2-4 Itsuki 暴走
今回はグロテスクな描写があります。
苦手な方はその部分だけを飛ばして読んでください。
「そこまでです」
突然、つい今さっきまで何もなかったはずの壁に、両開きの扉が出現した。黒ずくめたちが一斉に扉に銃を向ける。
(あれは……)
イツキは、突然現れた扉の正体をすぐに察知した。記憶に間違いが無ければ、“アイツ”の能力のはずだ。
扉がゆっくりと開き始めた。男たちは微動だにせず、じっと銃を構えている。
扉の向こうから現れたのは、跳ねた青い髪が印象的な少年と、マントを羽織って白馬に乗っていそうなくらいに端正な顔立ちの青年だった。陶磁のような白い肌と透き通っているような碧眼が、見る者を魅了する。
「誰……?」
レンが、二人の男性を見て、首を傾げる。
「貴様、何者だ!」
扉の近くにいた黒ずくめが、突然現れた二人の少年に拳銃を向けた。王子様的外見の青年はそれを横目でちらっとだけ見て、再び視線を前に戻した。
「超能力者特別支援事務局、南中央支部所属、ロレンス・高瀬・アンダーソンです」
青年はそう名乗ると、パンッ。と両手を合わせ、黒ずくめの拳銃に触れた。たちまち、拳銃が鉄屑に変化する。黒ずくめは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして自分の拳銃だった鉄屑を見つめるが、鉄屑が拳銃に戻ることは無い。
『錬金術師』
それが、ラリーの愛称で呼ばれる、イツキよりも三つほど歳上の青年の能力だ。
彼は、質量保存の法則や物質保存の法則に従う範囲内で、自身の触れたものの分子構造を変化させて、別の物質を作り上げることができる。
すると、青髪少年がモニター室をキョロキョロと見回し始めた。まるで、何かを探しているようだ。
「まずっ……」
イツキはそれを見て、冷や汗をかいた。折れた左腕を庇いながら身体を反転させ、うつ伏せになる。
「……イツキ?」
そんなイツキに、レンが首を傾げた。イツキは慌てて口元に人差し指を当てるが、時既に遅し。青髪の少年がこちらを向いた。
そして、
「やっほー、いっきー! 今日も俺っちのこと愛してるー?」
次の瞬間、青髪の少年が、とんでもないことを口に出した。その場にいた意識のある者ほぼ全員が、少年の言葉にひきつった表情を浮かべる。レンは寒気を催したのか、一瞬大きく身震いした。
「愛してねぇよ。バカヤロー……!」
もちろん、そんなことに真面目に返す気など毛頭ないイツキは、青髪少年に対する怒りを覚えながら、プルプルと身体を震わせた。
「貴方の同性愛宣言に付き合っていたら、日が暮れてしまいそうです。さっさと事を済ませましょう」
イツキの返答に青髪少年が答えようとするのを遮るように、再び両手を合わせる音がモニター室に響いた。
ラリーの言葉に、蒼髪少年はラリーに敬礼のポーズをした。だが、そこに軍隊で見られるような厳格さは一切存在しない。
「へいへーい。じゃあ、さっさとこいつらをやっつけて、いっきーで遊ばせてもらうかにゃー」
既に、青髪少年の言葉に突っ込みを入れる気になれないイツキは、小さくため息をついた。
「ごちゃごちゃうるせぇ! 殺されてぇのか!」
いい加減付き合いきれなくなったのか、黒ずくめの一人が青髪少年に銃を向けた。青髪少年は、それを面白いと言わんばかりの笑顔で見る。
「んんー? それってアレ? 『宣戦布告』ってヤツぅ?」
「だ、だったら何だよ!」
余裕綽々の青髪少年に対して、黒ずくめはかなりテンパっていた。虚勢を張りながら銃の狙いを定めようとする。
すると、青髪は少年はニカッ。と歯を見せて楽しそうに笑った。イツキはあの笑い方を知っている。確実に、アイツなりの“楽しみ”を得たときの笑い方だ。
青髪少年は、右手を肩の位置まで上げた。
「じゃあさ、今から俺っちがするのって、『正当防衛』ってヤツだよねん?」
ピキンッ
「……あ?」
黒ずくめは、何かにヒビが入るような音とほぼ同時に、自分の両手に視線を落とした。
黒ずくめの両手が、凍っていた。
「う、うわああぁぁぁっ!」
黒ずくめの男が悲鳴を上げる。見ると、他の黒ずくめにも同じ現象が起こっていた。キッカの隣にいる『人形劇』の少年も、両手を氷で封じられ、重そうに両手をだらんと下げている。
『人形劇』が、青髪少年を睨み付けた。
「念動力『水使い』ですか……!」
『人形劇』がそう言うと、青髪少年は両手で大きく丸を作った。
「ピンポーン! 名乗り遅れちったけど、俺っちの名前は兼村ヒロだよん。よろしくにゃーん」
青髪少年――ヒロは満面の笑顔で、『人形劇』にブイサインをする。『人形劇』は、フン。とそっぽを向いた。
「驚きましたね」
そう言ったのは、ラリーだった。
「兼村さん、と言いましたか? さっきの検査では、『水を主に扱う念動力能力者』としか聞いていなかったんですけど、こんな水のない場所でどうやって能力を発動したんです?」
ラリーの言う通りだった。モニター室には水道はない。火災時用のスプリンクラーや、局員が持ち込んだペットボトルはあるが、スプリンクラーは作動していないし、ペットボトルの水にも変化は全く無かった。
すると、ヒロは小さくため息をつきながら肩を竦めた。
「ロレンスさん。俺っち嘘はついてないよん。どっかのRPGじゃあるまいし、氷と水を区別するなんて愚の骨頂ってやつだにゃー。
氷なんて、単に水が固体になったときの名称でしかないし、水なんて大気中にうようよいるにゃー」
ヒロはそう言いながら、手のひらにネコの形をした氷の彫刻を出現させた。
ヒロの能力は、指定した空間の圧力を調整して、大気中の水分子を液体や固体に変化させるものだ。また、水がある場所では、その水を自由自在に操ることもできる。
「なるほど。それはなかなか……面白いですね」
ヒロの説明に納得したのか、ラリーはそう言って両手をパンッと合わせると、黒ずくめたちの銃器に触れる。銃器は目映い光を発すると、鉄屑に変わった。驚く黒ずくめを他所に、ラリーはどんどん銃器を鉄屑に変えていく。
「計算外だな……」
イツキの横で、レンを捕らえている黒ずくめが小さく舌打ちをした。だが、声には何故か余裕が見える。
すると、黒ずくめは銃を持ったまま、“凍っている”手をヒロに向けた。周囲の空間が、瞬時に熱くなる。
「ヒロ、避けろぉっ!」
イツキがそう叫んだのと、
ゴォッ!
