第12話:絶望の代償
カナンはラミアの悪夢を見ていた。何度も何度もラミアが死んでいく夢を繰り返し見ていた。
そして、良心の呵責に押し潰されそうになりながら……ラミアを助ける事ができなかった自分の無力さを嘆きながら……自分のしてきた事の意味について疑問を抱き始めていた。
その頃、部屋の外では皆が心配そうに部屋の扉を見つめていた。
(レイニード)
「レクトルさん、カナンの様態はどうなんだ?」
(レクトル)
「外傷の心配は問題無いのだけど……精神的にはかなりまいられているらしい。その為か、今も目を開けずに悪夢を見られているご様子だった……」
(フィリル)
「そんな……それじゃ、カナン君は一体何時になったら目覚めるの?」
(レクトル)
「分かりません……聖者様の診断ではしばらくの間は一人でそっとしておく方が良いと言われました」
(アースティア)
「レクトルさん……私はカナンの傍にいて上げたいのですが……いいですか?」
レクトルはしばらく考えた後に返事を返した。
(レクトル)
「……分かりました。どうぞ、お入りください。アースティア様ならばカナン様もお目覚めになるかもしれません」
アースティアはカナンの部屋へと通された。
(レクトル)
「さぁ!さぁ!他の皆様は何時でもここを出発する準備を整えておいて下さい。それと休める内にしっかりと休んでおいて下さい」
レクトルは他の仲間達を部屋へと追い返すと自らも自身の部屋へと戻っていった。
その頃、部屋の中ではアースティアがカナンの傍に座っていた。カナンは悪夢にうなされていた。そこでアースティアは優しくカナンの手を握り締めると静かに呼びかけた。
(カナン)
「ラミア、ラミア。僕は、僕は……うーん……」
(アースティア)
「カナン……カナン……私の声が届くなら……目を開けて……」
アースティアが声をかけるとカナンの指がぴくっと反応を示した。アースティアは再び呼び続けた。
(アースティア)
「カナン……あなたが見ているのは夢なの。お願い……目を開けて。私達の所に戻ってきて……」
(カナン)
「……」
カナンは何も反応せずに目を覚まさなかった。
(アースティア)
「カナン……あなたはまだたくさんの人達に必要とされているの。私もカナンが必要なの。だから……お願いっ!目を開けてっ!私を見てっ!私を一人にしないで……」
(カナン)
「……アースティア」
カナンは独り言を言うように呟いた。けれど、まだ目を開かなかった。
そこでアースティアはカナンの唇にそっと自分の唇を当てるとカナンに呟いた。
(アースティア)
「私にできるのはここまで……ここから先は自分の意志で戻って来て……私はあなたの傍でずっと待っているから……」
カナンは静かに目を開けるとアースティアの方を見た。
(カナン)
「……アースティア……ここは?僕はどうなってしまったんだ?」
(アースティア)
「カナンっ!目を覚ましたのね。あなたはフィザーク将軍が倒れると同時に目を閉じて倒れたの」
(カナン)
「そうか……僕はあの時……気を抜いて倒れたのか……ねえ、アースティア?僕は一体何の為に戦っているんだろか……」
(アースティア)
「いきなりどうしたの、カナン?なんでそんな事言うの?」
(カナン)
「アースティア……僕は夢を見たんだ。ラミアが死んでいく夢を何度も。そう……僕は夢の中で何度もラミアを助けようとした。しかし、何時も助けられなかった。僕は無力なんだ。そして、僕に残された物はラミアの血の臭いだけだ……」
カナンは悲しみにくれた瞳で自らの両手を見つめた。
(アースティア)
「そんな事無いっ!カナンには……カナンには私がいるっ!大切な仲間達だってたくさんいるじゃないっ!あなたに残された物はそんな悲しい物だけじゃないわっ!」
(カナン)
「だけど……アースティア。僕は実際にラミアを斬ったんだ。決して消える事の無い事実なんだ……」
(アースティア)
