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14. 風巻に双剣の騎士

「うッ……そぉ……!」


 満天の星空に見た、天候すらも変化させる氷の矢。まともに食らったら無事ではいられない。最高速で退避する? 化物カラスをあんなに残したまま。残存エネルギーは? 地上に無事帰る余力は? クリスさんに連絡を――


『command:E2』


 次の瞬間、あたしは身にかかる重力の変化を感じている。視界は逆さま。よどんだ黒雲も化物カラスも薄青の氷柱もずっと上空。自由落下の最高速度をマークしていそうな風圧を背に受け、なおも落下し続ける。


『特定コードに対するエマージェンシー・プロトコルを開始します。最終目標は特定コードの無力化および捕縛。準備はいいですね』


「無力化って――あッ、あの子の?」


 キラキラ組換わるルーシーの全体が淡い青色を帯びる。本部との通信モード。今回は混線していないらしい。


『マホロ!』


「クリスさん」


『ここから私が直接サポートします。相手はこの世の者でない化物です。容赦はしないよう』


 あたしはクリスさんの言葉に返事をしなかった。ただ無言で頷いて、振り上げた足の勢いで体勢を立て直す。


『残存エネルギーを考慮する必要はありません。最高速度にて現在地より東へ十六キロ移動。海上にて迎え撃ってください』


 確かにあの子、最後に見たときはいっそ神々しいくらいに人のかたちを失っていて。でも、さっき見たあの子はちゃんと女の子の姿だった。全然、化物なんかじゃなかった。蛍光を発する瞳も青みを帯びた灰色の髪も、まだ人の範疇に収まっていて、きっと、そう、あの子も昔は何の変わりもない人間の少女に違いなくて。

 あたしは音速を超えて移動しながらぶるぶる首を振った。

 だめ。こんなこと、考えるべきじゃない。あたしは世界を救う魔法少女なんだから。迷ってなんかいられない。あたしはあたしに与えられた責務を遂行する。


 ――そうよ。あなたはわたしのためにそう在るべきだわ。


「………………?」


 不意にくるぶしに焼けつくような痛みに意識を持っていかれる。幻聴なんかに構っていられない。東へ十六キロ地点の海上。ぱっと身を翻して迫り来るあの子――ヘキサグラムを確認。以前より速度が増している。叩きつけるような雨も風も関係ないらしい。クリスさんから告げられた会敵までの時間は二十四秒。あたしの速度から算じて向こうも音速を超えてるってこと。


『……まさかここまでとは』


「クリスさん?」


『いえ。集中してください』


「そっか」


 ぐっと奥歯を噛みしめる。あたしだって親しいひとに隠し事をしている。その上でクリスさんに隠し事をしないで、なんて。言えないでしょう。


『工程を踏む必要はありません。初手から浄化を――』


「ハートショットね、わかった!」


 もう、そこにいる。大剣を振り上げる。纏う真紅の燐光。爪先から展開される那由多の演算式は魔法陣。人の執念は理法を超えて望む神の力を顕現させた。爆発的に拡大する真紅が燃え盛る炎となる。これは奇跡の残滓。この世界に残された天照の最後の一筋。叡知は正義を導いた。収束する解は悪しきを貫く。


「Ready――……Fire!」


 ――はずだった。


「…………な」


 真紅の刃は少女を裁かない。


「――クリスさんッ! だめ! なんか――吸収された!」


 あたしの発したハートショットは巨大な六芒星たちに阻まれて、ヘキサグラムのもとには届かない。ハートショットは薄青の六芒星を紅く染め上げて見えなくなった。消えてしまった。吸い込まれたように見えた。あたしの放った神様の力はどこに消えたの。全部、あの子に?


『問題ありません、マホロ。続けてください。動きを止めるまで何度でも』


 クリスさんの声を聞く間にもヘキサグラムは攻撃の手を緩めない。肺を凍てつかせる冷気と身を焼く光弾。っていうか、圧倒的に不利じゃない? あたし、あんな便利な遠距離技持ってないんだけど……!


「むむむ無理! チャージの時間が取れない! ノータイムじゃハートショット撃てないよ!」


 掠める程度ならわけないと思ってたけど、痛みは少しずつ精度を奪う。しかも痛むだけじゃない。徐々に凍りついているのか、被弾した部分に霜が降りている。そうして被弾する確率が上がっていく。このままじゃジリ貧だ。なんとかしないと。最高速で距離を稼いで遠方からハートショットを撃つ? ヒットアンドラン。今のところ速さならあたしの分があるはずだ。


「――どうして許されると思ったの?」


 ふと攻撃が止む。六芒星が数を減らしていく。同時に、ヘキサグラムの変態が始まる。以前と違うのは、彼女自身がそれを把握できていなそうだということ。

 声音だけは整然と。しかしどこか外れた調子。瞳に指先に狂気を宿してヘキサグラムは宙に手を伸ばす。


「何人も殺したくせに、あなたは涼しい顔をして。罪は罰されなければ。悪は滅ぼさなければ」


 伸ばした手が、まだ人の形を保った手が何かを掴んだ様だった。爆ぜる空間。薄青の閃光が形を成す。


「この手で直接。私があなたを裁いてあげる」


 左右に一振りずつの双剣を構えた、かつて魔法少女だった何か。夜を支配する風巻(しまき)の中で。それは白骨の翼を撒き散らし、人の形を喪失しながらあたしに真っ直ぐ斬りかかった。

脳裏に響く声はマホロ自身の声。だけど、“あたし”じゃない。

次回、決着。

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