怖がりクマくんの願い事
逆さの虹がかかることから「逆さ虹の森」と呼ばれる森。
ここにはたくさんの動物たちが暮しています。今日は森に棲む動物たちの様子を少しだけ覗いてみましょう。
◆◆◆
のしのしと森を歩いているのは、どうやらクマくんのようです。大きな体を黒い毛が覆い、手足には鋭い爪が見え隠れしています。ですが、どこかオドオドした様子。木の陰に隠れて辺りを見渡し、誰もいないのを確かめてからようやく足を進めます。
そんなクマくんの後ろから這いよる影がありました。
「おいこら! 怖がりクマ野郎! ビクビクしやがってイラつくぜぃ!」
「わあああああ!!」
後ろから突然かけられた声にクマくんはびっくりして飛び上がると、尻もちをついてしまいました。
「けっ。相変わらず情けねぇ野郎だぜぃ」
そう吐き捨てたのは、目つきの悪いアライグマくんでした。
「アライグマくん、びっくりするじゃないか」
尻もちをついたまま振り返ったクマくんは、アライグマくんから目をそらして大きな体を小さくしながら言いました。
「へん! この程度でビビるお前がおかしいんでぃ!」
アライグマくんは鼻を鳴らしてどっかりと木の根に座ります。なにやら話し込む態勢にクマくんはますます体を小さくします。
「お前もクマならクマらしく堂々としたらどうなんでぃ。でっけえ野望のひとつやふたつ語ってみせてみろぃ」
「……僕にだって夢くらいあるさ」
消え入りそうな声でクマくんは言いました。アライグマくんの耳がピクンと動きます。
「へえ、一体どんな野望でぃ」
「え、えっと……」
クマくんは困ったように耳を垂れます。そんなクマくんにすぐイライラし始めたアライグマくんは尻尾を地面にピシャリと叩きつけました。
「さっさと言ったらどうなんでぃ!」
「わぁ! 冒険だよ!」
「冒険?」
クマくんの答えにアライグマくんは素っ頓狂な声を上げます。怖がりのクマくんと冒険という言葉がすぐに結びつかなかったのでしょう。
「へへっ。へへへへへ。お前が冒険だってぇ?」
ややあって、アライグマくんは腹を抱えて笑い出しました。クマくんの野望を信じた様子はありません。そんなアライグマくんにクマくんもムッとした様子で言い返しました。
「本当さ。僕には森を大冒険する夢があるんだ。それをしないのは、森を半分に分ける橋がボロボロで渡ることができないからさ」
「へぇへぇ。うまい言い訳だ」
アライグマくんは尚もバカにした様子でした。そこに歌を歌いながらコマドリちゃんがやって来ました。
「ラーラララ。あら、クマくんにアライグマくん。ごきげんよう」
コマドリちゃんの挨拶に2匹は言い争いを辞めて挨拶を返しました。
「何のお話をしていたの?」
穏やかにコマドリちゃんが問いかけます。
「聞いてくれぃ、コマドリ。この怖がりクマ野郎の野望をよぉ」
アライグマくんは笑いを堪えてコマドリちゃんにクマくんの野望を話しました。
「まあ、素敵な夢」
コマドリちゃんは羽をパタパタさせて言いました。
「俺様は信じられねぇぜ。怖がりクマ野郎がよぉ」
「だったら橋を直せばいいんじゃないかしら?」
コマドリちゃんの言葉にアライグマくんとクマくんはびっくりしてお互いの顔を見合わせました。
「橋を直すってどうやって?」
クマくんが問いかけます。アライグマくんも興味津々です。
「願いを叶えてくれる池があるのよ」
「それってドングリ池のこと?」
「えぇそうよ」
コマドリちゃんの答えにアライグマくんは興味を失くしたようでした。
「そんな噂を信じてるのか、コマドリよぉ」
「あら。ちゃんと歌だって伝わっているのよ?」
そう言うと、コマドリちゃんは歌い始めました。
「ラーラララ
お空にかかる7色の橋
虹って言うのよ お嬢さん
でもね 昔は逆さまだったの
どうして逆さになったのか?
