第2話:モルゴスの山賊
カナン達がモルゴスの砦に向かっている途中で一人の女剣士と出会った。その女剣士は黒髪のとても美しい女性であった。
(カナン)
「あの……初めまして」
カナンは緊張した様子で女剣士に話しかけた。
(女剣士)
「何か用かい、坊や?」
(カナン)
「この様な険しい山道であなたのような美しい人が何をしているんですか?」
(女剣士)
「なぁに……山の麓の村人に頼まれて山賊退治をしているところだよ」
(カナン)
「そうなんですか。僕達も山賊を退治しに行くところなのですが……もし、よろしければ一緒に行きませんか?」
カナンは女剣士の剣捌きに惚れ込んで助力を求めた。
(女剣士)
「うーむ……どうするかな?別に私には助太刀はいらぬのだが……まあ、人数が多い方が楽だしな。わかった。お主等に力を貸そう」
女剣士は剣を収めるとカナンに手を差し出した。
(カナン)
「ありがとうございます。僕の名前はカナンといいます。あなたのお名前は?」
(女剣士)
「私の名前か、私はティラミスという」
という理由でティラミスが仲間に加わった。ティラミスはある男を追って旅をしているらしい。
カナン達は先へと向かった。その途中でレイニードが話し掛けてきた。
(レイニード)
「なあ、カナン、俺達に何か隠している事があるんじゃないか?」
(カナン)
「別に何も隠してはいないよ。急にどうしたんだ、レイニード?」
(レイニード)
「いや、アースティアが皇女だと聞いた時、お前の様子がいつもと違っていたからさ。何かあるんじゃないかと思ってな……」
(カナン)
「相変わらず、レイニードは鋭いな……でも、今は話せないんだ」
(レイニード)
「そうか……分かった。言いたくなったら、いつでも言ってくれ。血はつながっていないが、俺達は兄弟だぜ」
(カナン)
「ああ、ありがとう」
カナンはレイニードにお礼を言うと眩しい笑顔を浮かべた。
レイニードが離れると今度はアースティアがカナンに話し掛けてきた。
(アースティア)
「本当に今回はありがとう……私、どうしてもフローネ姉さんの敵が打ちたかったの。私、とてもフローネ姉さんの事が好きだったから……」
(カナン)
「いいんだよ。気にしなくても僕達は仲間だ。困っている時は助け合わなければ……」
カナンはアースティアの頭を軽く撫でると優しく微笑んだ。
(カナン)
「それから余計なお世話かもしれないけど、きっと君のお姉さんは敵討ちをして欲しいとは思ってないと思うよ」
(アースティア)
「どうして、そんな事がカナンに分かるの?」
(カナン)
「だってフローネ様はとてもお優しい方だったのだろう?」
(アースティア)
「ええ、いつだって私が泣いていると頭に軽く手をあてて慰めてくれたわ。まるでお母さんのようだった。だから、大好きだったの」
アースティアは嬉しそうに微笑んでいた。
(カナン)
「そう……だからこそ君には復讐でその身を焦がし、手を血に染めて欲しくないと考えると思うんだ。それに……憎しみからでは何も救われないよ」
カナンは眩しい笑顔を浮かべるとアースティアに笑いかけた。
カナン達が先へ進んでいるとモルゴスの山賊達と遭遇した。
モルゴスの山賊達の指揮をしていたのはエンガであった。
(エンガ)
「野郎共、今回も八つ裂きにしてやるぜ。ぐへへへへ」
エンガは斧を振り下ろしてきたが、ティラミスにあっさりとかわされ、その上、彼女の剣でばっさりと斬りつけられ、レクトルの槍で脇腹を刺された。
(エンガ)
「そんな……このエンガ様がやられるなんて……ぐふっ」
エンガはいともたやすく息絶えた。
カナン達が一本の狭い道を通っていると急に上から土砂が流れてきた。カナン達は急いで先の道に向かった。カナン達の退路は完全に砂で塞がれてしまった。
更にカナン達の前には武装したミノス達が兵を率いて待ち構えていた。
(ミノス)
「く、く、く、さぁ、たっぷりと可愛がってやるぜ。覚悟しなっ!」
