ドSな彼女
なぜ俺はこのドS姫と並んで歩いているのだろう。
私はなぜこの陰気なダサ男と並んで歩いているのだろう。
………わからない。
「ねえ、ダサ男君。あなた転校する前はどこにいたの?」
「ダサ男君って。俺の名前は神崎です。」
「じゃあ、神崎君改めダサ崎君。どこにいたの?」
「なんで改めた…まあいいや。どこにいた…ね。どこにいたんだろうね?」
あの頃の俺はどこにもいなかった…
いや、あの時いなくなった…
「なにそれ…」
「ハハハ、ここよりもっと静かな田舎町で普通に暮らしていたよ。」
「ふーんそう。」
「うん。」
ザワザワ ザワザワ
あ、人の視線が。そういえば忘れてたけど、こいつ美少女だったな。あー早く帰りたい…
それにしてもドS姫か。なぜだろう。確かにドSなんだろうけど、何か違和感がある。なぜだろう…
「ねえ、神崎君…」
「なに?」
「……いや、なんでもない。私こっちだから。今日は助けてくれてありがとう。じゃあね。」
「あ、うん」
やっぱり何か違う。それになにか悲しそうな顔をしていた。
でも、俺には関係ないことだ。そう、俺には…
○ ○ ○
「おかえりなさいませお嬢様。」
「ただいま。」
「ご主人様がお呼びです。」
「そう。着替え次第すぐ行くわ。着替えのお手伝いはいらないから。」
「承知しました。」
カサッ シュルル
私はあの時なぜ彼に言おうとしたの?外では自分の気持ちに正直にいようって決めた私が唯一隠している思いを…
いや、本当はわかっている。彼は私に似ている。そういう気がした。だから、本当の私を真摯に受け止めてくれるかもしれないって期待した。でもそんなわけない。今までもこれからも、本当の私に気付いてくれる人は誰もいない。
○ ○ ○
ガチャ
「ただいま帰りました。」
「そうか。ユア、さっそくだが。お前も結婚できる年齢になってしばらく経つ。一ヶ月後にお見合いを設定してきた。相手は財閥の御曹司だ。それまでにもう一度礼儀の作法を確認するように。」
「え、お父様…」
「なんだ?」
「…いえ、なんでもありません。失礼します。」
ガチャ
これが私の現実だ。私の家は音楽の名家。父親は世界的な元指揮者で、母親は日本一の現役バイオリニスト。私は幼いころお母さんに捨てられた。私に音楽の才能が無かったから。もし今度期待を裏切ったらお父さんにも捨てられるかもしれない。そうなるのが怖い。だから従うしかない。
これが現実。この臆病な私が現実…
○ ○ ○
「ねえ、おばちゃん。お兄ちゃんはまだなの?」
「おばちゃんって、私はまだそんな年じゃ…まあいいわ。お兄ちゃんは今日からヒワちゃんより遅く帰ってくるのよ。」
「なんでなんで!つまんないー!」
「お兄ちゃんは高校っていうところに行ってるのよ。」
「じゃあヒワも高校に行くー!」
「ヒワちゃんまだ小学生でしょ…」
「ただいまー」
ドドドドドドド
「お兄ちゃんおかえりー‼‼」
「ただいま、ヒワ。」
「おかえりなさい。」
「ただいまです。おば…」
「おば…」
バキバキッ
「すいませんすいません!カナエさん。」
そう、俺はこの日常を守れればいい。今の俺の居場所を作ってくれたカナエさん。そして、俺の居場所にいつもいてくれるヒワ。二人と一緒にいられれば後は何もいらない。