虹を近づけて下さいと
願ったコトリがいたからよ
池にドングリおまじない」
澄んだ声色でコマドリちゃんは歌を歌いました。アライグマくんもクマくんもすっかり歌に聞き入ってしまいました。
「コマドリちゃんは歌が上手だね」
クマくんは楽しそうに言いました。
「ありがとう、クマくん。この歌はね、願いを込めたドングリを池に投げると願いが叶うっていう歌なのよ」
「信じられねぇぜ」
「じゃあ、ドングリ池に行ってみましょうよ」
コマドリちゃんの提案で3匹はドングリ池に行くことになりました。
◆◆◆
木々が茂る森の中でぽっかり拓けた場所にドングリ池はありました。綺麗に澄んだ水面が太陽の光を浴びてキラキラと輝いています。
「ねぇ、クマくん。橋が直るようにお願いしてみたらどうかしら?」
コマドリちゃんはそう言うと、ドングリをくちばしに咥えて持ってきました。クマくんはドングリと池を交互に見て、なにやら迷っている様子です。
「願えるわけがねぇ。橋が仮に直っちまったら困るだろう? お前に冒険なんてできねぇんだからよぉ」
アライグマくんはバカにしたように言いました。それを聞いたクマくんはコマドリちゃんからドングリを受け取ると池に向かって投げました。
「オンボロ橋を直して下さい! 僕は橋の向こう側に冒険に行きたいんだ!」
ポチャンとドングリは池に落ちました。すると、森の奥からキツネちゃんが現れました。
「あらあら皆さんお揃いで。どうなさったの?」
キツネちゃんは少し驚いた様子で言いました。
「キツネちゃん、あのね」
コマドリちゃんはクマくんの冒険のためにオンボロ橋が直るように願いをかけた話をしました。キツネちゃんはその話に感動したようでした。
「まあ、なんて素敵な夢。じゃあ、橋が直るように材料を用意しておいた方がいいんじゃないかしら」
「材料?」
キツネちゃんの言葉にクマくんは首を傾げました。
「木を橋の近くに置いておくのよ。橋を直すとき必要でしょう?」
「それはいいアイデアね」
キツネちゃんの考えにコマドリちゃんは賛同しました。
「そんなことしないと橋は直らないの?」
クマくんはあまり乗り気ではないようです。
「私たちにできることはしておいた方がいいと思うわ。その方がきっと願いは叶いやすいわよ」
コマドリちゃんはパタパタと飛んでクマくんの肩に乗ると、クマくんを説得します。
「橋が直る可能性を高めるような真似、そのビビりにできるかよぉ」
アライグマくんは会話に割って入ってくると、吐き捨てるように言いました。その物言いに再びムッとしたクマくんは森の方へ足を向けました。
「木を用意しよう」
「なら、立派な木のある場所を知っているわ。案内しましょう」
キツネちゃんはクマくんの前に歩み出るとそう言いました。コマドリちゃんを乗せたクマくんとアライグマくんがその後に続きます。
◆◆◆
キツネちゃんが案内したのは、たくさんの木の根っこが地表に出ている広場でした。どの木もとても立派です。
「ここにある木を使ったらどうかしら?」
キツネちゃんはクマくんに向かって言いました。
「でも、こんな立派な木、倒せないよ」
「クマがなに情けないこと言ってんでぃ」
渋るクマくんの尻を尻尾でペシペシ叩きながらアライグマくんは言いました。
「夢を叶えるために頑張りましょう。あなたの夢は大冒険をすることでしょう?」
コマドリちゃんはクマくんにエールを送ります。クマくんはコマドリちゃんとキツネちゃんの顔を見て、最後に疑いの眼差しを向けるアライグマくんを見ました。クマくんはなにやら決心したように一歩前へ踏み出します。
「そうさ。僕の夢は大冒険をすることだ。木を倒すよ」
と、クマくんが言った瞬間、ギギギギと音が鳴りました。皆、動きを止めて辺りを見渡します。
「わあ!」
「なに?!」
