第18話:それぞれの思いとティラミスの覚悟
それからしばらくしてレクトルは意識を取り戻した。
(ティラミス)
「……気がついたか?」
(レクトル)
「……はい」
(ティラミス)
「どうして……あの様な馬鹿な真似をしたのだっ!」
ティラミスはいきなりレクトルを怒鳴りつけた。
(レクトル)
「……分かりません。ただ、あの時はティラミス様が危ないと思って何も考えずに飛び出してしまいました……」
(ティラミス)
「お前は馬鹿だっ!私がいつ助けて欲しいと言ったのだ……」
(レクトル)
「すいません……あの行動に言葉など必要ありませんでしたからつい……」
(ティラミス)
「もし、あれでお前が命を落としていたならば、どうするつもりだったのだ?」
(レクトル)
「どうしたんでしょうか?後先のことなど考えていなかったので私には分かりません……」
(ティラミス)
「だから、お主は馬鹿者なのだっ!この馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿者がっ!」
ティラミスは目尻に涙を溜めると生まれて初めて他人のために涙を流した。そして、しばらくの間、レクトルの背中に顔を埋めて静かに泣いた。
(ティラミス)
「……すまぬ。つい取り乱してしまった。本当にすまなかった。本当に一番馬鹿なのは私なのだ。そう……私がもっと兄上の言葉に耳を傾けていたならばレクトル殿がこんな傷を負うことはなかったのに……いや、私にもっと力があればっ!」
ティラミスは悔しそうに拳を強く握り締めた。するとレクトルはその拳を二つの手で優しく覆った。
(レクトル)
「力を抜いて下さい……そんなに力を込めてはあなたの美しい手に傷つきます。もっと楽にしてもいいんですよ。そんなにご自分を責めないで下さい」
レクトルに諭されるとティラミスは拳に込めていた力を抜いた。そして、溜息を吐き出すと静かに微笑んだ。
(ティラミス)
「何だか……とても気分が楽になった……」
(レクトル)
「それでいいですよ、ティラミス様。人間は完璧な存在ではありません。だから、どんな人間にも弱さがあると思うんです。大事なことはその弱さとどう向き合うのかという事です」
(ティラミス)
「そうだな……私はその弱さをずっと押し隠していたのだろうな」
(レクトル)
「その弱さを隠すのもいいですが、それでは人として成長する事はできません。だからこそ人は悩むのです。そして、成長をする為に人は色々な努力を重ねるのです」
(ティラミス)
「そうか……私にはそれが足りなかったのだな。自分に弱さがあるという事を意識する事が怖かったのかもしれない。そして、それを隠す為に旅をしていたのかもしれぬな」
(レクトル)
「それでいいと思います。もっと自分に素直になって楽に生きる事をお勧めします……」
レクトルはティラミスに思いを伝えると再び意識を失った。
(ティラミス)
「レクトル殿っ!」
ティラミスは慌ててレクトルの身体を支えるとレクトルを背負って街の宿へと向かった。そして、ティラミスがレクトルを連れて宿に戻ると宿の中でカナンと出会った。
(カナン)
「一体何があったんですか?ティラミスさんもそんなにボロボロになって……」
(ティラミス)
「すまぬ、カナン殿。私が不甲斐無いばかりに……レクトル殿がこの様な事になってしまった……」
(カナン)
「一体何があったのですか?」
ティラミスは先程のジェラートとの戦いについて説明した。
(ティラミス)
「……という訳だ。私がもっとしっかりとしていれば、この様な事にはならなかったであろうに……」
(レクトル)
「……それは違います。あれは私が勝手にやったこと……私の責任です……」
(カナン)
「レクトル、気がついたんだね?」
(レクトル)
「はい……カナン様。私はもう大丈夫です。それよりもティラミス様……」
(ティラミス)
「なんだ、レクトル殿?」
(レクトル)
「その辺でご自分を許されてはどうでしょうか?先程も言いましたが、あれは私が望んでやったことなのです。ティラミス様は何も悪くありません」
(ティラミス)
「……そうだな。すまぬ。色々と気を遣わせてしまったようだな」
