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掃除機と午後

作者: かわうそまつり

 目が覚める。日は既に高く、曇り空の隙間から日が差しているのが窓から見える。

 今日もまた遅く起きた。いや、遅く起きた、というのは少し違う気もする。なにしろおれはいつもこれくらいの時間帯に起きているのだ。

 同居人は既に出かけている。

 軽く身だしなみを整え、朝食を食べる。いや、この時間は昼食なのか。


 食事も済み、今日はどんなことをして過ごそうか考える。と、どこからかヘンな音が聞こえる。

 ははあ、また掃除機が段差に引っかかっているに違いない。

 見に行くと案の定、ディスク型をしたロボット掃除機が段差でタイヤをガリガリ空回りさせている。


「ほらよ」


 少しだけ押すと、また掃除機は何事も無かったように動きだした。


「助かりました、ありがとうございます」


 掃除機に礼を言われる。礼などいいから少しは学習してほしいものだ。あいつはここのところ、二日にいっぺんはあの段差に引っかかっているように思う。

 ええと、掃除機のことがある前になにか考え事をしていた気がする。なんだったかな。思い出せないがまあいいか。

 ところで今日は何をしようか。そんなことを考える。

 そうだな、今日は動きたくないし、だらけて過ごすことにしよう。


 リビングのソファに横になる。

 窓の外を見るとやはり、曇ったままである。

そういえば今日は珍しく、起きてから一度も外をクルマが通っていない。静かで絶好のだらけ日和である。

 そんなことを思った矢先にガッ、ガッ、と音がする。

 優雅な時間を邪魔されたような気分になった。どうせまたあいつだろう。

 音の方向を見に行くと、やはりまた掃除機がいる。「コ」の字型の空間で、方向を変えては壁にぶつかっている。


「おまえこの前ここは二度と来たくないって言ってなかったか」


そう尋ねると、


「いやあ、掃除機として生まれたからにはそういうわけにもいきません」


 そう言われた。なんと融通のきかないやつか。

 幸い掃除機は、おれの声の方向を頼りにして抜け出せた。


「いやはや毎度申し訳ない」


 考えてみると、あいつもなかなか難儀なものだ。ああも融通のきかない性格をしていると生きづらいだろうに。

 しかもあいつの目は「近くに何かがある」程度の認識しか出来ないようなのだ。きっと外に出たら一晩も越せないことだろう。いや、掃除機は外に出る必要はないんだった。


 さて、これからどうしたものだろうか。掃除機のせいですっかりだらける気分ではなくなってしまった。

 他にすることもないし、しばらく掃除機の様子を見ていることにしよう。

 しかしそう決めてから十分もたたないうちに飽きてしまった。なにしろこいつときたらただ黙々と掃除をするばかりで、他に何もしないのである。いや掃除機だからそれも仕方ないのかもしれない。

 それだけならまだいいが、それだけではない。同じところを何度も何度も掃除したり、たまにテーブルにぶつかったりしては相手に対して謝っている。

 どの家具も皆、慣れてしまって今更怒る者もいない。しかしこうして改めて見ていると、なかなかにもどっかしくていらいらしてくる。

 話しかけるつもりはなかったが、あまりにいらいらするのでつい話しかけてしまった。


「なんでそう苦労してまで掃除をするんだ、たまには休む日があっても良いだろう」


「そういうわけにもいきません。私が掃除をしてるのは「そういうふうにできてるから」です。本能みたいなものですよ」


 正直そう言われてもいまいちピンとこない。

そういえば、おれはこの話を前にも二度ほど聞いたことがある気がする。

 つまりおれは、過去に二回同じ質問をこいつにしていることになる。学習していないのはおれの方もだったか。これではこいつにとやかく言えたことではない。

 しかし見れば見るほどわからない。あいつは掃除をしているところと休んでいる以外を見たことがないが、楽しいことなどはあるのだろうか。


「お前は、毎日掃除しかしていないだろう。何を楽しみにして日々を過ごしているんだ?」


「はて、私からすればあなたも毎日だらけて過ごすだけ。同じ毎日の繰り返し、という意味では似たようなものでは?」


 なるほど、これは納得である。

 たしかにおれも毎日同じことばかりしている気がするがまあまあ楽しい。


「それに、私はこうしてあなたと話せるだけでも楽しいものです」


 それもそうかもしれない。モノと話せるやつなんてのはモノからしてみれば仰天らしいものな。


「それもですが、私は単純にあなたのことが結構好きなんですよ」


「おれは掃除機を恋人にするシュミはねえがな」


「あっ、さては本気にしてませんね」


 掃除機とおれでくだらない会話をする。外はもう、うっすらと暗くなってきている。


 そろそろ同居人が帰ってくるかな、そう思った矢先、玄関の戸が開く音がした。


「おかえり」


 おれはそう言ったつもりだが、掃除機の言葉が他のやつには聞こえないように、おれの言葉も同居人にはきっとこういうふうに聞こえているに違いない。




「にゃお」

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