第22話:苦悩する者達と新たな刺客
レイツは宿屋の裏庭へと向かっていた。そこにはレイツよりも一足先にスフィアが来ていた。
(レイツ)
「どうしたんですか、スフィア様?この様な所で何をしておられるのですか?」
(スフィア)
「これはレイツ殿。いや、少し寝つけなくてな……」
(レイツ)
「スフィア様もそうですか?私もそうです。何だか……モルグス国の事が気になりまして……」
(スフィア)
「そうか……私と同じだな」
スフィアはうっすらと笑みを浮かべるとレイツの方に視線を向けた。
(スフィア)
「私も国に残してきたアマゾネス部隊の事が気になっている。私はなぜ国を飛び出してここまでやってきたのか?否……答えはわかっている事なのだが……」
スフィアは再び星空の方に視線を戻すと悲しそうに瞳を潤ませた。
(スフィア)
「アースティア様を守りたい。ただ、それだけを願って全てをかなぐり捨ててきたつもりだったけど……そのアースティア様はカナン皇子にしっかりと守られている。それではなぜ私がここにいるのか……そう思った瞬間、何だか胸のこの辺りが急に苦しくなってな……だから、ここでこうして頭を冷やしていた」
(レイツ)
「なるほど……そうでしたか。私も父に言われてここまで一緒に旅をして来たのですが、今になって急に国の事が心配になってきました。どうしてでしょうか?」
(スフィア)
「その気持ちは私には分からない。だが……国を懐かしみ心配する気持ちは間違っていないと思うぞ。多分、私もそういう気分なのだろう……」
スフィアは不適な笑みを浮かべると自分の部屋へと戻っていった。
その頃、ファーストの部屋の前でエルメスはこないだの一件をどう謝るかを悩んで行ったり来りを繰り返していた。そして、ファーストの部屋をノックしようとするが、今一歩のところでノックができないでいた。
エルメスはそのままファーストの部屋の扉を叩けずに溜息をつきながら部屋へと戻っていった。
さらにその頃、別の部屋の前ではカナンがアースティアに会うために部屋の扉を叩いていた。
(アースティア)
「はーい、誰?」
(カナン)
「……僕だけど……部屋に入ってもいいかい?」
アースティアはベッドから飛び起きるとすぐに扉を開けてカナンを部屋へと招き入れた。
(カナン)
「その……今日の出来事なんだけど……その事でフィリルさんから言われたんだ。僕がアースティアの事で動揺し過ぎだって……分かっている事だった。だけど……僕には自分を止める事ができなかった。君の事で頭が一杯になってしまったんだ……」
(アースティア)
「そうなんだ……私にはどうしてフィリルがそんな事を言ったかは分からないけど……一つだけ分かる事があるわ。それは……フィリルが私の事を思って言ってくれたんだと思う」
(カナン)
「どうして、そう思うんだい?」
(アースティア)
「それはね……私が私の事でカナンが命を落としたとしたら私は多分立ち直れなくなると思うの。その事を気遣ってくれたのだと思うわ。でなければ、フィリルがそのように人が傷付くことを言わないと思うから」
(カナン)
「確かにそうだね……フィリルさんは何でもずばっと物事を言う人だけど、人が傷付くような事は絶対に言わない人だったね。だとしたら、僕はどうすればいいだろうか……君の事を忘れることは僕にはできない。やはり、君の事が気になるから」
(アースティア)
「だったら……カナンっ!私のことを信じて」
(カナン)
「急にどうしたんだい、アースティア?」
(アースティア)
「前にね、カナンの事でフィリルに相談した事があったの。その時にね、フィリルに言われたの。『愛する』ということは互いと互いの心同志の求め合いだって……大事なことは自分達が互いに信じあうことなんだって……そう教えてくれたの。だから、カナンも私のことを信じて。どんなに私がピンチでも自分の思い描いた未来の為に戦って。私なら、大丈夫だから。何時だってカナンの傍にいるから。前に約束したでしょう?私は消えたりなんてしないから」
(カナン)
「……分かったよ。僕もアースティアの事を信じるよ。それじゃ、お休み……」
カナンはアースティアの頬にお休みのキスをすると自分の部屋へと戻っていった。
次の日の朝、カナン達はルーベンスの門を目指して出発した。
カナン達がルーベンスの門の途中まで来た頃、何者達かがカナン達の後を追って来ていた。カナン達はその存在に気付いていたが、姿を確認する事ができなかった。
(カナン)
「くっ!一体何が起こったんだっ!体が……体が一歩も動かないっ!」
カナン達は急に身体が重くなったかと思えば突然身動きが取れなくなった。
(アースティア)
「私もよ、カナンっ!急に体の動きが取れなくなったわ……」
(レクトル)
「カナン様っ!私の体も動きませんっ!」
(カナン)
「誰か、動ける者はいないのか?」
カナンは周りの人間に確認したが、誰一人として身動きできる者はいなかった。その状況には身軽なティラミスやジェラートですら動けないでいた。
(???)
