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13. 高度8257フィートにて

 どうして三笠さんの姿をしていたの。

 なんであたしの記憶はとんでいるの。

 ――あの声の正体は。


 三つ目は最後まで誰にも言わなかった。あたしにだけ聞こえたあたしの声。幻聴だ、と言われたらそれまでだし、あたしが知りたいのはそこじゃない。最近やたらシステムアップデートが多いルーシーをラボに預けている間、ホロスさんがやって来た。相変わらず何言ってるのかわからないシャヘルさんとクリスさんが話している間、ホロスさんは子どもみたいな目を輝かせてあたしに話しかけた。 調子はどう、と聞かれて昨夜の顛末を話したあたしにホロスさんはいっそう目を輝かせた。翡翠の瞳の、優しそうなおじいちゃん。そんな顔だった。


「君には記憶がないが、敵は倒した。そういうことかな」


「はい。まあ。そうらしいです」


 ホロスさんはウインクひとつとばして、


「エクセレント」と言った。


 ホロスさんにそう言われると、そっか、べつに、これでよかったんだ。そんな気持ちになる。あたし、あんまり感情的になるべきじゃない。なんでかわかんないけどそう思う。なんでだろ。すりこみ? 何の?

 ところで、あたしがルーシーを見失っていた間、ルーシーはあたしと行動していたことになっていた。あたしの証言とルーシーの動作記録の齟齬に、シャヘルさんはずっと首を傾げていた。クリスさんはそんなシャヘルさんを疑わしげに見ていた。ふたつにひとつしかないのだそうだ。シャヘルさんが組んだシステムに不備があったか、あたしが嘘をついているか。

 そんな中、ホロスさんは明日の遠足を楽しみにしている子供の目をして楽しそうだった。


「ルーシー、今日こそ大丈夫なの?」


『私はいつでも万全です』


「嘘ばっかり」


『虚言するほどであれば黙秘します』


「……それもなんかやだな」


 黒コートの長い裾が強風に煽られてバサバサ音を立てている。台風が近いらしい。小雨がぱらついている。雲に覆われて昏い夜空は見上げていると吸い込まれてしまいそう。悪天候の任務は初めてじゃない。でも、この闇が、湿気が、足をすくう風が、わからないことだらけの現状が、不快。

 ルーシーの索敵結果を頼りにどす黒い曇天を駆ける。空を蹴るたびに弾ける赤い閃光。世界に認識されない超常の真紅。


 高度二千五百メートルを越えた頃に奴等は現れた。


「カラスだ」


 こんな高度で、そんなわけないんだけど。おびただしい数の真っ黒な鳥がびゅんびゅん飛び回っている。その飛行の軌跡は爛れている。この表現が正しいのかわからないけど、化物カラスが飛んだ空間は次第にぐずぐずに腐り落ちてしまいそうな。そんな歪み方をしていた。


『タイプMyth。油断は禁物です。彼らは使者です』


「使者? ――八咫烏かな」


 何を連れてくるつもりなんだろう。限りなく遠くに隣接した、けれど確実に隔てられた高次の世界から。

 コンパクトのスイッチひとつ。顕現する神の奇跡。その残光の奔流は大剣を成す。世界のどこかで死ぬ誰か。


「――ごめんね」


 不意に思い浮かんだのはナズナの顔だった。振り払う。振り払え。あたしは世界を救わなきゃ。悪しきを討ち倒す魔法少女。侵略者から世界を守る。あたしの存在がマジノ線なんだ。

 コンパクトにパターンを入力して大剣のモードを切り換える。デイジーカッター。剣身の閃光を確認してからバッティングの要領。化物カラスの群れに向かって大剣を振り抜いた。


「――よッ。と」


 遠くで化物カラスが黒い霧を噴出させながらもがくのを見た。二度、三度追撃する。指向性の衝撃波は減衰しない。この世界に存在しえない、高次の侵略者に接触するまでは。

 あたしの存在に気づいたカラスが猛然と迫り来るのを視認。大剣を大きく振った先でカラスが爆散する。数が多い。仕留め損ねたカラスが黒い霧の中からまだ飛んでくる。


『マホロ。Sコード崩壊位置に注意してください。最終行程で浄化しきれなかった場合に呪いが残ります。飛行場との距離を考慮すると、旅客機による航空事故が予測されます』


「そうは言っても……ねッ! 個体ごとに行程進めた方がいい? でもさすがに数多すぎるから」


『接近中の飛翔体を検知しました』


「やりたくないんだけど――……?」


『接近中、下方より距離およそ千』


「へ? 近くない?」


 下方? この距離で飛行機って下から来るのからな? 米軍基地って近かったっけ。軍用機とかだったら、


「――ッ!?」


 足を掠めた光弾。焼けつくような痛み。

 覚えがあった。


「とがびと、ね」


 少女の声。


「あがなえ。正義は。わたし。悲嘆して。叫喚、なさい」


 大小無数の六芒星を背負って彼女は気のふれた審判者のよう。


「魔法少女は、はやく死なないと。ね」


 その笑みは凄絶で苛烈で、あまりにも呪われている。

 オールドコード。ヘキサグラム。六芒星の魔法少女。

 コキュートスの冷たさを薄青に可視化して、壊れてしまった女の子はあたしに弓をひいた。

オールドコード:ヘキサグラム。六芒星の魔法少女。

過去にカガセオ機関に所属し、破棄された魔法少女。

知ってしまったら、もう引き返せない。


次回より土日1話ずつの更新になります。

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