ミノスは斧を振りかざし、投げつけてきた。しかし、レイニードがすぐにその事に気がつき、その斧を弓で射ち落とした。
そして、ミノスがそれに気を取られているうちにデライトがすかさずミノスの懐に入り、斧でミノスの胴を斬りあげた。
(ミノス)
「ぐわっ!これで終わりかよ。あっけなさすぎだ……」
ミノスは無念そうにその場に倒れた。そして、カナン達はゴラスのいる砦を目指して先へと進んだ。
(ゴラス)
「よく来たな。馬鹿な弟達では役不足のようだったな。どうだ、俺と手を結ばぬか?」
(カナン)
「人の命をゴミの様にしか見ていないお前とは手など結べない」
(ゴラス)
「そうか……殺すには惜しかったんだがな」
ゴラスは斧を振り下ろして合図した。すると砦にいた兵士達が一勢に弓を射ってカナン達に雨の様に矢を降らせた。そして、矢がアースティアに飛んできた。
その瞬間、カナンはすかさず、アースティアをかばった。矢はカナンの左肩に突き刺さった。
(カナン)
「ぐっ!」
(アースティア)
「カナンっ!」
(カナン)
「……大丈夫だよ。これくらい。それよりアースティアは何処も怪我してないかい?」
(アースティア)
「私は大丈夫よ。でも、どうしてこんな無茶をしたの?」
(カナン)
「僕は君をお姉さんの元には行かせたくないから。それにこんな怪我たいした事ないよ」
(アースティア)
「気持ちはうれしいけど……私、フローネ姉さん失った上にカナンまで失ったら生きてはいけないわ」
アースティアは悲しそうに瞳を潤ませると自らのスカートの一部を破り、カナンの傷口を塞いだ。
(カナン)
「ああ、ごめんね。君の気持ちを考えてなかったようだね。でも安心して、僕は簡単には死なない……いや簡単には死ねないからっ!」
カナン達は第二派の矢の雨がこないうちに城門を撃ち破り、場内へとなだれこんだ。
そして、レクトル達もそれに続いて、ゴラスのいる所まで一気に攻めていった。
(ゴラス)
「ふんっ!よくここまで来る事ができたな。お前達の力を少々見くびっていたようだ」
(アースティア)
「どうしてフローネ姉さんを殺したの?」
(ゴラス)
「ほう?お前はあの女の妹か。どうして、殺したかだと?くだらねえな、実にくだらない質問だ」
ゴラスは下卑た笑みを浮かべると馬鹿にするように高らかに笑い声をあげた。
「あの女が俺に抱かれる事を拒んだからさ。ふふ……お前の姉さんはうまかったぜ」
その下衆な笑いに怒りを覚えたアースティアはゴラスの懐に飛び込んでいった。
(アースティア)
「よくもフローネ姉さんをっ!」
ゴラスは難なくアースティアの攻撃をかわすとアースティアの手を後ろに取り、首に斧をつきつけた。
(ゴラス)
「おいっ!お前達、おとなしく投降しろ。さもないとこいつの首を切り落とすぞっ!」
(カナン)
「くっ……分かった。言う通りにする。だから、アースティアを解放してくれ」
(アースティア)
「カナン……」
(ゴラス)
「ならば、まず武器を下に置け」
カナンは武器を下に置く前に少し振り返り、レイニードとキリトに目でコンタクトした。そして、カナンが武器を下に置き、ゴラスがそこに気を取られた一瞬、レイニードがゴラスの斧を持っている肩を射ぬいた。
さらにアイコンタクトで身を構えていたキリトがゴラスに体当たりをくらわせてゴラスからアースティアを引き離した。
(キリト)
「アースティア様、お怪我はありませんか?」
(アースティア)
「ええ……私なら大丈夫。何ともないわ」
(キリト)
「それは良かった……アースティア様に何かあったら私は生きて行けませんから」
キリト達が話しているとゴラスが再び襲いかかってきたが、既にこれを察していたティラミスはゴラスの前に立ちはだかっていた。そして、ティラミスは華麗に剣を振るとゴラスを壁に叩きつけた。
(ゴラス)
「くっ!この俺をここまで追い詰めるとは……どうやら多勢に無勢のようだな……」
ゴラスはじりじりと窓のある壁際まで移動した。
(ゴラス)