ティラミスはレクトルを部屋のベットの上に寝かせてカナンと共に部屋を出ていった。それと入れ替わりにキリトが部屋の中に入ってきた。
(レクトル)
「キリトか?どうしたんだ?」
(キリト)
「レクトル……どうして、あの様な無茶な事をしたですか?」
(レクトル)
「なんだ?見ていたのか?」
(キリト)
「はい……偶然、街の隅であなたを見かけたもので声をかけようとしたのですが……気付いてもらえませんでしたからね」
(レクトル)
「そうだったのか……それはすまない事をした」
(キリト)
「そんな事は別にいいですよ。それより……なぜあの様な真似を?」
(レクトル)
「ふっ……ティラミス様にも同じ事を聞かれたな。だが……あの行為には答えなどない。ただティラミス様を庇いたいと思っただけなのだ。その結果、この様だったがな……」
レクトルは苦笑いを浮かべた。
(キリト)
「もし、あれであなたが死んでいたらカナン様はどうするつもりだったのですか?」
(レクトル)
「そうだな……カナン様にはたくさんの仲間が付いている。私がいなくなったとしても今のカナン様ならば立派にやっていけるだろう。それに……信じていたからな」
(キリト)
「何をですか?」
(レクトル)
「俺はお前を信じていたということさ。きっとアースティア様と共にカナン様を守ってくれるとな。だから、そんな不安など微塵も考えられなかったのかもしれないな」
(キリト)
「……あなたの気持ちはよく分かりました。だけど、もう二度とあの様な無茶な真似はしないで下さい。私はまだ友としてあなたを失いたくありませんから……」
キリトはそう言い残すと部屋を出ていった。
その頃、フィリルの部屋ではエルメスがフィリルに今日の事について相談していた。
(フィリル)
「そう……あなたが好きだったのはファーストのことだったのね。それなのに……ファーストはエルメスのことを妹としか見てくれていなかった事がショックだったのね」
(エルメス)
「はい……そうなんです、姫様……」
エルメスは大粒の涙をこぼしながらフィリルの胸に泣きついた。
(フィリル)
「ちょっとっ!ちょっとっ!とにかく、まずは落ち着きなさい、エルメス」
フィリルはエルメスの頭を優しく撫でると慰めた。
(フィリル)
「そうね……確かに自分の大好きな人が自分の事を妹としか見ていてくれなかったのならショックかもしれないわね。だけど……考え方によっては相手にされないよりはいいと
思うわよ。それにこれからモーションをかければ、恋人になれるかもしれないし……」
(エルメス)
「本当ですか、姫様っ!ファースト様が私の事を恋人として見てくれるのでしょうか?」
(フィリル)
「ええ、大丈夫よ。あなたって充分に可愛いんだから。自分を信じなさいって……」
(エルメス)
「はい、姫様っ!頑張ってファースト様にアタックします」
エルメスは瞳を輝かせると自身をより一層磨くことを決意した。
(エルメス)
「ところで……姫様?何か良い事でもあったんですか?何時もよりも顔がにやけてますよ?」
(フィリル)
「……えっ!本当にっ!別に何も無いわよ……」
(エルメス)
「怪しいな?何か何時に増して姫様が嬉しそうだと思ったのにな……」
エルメスはそう言い残すと部屋の外へと出ていった。
エルメスが部屋を出ていくのを確認するとフィリルは小さな溜息を吐いた。
(フィリル)
「エルメス……なかなか感がいいわね。それともそんなに顔に出てたのかしら?」
フィリルは手鏡を持って自分の顔を確認した。そして、昼間のレイニードの言葉を思いだした。するとフィリルの顔は何時の間にか真赤に染まっていた。
(フィリル)
「……ちょっ!いけないっ!いけないっ!」
その姿を見たフィリルは慌てて鏡を置いてベットに倒れ込んだ。そして、足を忙しなくばたつかせた。
(フィリル)
「……レイニード君……嬉しいわ」
フィリルは嬉しそうに呟いた。
一方その頃、ファーストはフィルトの部屋でエルメスの事を相談していた。
フィルトは皇子でありながら聖職者でもあったため、色々な人から悩み相談を受けていた。
(ファースト)
「……と言う訳でいきなりエルメス殿が怒り出してしまったのですが……一体何がいけなかったのでしょうか?」
