが嫌いだからに決まってるでしょ?」


 あたしはそっか、と笑った。

 笑うしかなかった。


 あたしは東京タワーから拠点にしているビジネスホテルへの帰り道、シェリーに教えてもらった方法で、シェリーから行方をくらませた。


 偉大なる発見が途方もない執念の産物であるように、この馬鹿らしい魔法少女物語の筋書きも起点はそう(・・)なんでしょう。救えない我欲の連鎖があたしまで続いちゃって、まあ。だれも正しいことなんて望んじゃいないのに、正しいふり、自分は真ッ当である主張、論理、イデオロギー翳してみて、収拾がつかないんだ。嫌気がさす。魔法少女物語、なんてポーズきめるのも、もうやめにしよう。全能感をこじらせた青春が世紀をまたいでいまだ燻ぶり続けている。それだけのこと。どこまでも邪法なんだ。よこしまなんだ。正しくない。あなたの心は正しくない。()()()()()()


 でもね、あたしはそれ、否定したくないの。


 あたしだって正しくない。ここにいちゃいけない。あたしはxxxじゃない。間違っている。頭に響くxxxの声に応じて、役目を果たした後は、二つ目の交点を迎えた後はきれいさっぱり消えるべきなのでしょう。白絹の髪と紫陽花の瞳の十四歳の少女はxxxへ返さないといけない。それを認めるのが正解なのでしょう。だけどあたしもまた正しくないから。あたし、xxxの居場所を奪ってこの世界に存在し続けたい。ああ、いやだ。邪法少女とはよく言ったものね。


 充電の切れかけたケータイがポケットの中で振動した。知らない番号からのショートメッセージ。読まなかった。一人になりたかった。たくさん、迷惑をかけてごめんなさい。シェリー、少しだけほっといて。ナズナ、あとでメール返すから。カガセオ機関のみなさん、あたしはちゃんと生きてるので、後ほど。xxx、落ち着いたら話でもしようか?

 久しぶりに帰った家には当然誰もいない。無機質にしんとしていた。透き通った静寂があった。ずっとこのまま、透明でいて。


 おやすみなさい。

次回、黒幕。

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