好きって言いたくて、言えなくて
圭佑はいつも違う女を連れてくる。俗に言う女ったらしと言うやつだ。
私は毎日、向かいの部屋のドアが閉まるのをただ黙って聞いている。
数分間、テレビの音や、二人の楽しそうに笑う声が聞こえた後、静寂が訪れる。
しかし、それは静寂なんかじゃない。
私はこっそりとドアを開けて、しんと静まり返った廊下から電気が細められた圭佑の部屋を睨みつける。
時折溢れる女の甘い嬌声。
何やってんだよ、家はラブホじゃないっての。
思わずぎりっと握りしめた拳で、甘い一時を過ごしているであろう二人を想像して、ドアを思い切り叩きたい気分だった。
別に圭佑がどんな女と付き合っても私には一切関係無いし、どうでもいい。ただ、変な病気とか貰わなければそれでいいのだ。
いつ終わるのかわからない女の喘ぎを聞かされる私の身にもなって欲しい。
ならば、私もテレビの音量でも上げて、盛り上がっている二人の妨害でもしてやろうか?
そんな邪な考えが脳裏を過るが、虚しい事に気付く。
いくら私がそんな事をしても、圭佑と私は兄と妹。
いくら努力しても、圭佑が好きな女を目指して可愛くなっても、圭佑の胃袋を掴む美味しいご飯が作れるようになっても、彼は私のものにはならない。
もしも、私が生まれ変わったら、次は圭佑の隣に並びたい。
そんな事ばかり考えているせいか、切ないため息だけが漏れる。
圭佑は私の3歳年上の兄で、小さい頃からずっと私を守ってくれていた。
関係性が変わったのは、圭佑が性に興味を持ち、今のように女を取っ替え引っ換えになってからだ。
それまでは、お互いうまくやってきたと思う。私も圭佑と関係が変わるとは思っていなかったし、いつか圭佑も遊びに飽きるか、誰かまた違う女と結婚するのだと、そう考えていた。
いや、そう考えなければ、私は私で居られなかったのだ。
誰かが、格好良くなっていく圭佑を攫って、私の前から消して欲しかった。
毎日一つ屋根の下で過ごしていると、それだけでドキドキしたり、胸がきゅうと締め付けられる。
どうして兄が好きになってしまったのか、私には分からない。
圭佑は、私をただ優しく包み込んでくれる、そんな存在だった。
それだけで好きなのかと聞かれてもうまく答えられないが、好きな気持ちに理由など不用だ。
私は高校生になっても、異性に対する興味なんて持てなくて、いつも圭佑と比較ばかりしていた。
二ヶ月前に、先輩に告白されて、初めて異性とキスをした。
友達がキスってすごく気持ちいいとか、好きな人とのキスだけで蕩けちゃうとか言うから、どんな気分になるのか色々妄想して、ファーストキスを楽しみにしていた。
けれども、現実は違う。
触れ合った他人の唇が、あまり気持ち良いと思えなくて、結局先輩とは一週間で別れてしまった。
その後からだ。私と、圭佑の秘密が生まれたのは。
一時間程してから、圭佑の部屋のドアが開く。
彼はいつものように女を玄関まで見送り、その後はシャワーを浴びて、寝る準備をしてから二回ノックをして私の部屋に入ってくる。
「また見てたのか、優華」
少し呆れたような圭佑の声。私は何が? と素知らぬ顔をしてみるのだが、全てバレているらしい。
苦笑した圭佑は、いつものように私の顎を掴むと、おやすみのキスをした。
シャワーにいってきた圭佑から、石鹸の甘い香りが鼻腔を擽る。
この手に抱かれたい。
この手に全てを委ねたい。
この手に愛されたい。
この手で、女になりたい……
叶わない狂おしい感情が波のように押し寄せてくる。
触れ合う唇の柔らかさに、私はクラスメイトが言っていた言葉を思い出す。
好きな人とのキスだけで蕩けちゃう。
確かにそうだ。私は、圭佑の唇があればそれだけでいい。
圭佑が好き。多分、これは私の心に一生秘めていく感情なのだろう。
それでもいい。圭佑と私の関係は兄妹から変わらない。
私が選んだ答えは、ただの平穏。
圭佑が、私以外の女とこの家を出ていくまで、この秘密のキスは続くのだから。
「圭佑、もう一回」
まるで恋人同士のような濃厚なキス。
甘い唇と、絡み合う舌を堪能してから、互いにそっと唇を離す。
ふわりと優しく微笑む圭佑は、必ず私の頭を撫でる。
「おやすみ、優華」
パタンと閉じたドアの向こうで、私は静かに涙を流した。
なろう仲間、きさらんのコラボ企画小説(*´-`)