(フィルト)
「そうですね……何が悪いかと言うとあなたでしょうね」
フィルトがそう言うと不思議そうにファーストは聞き返した。
(ファースト)
「なぜ私なのですか?」
(フィルト)
「それはですね……エルメスさんはあなたに妹ではなく恋人として見て欲しかったのでしょう。だから、あなたがしてくれていた優しさが妹としてそうしてくれたのだと知ってショックを受けたのでしょうね」
(ファースト)
「そんな……私は一体どうすればいいのでしょうか?」
(フィルト)
「どうするもこうするもする事は決まっているでしょう?エルメスさんを恋人として受け入れるか、それともきっぱりと断って今まで通りの関係を求めるしかないでしょうね。それ以外に彼女の機嫌を直す方法は無いと思われます」
(ファースト)
「私にそれができるでしょうか?私は今までエルメス殿の事を恋人としてではなく妹として見てきました。だから……どうしても彼女のことを恋人として見る事ができないかもしれません」
(フィルト)
「それはあなたの気持ち次第です。ここから先のアドバイスは何もありません」
(ファースト)
「そうですか…… 分かりました。ここから先の答えは自分自身で見つけてみます。フィルト皇子……長い時間付き合わせてしまって申し訳ありませんでした」
(フィルト)
「いえいえ、いいのですよ。私は皇子であると同時に神父でもありますから人の悩みを聞くのは当たり前のことです。頑張ってくださいね」
ファーストはお礼を言うと部屋を出ていった。
真夜中になるとティラミスはカナンの部屋を訪ねた。
(ティラミス)
「夜分遅くにすまない……カナン殿。中に入れてもらえぬだろうか?」
(カナン)
「はい……分かりました。すぐにドアを開けるので待っていてください」
カナンは部屋のドアを開けるとティラミスを中へと招き入れた。
(ティラミス)
「実は話があってな……ここへ来たのだが、ちょっといいか?」
(カナン)
「はい……構いませんよ。一体何でしょうか?」
(ティラミス)
「実はな……私は明日の朝、兄上と真剣勝負で戦おうと思っている。だから、明日はカナン殿達とは別行動をしたいのだが……」
(カナン)
「……別に構いませんよ。ティラミスさんにもティラミスさんのご事情があるでしょうから」
(ティラミス)
「そうか……それを聞いて安心した。それともう一つ……もし私が兄上に負けた場合、私は国に帰らなければならなくなる。これが最後の別れになるかもしれぬ」
(カナン)
「そうですか……ですが、僕はティラミスさんが勝つ事を信じています。だから……必ず僕達の所に戻って来て下さいね。僕達はティラミスさんのことを待ってますから」
カナンは明るく微笑むとティラミスに笑いかけた。
(ティラミス)
「カナン殿……かたじけない。それでは明日の準備をするので私は失礼する」
ティラミスはカナンに自らの思いを打ち明けると部屋を出ていった。そして、次の日の朝早くティラミスは目を覚ました。
ティラミスは宿を出る前にレクトルの所へと向かった。そして、静かにレクトルの部屋に入るとレクトルの傍に近づいた。
(ティラミス)
「やはり……まだ寝ているか。まぁ、そちらの方が都合がいいからそうしたのだが……」
ティラミスは眠るレクトルに話しかけ続けた。
(ティラミス)
「そのままの状態で聞いてくれ……私は兄上と決着をつける。そして、もし私が負けたら国に帰る事になるだろう。その前にレクトル殿に言っておきたい事がある」
ティラミスは真剣な表情を浮かべるとレクトルの顔の近くに自らの顔を近づけた。
(ティラミス)
「私を懸命にかばってくれたお主の姿、とてもカッコ良かった。私は人を好きになる事は無いと思っていた。だが……私はお主のことを好きになってしまったようだ。こんな気持ちになるのは初めてだ。だから……最後にお主の事が好きだと言いに来た。長くなってしまったが私はもう行く……それではな……」
ティラミスは自らの気持ちを伝えると部屋を出ていった。
(レクトル)
「……私もです、ティラミス様」
レクトルはティラミスが部屋を出ていった後にそう呟いた。




