仕事のやり過ぎが言い訳がない 5
授業が終わり、やがて放課後と言う名の地獄が訪れる。
この素敵な時間を共有する仲間達は
俺とチビ助こと帯刀 時雨
女子に、金髪ドリルの小鳥遊 麗子とクール系の船場 沙希
以上の2チームで罰則を受ける事になっている。
とりあえず女子がいるので俺は頑張ろうと思う。
「女子は、グランド10周、男子はグランド10周と屈み跳躍5周な。頑張れよ」と三鷹先生は言った。
各々好きなペースで走り始めた。時折三鷹先生が急かすように笛を吹くも誰もペースを上げていない。先生も諦めたか笛の音は止んだ。
そりゃあ疲れているし、そもそも俺にはそんなやる気など無かった。
暫くグランドの土を蹴る音だけがした。
先に走り終えた俺は、女子とチビ助が走っているのを眺めることにした。
先頭をチビ助が走り、次にぴったりとくっ付くように船場 沙希が走る。それからだいぶ離れたところに小鳥遊 麗子がふらふらになりながら走っていた。金髪ドリルが動きに合わせてみょんみょんと伸び縮みしている。さながら階段から落として遊ぶバネの玩具みたいだった。息も絶え絶えに、それでも足を止めることなく走っている。
何で女子がこんな科に入ってるんだろうな?しんどいのに、俺は、ちょっと前に感じた疑問をもう一度考えてみた。
俺と同じで騙されて入ったとか?それともミリタリーオタクって奴か…。何せ、こんな科に自ら進んでやって来たとか、ありえねぇ。
俺は女子とチビ助が走るのを暫く眺めた。
……暇だったのでちょっと妄想してみた。
息を切らせ、倒れ込む彼女達。
そこにイケメンでモテモテの俺は、飲み物を差し出す。人気声優も裸足で逃げ出す程のイケメンボイスで
「お疲れ!」と言う。
そして、謎のキラキラが飛翔し俺の美しさに磨きをかける。
そんな俺に話しかけられた2人は顔を赤らめながら頷き、手を差し出す。触れた手にピクリと反応する彼女達に気づかないふりをして爽やかに微笑む。
船場沙希は、ショートカットの黒い髪の毛をかき上げ小さな声で
「ありがと…。」と言い。
小鳥遊麗子は、金髪ドリルをみょ〜んと伸ばしながら、ごにょごにょと
「一応お礼は言っておきますわ……。」と言っている。
そんな素敵な空間に春の柔らかな風が吹き抜けた。
遠くの方で帯刀が走っている。
その後、なんだかんだあって間接キスとかするんだろ、知ってる。
現実の俺は1人微笑んだ。その時、一陣の風が吹き、汗で冷えた俺の体を冷やす。
遠くの方で女子2人と帯刀が飲み物片手に楽しそうに談笑しているのが見え、その光景を俺は真顔で見つめそして…屈み跳躍に取り掛かる事にした。
現実なんてクソ食らえッ‼︎俺は猛烈な勢いでトラックの外周を跳ねまわった。
「ほう、気合入っているな!もう5周ほど追加でやるか?」三鷹先生は嬉しそうに言い。笛を吹き始めた。
笛の音に気づいたチビ助が慌てて屈み跳躍を開始する。その際に女子2人から声援を受けていたのを俺はしっかりと聞いてしまった。
「ふぉぉぉーッ‼︎」俺は雄叫びを上げながら跳びまわった。
きっちり10周跳び、その場に倒れた。チビ助も俺に付き合って10周跳ぶみたいだ、途切れ途切れに地面を蹴る音が聞こえる
俺は首を動かし、周りを見た。女子の姿はなかった、どうやら先に帰ったらしい。三鷹先生だけが、仁王立してグラウンドの状況を見守っている。
俺は大きく息を吐くと
「辞めよう」と言った。
チビ助も10周跳び終わり、罰則は終了となったのだが…俺は今から作業服の刺繍の補修するとのことで三鷹先生に連行された。
