18. 暁ノ宮xxx
まばゆい閃光に強く、強く目を瞑って、やがてそろそろと目蓋を上げる。
瞠目する。あたしの視線の先。
「……きれい」
魔法少女だ。
あたしの魔法少女衣装はどうにも武骨でそれらしくない。けれど目の前、キラキラの粒子を纏って不思議に浮遊する姿は、思わず声を漏らすくらい。きらびやかで。魔法少女と称するに相応しかった。
何頭かの水色の蛾がモルフォ蝶みたいに輝いた。それはシェリーの手の中の香水瓶に集まって、輝く光の粒子になって瓶のなかに飛び込んでいく。それは辺りに充満して、逃れようはない。脳から血がさあっと退いていくような感覚。くらくらする。ひきずりこまれていく。どこへ? きらきら光って、あわくさざめいて、夜光虫の波打ち際。
「いってらっしゃい。ボン・ボヤージュ。今度こそは――」
シェリーの声が、遠い。
波にさらわれて、意識の墜ちていく先にぽっかり穴が空いている。
視界を染め上げる白い光は朝のひかり。侵入を拒むように、隠匿するみたいに輝度を増していく。
――でも、あなた、優しかったこと。
あたし、覚えている。
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「とうさま、かあさま。今日はどこへおでかけされるの?」
ようやく一通りの言葉を覚えた頃の小さな女の子。真っ白な髪に紫陽花の瞳。平屋作りの和風建築の庭はよく手入れされていて、女の子に寄り添う両親の身なりも気品高い。とある日の良家の親子。映画のワンシーンを切り取ったみたいによくできていた。
それを斜め上、定点カメラのアングルで見下ろす。
暁ノ宮家。その邸。
あれは幼い頃のあたしだ。
「今日はxxxも一緒におでかけだよ」
「いつもひとりにさせてごめんなさいね」
父も母も優しいひとだった。多忙ゆえ、娘に構えない罪悪感があったのだろう。兄弟は上に兄一人、姉一人がいたけれど、いかんせん年が離れていた。家族とのふれあいは少なかった。
けれどあたしはそんな両親の内心は露知らず。申し訳なさそうなふたりにぶんぶん首を横に振った。
「いいの。毎日とっても楽しいもの。チェンシーがあそんでくれるわ。お庭に遊びにくるねこさんも、かえるさんも、とかげさんも。ほかにもたくさんいるの。みんなあそんでくれるから楽しいのよ」
あたしは「寂しくない」とは言わなかった。だって、あたしは寂しいと感じていたはずだから。だから、これはただの強がり。
両親はお互い微笑みあって安堵した様子だった。楽しいの、という娘の言葉を額面通り受け取ったのだろう。単純な人たち。いいえ、安心したかったのでしょうね。
「父さんの研究を支援――手伝ってくれてる人がね。xxxの話をしたらぜひ会いたいって。子ども好きなおじいちゃんなんだ」
「私財で孤児院まで設立されてる方なのよ。それも全国各地に。立派な方ね」
「こじいん?」
「家族のない子どものための施設だよ」
「しせつ……」
家族のいないひと。想像するのは難しかった。そばにいなくても、優しい家族があたしを想ってくれるのは当然のことだったから。あたしは幸せだった。この世界で一番幸せだと思っていた。寂しさを感じようとも、毎日が楽しいのは、幸せなのは間違いなかったのだ。チェンシーは幼いあたしについた使用人で、世話焼きで、博識だった。くわえて父や母の仕事、姉兄らの学校での活躍についてよく聞かせてくれた。こんな立派な家族に想われて、お嬢様は幸せです。チェンシーがそう語るたび、あたしは家族を誇らしかったし、幸福を信じて疑わなかった。
「さあxxx、髪飾りをつけてあげましょう。そうしたら、三人でお出掛けね」
「はい! かあさま。今日は何色のおリボンかしら」
「ふふふ、何色にしようかしら」
母に髪を結ってもらうのが好きだった。チェンシーもよくしてくれて、彼女の方が上手だったけど。母は不器用だった。料理だって醤油とバルサミコ酢を間違えるような人だった(雑煮を炊いていたらしいが、たいそうな異臭騒ぎになった)。でも、背中から香る母の匂いが、あたし、好きだった。あたし。わたし? だれが。本当に、あたし?
小さなあたしがこちらを向いた。幼子に似つかわしくない侮蔑の目。憎悪の目。あたしをねめつける。あれはあたしではない。直感した。幼女が口を開く。
「あなたなんかどこにもいないわよ。これはxxxの記憶だもの」
この記憶の世界で、あたしは亡霊。
あたしはどこにもいない。
これは、だれの記憶?
「やあ、よく来たね。暁ノ宮くん。きみのおかげでうちの研究も順調だ」
「こちらこそ、ご支援いただき感謝致します。弊社限定に開示いただいたプロトコルのおかげで、うちも順調ですよ」
「なぁに、たまたまだ。セレンディピティというやつかな。大切にせねば」
家族三人で向かった先は郊外に設置された研究所だった。迎えてくれたのはそこの一番偉いひとだった。所長さん。幾重にもしわの刻まれた、彫りの深い顔。老いてなおすらりとした長身。外国のひとだ、と幼いあたしは漠然と思った。目が離せなかった。邸から出ることのないあたしにとっては外部の人間、というだけでも新鮮だった。
「ご夫人もかわりなく。暁ノ宮くん以上の求道者だと聞いているよ」
「まあ。主人とは分野が違いますもの。私は算数も理科もさっぱり」
母はバイオリン奏者だった。このときは、まさか自分の頚椎が弦を弾くことになるとは思いもしなかっただろう。あと十年ほど先の話になる。
「それから――ああ、きみがxxxくんだね」
老爺は穏やかに微笑んだ。どんな疑り深い人間の心もするりとほどいてしまいそうな、ともすれば危うい笑みだった。
対するあたしは老爺の眼鏡の奥の淡い色彩に興味津々で、母に促されるまで挨拶もできなかったくらいだ。
「お姉さんやお兄さんもなんとも利発そうだったが、これはまた将来有望そうだ。目に光がある。目は心の鏡だからね。憧れや希望を心にもっていれば、強く光り輝くんだ」
老爺は屈んで幼いあたしと同じ目線になった。白衣が床を擦るのもかまわず、しわだらけの手を差し出す。あたしは父を見て、母を見て。ふたりの微笑みに安心してその手を取った。
「……こんにちは!」
大きな声で挨拶をすれば、老爺は喜色満面に頷いた。
「ああ、こんにちは、xxxくん。君のお父さんのすばらしい研究を手伝っている――」
眼鏡の奥に輝く翡翠の色。子どものように純粋な瞳。正義と憧憬。透明なかがやき。
どうして?
幼いあたしでないあたしの記憶の中に、あたしが知るより老いたホロスさんがいる。
七瀬マホロは如何にして存在するか。