突如上がった声にクマくんはビクリと体を震わせます。声を上げて木の根の隙間から飛び出してきたのは、リスくんでした。
「リスくん? どうしてこんなところに?」
キツネちゃんが問いかけると、リスくんは慌てた様子で答えました。
「皆の姿が見えたから脅かしてやろうと根っこに隠れてたら、根っこが動いたんだ!」
「根っこが動いたぁ?」
リスくんの言葉を思わず繰り返したのはアライグマくんです。他の皆も驚いている様子です。
「そんなバカなことが……」
アライグマくんが言いかけたとき、再びギギギギと音がしました。その不穏な音にみな言葉を飲み込み、動きを止めます。すると――大きな音を立てて木の根っこが地面から引っこ抜かれクマくんに襲い掛かりました。
「わあ!!」
びっくりしたクマくんは咄嗟に後ろに下がって根っこを躱します。
「なんだなんだ! 根っこが動いたぞ?!」
リスくんは小さな体をピョンピョン跳ねさせて混乱しています。アライグマくんも険しい顔つきになって姿勢を低くし構えました。
「あらあら、これは一体どういうことかしら? 何か知っている? コマドリちゃん」
キツネちゃんがおっとりとした声でコマドリちゃんに聞きました。
「ここは根っこの広場だったわね。ここにも歌が伝わっているわよ」
コマドリちゃんは羽をパタパタさせて歌う姿勢に入ります。しかし、それを止める声がありました。
「呑気に歌ってる場合かよぉ! どんな言い伝えかだけ教えやがれぃ!!」
アライグマくんです。アライグマくんはいつ木の根っこが動きだしてもいいように辺りを見渡します。そのとき、再び木の根がクマくん目掛けて動き出しました。
「クマ野郎が狙いか?! 逃げろ!!」
「なんで僕なの!?」
クマくんは慌てて走り出します。
「おい、コマドリ! どんな歌が伝わってるんだ?! これはマジでやばいよ!」
リスくんの言葉に歌うのを止めたコマドリちゃんは逃げ回るクマくんを見ながら言いました。
「ここの木の根はね、嘘つきに襲い掛かるらしいわ」
「あらあら。クマくんは嘘をついているということかしら?」
キツネちゃんが困ったように首を傾げます。
「ば、僕、嘘なんてついてないよ!」
走り回って息切れを起こしながらクマくんは言いました。すると、一層強い勢いで木の根っこがクマくんに襲い掛かりました。
「クマ野郎!!」
咄嗟にクマくんの前に出たアライグマくんが木の根っこに吹き飛ばされます。
「アライグマくん!!」
クマくんの悲鳴が響きます。
「くそったれ!」
アライグマくんはなんとか起き上がると体勢を整えました。しかし、右足からは血が流れています。それを見たクマくんは真っ青になりました。
「わぁあああ!! ごめんなさい!! 冒険したいだなんて嘘なんだ!! ほんとはみんなと楽しく遊びたかっただけなんだ!!」
クマくんは泣きながら叫びました。すると、クマくんを追っていた木の根っこはピタリと動きを止め、土の中に戻っていきました。
しばらく誰も動きませんでした。最初に動いたのはアライグマくんでした。
「くだらねえ嘘つきやがって。クマ野郎が」
「……ごめんね、アライグマくん」
「けっ」
アライグマくんはクマくんに背を向けて歩き出します。
「アライグマくん、どこ行くの? けがの手当てをしなくっちゃ!」
「こんなもんかすり傷だ。それよりみんなで遊びたいんだろう?」
「!」
アライグマくんの言葉にコマドリちゃんとキツネちゃんは互いの顔を見て微笑み合いました。
「それじゃあ、食いしん坊のヘビくんも呼んでみんなで宴をしましょう」
「それいいね」
キツネちゃんの提案にリスくんが乗ります。
「……ありがとう」
クマくんは嬉しそうに言いました。そんなクマくんを見てコマドリちゃんは楽しそうに羽を動かしました。
「ラーラララ。ドングリ池はやっぱり願いを叶える池だったわ。クマくんの本当の願いを叶えたんだから」
おわり