夕暮れの教室、カーテンがふわりと舞い上がり、桜の花弁が1組の男女の間を駆け抜けた。この言葉だけなら素敵なシュチュエーションだと思うかもしれない。しかし現実は補習である。男は座って作業服の刺繍、女は目の前に仁王立ちで俺の手元を凝視している。ほんと色気とか皆無。むしろ嫌悪感さえ抱いてる。そしてその状況が、1時間程続いていた。
俺は大きく溜息を吐き刺繍した部分を掲げた。
「先生、これでどうでしょうか?」
三鷹先生の眉間に皺がよる。どうやら駄目みたいだ。俺は、刺繍を見た。読めない事はないと思う。少しばかり不恰好で、ボリューム不足だが…。読めない事はないと思う。大事な事なので2回思いました。
「……お前は不器用だな、今日のところはそれでいい。明日の放課後やるぞ。帯刀にでもコツを聞いとけ。」そう言うと三鷹先生は教室から出て行った。
1人残された俺は、散らばっている裁縫道具やらクシャクシャになった作業服をまとめて通学用の鞄に放り込んだ。そして大きく息を吐き出した。
教室を出ようとして立ち上がる、ふと窓が開いていた事を思い出し、きっちり戸締りをしてから教室を出た。
人気の無い廊下は暗く、寂しかった。
センチメンタルな気分に浸りながらとぼとぼと寮に向かって歩いた。時刻は19時を過ぎており、もう少しで食堂が閉まる。食堂での夕食を諦め、購買で何か買う事にした。
「帯刀の奴、先に飯食ってるだろーな」俺は、適当にパンやらおにぎりを手に取るとレジに並んだ。ふと横を見ると、白い封筒と便箋が置いてあった。ドラマなんかで辞表を叩きつけるシーンが頭に浮かび、無意識のうちに俺は手を伸ばしていた。
「この時期からそれを取るなんて、あんた気合入ってるねぇ」レジのオバちゃんが話しかけてきた。
俺は、便箋を手にしたままオバちゃんを見た。
「志願するんかい?夏合宿に」
「夏合宿?」
「遺書、書くんじゃないんか」
「へっ、遺書?」俺は訳が分からずまじまじとオバちゃんを見た。夏合宿はまだ分かるが、それに遺書がいるとか意味がわかんねぇ。
「違うんか、なら退学届けか?」オバちゃんはつまらなそうに言った。
「………。」俺は何も答えずに封筒を握りしめた。
オバちゃんは一つ溜息を吐くと、不自然に辺りを見回した、それから俺にぐっと顔を近づけると
「ええことを教えてやろう。入学して3ヶ月経つと、お前達には階級が付くんじゃが、それと同時にお金も貰えるようになる、なかなかの大金ぞ」
「……マジで⁉︎」
オバちゃんはコクリと頷いた。
俺は手に持っていた封筒をレジの横に戻そうとした。しかしその手をオバちゃんに捕まえられた。
「シワがよっとるけぇお買い上げじゃな、それと封筒だけじゃあ使えんから便箋もな」そう言うとオバちゃんは勝手におにぎりと一緒にレジに通してしまった。
俺は抗議しようとしたが
「せっかく入学したんじゃけぇお金を稼ぎな、それから遺書でも退学届けでも好きなのを書けばいい」と、オバちゃんが笑顔で言ったので、俺は大人しく会計を済ませる事にした。
俺は心の中で、3ヶ月経ってお金を貰ったら退学届けを書こうと誓った。つーか遺書か退学届け書けってある意味『dead or die』だよな。生物的に死ぬか、社会的に死ぬか。
買い物を済ませ、自室に向う俺の後ろで声を殺して笑っている人がいた、レジのオバちゃんである。オバちゃんはひとしきり笑うと監視カメラに向かって
「1人食い止めたで、これで今月の給料アップじゃ、うっへっへっへ」と言っていた。
実は、普通科は他の科に比べて辞めていく人が多いので、それを食い止めた教師または学園内で働いている従業員などにはちょっとしたお金が入る事になっているらしい。
そんな事など知らずに、俺は3ヶ月という目標に向かって廊下を突き進むのであった。
続く