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俺はお前で、お前は俺。  作者: さくたろう
2/2

常井亮太

「ん……」


 近くで電車が走るような音が鳴り響き、意識を取り戻す。

 どうやらあれからずっと眠っていたみたいだった。


「はぁ……」


 学校、行きたくないなぁ……。

 あそこに行けば嫌でも水無月と顔を合わせなければならないわけで。

 今の俺に果たしてそれが耐えられるだろうか? 無理だわ。

 どうやら俺は思っていた以上に豆腐メンタルだったらしい。

 たぶん、今まで大した苦労もせずに充実した毎日を送ってきたせいもあるのだろう。


「ふわぁぁ……」


 上半身を起こし両手を上げながら大きく欠伸をする。

 手を下すと同時に、右手にむにゅっとした感触が伝わった。

 なんだこの柔らかい感触は……。

 もう一度その柔らかいなにかに触れ、今度は感触を確かめるように何度か揉んでみる。

 この柔らかく、手のひらに収まる感じ……こ、これはまさか――。

 物体Xの正体を確かめる為、急いで右手に視線を送る。

 すると、そこには一人の太った男が気持ちよさそうに眠っていて。


「ぎゃああああああああああああああああああああああ」

「うわああああああああああああああああああああああ」

 

 太った男と目が合ってしまい、二人して悲鳴を上げる。

 目を覚ましたら知らないおっさんが横で寝ていたとかどんなシチュエーションなんだよこれ!

 

「お、おおおおお前誰だ!? なんでここで寝てるんだよ!?」

「き、きみこそ誰なんだ!? ここは俺のアパートだぞ!」

「いやいやいや、ここは俺の家だから――って……あれ?」


 周りを見直してみると、ここは俺の知っている部屋ではなかった。

 そういえば、俺の部屋から電車の走る音が聞こえたのもおかしい。

 つまり、ここは俺の部屋ではなくこいつの部屋だってことか?

 それにしても汚すぎだろこの部屋。しかもなんか臭い。超男臭い。


「ここってあんたの……?」

「だからそう言ってるだろ! ってきみ……」


 なにかに気づいたのか、急に黙る男。しかし、こいつよく見ると誰かに――。


「……きみ、名前は?」

「は? ああ、常井亮太だけど……」

「常井……亮太……まさか、嘘だろ……」

「いや、そんなこと言われたって実際そういう名前なんだけども……そういうあんたの名前は?」

「俺もきみと同じ名前だよ……」

「はい? 同じ名前って常井亮太ってこと? なにその偶然。冗談だろ?」

「この状況で冗談なんて言ってどうするんだよ……正真正銘俺は常井亮太だ」

「え、ちょっと待って? どういうことなんだ?」


 知らない男の家で寝ていたってことだけで意味が分からないのに、その上その男の名前が同姓同名?

 あ、やばい、混乱してきた。全く状況が理解できないんだけどこれ。


「ちょっといくつか質問してもいいかな?」


 常井亮太と名乗る男はベッドから出ると、放置してあったペットボトルの水を全部飲み椅子に座った。

 しかしこの男、なんというか汚い。

 髪の毛はぼさぼさだし、似合ってもいない髭が長く生えている。極め付けは無駄に蓄えすぎたのであろう肉。要するに肥満体系なのだ。

 さっき触ったアレも太った男のアレだったわけで。ちょっとでも女の子のアレと勘違いしてしまった自分が恥ずかしい。

 なんだろう、引きこもりの典型みたいな男とでもいえばいいのか。

 とにかくこういう大人にだけはなっちゃいけませんという見本のような男である。

 

「あ、ああいいけど」

「よし、まず第一にきみの通う高校は?」

「桜ヶ丘高校だけど」

「……次、好きな食べ物は?」

「んー、ハンバーグ」

「きみの手のひらにはホクロが一つある。あ、左手ね」

「……? あるけど。なんで知ってるんだ?」

「きみの好きな人は水無月美奈である」

「おま、なんでそんなことまで!?」

「やっぱりか……」

「いやいやいや、一人で納得してないで教えてくれよ!」


 男は一度深く息を吐き出すと、真剣な表情でこちらを見据える。


「いいか、よく聞け。お前は俺だ」

「はぁ? どういうことだよ」


 こいつが俺? この太ったダメ人間の象徴のような男が? いやいやいやありえないでしょ。


「お前は高校時代の俺ってことだよ。お前、今が西暦何年かわかるか?」

「いや、そんなのわかるに決まってるだろ。二○○六年だろ?」


 言うと、男が壁に掛けられていたカレンダーを指さす。

 そこには西暦二○一六年と書かれていて、


「ちょっと待って、どういうことだ?」


 今が二○一六年……? 俺が寝ている間に十年経っていたってことなのか?


「たぶんだけど……お前はタイムスリップしたんだ。十年後の今に」

「タイムスリップ? タイムスリップってSF映画とかでよくある?」

「そう、そのタイムスリップ。ちなみにこれで納得するかはわからないけどほら」


 自分の左手を俺に差し出す男。

 そこには俺の手のひらとまったく同じ位置にホクロがあった。


「マジかよ……それで、どうやったら元の時代に帰れるんだ?」

「それは俺にもわからないよ」

「わからないって……これからどうすればいいんだよ……」


 昨日まで順風満帆な生活を送っていたというのに、たった一日で全てを失った気分だった。

 頼れるのは目の前にいるダメ男に成り果てた俺。正直まったく頼りになりそうにないんだが。

 というか、この男が十年後の俺だということが納得いかない。

 確かに言われてみればどことなく面影はある。目元だったり、鼻のラインだったり。極め付けはあのホクロの位置だけど……。

 それ以外は正直言って似ても似つかない。

 なんだあの肥満体系。十年でなにがあったっていうんだマジで。

 綺麗好きなはずの俺が部屋をこんなにも汚くしているし……。


 これからどうしたらいいかという不安と、唐突に自分がダメ男になってしまった未来を見てしまったショックで呆然とするしかなかった。

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