「確かに……ラミアさんの血の臭いは消えないかもしれない。だけど……私や仲間達の絆も消えないわ、カナンっ!」
(カナン)
「アースティア……僕はもう旅を止めようと思う。そして、素直に自らの死を受け入れようと……」
(アースティア)
「なんて事を言うの、カナンっ!ここで旅を止めたら何の為にここまで来たの?皆はあなたを信用してここまで付いて来ているのよっ!」
(カナン)
「だから、僕は怖いんだ……僕のせいでそんな大切な仲間達を失う事が……そして……何よりも君を失ってしまう事が怖いんだ……」
(アースティア)
「カナン、聞いてっ!恐怖は誰にでもあることよ。私だってカナンを失う事を考えると恐ろしいわ……」
(カナン)
「僕は旅する事が疲れたよ……ただ生き延びる為だけに関係の無い者を殺し、たくさんの命を奪ってきた。僕がここで死ねば、もう無駄な命を奪わなくてすむ。そう……僕はここで死ぬべきなのかもしれない……」
アースティアはカナンの頬を思いきり引っ叩いた。
(カナン)
「痛っ!!」
(アースティア)
「そう、カナン……痛いでしょう?あなたは生きてる。だから、痛みを感じれるのよ。もう二度とそんな弱気な事を言わないで……」
アースティアは目尻に大粒の涙を溜めながらカナンのことを怒った。
(アースティア)
「それにあなたの命はもうあなただけのものではないのっ!ここまでたくさんの仲間達を巻き込んできたのよ。もし、あなたがここで歩みを止めてしまったら、残された私達はどうすればいいの?あなたの事を慕って集まって来た仲間達の運命はあなたが握っているのっ!だから……その目をしっかりと開けて前を見て歩むことを止めないで……」
アースティアはカナンの唇にキスをした。
(カナン)
「アースティア……」
(アースティア)
「いきなりごめんね、カナン……なぜだか私はこうしたかった」
(カナン)
「なぜだろう?僕も同じ気持ちになった。もう一度キスをしていいかい?」
カナンはアースティアを抱き寄せると今度は長いキスをした。
(アースティア)
「カナン……私……今とても幸せな気分なの。ずっとカナンとこうできたらいいなって考えてた。だから……とても嬉しいのっ!」
(カナン)
「僕も君の事がとても愛しく思えてきたよ。そう、このままずっと二人でこうしていたい。何時だって君が僕の傍にいてくれたから……」
カナンはアースティアを力任せに抱きしめた。
(アースティア)
「カナン……苦しいよ……もう少しだけ優しくして……大丈夫、私は消えたりしないから……」
(カナン)
「ごっ、ごめんよ、アースティア。つい力が入ってしまった……」
カナンは力を抜くとアースティアを優しく抱いた。
(アースティア)
「ありがとう、カナン……それともう一つだけわがままを言っていい?今だけ……今だけは私の事を『ティア』って呼んで欲しいの……」
(カナン)
「分かったよ……ティア……」
(アースティア)
「ああ……とても温かい……カナンの優しい鼓動が聞こえる。とくっ……とくっ……ってとても優しい感じの音……」
(カナン)
「ああ……僕にもティアの元気な胸の鼓動が聞こえるよ。何だか疲れがなくなっていく感じがする……」
(アースティア)
「カナン……」
(カナン)
「ティア……」
二人はそのままの状態でお互いに目を閉じて次の日の朝まで同じ時を過ごした。
次の日の朝、アースティアが起きるとカナンはもうすでに身支度を済ませて起きていた。
(カナン)
「アースティア、おはよう。目は覚めたかい?」
(アースティア)
「ええ……それよりカナンはもう立ち上がっても大丈夫なの?」
(カナン)
「ああ……アースティアの張り手のおかげですっかりと目が覚めたよ」
(アースティア)
「もうっ!カナンたらっ!」
アースティアは少し照れて後ろを向いた。その瞬間、カナンは後ろから手を伸ばし、アースティアの背中に自らの胸をつけてアースティアの耳元で囁いた。