「覚えておけっ!この代償は高くつくぜ……あばよっ!」
ゴラスは何のためらいもなく砦の窓から飛び降りた。
カナン達が窓に近づき、下を見たがそこにはもう何の痕跡も残されていなかった。そこにはただ川が流れているだけであった。
(アースティア)
「フローネ姉さん……敵は取ったわ……」
アースティアは空に呟いた。
カナン達が砦で立ち往生しているとラングス城からラングス兵達がやって来て、土砂で埋もれた道を復旧させ、カナン達をラングス城へと案内した。そして、カナン達はラングス王の前へと通された。
(ラングス王)
「お主達、この度は誠に良くやってくれた。何か褒美を取らせようぞ」
(カナン)
「いいえ、褒美など結構です。僕は当然の事をしただけですから」
(ラングス王)
「そうか、ならばもうお主達は下がってよいぞ」
レクトルが胸を撫で下ろし、その場を立ち去ろうとした瞬間、ラングス王がカナンを呼び止めた。
(ラングス王)
「しばし待たれ……お主、我と何処かで会わなかったか?」
(カナン)
「いいえ、僕には身に覚えがありませんが?」
(ラングス王)
「そうか……何処かで会ったような。しかし、一体何処で……」
(アースティア)
「お父様、そんな事どうでも良いではありませんか?」
アースティアはその場を濁そうとしたが、ラングス王は何かを思い出したかのように目を見開いた。
次の瞬間、ラングス王は手を挙げて周囲の兵士に武器を取らせた。レクトルが恐れていた事が現実になってしまった。
レクトルは素早くラングス王に斬りかかったが、ラングス王は腰に身に付けていた剣を素早く抜くとレクトルの槍をいともたやすく受け止めた。
(レクトル)
「カナン様、お逃げ下さいっ!」
(カナン)
「嫌だっ!レクトルを置いては行けないよ」
(レクトル)
「カナン様……私の事は構わずにここから早く……」
ラングス王はレクトルがカナンに気を取られている隙にレクトルの脇を剣で斬り付けた。
(レクトル)
「ぐっ!」
(カナン)
「レクトルっ!」
(アースティア)
「お父様、もうお止め下さいっ!カナン達は私の大事な仲間ですっ!」
(ラングス王)
「ええい、黙れっ!メルトアの王家の者を生かしてはおけぬ。全て根絶やしにする」
(アースティア)
「彼らはモルゴスの山賊を倒したんですよ。これではあんまりではありませんか?」
(ラングス王)
「誰かっ!アースティアを部屋につれて行け。そして、この場にいる者を全て斬り捨てよ」
そう命令されると兵士はアースティアを部屋に連れて行き、鍵をかけて部屋の中へと閉じ込めた。
そして、残りの兵士達は剣を抜き、じりじりとカナン達の間合いを詰めていった。
(カナン)
「……お待ち下さい。ラングス王、この場にいる者達は僕とは何の関係もありません。ですから……この者達はお逃がし下さい」
カナンはラングス王に懇願した。
(ラングス王)
「何を申しておる。この者達はお主の仲間であろう?」
(カナン)
「いいえ、違います。この者達は僕が山賊退治に行く時に頼んでついて来てもらった者達です。深い関わりはありません」
(ラングス王)
「ならぬっ!どういう経緯があるにしろ、お主と関わりを持った者は反逆罪にあたる」
(カナン)
「それでは……この者達に先ほどの褒美として、その反逆罪を帳消しにして下さい。そして、この者達を外にお逃がし下さい」
カナンは先程の報酬にレイニード達の命を助けることを申し出た。
(カナン)
「それともラングス王ともあろう御方がこの少数の者達を恐れているのでしょうか?」
(ラングス王)
「何だとっ!我を挑発する気か?ふんっ!面白い。その者達を逃がしてやろう。 どうせ、その者達を逃がした所で何も変わりはしないだろう 」
ラングス王はカナンの要求を認めた。
(ラングス王)
「ただし……お主とここに倒れている者は明日処刑する。それで良いな?」
(カナン)
「……はい」
ラングス王はカナンとレクトルを地下の牢屋に入れ、レイニード達を城の外へと摘み出させた。