「がはっ」
突然吹いた熱風で、ヒロが壁に叩きつけられたのは、ほぼ同時だった。
ラリーが、黒ずくめを睨む。黒ずくめの手に、既に氷は無かった。
「発火能力者ですか……」
「ご明察だ。あのガキの能力は、俺とは相性が悪いぜ」
黒ずくめは得意気に笑うと、レンのこめかみに銃を向け直した。
「手を上げな。じゃなきゃ、このガキの頭が無くなるぜ?」
「な……!」
イツキは絶句した。モニターのコウモリは、既に何も言う気が無いらしく、さっきから一言も口をはさんでいない。
レンはガタガタと震えていた。まだ能力を開花して間もないレンは、能力の使い方をほとんど知らない。昨日の霧も、イツキたちの能力までキャンセルしてしまうから、使い所が難しい。
(畜生……!)
イツキは怒りを覚えていた。それは、他の誰でもない、自分自身に対する怒り。
(何が第一級念動力だ。ここで使えないで、何が能力なんだ……!)
全方位殲滅型の能力であるイツキの能力では、この状況を打破することはできない。確実にレンやラリーを巻き込んでしまう。
(チカラが、欲しい……!)
レンたちを救うチカラが、
黒ずくめだけを滅するチカラが、
何者にも屈せず、大切なもの全てを護りきるチカラが……!
――ドクン
イツキの中で、何かが胎動した。目の前が一瞬だけ闇に包まれる。闇の真ん中に大きな白い扉が見え、その扉が、ほんの少しだけ開いたように見えた。
「うあああぁぁぁっ!」
イツキは吠えた。“何か”が自分の中で暴れ回っているのを感じる。イツキはレンを抱えている黒ずくめを睨んだ。
(あの腕が憎い……)
イツキがそう念じた瞬間、
ボトッ。
「…………え?」
黒ずくめが、すっとんきょうな声を上げた。何かが落ちたような音を聞いて、黒ずくめは何故か、銃を持っている自分の右腕に視線を移した。
黒ずくめの右腕の、二の腕から先が失われていた。
「ぎゃああああああ!」
「きゃあっ!」
遅れてやってきた痛みに、黒ずくめは悶えた。左腕で抱えていたレンを床に投げつけ、右腕の切り口を必死に押さえる。
「……ちぃっ!」
『人形劇』が両手の氷を近くの机で叩き割り、血塗れの両手をイツキに向けた。
「ここで暴走されても困るんですよ……!」
『人形劇』はイツキに能力を発動しようとした。だが、それよりも一瞬速く、イツキの方から強風が吹き荒れる。
ボトボトッ
「ぐああああああっ!」
『人形劇』の両腕が、鋭いナイフで斬られたかのように、切り落とされた。
「イツキ!」
レンが叫ぶ。しかし、今のイツキにはレンの声は届かない。
(憎い……!)
イツキの中を、ただそれだけが支配していた。
「俺から……」
イツキの脳裏に、七年前の“あの事件”がよぎる。
「俺からこれ以上何も奪うなぁっ!」
イツキの咆哮に共鳴するように、更に強く風が吹き荒ぶ。
風は黒ずくめだけを切り裂いていき、レンたちの周りでは優しく頬を撫でるように吹く。
「イツキ……」
レンが、ゆっくりとイツキに歩み寄る。レンは血溜まりに思わず目を逸らすが、それでもイツキに触れようと前へ進む。
「ああああああっ……」
イツキには、もう何も見えていなかった。黒ずくめは既に戦意を喪失しているが、イツキは風を止めようとしなかった。
「イツキ……」
レンが、イツキの頬に触れた。そのまま、ゆっくりとイツキの頭を抱きしめる。
「もう、大丈夫だよ」
レンがそう言ったのと同時に、レンの体から霧が吹き出した。イツキの風も、ピタリと止む。
(……レン……)
混濁した意識の中で、イツキはあの白い扉が再び閉まるのを感じた。
「うわあ。こりゃ酷い。作戦失敗だわ」
最後に惚けたような少女の声を聞きながら、イツキはゆっくりと、眠りに落ちるように意識を失った。
今回はかなり長々とした話になりました。
本当は支部長一行も出てくるはずだったのですが、書いているうちに濃いはずの古賀埜支部長がどんどん薄くなってしまい……。支部長一行はもう少し先の再登場になります。
今回初登場のラリーとヒロ。ヒロのふざけた口調は実はかなりお気に入りなので、どんどん使っていきたいです(笑)
次回はトウマ視点で物語が展開します。