「無駄だよっ!あんた達はあたし達の術に掛かったんだからね」
(カナン)
「君は一体……何者なんだ?」
(フブキ)
「あたしかい?あたしの名は……フブキ、あんた達が殺したセイリュウの娘だよ」
(カナン)
「セイリュウの娘……それじゃ、君は僕達に復讐をしにきたのかい?」
(フブキ)
「復讐?違うねっ!あたしはそんな安っぽい感情に流されたりはしない。ただ、あんた達に賭けられている賞金に用があってね……」
フブキはカナン達の目の前に姿を現すと刀を抜いて近づいてきた。
(フブキ)
「覚悟するんだね……あんたの首はこのあたしが貰ったっ!」
(アースティア)
「カナンっ!!!」
アースティアが叫んだ瞬間、どこからともなくフブキ目掛けて鉄製の何かが放たれた。
(フブキ)
「……っ!何者だいっ!あたしの邪魔をするやつは?」
(???)
「そこまでですっ!カナン様達には指一本触れさせませんっ!」
(カナン)
「き……君はっ!」
カナンの窮地に駆けつけたのはなんと生死が不明であったクレナイであった。
(フブキ)
「くっ!誰かと思ったら裏切り者のクレナイじゃないのっ!何しに来たのさっ!」
(カナン)
「クレナイ……やはり、君は生きていたんだね……」
(クレナイ)
「はいっ!カナン様っ!」
(フブキ)
「あたしを無視するなんて良い度胸じゃないの。で?これからあんた、どうする気だい?」
(クレナイ)
「……戦います。カナン様達を守るためにっ!」
クレナイは地面に煙幕弾を叩き付けると煙幕を起こした。
そして、フブキが戸惑っている隙にカナン達に掛けられている金縛りの術を解いた。
(フブキ)
「小癪なっ!よくもやってくれたわね。もう許さないっ!」
フブキは剣に手を掛けるとクレナイへと向かってきた。
(クレナイ)
「はっ!」
クレナイとフブキの剣が交差すると甲高い金属音が鳴り響いた。
(クレナイ)
「流石はフブキ様ですね……」
(フブキ)
「小癪な小娘がっ!」
フブキは力一杯クレナイを退けた。
(クレナイ)
「これならどうです?」
クレナイは無数の残像を作り出すとフブキのことを取り囲んだ。
(フブキ)
「これは……分身の術。何時の間に……だがっ!」
フブキも無数の残像を作り出した。
(フブキ)
「この程度ならば、あたしにだってできるんだよ。……いくよっ!」
クレナイとフブキの残像が幾重にもぶつかった。そして、当たっては消え、消えては現れてを繰り返していた。そうこうしている内にクレナイはいきなり分身の術を解いた。
(フブキ)
「クレナイ?一体どうした?もう術をする気力を使い果たしたのかい?」
フブキは分身したままの状態で徐々にクレナイへと迫ってきた。
(クレナイ)
「絶っ!」
クレナイはフブキが間近にやって来ると突然大声を張り上げた。するとフブキは全身の力が一気に抜けた。
(フブキ)
「くっ!一体何をしたのだ……クレナイっ!」
(クレナイ)
「絶の陣を発動しました、フブキ様」
(フブキ)
「そうか……先程の分身の術はあたしに気付かれない様に陣を組む囮だったようね」
(クレナイ)
「その通りです、フブキ様。素直に敗けを認めてください」
(フブキ)
「それはどうかしらね?」
フブキは身動きができない状態になったにもかかわらず、余裕の笑みを浮かべていた。
そして、クレナイがフブキの下へと近づこうとした瞬間、一人のアサシンが飛び出してきた。
それと同時に無数のアサシン達がカナン達に襲い掛かってきた。
(カナン)
「みんなっ!戦闘開始だっ!」
カナン達は襲いくるアサシンを迎えるべく武器を構えた。
そんな最中、クレナイは眼前に飛び出してきたアサシンの姿を見て呆然としていた。
(クレナイ)
「どうして……どうしてなの……オウカ様っ!」
オウカはクレナイの剣の師匠であり、クレナイが最も信頼していた人物であった。
(オウカ)
「……」
(フブキ)
「残念だったわね、クレナイ。オウカはあたしの忠実な部下。先代から代々受け継がれてきた忍びの者よ。あんたに戦うことができるかしら?」
(クレナイ)
「オウカ様……」
(オウカ)
「死にたくなくば剣を構えよ、クレナイ……」
オウカは呆然としているクレナイにやる気を出すように促した。
(クレナイ)
「できません……オウカ様と戦うなんて……」
(オウカ)
「この世とは……実に無情なものだ。本当に情け容赦がない……」
オウカは動揺を隠しきれないクレナイに構わずに攻撃を仕掛けてきた。
(クレナイ)