(カナン)
「……ティア……僕の手に付いた血の臭いは消える事が無いのかもしれない。だけど……僕はもう決して迷わないっ!皆の為にも。そして……何より君の為にも」
カナンは優しく呟くとアースティアの頬にキスをした。
(アースティア)
「さぁ、行きましょうっ!皆が待っているわ」
アースティアは元気よく外へと出ていった。
カナンが外へ出てくると仲間達は旅の準備を済ませて待っていた。
(レイニード)
「もう身体の方は大丈夫か?こっちは何時でも出発できるぜ」
(フィリル)
「カナン君、心配したわよ。でも、もう元気そうで良かったわ」
(レクトル)
「カナン様、皆が待っております。早くお声をかけてやって下さい」
(カナン)
「皆……ごめん……心配をかけたようだね。でも僕はもう大丈夫だ。さぁ、出発しようっ!」
カナンが掛け声をかけると皆も「おーっ!」と手を挙げて気合を入れた。
そして、カナン達はモルグス国とペンタス国の国境のゴンドアの門を目指して出発した。
(レイニード)
「カナンが正常に戻って良かったぜ」
(デライト)
「ああ、全くだ。カナンが元気でないとなんか調子がでねえもんな」
(レイニード)
「それにしても……アースティアはすごいな。あんな状態のカナンを立ち直らせるなんて。でも、朝まで一緒の部屋にいたみたいだが……何をしてたんだろうな?」
(フィリル)
「はいっ!そこっ!いちいちつまらない詮索をするのは止めましょう。何があったていいでしょう?」
(レイニード)
「これは、これは……何の事でしょうか、フィリル姫様?」
(フィリル)
「何だかわざとらしい言い方ね。それよりさっき話していた事、何が起きてもいいじゃない。年頃の男と女が一つ屋根の下でする事なんて決まってるでしょう?」
(レイニード)
「へぇ~何をするでしょうか、お姫様?お姫様は何かご存じなんですか?」
レイニードがわざとらしく聞くとフィリルは何かを考えた後で顔が赤くなり、笑って誤魔化した。
(フィリル)
「そっ!それよりっ!レイ二ード君。私の事を『お姫様』と呼ばないでっ!なんか城にいるのと同じ気分になって肩がこるわ」
(レイ二ード)
「じゃあ、何と呼べばいいんでしょうか?」
(フィリル)
「うーん、そうね……女王様と呼ばせるのもいいけど、やっぱりアースティアちゃんと同じ呼び捨てでいいわ」
(レイニード)
「そうですか?それじゃ……フィリル」
(フィリル)
「そう、それでいいわ」
(レオン)
「こらぁーーーっ!貴様っ!フィリル姫を呼び捨てにするなど何事ぞっ!」
(フィリル)
「いいの……いいのよ、レオン。私がそう呼んで欲しいとレイニード君に頼んだのよ」
(レオン)
「しかしながら姫様……」
(フィリル)
「それよりあなた達も私の事を姫様とは呼ばないで」
(レオン)
「恐れながら……その様に姫を呼ぶ事はできませぬっ!」
(フィリル)
「ここはカトレアの城ではないのよ。その様な気は遣わないで欲しいわ」
(レオン)
「お言葉ですが、フィリル姫様。やはり、私にはその様に呼ぶ事などできませぬ」
(フィリル)
「全く……あなた達ときたら本当に融通が効かないわね」
(ファースト)
「姫様。それ以上、レオン殿を困らせては可愛そうでございます」
(フィリル)
「何?またファースト君?私の邪魔を何でするかな」
(ファースト)
「いえいえ、姫様。私は姫様の邪魔をする気は全くありませんよ。私はただ姫様が他人を困らせないようにお止めしているだけでございます」
(フィリル)
「それを邪魔していると言わないかしら?」
(ファースト)
「そう言われれば、そうとも考えられますが、私は姫様の事を思ってお止めしているまででございますよ」
(フィリル)
「はい、はい。何時だってあなた達はそうですものね……」
フィリルは軽く頬を膨らませるとアースティアの方へ走っていた。