「くっ……」
クレナイは慌てて剣を構えようとしたが、うまく力がはいらなかった。
クレナイの脳裏にはオウカと鍛練を繰り返した日々が思い浮かんでいた。
(フブキ)
「ふふ……ここまでクレナイが動揺するなんてね。余程あんたに思い入れがあるようね。さぁ、オウカっ!早くクレナイを始末しなさいっ!」
オウカはフブキに急かされてクレナイに迫ってきた。
(オウカ)
「……行くぞ」
オウカはクレナイが刀で受けるよりも早くクレナイの左腕を斬った。
(クレナイ)
「うっ……」
(オウカ)
「どうしたのだ、クレナイ?まだ剣を持つことはできよう……さあっ!早く構えよ」
(クレナイ)
「……できません。オウカ様に剣を向けるなんて」
クレナイは頑なにオウカとの戦闘を拒んだ。そんなクレナイを見てオウカも辛そうな表情を浮かべていた。
(オウカ)
「はっ!」
今度はクレナイの右足を斬った。
(クレナイ)
「……っ!」
(オウカ)
「クレナイ、剣を握るのだ。このままではお前はみすみす死ぬのだぞ」
オウカは懸命にクレナイに剣を握るように説得したが、それでもクレナイは剣を握らなかった。
(クレナイ)
「……ぐっ!」
オウカは抵抗しないクレナイの左足を斬った。クレナイはただひたすらに苦痛に耐えるだけであった。
(フブキ)
「……何をもたもたとしている、オウカっ!早くクレナイを殺しなさいっ!これは命令よっ!」
フブキはオウカの生温いやり方に半ば腹を立てていた。
(オウカ)
「さぁ!クレナイっ!残った右腕で刀を構えろっ!次はないのだぞっ!」
(クレナイ)
「オウカ様……私には理想があります。私達アサシンが街の困っている人々の為に一生懸命に働いている……そんなアサシンの姿を想像しています。もし……私の理想が間違っていると思われるのであれば、あなたの刀で私共々その理想を斬り捨てて下さいっ!」
クレナイは刀を投げ捨てると両手を広げて目を閉じた。
オウカはそんな無防備なクレナイに対して攻撃する事ができなかった。どんなに世の中が非情だったとしてもクレナイは自分にとって妹以上の存在であり、先程クレナイの述べた理想も悪くないと思っていたからであった。
(フブキ)
「オウカっ!何をしているっ!まさかあたしを裏切るつもりなの?」
オウカはフブキに急かされたが、一向に動こうとしなかった。そして、硬直した状態のまま数分の時間が流れた。
(フブキ)
「もういいっ!お前が攻撃をしないというのならあたしがするっ!死になさいっ!」
フブキはクレナイに向けて鉄製の何かを放った。
(オウカ)
「……っ!」
オウカはクレナイのことを庇って背中にフブキの攻撃を受けた。
(フブキ)
「オウカっ!なんて事を……」
(オウカ)
「ぐはっ!」
オウカは背中にダメージを受けて口から血を吐き出した。
(クレナイ)
「オウカ様っ!」
オウカはそのままクレナイにもたれかかってきた。
(オウカ)
「……これで……良いのだ。私はフブキ様を裏切る事は……できぬ。だが……先程述べたお前の理想……すばらしかったぞ。だから……戦うのだ。その理想の為に……」
オウカは全身の力を抜くとその場に倒れ込み気絶した。
(クレナイ)
「オウカ様……私……理想のために戦いますっ!」
クレナイは最後の力を振り絞るとフブキに向かっていた。
(フブキ)
「本当に……本当に何ってことなの……まさに……飼い犬に手を噛まれた気分だわ……」
フブキは微かに身体を震わせると天を仰いだ。
(クレナイ)
「フブキ様……お覚悟。私はもう諦めたりなんかしませんっ!自分の理想の為に戦いますっ!」
(フブキ)
「ふんっ!あなたの脆い理想などあたしの刀で打ち砕いてあげるわ。死になさいっ!クレナイっ!」
フブキは剣を振り上げるとクレナイ目掛けて力一杯降り下ろした。その攻撃に対してクレナイはただ真直ぐに突き進んだ。
フブキの刀はクレナイが踏み込んでくるより遅く振り下ろされた。フブキはクレナイの刀により胸を貫かれた。
(フブキ)
「あたしは……あたしは……間違ってなどいない……だけど……ごめんなさい……オウカ……」
フブキは静かに目を閉じて倒れた。
(クレナイ)
「フブキ様っ!」
クレナイはフブキの最後の言葉を聞いて本当はフブキがオウカのことを愛していたことを知った。
フブキはオウカに裏切られた事とオウカを傷付けた事でショックを受けていた。その為、クレナイの真っ直ぐな攻撃に対して数秒の遅れをとってしまったのであった。




